異世界に召喚されて勇者をやっているクソ兄貴がエロ本を所望してくる
ブンッ、ガッゴン。
浪人生に休日なんてものはなく、今日も俺は自分の部屋にある小学生の時に買ってもらった学習机に向かって過去問を解いていたのだが、すっかり馴染んだ聞き慣れない音が隣から聞こえたのでシャーペンを動かす手を止めた。
隣にある学習机の空っぽの引き出しから聞こえるとはとても思えないこの音は、机の主人によって不定期にもたらされるもので、我が家では待ち遠しい合図でもある。
今日はもう勉強をやめることにした俺はシャーペンを置くと、躊躇せずに音の鳴った引き出しを開けた。思ったとおり、いつもは中身が空っぽの引き出しの中には何通かの手紙とノートが入っていた。
引き出しはそのまま開けたままにしておき、まず俺は引き出しの中身を手に取り自分の机の上に移動する。そして、それらの一番上に置いてあった封筒にも入っていない半分に折られただけの紙を手に取り拡げて読んだ。それは俺宛に書かれたものだと知っているからだ。
『うーす。マジ魔王城遠すぎなんですけど。あ、道中のお供であるエロ本の鮮度が落ちたので新作を頼む。盗撮、素人、企画ものなんでもいいけど、JKものを所望する。雑誌、漫画は問いません。お兄ちゃん制服が恋しくなりました。ロングのメイド服も悪くはないけどー、ミニスカートのJKとかが見たいし普及したい。とりまパーティーの奴らと共有したいので頼むわ。お前にしか頼めないからマジでお願い』
「相変わらず、クソ兄貴だな」
思わず溢れてしまったが、差出人のおよそ一ヶ月ぶりの生存報告に胸を撫で下ろしたのも事実だった。俺はとりあえず読んでいた紙は机の上に放っておき、他の手紙を眺める。
俺宛の手紙に書かれていた文字と同じ字で両親と姉にそれぞれ宛てた手紙と、家族全員に宛てた活動記録と書かれたノートと翻訳と書かれたノートの2冊があった。そして最後にこちらでは馴染みのない文字が書かれている手紙だ。
家族宛の手紙は夕飯の時にでもそれぞれ渡すとして、先にノートだけでも一度読んでしまおうか考えていると、コンコンとドアをノックした後にドアが開いた音がした。
「ねぇ、さっきの音ってアイツからー?」
「そうだよ。相変わらずだけどちゃんと生きてた」
振り向けば、部屋に入ってきたのは5つ上の姉だった。3つ上の兄から送られてくる手紙の音は、賑やかだった兄のように主張が激しいので、隣の姉の部屋でも普通に聞こえたようだ。
近づいてきた姉に兄から姉宛に来ていた手紙を渡す。姉はすぐに封を開けて読み始めると、さっきの俺のように呆れた笑いをしながらも無事に生きていることにホッとしているようだった。
「まあ、アイツは簡単に死にそうにないけどねー。あんなアホでも一応勇者サマなんだし」
「アレが勇者とか、あっちの世界の人たちに本当申し訳ない」
「召喚したのはあっちじゃんかー。見捨てずにちゃんと責任を持ってアイツの面倒みて欲しいけどねー。まあパーティーメンバーの人もよくしてくれてるみたいしその辺は大丈夫じゃないかな」
一年と半年前に突然行方不明になった兄から、異世界で勇者をやっていると連絡があったのは俺が大学受験を受ける直前だった。ずっと探していた兄からの意味不明な連絡方法と内容には家族全員で動揺してしまい、俺は受験は失敗するし姉は原稿を落とすしで最悪な年明けになった。
しかし、去年の兄が行方不明になってからずっと張り詰めていた我が家の空気は、すぐに帰ってこれなくても兄がいつも通りに生きているがわかったことでようやく緩み、それから何度か兄と手紙のやり取りを行っている。
兄は三人姉弟の真ん中で、家族の賑やか担当のような存在だ。ふざけた態度も多いが馬鹿みたいに明るくて誰とでも仲良くなれるような奴だったので、異世界でもうまくやっているのだろう。
活動報告をさせることで少しでも無事を確認したいところだが、兄は普段ふざけている分大変なことや辛いことは隠してしまうので、文字だけでは確認し辛いことも多い。
「てか、アイツからの手紙になんて書いてあった?私のには最近覚えた隠密系の魔法について書いてあったけど、これ絶対アホなことに使ってるでしょ」
「俺のはいつも通りエロ本の催促だった。制服JKものがいいとかマジきもい」
「ほんとアイツのエロ本への欲求は何なのかね。まあ、そのおかげでアイツの無事は確認できたんだしいいんだけどさー。お母さんもアイツの無事知って最初こそ喜んでいたけど、今は絶対怒ってるよね」
兄が異世界と繋げた自分の学習机の一番下の引き出しは、元々兄が隠していたエロ本置き場だった。オープンスケベなところがある兄は、同室で弟の俺がいても堂々とエロ本を読むような奴で、姉や俺にエロ本好きを公言していたとても残念な男でもある。
異世界に召喚され勇者として魔王討伐するために修行をこなしていくうちに、無性にエロ本が読みたくなった兄は召喚時に得たチート能力の一つである空間魔法とやらを駆使して、自分の秘蔵のエロ本を異世界で取り出すことに成功したらしい。
つまり、心配している俺たち家族と連絡をとるためではなく、どうにかエロ本を読みたくて身に付けた魔法なのだ。そして今も生存報告というよりは新作のエロ本読みたさでこちらに連絡をしているフシがある。
そういうところがある兄なので、母も行方不明だった兄の無事を知ることができるのは嬉しいが欲求に忠実なところに心配を通り越して怒りを持っているらしい。異世界から来た勇者だと偉そうにすることなく問題を起こす前に早く帰ってきなさいと必ず手紙に書いているのだとか。
オープンスケベな割に姉の教育のおかげでリアルの女性に対しては紳士的な兄だし、魔王討伐のためのパーティーは男しかいないらしくノリも男子校のそれだったりして、ネット小説とかでよくある女性との爛れたパーティーとかではないらしい。
パーティーメンバーの人たちを兄から手紙で紹介されたが、それなりの身分の人たちばかりだったので、もし面倒な問題を起こすとしてもそれは兄だろうと予想ができた。だから母は毎回手紙に書いているのだろうけども。
兄のパーティーメンバーとは異世界語でのやりとりになるが、手紙を送ってくれたり翻訳ノートの作成を手伝ってくれたりと我が家とささやかな交流をしてくれる良い人たちだ。何よりあの兄と付き合ってくれているだけで、我が家にとって有難い存在である。
兄はその辺の見極めが上手いので人間関係のトラブルは少ないだろうが、やはり遠い異世界でちゃんと生きていけるかは家族として心配していたりもするのだ。そんな家族の気持ちを知ってか知らずか、エロ本の要求をしてくるのだからどうしようもなくクソ兄貴である。
「ほんと能力の無駄遣いすぎるし、身内的には恥ずかしすぎてこんなの誰にも言えねえよな」
「わかる。去年行方不明になった弟がエロ本読みたさに魔法使って引き出しと異世界繋げちゃったようで我が家では時々異世界とやりとりしています、なんて今時ネットでも呟けないわー」
それはもう空想の話になっている字面である。いや、妄想のネタにしてもひどい。エロ本読みたさってなんだよ。いや、まあここにいるんですけどね、エロ本に執念を燃やしている男に巻き込まれている家族たちが。
「んなもん、他人が言ったら100%信じないわな。てか実際体験してても未だに信じられんし」
「確かに。引き出しに豪快な音をたてて現れる手紙とか意味不明だよねー。しかも、開けた後にもう一度引き出しを閉じると、こっちからの手紙も消えちゃうとかイリュージョンすぎるし。不便なのはこっちからアイツに送ることができないことだけど、まあ、こっちには魔法ないからそれは仕方ないかー。本当アイツの魔法チートだよね、さすが勇者サマって感じ」
異世界に召喚されたときに勇者として色々出来るようになったという兄の努力次第では、この引き出しを使ったやりとりだってもっとどうにか出来そうなものなのだが、残念なことに兄の原動力は『エロ本が読みたい』なのでしばらくはこのやりとりになりそうだ。
家族への手紙や活動報告だって、エロ本という報酬があるから書いているようだし、本当マジであのクソ兄貴のエロ本に対する想いは意味がわからない。こんな兄が勇者でいいのか、異世界。
すでに手遅れになってそうだが異世界の人たちへの影響も勝手に心配はしている。しかしながら、遠い異世界で頑張っている兄のことを考えると希望のエロ本くらいは用意してやろうかという気になってしまうので、結局我が家も兄のことを心配しているし甘いのだろう。他に必要なものもあるだろうに、毎回バリエーションに富んだエロ本を要求する兄は本当に勇者としてやっていけるのだろうか。
そんなことをつらつらと考えていると、姉が何か思いついたのか人の悪そうな顔でこっちを見ていた。この人もあの兄の姉であるので他人の迷惑を考えずに面白いと思うことに忠実な人であった。二人の弟である俺の処世術はただ流されていくことである。
「ねぇ、ねぇー、アイツのところにDVDも送っちゃおう。多分アイツのことだからさ、どうにかして再生できるようになると思わない?」
「まあ、クソ兄貴ならやるだろうけどさ。それ、絶対母さんがキレるやつじゃん」
姉の思いつきに返事をしてみたが、今のエロ本でも良い顔をしていない母のことを考えると動画は厳しいものがあると思う。ただ姉がやると言ったらやるだろうし、兄もエロ本好きが過ぎるが動画も嫌いではなかったはずだ。さすがに視聴しているところは見たことないが、シチュエーション談義を聞かされたことはある。弟になんて話をしているんだクソ兄貴。
死んだ目になっている俺の横では、姉がうんうんと訳知り顔で頷いている。
「男の子たちばっかりなんだから多少はねー。日本のエロビは世界一だって担当さんが酔ったとき言ってたし、異世界でも通用しちゃうよ多分。この間資料として貰ったやつがあるから丁度よかったー」
姉は文章を書いている人なんだが、俺は仕事について詳しく聞いたことはなかった。学生の頃から何か活動していることは知っているけど、姉とその友達たちがふふふと笑っているテンションが怖くて近寄りたくなかったんだよな。うん、背筋が冷える。
「姉ちゃんの仕事には何も言わないけど、兄貴たちをネタにするのはやめてやれよな」
「私ファンタジーは書いてないから大丈夫ー。ちょぉっと日常のやりとりのインタビューしてるけどー。あ、そうだよーこれは謝礼だよ謝礼」
「今思い付いただろ、それ」
結局、姉の適当な思い付きから兄への依頼品の他にDVDも一緒に送ることになった。その日の夜には、両親にも兄からの手紙を渡し、みんなで活動報告ノートを読み、翻訳ノートを使いながら兄のパーティーメンバーからの手紙を読んで異世界語で返事を書いた。そして兄への返事もそれぞれで書いて、開いたままになっていた引き出しに仕舞いそっと閉じる。
兄の元へ俺たちの手紙が向かうとき、こちらにやってきたときのような音は出ずに静かに消えている。一度閉じた引き出しを開ければ、そこにはもう俺たちの手紙は無くなっているのだ。そしてその後の俺たち家族は次の兄の連絡が来るまで祈りながら日々を過ごすしかない。
後日、兄からの手紙には気合でDVDを再生できるようになったと本当に報告があり、俺と父は呆れたが姉は爆笑し、母は静かに怒っていた。




