27 最終話 永遠なる聖戦
水の月、暁の日、閻の時刻。
それはローザが農民たちと誓った日。
農エルフに伝わる旧暦で、水の月とは雪解けの始まった3月のことである。そして暁の日は月初、閻の時刻とは深夜1時を指す。
いよいよ明日がその日だ。
表向きは、いつものエルフの村。
領主ガルキーナの配下が田畑を見回りにやってくる。それに怯えながらクワを握る農民たち。虐げる者と虐げられる者。
そんないつもの光景。
だが、みな浮き足だっている。
農民はもちろんのことだが、見回りの連中だってそうだ。
けん制し合いながら、互いの腹を探っている。
水面下では、かなりの情報が飛び交っているに違いない。
約束の地、ミルエニアの大樹。
農民たちは、この場所に集結することになっている。
動き出すのは日が暮れてから。
役人の目を盗んでの行動になる。
俺とローザは一足先に、この場所に来ていた。
ローザの眼帯は取れていない。
俺は彼女の視力が戻るのか心配していた。
昨夜、ローザに求められ一夜を共にした。
俺はそっと優しく彼女の緑色の髪を掻き揚げた。彼女の右目はほんのり赤くそまっている。そのまま時を忘れ、抱き合っていた。
夜のとばりの中、彼女はふと漏らした。
「……ダンと仲直りできないのかしら」
「それは難しい質問だ」
ローザが懸念しているように、このままいけばダンとぶつかってしまう。
ダンたちは同郷の仲間だ。できることなら戦いたくはない。
だから先日、ダンと話そうと思い後をつけていた。
陽が落ちる少し前くらいだったか。
どう切り出すべきか悩み、しばらくの間、奴の後ろを歩いていた。
どういう訳かこの日はダンのヤツ、俺の尾行に気付いていた。
「おい、いつまでコソコソつけまとってくるんだ?」
「……分かっていたのか?」
俺は物陰から出たが、ダンはこちらへ振り返ろうとはせず、歩きながら続けた。
「用があるんだろ? 言えよ」
「このままいけば俺達殺し合うことになる。本当にそれでいいのか?」
「ふっ。
ようやくお前は、老人や子どもに武器を握らせる決心がついたのか」
「あぁ、そうだ!
みんなで戦う」
「つくづく非情な野郎だな」
「そうかもしれない。
だが老人が握る武器は剣や槍ではない。今まで培ってきた経験だ。経験を伝承させるのが老人に課せられた武器。
そして子どもが握るのは、未来だ。
領主たちが奪ってきたものを、俺達はこの手に取り戻すのだ」
「ふふ、そうか。
分かった。」
「なぁ、本当に俺達、仲直りできないのか? 俺はお前達と戦いたくない。せめて明後日だけは――」
明後日。
それは集結の日だ。
ダンやガルキーナは俺達の情報を掴んでいる。
だったらそこを狙ってくるのがセオリー。
俺達は逆にそれを迎撃し、戦いの狼煙をあげる。
だからダンには、その場にいて欲しくない。
俺はお前に刃を向けたくないんだ!
初めてダンは振り返った。
目は吊り上り、物凄い形相だった。
「俺はお前の企んでいる戦いを、全力で阻止しようとしてきた。この瞬間も、そして明後日とやらもそうだ。何度も言うが、お前は神やヒーローではない」
「分かっている。俺は小作人だ」
「そうだ。お前は小作人。俺は百姓代。それ以上でもそれ以下でもない。それが神が与えた我々の宿命」
ダンは鋭くそう言い放つと、暗がりの中に消えていった。
もはやダンとは正面衝突しかないのか。
約束の地、ミルエニアの大樹では、春を感じさせる暖かい風が吹いていた。だがそれを心地よく感じられる者は、この瞬間に何人いるのだろうか。
「ローザ。もう振り返れない。俺達は進むしかないんだ」
「分かってる。あなたとなら後悔はない」
陽は完全に沈み、深淵の夜がやってきた。
一人、また一人、暗闇の中、黒い影を見せる。
額には白い布を巻いている。
それは農徒神教の証。
稲穂のエンブレムが中央にある。
同様のエンブレムが描かれた鉄製の盾も背中に身に着けている。
そして閻の時がやってきた。
辺りを埋め尽くすエルフ達。
その数、2万人を超えていた。
農民だけではなく銃を持った猟師や、モリを握った漁師の姿もある。漁師軍の先頭にはクナの姿もある。彼女は海軍を編成してくれた。俺と目が合うとニカリと笑い手を振ってきた。
俺とローザは大樹の上に登った。
そして俺は声を張り上げた。
「よく来てくれた。虐げられた兄弟たち。
俺はアキヒコ。
小作人だ。
俺達は立ち上がらなければならない。
兄弟たちよ。
遂に時は来たのだ!
今こそ、我らの畑を、我らの海を、我らの山を、腐ったエルフ軍から我らの手に戻すのだ。俺達が作るんだ! 俺達の国を!」
天が割れんばかりの大拍手が巻き起こった。
ほぼ同時に「放て!」という合図が響き渡る。
俺は手を空に掲げた。
皆は各々に手に持っていた盾を空に向ける。
いよいよ戦いは始まった。
次々に矢が飛んでくる。
炎の矢だ。
それは無数の赤い弾丸となって降り注いでくる。
俺は天候を操れる。
空は荒れ、風が吹きすさぶ。
矢の炎はシュゥと音を立てて消え、勢いも弱まる。
それどころか放った方角へ押し返していく。
潜伏していたのは、ガルキーナ隊なのだろうか。
目を凝らすと、重装備のガルキーナに、奴の横にはダンの姿が視界に入る。
一国の領主にしては、あまりにも大部隊すぎる。
山を取り囲む程の軍隊を編成している。
ガルキーナがダンに向かって怒声を放っている。
「てめぇ! ローザに手を出さなかったらアキヒコは無害だと言っていたから野放しにしていたのに、なんなんだよ! このザマは!
もろ一揆を企ててやがったじゃねぇか!
俺の信用はガタ落ちじゃねぇか!」
「私は嘘偽りを申しておりません。ローザに手を出さなければアキヒコは無害です」
「は? ざけんな。凶悪な犯罪者じゃねぇか! 今、こうやってリアルタイムで国に牙を剥いているじゃねぇか!」
「無害。
つまりそれは農民にとって無害という意味で申しました。
アキヒコの弱点はローザ。ローザを奪われれば我を忘れ、死にもの狂いで猛攻してくると。例え一騎当千の強さと言えど、大志無き蛮勇に大国を倒すことなどできません。
だから私は、ローザへの攻撃をやめるように進言しました」
「は?」
……まさか!?
ダンは俺の為に……
その為に、ローザへの攻撃を抑制してくれたのか。
俺が冷静でいられるように。
俺に時間を与える為に。
この時を待っていたのか。
そ、そうなのか! ダン!
ガルキーナは真っ赤な顔でダンを睨みつけている。
「つまりてめぇは俺は裏切ったのか!」
「私は百姓代。もともとあなたの味方ではありません。殺したければ殺しなさい」
ガルキーナは斧を振り上げた。
ダンはニヤリと笑い、声を張り上げた。
「聞こえるか! アキヒコ。
俺はシローなんて信じてはいない。あいつは神かもしれない。ヒーローなのかもしれない。だけどな! 結局、一族皆殺しにされた。
それだけは阻止したかった。
このままでいれば百姓はみんな飢え死にすることなんて、俺にだって分かっていたさ。俺はどうしても負け戦になることだけは避けたかった。
アキヒコ! お前は神でもヒーローでもない。
ただの小作人だ。
最弱な存在。
だから俺はお前にかけた。
神でもヒーローでもないお前ならできると思っていた。
神なんて薄情だ。ヒーローでないお前に奇跡など無縁だ。
だからお前ならできる!
勝つべくして勝つことが。
お前に足りないのは時間だ。感情に身を任せてぶつかってはかつての勇者と同じ一途を辿る。だから俺は俺の正義のために動いた。
そしてお前は、この短時間で力を身に着けてくれた。
先日の答え。
見事だ。
お前の覚悟が知れたよ。
思い残すことはない。
村を頼む。じゃあな!」
ローザが口を抑えた。
「あの優しい声。
聞いたことがある。
私を矢から守ってくれたのはダンよ。
夜道を歩いている時、私を一本の矢が襲ってきたの。
その時、私の背中を押して、矢の直撃から身を守ってくれたの。
彼は大丈夫か、とだけ言って走り去った。
暗くて誰か分からなかった。
てっきり農徒神教の仲間と思っていたけど――
――けど、今の優しい声で分かった。
ダン!
死んじゃあダメエエーー!」
ガルキーナの戦斧がダンの首を捉えたその時だった。
言っておくが俺はプロの小作人だ。
大切な穀物を、くだらん害虫から守る為にはどんなことでもする。つーか、ダン、何、勝手にカッコつけて死のうとしているんだよ! 俺に時間をくれてやるためにそんな三文芝居をして、礼を聞かないまま勝手におっちぬなんて、この俺が許さねぇんだよ!
俺の両手に光りの鉈が生まれた。
鉈から放たれる閃光で、ガルキーナの斧の軌道を変え、奴の斧は地に叩きつけられた。地響きが鳴り、大地が裂ける。
ガルキーナの眼光が上空を向く。
「誰だ!?」
「俺は小作人。
ガルキーナよ。収穫の時がきたのだ。だがてめぇの首を刈るのは俺じゃない」
奴はクナの村を滅ぼした外道。
クナはプロの漁師だ。
獲物を見つけた漁師は、例え嵐の海の中だろうが気配を消して獲物の背後に忍び寄り、必殺のモリを叩き込む。
クナはガルキーナの死角に立っていた。
彼女の右手には光のモリを生成している。
「おい、こっちだ。ガルキーナ」
「な、小娘。いつの間に!?
その頬の傷。
くくく、お前、覚えているぞ。
あの貧乏漁村の死にぞこないか。クフフ。生きていたいのか。お前は親父にキズをつけられた不良品なのに、よくもまぁ生きている気になれるな。まぁ、俺様の手にかかってすぐに死ぬがな。
お前のチンケなモリが俺の鎧を貫けると思っているのか?」
「知っているか? プロの漁師はどんなに固い鱗だろうが、一撃必殺のもと確実に貫く。例えそれがリヴァイアサンでも。お前の鎧なんて、軟体魚同然。死ぬのはあんたよ!」
ガルキーナの振り下ろす斧。
それをクナのモリが粉砕。
更にモリは伸びる。
ガルキーナの脳天を貫いた。
奴の体は重たい音を立てて崩れていく。
それを目の当たりにしたエルフの軍曹が、レイピアを掲げた。
「何!? 猛将ガルキーナ殿がやられただと! ぐぬぬ。だが怯むな! 農民一揆如きにエルフ正規軍が屈する訳がないのだ! 者共、かかれ!」
プライマーはそろばんを弾いて横目で俺を一瞥し、口早に戦況を伝えてくれる。
「敵の数は6万。こちらの3倍以上あります」
俺は両手に鎌を生成する。
そして血気迫る敵兵共に向かって叫んだ。
「俺は小作人。
俺の鎌が七色に輝く時、ひとつの畑の収穫が終わる。
俺の無双が見たいのなら残れ」
エルフ軍と俺達農民との戦いは、今、始まったばかりだ。
だがこの聖戦が時代を変えていく。
俺達が俺達の手で、俺達の楽園を作るのだ。
稲穂のエムブレムの描かれた軍旗は、烈火の炎のもと、激しく揺れている。
了




