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玲美の面影

 最低だよ。わかってる。

 俺はどうしようもないくらい身勝手な男だよ……。


 いつだってそうだ。

 今までだって俺は相当好き勝手なことばかりやってきた。

 玲美と学校が違うのをいいことに、来る者は拒まず、去る者は追わず、俺はただ気の向くまま女と戯れている。

 俺にとってはほんのアソビに過ぎないのだから、俺の行為は男として許されないものに違いない。

 わかってはいても俺は、俺の為に泣く女が出てきてさえも、顔色ひとつ変えない酷薄な人間だ。


 冴枝の気持ちを知ってすら、俺はどうするつもりもない。できない。

 俺には玲美が全てだった。

 玲美以外の女に本気で惚れたことなど、一度もなかった。

 俺たちは、固く強く、結ばれていた。


 玲美……。

 どうして逝っちまった。

 なんで一人で……。

 何故、黙って勝手に、俺を一人置き去りにして……


 ~~浩人……ひろと……!


 目を閉じれば、俺を呼ぶ玲美の声が聞こえてくる。

 在りし日の二人の姿がはっきりと、俺には見える。

 あの輝いていた時のまま、玲美は優しく俺に語りかけてくる。


 淋しいのね、浩人。

 ひとりぽっちだったのね、ずっと。

 ひろと……。


 玲美が俺を抱き締めている。

 俺は幼子のように、あいつの膝の上にじっと寝転んでいた。


 あたしがいるわ。

 れいみがひろとのおかあさんになってあげるから。

 あたしたち、もっともっと早くから出逢えていたら、よかったのに。

 そしたら玲美は、いつだって浩人の側にいてあげられてたのにね……。


 微笑みながら、俺の髪を梳く玲美────── 

 玲美……!!


 俺は両手で頭を抱え込み、背中を丸めて尚、冷たく固い板張りの床の上に転がっている。

 お前だけは、屈折した俺の心をわかってくれていたんじゃなかったのか。

 まだ充分幼さを残していた俺たちが、偶然に巡り会ってから愛し合うようになるまで、そう時間はかからなかった。

 あいつはこんな俺を信じて、俺だけを愛し、俺に愛されながらどこかで俺を聖母のように包んでいた。


 それなのに、どうして……。

 どうして一人で逝っちまった。

 何がお前をそこまで追い詰めていたんだ。

 それほど苦しんでいたというのなら何故、俺に一言、告げなかった。

 俺たちは全てを許し合っていたはずじゃなかったのか。


 そして何故。

 どうして、この俺にお前の死の原因がわからないんだ……!!

 何度も繰り返してきた自問自答に今日もまた苦しみながら、俺の脳裏にはあの悪夢の朝が再び蘇ってくる。


 半信半疑のまま駆けつけた病院のベッドの上で、玲美の小さな顔の上には、白布がすっぽりと被せられていた。

 恐る恐るそれを取り去った俺の目に飛び込んできたのは、青白い顔をして瞳を閉じている玲美──────


 眠ってるだけだよな、玲美…。

 そうだろ。

 すぐ目を醒ますよな……。

 玲美……起きろよ。朝だぜ。

 俺だよ、玲美……。


 語りかける俺の耳には、ただ玲美のお袋の泣き叫ぶ声だけが響いていた。


 玲美……。

 瞳を開けてくれ。

 どうして……玲美……!


「玲美ぃ────── !!」


 夢と現の狭間で俺はまた、あらん限りの声で絶叫していた。

 一人自分の躰を抱き締める俺の腕は、玲美の躰の分だけすきま風を感じている。

 この空虚さが埋められる日が、一体いつ訪れるというのだろう。

 冴枝を抱いても俺の心は充たされやしない。

 しかし、冴枝自身が一番それを知っているに違いなかった。


 ごめん……冴枝────── 


 今の俺には、その言葉を口にする気さえ起こらない。

 俺は……。

 俺は人を傷つけてばかりいる。

 冴枝を弄び、由弘の気持ちを踏みにじって……。

 外では過ぎゆく夏を惜しむかのように、ツクツクホウシが声の限りに鳴いている。

 玲美が死んだことなど何ら知らぬ顔をして。


 受験の夏とは言え相変わらずギターを弾きながら、仲間が顔を揃えれば陽気に騒いでいた俺の十五の夏。

 それはあの日を境に、悪夢の夏へと一変してしまった。

 高校受験さえ俺にはもうどうでもいいような気がしている。

 それでもやはり、絶対同じ高校へ行こうと玲美と約束していた済陵を、俺は受験するのだろうか。

 済陵とて県では名の知れた進学校だ。

 あの型破りの自由な校風に憧れて、多くの志願者が今頃必死で勉強しているだろうに、俺は机に向かう気力すら失っている。


 夏は過ぎ去ろうとしているのに、俺の中の悪夢の夏は一向に終わりを告げない。

 それは続いてゆくのだ。

 俺の中の玲美の面影が消えない。



 そして────── 



本日お昼頃、ラストまで更新します。


よろしくお願いします!

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