22 農徒神教
クナはこの村に幻想を抱いている。
もっとも監視の少ない場所を探している俺にクナは、「おい、どうしてコソコソ入ろうとするんだよ」と言ってくる。
それでもクナは、苦笑いを浮かべながらついてくる。ここは彼女が思っているような理想郷ではない。柵を乗り越えると、木々の死角を利用して路地裏伝いにローザの長屋を目指した。
「こうやって壁をよじ登ったり、壁裏を伝ったりしていると、なんかこっそりといたずらをしていたガキの頃を思い出して楽しいな」
そして一軒の長屋の前で足を止めた。
「ここが彼女の家だ」
「かなり遠回りしたな。道に迷っているのかと思ったぞ。でも、サンキューな。一人で一件ずつ回っていたら多分日が暮れていた」そこで言葉を切り、ニカリと笑う。
「ところでさ、アキヒコ。お前、お尋ね者なんだろ? だからこうやって人目を気にしてる。おおよそそんなところだろ?」
まぁ、違いはしない。
肯定も否定もしないが。
「まぁ言いたくない過去は誰にだってあるさ。悪いのはすべて領主だ。あいつらが無茶苦茶するからみんな泥棒や犯罪に手に染めるんだ。そんな奴、いっぱい見て来た。だけど安心しな。ローザ様は誰でも分け隔てなく導いてくださる。あたしがアキヒコも信徒になれるように頼んでやるよ。あははは」
そう言うと、ローザの長屋をノックした。
「どなたですか?」
この声はローザではない。
それに建物の中には他にも数名いるようだ。
集会場以外の場所で、このように集まる事は禁じられている。
クナは言葉を続ける。
「クナです」
「……これから夕食なんです。悪いですが、お引き取り下さい」
「差し入れをお持ちしました。食えない魚のお頭つきです」
その言葉で戸が開けられた。
さっきのは、どうやら暗号だったみたいだ。
戸から顔を覗かしたのは年端もいかない少女。
年齢は12歳くらいだろうか。
見たことがない子だ。
こんな小さな村で知らない者はいない。よその村からやってきたのだろう。家の中には、そんな子が他にも3人いる。
そしてみんな厳しい目で俺を睨んでいる。
「ようこそ、クナ。どうぞこちらへ」と少女は床に張ってある板を持ち上げた。
床の下はくりぬかれており、地下へ続いている。
少女はロウソクを持ち、地下へと歩いていく。
そのすぐ後をクナ、更に後ろを俺が続く。
大人一人が何とか通れる程度の道幅をくだり、ようやく広い場所へ出てきた。
左右の壁にはろうそくが灯されており、その一番奥にはあの子の姿があった。正座して何やら難しいそうな書物を読んでいる。
顔をあげると薄っすらと片目を目を細め、
「待っていましたよ。クナ。大変でしたでしょうに。すぐに温かいスープを用意します」
「ローザ様、実はあたし、他にも仲間を連れて来たんだ。農徒神教のことを話したら、是非とも入信したいって聞かないんだよ。いいですよね」
「その人って……」
「よぉ、ローザ」
「……ア、アキヒコ!」
ローザは俺に気づくと飛び上がるように立ち上がり、こちらへ走り寄ると俺の手を握った。
「アキヒコ! どこへ行っていたのよ!?」
「あぁ、ちょっとな。それよかローザ。これは何なんだ? どうしてこんな教団を立ち上げたんだ?」
「アキヒコは理想郷を作ると言った。だから私はそのお手伝いをしただけ。あなたの理想へ近づけるために、私たちは立ち上がったの」
「……にしても、なんというか……」
この部屋には信者と思える者が他にも10名くらいいる。
この狭い地下で何やら計画を立てているようなのだ。
机の上には紙が山積みされてある。
紙は貴重品だ。
どうやって農民が手に入れたのだろう。
もしかしてこの中には、商人も混ざっているのか。
部屋にいた一人が声を上げた。
歓喜の声っていうのだろうか。
肩を震わせて喜んでいる。
彼女は知っている。
ローザと仲が良かったエルフの少女、ナキだ。
「アキヒコ様。ローザ様は、あなたの来られるのを今か今かと待っていたんですよ」
「おい、ナキ。なんだよ、様って。今まで通り、アキヒコでいい。それにローザまでどうしたんだ!?」
ローザは肩をすくめると苦笑いを浮かべ、
「どうもこうもご覧の通り。みんな、アキヒコや私の事を様を付けて呼ぶようになったの。幾ら言ってもやめてくれないので、もう諦めたわ」
その話を聞いてか、クナは目を丸くした。
「お、おい。お前、まさか神様だったのか? 溺れるのに神様??」
「うるせぇ。それに神じゃねぇよ。ただの小作人だ」
だが洞穴の中の連中は俺に向かって、「神よ」と手まで合わせる始末。
「アキヒコ。
私、あの日、アキヒコが言った台詞をそのまま伝えていったわ。いつまでも悪い領主の言いなりになってはダメ。自分達の国は自分達で作るんだ! って。
それがいつしか、こんな形になってしまったの。
だけど後悔なんてしてない。
私は周りの村々にも話して回った。農村、猟師達の村、漁村、貧しい商業施設。炭鉱。虐げられたものがいる場所に回って行った。そして私の言葉に賛同してくれた者達が信徒となって、もっと遠くまで伝えていっている。
確かにダンのような人もいる。
だけど、アキヒコを応援している人だってたくさんいるんだよ。
そしてね、密かに集結しようと計画している。
水の月、暁の日、閻の時刻。
村の外れのミルエニアの大樹の前に大集結しよう、って約束した。
そして今、こうしてみんなこの村に集まっている。
いよいよよ。
私達農民が立ち上がる日は!」
言葉を失いかけた。
ローザの気持はよく分かった。
ローザの勇気ある行動を誇らしく思うし、彼女のことを心から尊敬している……。
こうなった以上、前進しかない。
そんなことは分かっている。
ただ……
……彼女を戦場に駆り立てたのは俺だ。
あの優しかったローザをここまでさせたのは、俺……
「分かったよ、ローザ。
……それよりかローザ。
左目はどうしたんだ?」
ローザに会ったとき、一番最初に気になっていた。
悪い想像しかできなかった。
だから聞くのが怖かった。
ローザは包帯の上に手を添えて、ニッコリ微笑む。
「……あ、これ。ちょっとこけてね。
こんな大事な時に抜けているでしょ、私。
でも大丈夫よ。眼球は外れているし、時間をかければ視力は戻るって言われたから」
俺を心配させまいとする彼女らしい嘘だ。
眼球から外れた。
つまり矢を受けたのか。
彼女を狙う暗殺者が、どこかに息を潜めている……。
そういうことなのか。
ダンはローザを刺激しないようにガルキーナに言っていた。
もしかしてダンは村の自治団を抑えられていないのか。
それとも――
ただひとつ分かるのは――
ローザのやや朱色に染まった眼帯。
それは彼女がどれだけ無茶をしてきたのか、克明に物語っている。




