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不幸を背負って、親父は笑顔で逝った  作者: 春山 潮
第二章 消えない傷と、あなたへの想い:鈴木淑恵
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出会った頃

 それから暇を見つけては、「私は大工の仕事に興味があるだけです」という顔をして、彼に話しかけに行った。


 はじめは他の女子生徒に対して接するときのように、かすかに警戒の表情を浮かべていた彼だったが、彼だけでなく、他の工事関係者にも話しかける私の姿を見て、本当に建築に興味があるだけなのだと思ったようだ。


 そのうち「森本」という名字も教えてくれ、「みさきちゃん」、「森本さん」とお互い名前で呼ぶようになった。夏休みの間も、部活の休憩の合間を縫って声をかけに行った。


「今日も暑いな」「仕事の調子はどうですか」その程度の会話のときも多かったが、少しずつ打ち解けていく過程が、私にとってはかけがえのない二人の時間を取り戻していくようで、嬉しかった。


 ――こうした他愛ないやり取りが、遠い遠い昔の、お見合いをした当時の私達の関係を思い出させた。




* * * * * 



「鈴木秀明です。よろしくお願いします」


 ガチガチに緊張して、震えているのがよくわかった。すでに頭髪が寂しくなり始めていたが、小綺麗さはあったし、愛嬌のある顔立ちをしていた。それに歳のわりには体が引き締まっている。第一印象は「悪くはない」だった。


 家族の世話ばかりを焼いて行き遅れてしまった次男と、仕事が好きで、結婚に踏み切れぬまま三十代に突入してしまった次女。


 それぞれの親族が勝手に心配し、セッティングされてしまったのが私達のお見合いだった。


 仲介者は、私の姉と、夫の叔父。会計事務所で働いていた姉が、取引先で働いていた夫の叔父と意気投合して実現してしまったらしい。


 私からするといい迷惑だった。今の時代のように、女性が独身でもとやかく言われない時代ではなかったが、独身の四十代、五十代のお姉さま方が、楽しく人生を謳歌している姿は見ていたし、たいして結婚に憧れを抱いてもいなかった。


 私の母も、夫からの暴力が原因で離婚していて、結婚に幸せな幻想を抱くのが難しい家庭環境だったこともある。それでも母は、最後まで女の幸せは結婚だと言い続けていたし、子どもをもつことでわかる幸せがあるといつも言っていた。


 それはそれで誰かの真実なのかもしれないが、私にとっての真実ではない。ただ、母に孫を見せてやりたいという気持ちはあって、姉から勧められるお見合いを、いくつか受けてみることにしたのだ。


 夫に出会うまでも、二人ほど、紹介された男性に会ってみたが、どの人も気に食わなかった。


 一人目に会った男性は、小指の爪を伸ばしていて、伸ばした爪で耳掃除をしている場面を見てしまい、完全にアウト。


 二人目に会った男性は、私が三十代ということで、完全に見下しており、「(めと)ってやってもいい」という態度が気に食わなかった。女の価値を年齢でしか測れないバカ男など、こちらから願い下げだ。


 なんでこんなクズみたいな男たち相手に、自分の貴重な休日を費やさねばならないのだと思っていたところに舞い込んで来たのが、夫となる人との三度目のお見合いだった。


 「加藤淑恵(よしえ)です。どうぞよろしくお願いします」


 三度目のお見合いということもあり、肝が据わってきていて、もう緊張することはない。逆に、縮こまっているお相手がなんだか可哀想になってしまい、話題を引き出そうと試みた。


「姉から聞きました。ご兄弟が多いんですよね」


「そうなんです。出来のいい妹弟ばかりで。本当にありがたいことです」


 兄弟の話を振ると、これまでの人は謙遜からか兄弟の悪口を言ったり、逆の場合は華麗なる一族自慢で、どちらにしろあまり好印象を持てない話をしてくる人が多かった。


 秀明の話からは、つたないながらも心から弟妹に対する愛情が感じられ、本当に家族のために尽くしてきた人なのだということが感じ取れる。


 家族の話をし始めてからは、段々と饒舌じょうぜつになり、冗談も飛び出すようになってきた。彼の話は面白くて、また隠れた賢さもあるような話ぶりで、ついつい聞き入ってしまう。乗り気でなかった三回目の見合いだったが、あっという間に初回の顔合わせの時間は終わってしまったのだった。


(お父さん、お見合いの前までは結構太ってたのよね。それが叔父さんに「お前のような豚の元には嫁は来ない!」なんて言われてカチンときて、お見合い前の一ヶ月、毎朝十キロ走ったんだって、あとから話してたっけ。昔から頑張り方が極端だったのよね)


 懐かしいエピソードに、頬を緩ませていると、すれ違う人に変な目で見られてしまった。にやけ顔をみられた恥ずかしさに、顔を下に向けつつ、今日も彼のいる学校へ足早に向かう。


 ――だが、夏休み明けの始業式の日。彼の姿は忽然(こつぜん)と消えてしまったのだ。

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