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不幸を背負って、親父は笑顔で逝った  作者: 春山 潮
第二章 消えない傷と、あなたへの想い:鈴木淑恵
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今のあなたと昔のあなた

 私が落ち着きを取り戻すまで、森本さんはハチ公前のベンチで、私の頭をなでてくれていた。さすがに途中で恥ずかしくなってきて、涙はすっかり引っ込んだ。


 ハンカチを見るに、マスカラやらアイラインやらがドロドロに溶け落ちていることは明らか。森本さんに平謝りしつつ、近場のトイレで顔を整えさせてもらった。


 スマホのマップを頼りに、MIYASHITA PARKの横を抜けて、私達は目的のお店に向かっていく。


「ちょっと……歩きそうですけどいいですか?」


「うん、俺はいいんだけど。本当に大丈夫かあ? ってかホントにおじいちゃんのこと思い出して泣いてたのかよ」


 疑わしい目でこちらを伺う彼を見て、「やっぱり言い訳としては苦しかったか」と苦笑いした。


「大丈夫ですよ。さ! 行きましょ。お腹空いたなぁー」


 彼の言葉を適当にかわしながら、目的地を目指してずんずん進んでいく。歩いている間も、つかず離れず、まだ、二人の距離はぎこちない。彼も私がどういうつもりで誘ったのかを図りかねているところだろうし、私も、「夫」の生まれ変わりらしき人が、今どうしているのか、幸せなのかを知りたいくらいの気持ちで、ご飯に誘った。


 ――今生の世でも彼と一緒になりたいのか。そう誰かに問われたとしたら、「まだわからない」というのが、今の答えだった。


 亡くなってから、改めて彼の優しさや、愛情を知った。どうしようもないところもひっくるめて「愛していた」と言えるだろう。だけど、最後の最期に私は彼を突き放した。だから。


(彼を最期まで支えられる、もっといい人が彼にいるなら――私はこの思い出の宝石だけを胸に抱えて、彼の幸せを見守りたい)




 曲がる角を何度も間違えながら、ようやく私達は目的のお店についた。


「ん……これってラーメン屋? でも随分おしゃれな店構えだな」


 店舗は裏路地のような通りの建物の二階にあり、通りに面した箇所は全面ガラス張りになっている。店舗のロゴやのれんなども、女性を意識したデザインになっていた。


「天然素材のラーメンらしいです。ちょっと気になってたところで。ここでもいいですか」


「おう。ただ……男同士じゃぜってえこねえタイプのラーメン屋だなあ……」


 あまり親父臭い場所も嫌だし、でも森本さんがカフェ飯やらイタリアンやらを食べるイメージがわかなかったので、結果たどり着いたのはおしゃれラーメンという選択肢。


 それにここならカウンター席以外に向かい合って座れる席がある。甘味もやっているので、普通のラーメン屋よりは長時間滞在できて、会話が楽しめる作りになっているのもポイントが高い。


 店に入ると、まだテーブル席が数席空いていた。昼時は混むらしいので、少し早めに来て正解だった。店員さんに案内された席へ、二人で着席する。


「……食券とかないんだな」


 小声で聞いてくる森本さんがなんだかわいい。顔はともかく、出で立ちは不良に毛が生えたような恰好なので、そんな人が、なんとなく縮こまってあたりを伺っているのがとても可愛らしく見えた。


「メニュー見て頼むスタイルみたいです。私も初めて来たので、食券機ないのかなって思いました」


 口に両手を添えて小声で返すと、「私も初めて来た」という言葉を聞いて、ホッとしたような顔をして森本さんはメニューを覗き込んだ。


「俺はふつうのらーめんかな。……大盛りってできんのかなここ。替え玉はなさそうだけど」


「あ、大盛りはできるみたいですよ。私は、つけ麺かなあ」


 森本さんは店員さんを呼んで、注文を伝えた。そして、「ここっていつ出来たの?」「一番の人気メニューはどれなの?」と、注文ついでに色々聞いている。これからが忙しい時間だと店員さんが答えると、「そうか、じゃあ頑張ってな。美味しいラーメンも期待してるからな」と、一言加えて開放してやっていた。


 ()()、誰彼構わずかまうのが好きらしい。夫も、こうして行く先々で店員さんに話しかけ、その場その場での会話を楽しむのが趣味のような人だった。


「店員さんもおしゃれな雰囲気の人が多いんだな。こりゃ、確かに女の子が好みそうだ」


「森本さんもこういうとこ、女の子と来ることあるんですか……? 彼女とか」


 この流れで聞くしかない、と思い、思い切ってぶつかってみる。するとも森本さんは、フッと意地悪そうな笑みを浮かべ、ふざけてこう返す。


「なんだよ、みさきちゃん、もしかして俺に興味あり? 困っちゃうなあ、モテる男は」


「そ、そんなんじゃありません! ただ気になっただけです!」


 (そう言えば、「俺は昔はモテた!」ってよく言い張ってたけど、ホントだったのかしら)


 眉間にシワを寄せて怒った顔をする私を見て、森本さんは吹き出した。


「ふ。まじめだなあ、みさきちゃんは。女の子とかあ、なくもないけど、俺達の現場は女っけないからなあ。高校卒業してからは、あんま出会いもないんだよな。女の子と絡むと言えばまあ、ガールズ……おっと」


「ガールズバーですか。あとはキャバクラとか?」


「まあ……男の嗜みというか……。ちょっと、話題変えよう。な? 顔が怖いよ、みさきちゃん」


 私はため息をついて、言われる通り話題を替えることにした。別に私は彼女じゃないし、怒る筋合いもない。この業界の人に関わらず、男性が多い業界は仕事関係やら友人関係やらで、結構行っているということは知っている。仕事上必要なこともあるというのは、頭では理解している。


 ……ただ、人生の水も甘いも経験した七十歳の「淑恵」ではなく、まだいろいろなものに耐性がない十九歳の「みさき」のほうが、顔に出てしまったようだった。


(とりあえず……彼女はいないってことなのかしら。なんでも茶化した感じで返してくるから、よくわからないわ……)


 そのあとは、食べる前にコショウを大量にふりかけようとした森本さんを制止したり、思った以上に美味しいラーメンに二人で感動したり、彼の現場の失敗談で笑ったりと、それなりに楽しい時間を過ごした。



「食った食った。さあ、そろそろ出るか」


「あ、じゃあお会計してきます。今日のは高校のときのお詫びなので」


「もうすませたよ」


「えっ」


 確かにテーブルのレシートが入っているはずの筒はもぬけの殻だった。私がトイレに立った隙に払ってくれていたのかもしれない。


「でっ、でも、お詫びですし」


「いーのいーの。別に迷惑被ってないし、かわいい女子大生と食事が出来て楽しかったし。その代わり、今日はもうちょっとつきあえよ」


 森本さんは、これからいたずらをしにいく少年なような顔をして、二カッと笑った。

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