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不幸を背負って、親父は笑顔で逝った  作者: 春山 潮
第二章 消えない傷と、あなたへの想い:鈴木淑恵
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再びのデート

 電話で森本さんと話してから、一週間が過ぎた。アルバイトは平日にしか入れていないので、日曜日であればいつでも予定は合わせられる。


 大人の女性なら、余裕を見せて、空いていてもわざと少し先に予定を入れる、なんて手管を使うのかもしれないが、若返った私にその忍耐はない。――それに何よりも、早くまた彼に会いたい気持ちが強かった。


 今日は、新百合ヶ丘の喫茶店を待ち合わせ場所にした。ドキドキして、家の中を朝からウロウロしてしまい、母に「何よあんた、うっとおしいわね」と言われてしまった私は、一時間も前に約束の場所に待機している。


 体が若ければ、味覚も変わってしまうのか、記憶が戻ってからもずっと、昔あんなに好きだったブラックコーヒーは飲むことができない。今はもっぱら、カフェラテ派だ。


(なんだか、あの人との昔のデートを思い出すなあ……。あのときもこういう喫茶店で、よく待ち合わせをしたものね)


 初めて喫茶店で待ち合わせをしたときも、私のほうが先に店で待っていた。ただ、今のようにいてもたってもいられなくて来てしまったわけではなく、読みたい本があって早めに来ていたのだが。


 あのときは、約束の時間になっても、彼は現れなかった。今のように携帯があった時代ではなく、約束は基本家電でやり取りしていて、外出してからは連絡を取り合う手段はない。店の掛け時計をじっと眺めながら、五分、六分と、時間が流れるのを数えていた。


 そして待ち合わせ時間からちょうどきっかり十分を告げる分針を確認した時、ドアの方から「遅くなってごめん!」という彼の声が聞こえた。


 ほかの客もいるんだからやめてちょうだいよ、と、若干(いら)つきながらドアの方に視線をやると、大きなバラの花束を抱えた彼がそこに立っていた。片手で額を覆ったのは言うまでもない。まさか本当に、バラの花束を持って、デートに現れる男がいようとは。


 勇んで席にやってきた彼は、私に向かってその――ワインレッドのような色味の濃い色のバラばかりの花束を手渡して言った。


「花屋の前を通りかかったときに、淑恵さんがバラの花が好きだって言ってたの思い出してさ。花なんか買ったことねえから、組み合わせはどうしますか、色味はどうしますか、って言われて戸惑っちゃって、時間くっちゃった。気に入ってくれるとうれしいんだけど」


 その時の私は、好きな色味でもない、どでかいバラの花束を持たされて、とても迷惑そうな顔をしてしまった。その顔を見て、自分の失敗に気づいたのか、彼はちょっと寂しそうな、残念そうな顔を一瞬したが、「じゃあ、いこうか。花束は俺が持つから」と言って、その花束を再び引き取った。


(あのバラ、そのあとどうしたんだっけ。彼の車の荷台につんだあと、持ち帰った記憶がないことを考えると、あの人がこっそり処分してたのかな)


 悪いことしたな、と今更ながら思った。四十手前で、社会でいろいろなものを見て目の肥えてしまった私は、何でもかんでも、品定めをするようなきらいがあった。相手の男のファッションや、立ち振る舞い、そういうものになんとなく可否をつけて、高みの見物を決め込んでいたのだ。


(素直に、喜んであげればよかった)


 昔の苦い思い出に気を取られているうちに、まもなく約束の時間というところ。ガラス戸の向こうに、森本さんの金色の髪の毛が歩いてくるのが見える。今日は黒いダボダボのTシャツに、先日と同じジーンズと靴だった。


「おう、一週間ぶり。元気だったか?」


 いつもの笑顔でやってきた彼は、うしろ手になにか持っている気がする。まさか、と思って構えていると、ぱっと目の前に、隠していたものを差し出された。――それは、くすんだ色のバラの花束……ではなく、花屋の店先に売っている、ミニブーケだった。


「可愛かったから、買ってきた。なんかみさきちゃんぽいなと思って。やるよ」


 そのミニブーケは、ピンクと淡いオレンジ色の花に、華奢(きゃしゃ)な草花を組み合わせた、可愛らしいものだった。どちらかと言うと、「地味」と評されることの多い私に、この花をプレゼントしてくれたことが嬉しくて、嬉しくて。にやけて崩れた顔を見られるのが嫌で、思わず、両手で顔を覆ってしまった。


「え……え?! もしかして俺、泣かした?」


「ち……ちがう、ちがうんですぅ……。嬉しくて、どんな顔したらいいのかわからなくて」


「そ、そっかあ……やべー焦った。なんか花にトラウマでもあるのかと思って……。喜んでくれたんならいいや。とりあえず、テーブルの上おいとくな。すみませーん、店員さん、ブレンドひとつ」


 顔を隠した指の隙間から、こっそり森本さんの様子を伺う。店内の様子を見渡して、「レトロな感じでかっこいい店だな」とつぶやく森本さんを見て、頬を赤らめた。まだ一回デートしただけなのに、どんどん好きになっている気がする。すると、わたしの方に顔を戻した森本さんと――目があった。


「何指の隙間から覗いてんだよ、スケベ」


「す……スケベって! 最近聞かない言葉ですけど!」


 ハッハと笑った森本さんは、「俺よく言葉遣いが昭和のじーさんみたいって言われんだよなぁ」と言い、苦笑いをする。


「今日は特に行き先決めてねえけど、どこに行こうか。まだ昼前だし、天気もいいし、どこでもいけるぞ」


「新百合ヶ丘で、マルシェがやってて。それでここを待ち合わせ場所にしたんですけど……どうですか? または、映画とか。ここ、映画館もありますし」


「ああ……それで露天みたいなのがいっぱい出てたのか。せっかくだから、その、丸なんとかっての、見て回ろう。みさきちゃんといると、普段自分が関わらないイベントをみてまわれるから、楽しいなあ」


 店員さんが運んできてくれたブレンドを、急いで飲干そうとするので、「あの、飲むのはゆっくりでいいです」と止めつつ、お祭りに繰り出したくてたまらない様子の子どものような森本さんを見て、笑いがもれた。


 ――そんな和やかな雰囲気の中、突然、森本さんのスマホが振動した。テーブルの上に置かれていた森本さんの携帯に表示された名前は――「典子」だった。


「あらら……やっぱり来たか……。こいつ、毎週日曜にだいたい連絡してくんだよな……ごめん、今デート中だって言ってくるから、ちょっと待ってて」


 そう言って森本さんは、私を一人席に残し、スマホを耳に当てながら喫茶店の外へ出ていった。

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