わたしララ。爆発四散するの。
こんにちは、わたしはララと言います。
実は先日とんでもない呪いを受けました。死に直結するような呪いではありませんでしたが、これが非常に迷惑で。わたしには女神さまから授かった使命があるのに、どうしたらいいのでしょう。
途方に暮れるという言葉ほどぴったりくるものはありません。ご覧ください、この大惨事。なぜわたしの服はあちこち破れているのでしょう。なぜ周囲の家具はふっ飛んでいるのでしょう。なぜ男前の騎士さまがふっ飛ばされた拍子に壁に激突して目をぐるぐるまわしているのでしょう。
「はあ……」
盛大なため息のひとつやふたつ、大目にみてほしいです。もうしばらくしたら、例のうるさいメイドがやって来るでしょう。そしたら服がどうした家具がどうしたと文句を言われるのです。この惨状を説明してくださいとわーわー言うのです。
「やってらんねぇ」
おっと失礼しました。わたしは生まれが下町なので、たまに言葉がやんちゃしてしまうのです。どうかおゆるしくださいね。
「ララお嬢さま、またですか!!」
ほら来ました。目を吊り上げたメイドが肩で息をしながらこちらへやってきます。
「すみません。また呪いがでました」
「何がどうしてこうなったんですか」
「騎士さまがわたしを見て『おもしれー女』と口走ったらドカンしました」
ウソは言っていませんよ。本当に爆発したんですから。その証拠にわたしを爆心地とした惨状はみるも無残なありさまです。なんということでしょう。しかし悲嘆にくれていてはいけません。わたしはボロボロの若草色のワンピース、だったものを押さえながら慎重に立ち上がりました。気に入っていたのですが、これでは繕ってどうにかなるものではないですね。
風が吹けば飛んでいきそうな服を押さえながら、わたしは外の景色をながめました。窓枠がふっとんで壁に大きな穴が開いているのです。うしろではメイドが騎士さまを介抱していますが気にしないでいいでしょう。
わたしには女神さまからの使命があります。それはそれは重大で、この世界を覆う瘴気を払うことができる『光の使者』を見つけ出せというもの。神託を受けたことは多くの人たちが知るところです。下町でそれなりに暮らしてわたしは、立派なお屋敷のお嬢さんにジョブチェンジし、いろんな人に会って光の使者なる御仁を探しているのです。
それがここのところ、何をどう解釈したのか、わたしに選ばれようとアピールしてくる方がちらほら出てきたのです。正直、頭がハッピーセットなのではと思ってしまいます。わたしに選ばれた方が光の使者になるのではありません。光の使者をわたしが探しだすのです。
そんな時、このはた迷惑な呪いがやってきました。
どんな呪いなのか、詳細なところはわかりません。ある晩のパーティで、目の前にいきなり黒い箱のようなものが現れたかと思うと、煙をあげて消えたのです。その煙はわたしの体へ吸い込まれたように見えました。そして気付いた時には左手の甲に黒い花のような模様が浮かび上がっていたのです。これが洗ってもこすっても落ちません。
呪いはなにかをきっかけにしてわたしを爆発物にします。導火線はステキ男性の所定ムーブでしょうか。体感としてそのように思います。
さきほどの騎士さまなら、わたしと話をしていてなんの脈絡もなく「おもしれー女だな、あんた」とのたまったのでドカンでした。たぶん、おもしれーな発言がいけなかったのだと思います。ジャッジが誰基準なのかはわかりません。男性がふっ飛ぶくらいならわたしも全く構わないのですが、わたしを含め周囲にも被害が及んでしまうのが頭の痛いところ。わたしの服がふっ飛び、ものがふっ飛び、人がふっ飛びます。幸い、今までこの爆発で重症を負った人はいません。呪いの仕様なのか、巻き込まれた人は目をまわして失神ですみます。しかし毎度服がぼろぼろになるのも、家具や花瓶が壊れるのもご勘弁願いたいのです。
いったい誰がこんなことを。
いくら考えてもわかりません。
ちなみにこの呪いの餌食になったのは、今住んでいるお屋敷のフランツ兄さまとライナー兄さま、その見舞いに来た二人のご友人ニルスさま、そして先ほどの騎士マルセルさまです。前のお三方はあれ以来口をきいてくれません。今日もやらかしてしまったし、もうこのお屋敷に滞在するのは難しいかもしれませんね。
「……逃げるか」
外の景色はいい眺めです。思えばここ最近は窮屈な暮らしでした。言葉づかいを徹底的に改めさせられ、使者探しという名のパーティ、パーティ、パーティ。毎度おなじ顔ぶればかりでどう探せというのでしょうか。ここにいてもわたしが出会うべき人はいない気がします。
ここは二階。飛び降りても、下の芝生はふかふかなのでいけそうな気がしました。問題は服と靴でしょうか。
少し考えてから、わたしはワンピースだった残骸をぶちぶちとむしり取りました。こんなの着てても無駄です。それから騎士さまをひざまくらで介抱していたメイドを後ろから襲い、服を脱がせます。あとでカーテンをかけてあげるからゆるしてくださいね。お仕着せに腕を通し、外に出てもおかしくない姿になりました。これでいいでしょう。だいぶご迷惑をかけたし、わたしはここを出ようと思います。
そのとき、部屋に誰かが入ってきました。きっと爆後の様子でも見に来たのでしょう。それはフランツ兄さまとライナー兄さまでした。ふたりともとても顔が良くて、仕立てのいい服を着た姿なんかはご婦人がたにキャーキャー言われていましたっけ。ふたりとも驚いたようにわたしを見つめていました。
「さようならフランツ兄さま、ライナー兄さま」
大事なお別れの挨拶です。努めて笑顔でまいりましょう。
「ベタベタさわられるのクッソうざかったです」
わたしは壁の大穴から外へ飛び出し、お屋敷をあとにしました。
◇
その後はなんとか逃げおおせまして、現在は前に住んでいた辺りに潜伏しています。昔ながらの友人にかくまってもらいつつ、旅にでようと準備をしているのです。もともとたくましい育ちなので、野宿だってへっちゃら。鳥だってさばけるんですよ? わたしは光の使者を探さねばいけませんから、この足で各地へおもむこうと思うのです。
あ、あのあと何度かドカンをやりましたがお聞きになります?
いつだったか、曲がり角でぶつかった男性に「どこ見てんだよ」と罵られてドカン。
その男性とまさかの再会をはたし、「おまえ、あんときの!」でドカン。
路地でゴロツキにからまれ、助けにきたと思われる男性が颯爽と登場した瞬間にドカン。ちなみに前二回と同じ方です。
そのたびにわたしの服がぼろぼろになるものですから、涙をのんで男性からはぎとりました。おかげ様で目の敵にされています。さらに最近ではわたしを見かけると一目散に逃げるようになりました。
しかし、逃げられると追いたくなるのは淑女の性ですよね。偶然にもその方は旅人のようなので、彼のあとについて回ればいいのではと閃きました。きっとあちこちに行けて、光の使者を探し出せる気がするのです。
「おはようございます。旅立ちにはもってこいの日和ですね」
宿屋から出てきたその男性は大きな荷物を背負っていました。近くで張っていて正解でした。彼はそろそろ次の町へ発ちそうだと友人たちが教えてくれたのです。やはり持つべきものは友ですね。刺青だらけで人相は悪いですが、情報通です。
彼は「うわっ!!」とバケモノを見たような声をあげました。もう、失礼な方ですね。
「わたしはララと言います。女神さまの信託により、光の使者を探しています。しばらくあなたの後をついていきますので、よろしくお願いします」
「やめろ、俺の半径三メートル以内に近づくな! 俺はまだ死にたくないんだ!」
そんな、人を危険物みたいに。しかしこの方がおっしゃるなら離れていましょう。わたしだって爆発はしたくないのです。
「極力近づかないようにしますね」
「信用できるか! だいたいその話が本当なら、あんた噂の聖女さまだろ? どこぞの貴族が囲んでるって聞いたぞ」
「とんずらしました」
あんな所にいても、絶対に使者は探せません。わたしの決意を固めてくれた呪いに、少しばかり感謝してもいいのかもしれませんね。
「だ、だとしてもだ。俺の後はついてくるな。お願いだから」
「そのように嫌われて……とても悲しいです。悲しみのあまり、この身が爆ぜてしまいそう」
彼の顔色がさっと悪くなりました。それがおかしくて思わず笑みがもれます。いけませんね、これでは意地が悪い女です。
「すみません、冗談です。別に行動を共にしたいわけではないので、わたしのことは気にしないでください。壮大な人探しの旅、まずは旅慣れしていそうなあなたの後ろをついて行こうかと思っているだけなのです。わたしのことがお嫌でしたら無視してかまいませんので」
一礼してわたしは数歩さがりました。どうですかこの慎み深さ。少し悲しげなほほ笑みとセットで十点満点ですね。
爆発の君は申し訳なさそうに頭をかきました。そしてわたしをちらりと見ると、ばつが悪そうに口を開きます。
「……べつに、本当に迷惑をかけないなら、付いてくるぐらいはいいぞ。あんたが本当に聖女って言うんなら、光の使者を探さなきゃいけないんだろうし」
ちょろ。いえ、なんでもありません。まあ断られても勝手に付いていくつもりでしたけど、本人が了承してくれるのならそれにこしたことはありません。なんだかんだで優しい人です。助けに入ろうとしてくれた時もそうだったし、だからわたしも気になるのかもしれません。爆発の君はまだもじもじと何か言いたげです。
「あんた、ララって言ったな。俺の名前はアルバート・バリーだ」
うーん、なんだか嫌な予感がします。例えるなら導火線に火がつく直前。アルバートと名乗った爆発の君は照れくさそうにプイっと横を向きました。
「アルって——」
「急に愛称とかやめろコラ」
言わんこっちゃない。わたしから発した強烈な光が、一瞬で辺りを照らしました。次いで巻き起こる衝撃。気付けばわたしの服はあちこち破れ、アルがふっ飛ばされて目を回していました。
こういう時なんて言うんでしたっけ。
前途多難?