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不幸を背負って、親父は笑顔で逝った  作者: 春山 潮
第二章 消えない傷と、あなたへの想い:鈴木淑恵
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日曜日

 渋谷駅に十一時。よく考えたら広すぎる待ち合わせ場所だった。しかしもう一度電話する勇気もなく、ついたら電話すればいいや、と開き直ることにした。向こうからの電話の折返しも特になかったので、あっちもそう考えているのかもしれない。待ち合わせ十五分前に、井の頭線渋谷駅についた。


 日曜の渋谷は、いつの時代も混んでいる。神奈川県だと思われていることの多い町田在住だが、一応都民の端くれ。高校時代も学校の友達と何度も来ているので、大体の渋谷の地図は把握している。


(待ち合わせには十分間に合いそう。はあ、緊張してきた)


 相手の服装は、金髪鉢巻ニッカポッカ姿しか見ていない。上下スウェットに金ネックレスでやってくるのか、スカジャン姿でやってくるのか、全く予想がつかない。そもそも、デートだってわかってるのだろうか。


 自分はというと、気合が入っていると思われても嫌だし、でも意識してもらえないのは嫌だしで、結局無難に水色のワンピースを選んだ。靴は歩き回ることを考えて平たいパンプス。これなら、ちょうどよい 塩梅(あんばい)のファッションだろう。


(とりあえず、渋谷のハチ公前あたりから電話しよう。あそこなら、目印にしやすいし)


 ハチ公前に来て、失敗した、と思った。日曜の渋谷、年代問わず定番の待ち合わせスポットは多くの人でごった返している。これでは待ち合せしてもおそらく相手を見つけるのに難儀するだろう。


 しかし、ハチ公像のすぐ前あたりに、頭一つ抜け出た一際明るい金髪の頭が見えた。彼はおそらく、百八十近くある感じだったので、もしかしたらもしかするかもしれない。森本さんの連絡先をタップして、耳にスマホを当てながら、黄色い頭を目指して歩いていく。


「あ、もしもし? みさきちゃん、今どこ?」


「森本さんて今、ハチ公前にいます?」


「おう、さっきついたとこ。……てあれ、ハチ公前じゃなかったっけ。あ! よく考えたら細かい場所決める前に、俺電話きっちゃったわ! しまったー。今どのへん? 迎えに行くわ」


「大丈夫です。今森本さんの前に着きました」


 私を目の前にした森本さんは、一瞬驚いたような顔をした。張り切りすぎない感じで頑張ったつもりだったが、ちょっと派手だったのだろうか。森本さんはというと、ヤンキーど真ん中な格好ではなかったが、まっ白いTシャツにジーンズ、ナイキのスニーカーと、シンプルイズベスト、を絵に書いたような格好だった。


(もう少し服を選べば格好よくなるのに……もったいないなあ)


思考停止していた森本さんは、一拍おいてようやく動き出した。


「……おう、よく見つけたなあ。渋谷だと、この髪色もそんなに珍しくないだろうに」


(いえ、最近はそこまでブリーチしているひとはあまり見ません)


 と、口をついて出そうになったが、せっかくの初デート。印象は極力良くしたい。にっこり笑って、「森本さんぽい人が、駅出たら見えたので」と、言うにとどめた。


「店どっち? 決めてるとこあるの」


「あ、お店は……」


 うしろをふりかえって方角を示そうとした時、押し寄せてきた通行人にぶつかりそうになった。すると知らぬ間に私の背後にいた森本さんが、肩を抱いてくれた。


「さーせん」


 ぶつかりそうになった相手に謝りつつ、私をかばってくれたようだ。思いがけず近くなった彼に、鼓動が早くなる。


(思い起こせば……あの人も。結婚してから、病気して動けなくなるまで、ずっとこんな風に優しかった。口喧嘩は絶えなかったけど)


 釣った魚には餌はやらない、とはよく言われるが、私の夫となった人はそういうところがなかった。出会って、結婚して子どもが出来て、老いて再び二人になってからも、さりげなく妻を気遣う人だった。私がそれを実感したのは亡くなった後だったが。


 わたしは昔からドン臭かったので、今のように誰かにぶつかりそうになったり、うっかり転びそうになることはよくあった。そういうとき、夫は必ず近くに来て、今のようにかばってくれた。それでいつも必ず、「大丈夫か? お母さん、気をつけろよ」と一言言うのだ。


 重い荷物を持っていれば、無言で引き取ってくれる。仕事から帰ってからは、率先して子どもと遊んでくれたし、土日は必ず外に連れ出してくれた。夫が働けなくなって、私が働きに出ていたときは、必ず帰りは車で迎えに来てくれた。


 不器用で言葉にするのは苦手だったが、弔問に来た近所の人が聞いたとおり、「奥さんをうんと大事にする」というちぎりを、最後まで守ってくれた人だった。一緒に長い時間を過ごす間に、それが当たり前になってしまって、彼の優しさに感謝することができなくなってしまっていたことが、本当に悔やまれる。


――もっとたくさん、「ありがとう」って言えばよかった。


(もしもあの人よりも先に、私が病気になって死にゆく運命だったら……あの人はきっと、私のことを最後まできちんと看病してくれただろうな)


「おい、みさきちゃん、大丈夫だったか? ――まったく、気をつけろよ、人が多いんだからな」


 夫と同じ言葉をかけられて、自然と涙がひとつぶ、ぽろりと落ちてしまった。



「え……! 大丈夫か? どっか実は思い切り蹴られたとか?」


「だ、だいじょうぶです……」


 森本さんは困った顔をしながら、頭をなででくれる。優しくされると更にだめで、次から次へと涙が出てくる。せっかくしっかりお化粧をしてきたのに。


「うーん……俺さ、実は気になってたんだよな。みさきちゃん、俺と話してる時、たまに寂しそうだったり、泣きそうな顔する時あるんだよ。俺……知らぬ間になんかしちゃってたのか?」


 心配してくれる森本さんに、きちんと説明してわかってもらいたい。でも、今言っても、きっと「スピリチュアル好きな変人」と思われて終わりだ。あまりに私達はお互いを知らなすぎる。知ってもらう入り口がそれはいやだ。


「森本さん、亡くなったおじいちゃんににてて……」


 混乱している頭で、なんとかひねり出した言い訳がこれだった。


「お……おじいちゃん……?」


 森本さんは、ちょっぴりショックな顔をしていた。


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