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不幸を背負って、親父は笑顔で逝った  作者: 春山 潮
第三章 白い猫と神主:詠み人知らず
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海辺の神社とセーラー服の少女

 それから桜の季節を迎えた。しかしやわらかな春の日差しにあくびをしている瞬間に、すでに季節は夏に変わったていた。そして青々と茂る草木を愛でているうち、季節は実りの時期へと移り変わる。たわわに実る木の実が落ちるのを眺めていると、すぐに透き通る小さな結晶の粒が舞う季節を迎えた。


 茂吉の次に弄ぶ命は誰にしようかと、はじめのうちは熱心に探していたが、「これは」という人物が見つからず、だんだんと怠惰に時間を過ごすようになった。


 何百年もの時を過ごしていると、恐ろしく気が長くなるようで、めぐる季節の何周もぼんやりと過ごしていたらしい。たまに次の標的探しはするのだが、すぐに飽きてふて寝をする。


 ワシが生きて命を長らえる意味とは、一体なんなのだろうか。


 神社の裏でうたた寝をしていると、向こうからやってくる人の気配がする。この海辺にほど近い神社は、祭りのときこそ賑わうが、普段人がやってくるのは珍しい。


 なんとなく興味を惹かれたワシは、むくりと起き上がり、神主の姿を借りて、少し遠目からやってくる人物の様子をうかがった。


 神社の境内側から神社の外を見ると、神社の道路を隔ててすぐ向こうが海になっているために、鳥居がまるで海を切り取る写真立ての如く見える。この美しい景色を見たときに、ワシはここを次の住処と決めた。


 鳥居の向こう側の、キラキラと太陽の光を受けて輝く水面を景色に背負いながら、ここ最近普及してきたという「せえらあふく」なる衣を着たその女学生は、まっすぐ賽銭箱の前にやってきた。


 礼に則って賽銭を入れ、二礼二拍手一礼を終えた彼女は、意志の強そうな大きな瞳で社殿を見据え、くるりと鳥居の方へ向き直り、颯爽と去っていく。


 ――人間の女など、それこそこれまでの気の遠くなるような年月の中で、くさるほど見てきた。だが、その彼女の先を見据えるような凛々しい眼差しは、このときのワシを捉えて離さなくなっていた。


 彼女は、翌日も、その次の日も、神社にやってきた。


 毎回毎回、はじめに見たときのように、用件を終えればすぐ帰ってしまう。神社なのだから当たり前なのだが、そこはかとない寂しさを感じている自分がおり、いつか声をかけられないものかなどと、だんだんと思うようになっていた。


 今日も彼女が現れるかもしれない。そう思いながら、はじめに見かけたのと同じ時間に、境内で掃き掃除などをしてみる。この神社には本物の神主もいるのだが、彼女が来るときは本物が出てこれないよう、社殿の出入り口に結界を張っているのである。


 神聖な場所と思われる神社だが、大昔の術師のような力を持った神主などほとんどいない。齢九百年を超えるワシにとって、神社の境内を意のままに操ることなど、赤子の手をひねるより簡単なことであった。


 気配を感じ、ふと、表を上げる。彼女だ。節目がちな彼女は、そのままいつもの通り賽銭箱の前に直行していく。じっと目で追うわけにはいかない。おかしな人物――いや正確には人ではないのだが――だとは思われたくはなかった。


 ワシはチラリと彼女の姿を確認した後、再び掃除に集中するふりをして、地面に目線を落とす。


 彼女がいつもの手順を終えて、石畳の上をしずしずと歩き、鳥居に向かって歩いていくのが聞こえる。


 ああ――今日も声をかけられなんだ。

 そう思っていたその時。


「今日もお掃除、ご苦労さまです」


 そう、彼女に声をかけられた。

 「今日も」ということはこれまでもずっと、ワシに気づいていたということなのだろうか。


「こんにちは。お嬢さんも変わらず、毎日お参りされて偉いですね」


 ワシは精一杯平静を装い、涼し気な笑みを意識して彼女に笑いかけた。久しぶりに正面から彼女の顔を見て、改めて綺麗だと思った。


 もしかすると、これが「一目惚れ」というものなのかもしれない。


 彼女は淡く、あどけない微笑みを浮かべ、軽く会釈をしてその場を去っていった。


 ――これが、ワシが日記帳と芳名帳を渡す二人目の相手となる、「静江」との出会いだった。


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