16 古(いにしえ)の勇者シロー
悪の領主ファラードは倒れた。
残された人間の兵士共は、一目散に逃げ出した。
村の皆は顔を見合わせて困惑していた。泣いている子もいた。人間界の学園にいくことを楽しみにしていた子供たちは、どんな心境でこの事実を受け止めたのだろうか。
そんな中、誰かがポツリ言った。
「俺たち……。騙されていたのか? そしてアキヒコが守ってくれた……のか……?」
ローザがこちらに走りよると、みんなの方に振り返りおもむろに口を開いた。その唇は震えていた。
「……ファラード様は恐ろしい人だった。でも見たでしょ!? ……カイルと……カイルと……」
涙ぐんで声を詰まらせたが、それでも空を見上げ声を張り上げた。
「……カイルと……そしてみんなが迫害を続けてきたアキヒコが私たちを守ってくれた! 私は知っているわ。アキヒコは逃亡なんてしていない。逃げてなんていない。ずっと村の近くにいた。この村に異変がないか隠れて見ていてくれたんだよ! 収穫の時期も終わり、寒い冬がやってきているのに……。雪だってちらつく日だってあったのに……。アキヒコは自分を村八分にしてとことん追いつめたあなた達を守るために、ずっと、ずっと、ずっと!!!!」
誰かが言った。
「そうだったのか……。すまない、アキヒコ」
俺はローザの震える肩に手を添えた。
「ありがとう。
でも俺の事はいいんだ。
俺はこの村を楽園にしたい。誰もが安心して農業ができる、そんな村にしていきたいんだ。だからこれからは俺達が領主を選ぶ。農民のことを考えず、私利私欲にまみれた悪党に屈してはいけない。俺たちが住みやすい誰もが笑える理想郷を作るんだ!」
幼いエルフが俺の言葉に続いた。
「あたし達が、あたし達の村を作る……?」
「そうだ。みんなで作るんだ」
「……お兄ちゃん、なんかシローみたい」
シロー?
あぁ。老神父が世界史の授業で言っていた人間界の勇者の話か。
老神父はペテン師だったが、教えていた授業は史実に基づいたものだった。ウソで塗り固めるとすぐにばれる。だから数術、歴史、世界史など教えていた内容の9割以上が本当のことだった。
かつて人間界には農民のために立ち上がった伝説の勇者がいた。
彼はシマバラという辺境の地で、厳しい年貢の取り立てに苦しむ農民のために、当時、絶対無敵・人間界最強とうたわれる超絶軍隊、エド・バクフと真っ向勝負にでたのだ。
エド・バクフはナイト、ソードマスター、バトルマスター、武道家、魔道士、賢者、忍者、僧侶、聖騎士、魔戦士、竜騎士、妖術使い、幻術使い、時空魔道士、風水師と呼ばれる職業の者が集まるプロの戦闘集団だ。
一方、シマバラの勇者軍は、農民、漁民、猟師といった戦闘の素人。
数も火力も違いすぎる。
圧倒的戦力差。
それなのにシマバラの勇者軍は、敵を圧倒していった。
勇者の名は、シロー・アマクサ。
この聖戦の名を『シマバラ・リべリオン』という。
子供達、そして最初は驚いていた大人たちも「ワシらの国をワシらが作る……」と俺の言葉に賛同を示し始めた。
だが。
俺の肩に石があたった。
誰かが石を投げたのだ。
それはローザにもあたる。
「おい、誰だ! やめろ!」
「やめるのはお前の方だ! このよそ者!」
石を投げつけてきたのは、カイルといつも張り合っていた別の5人組のリーダー。大柄で無精ひげを蓄えたダンという青年だ。
自治を目的に導入された5人組制度。異なる組同士で監視する関係にある以上、こうやって仲たがいしている組も少なくなかった。
特にダンはカイルや俺のことを嫌っていた。
こちらをガチでにらんでいる。
「何が楽園を作る、何が自分たちの国を作る、だ。バカバカしい。お前にシローのマネなんてできねぇよ。それにシローだって最後はどうなったか知っているのか? シローはまだいいさ。やりたいことをやってくたばっただけだから」
バクフの鮮鋭部隊を次々に壊滅させていった勇者軍だったが、結局シマバラ・リべリオンは失敗に終わり、首謀者だけではなく、一揆勢すべて皆殺しにあった。
「アキヒコ!
お前はよそ者だ。
三年前ふらりとこの村にやってきて、居心地がよくて居座っているだけの根無し草。
だからこの村がどうなっても関係ないんだ。
ばつが悪くなれば、またどっかに行けばいい。だから好き勝手な熱がふける。
俺達はそうはいかないんだ。
ここで生まれ育った。
ここがなくなったら終わりだ。
お前らは前の領主様を悪く言うけど、あれが普通だ。
お前らが甘えているんだよ。
領主様は年貢を取り立てるのがお仕事。厳しくしないとお前らはちゃんと払わんだろ。俺の組はいつも決められた年貢以上に納めてきた。そうすることで俺は領主様と関係を構築していった。本当に困ったときには温情してくれたし、かわいがってもくれた。だから俺は他の連中が寝ている時間も働き、たくさんの年貢を払うために努力してきたんだ。
それなのに! それなのに!
アキヒコ! お前がすべて壊した! 俺はお前を許さない。みんなも甘い言葉に騙されるな! ファラード様だってそうやって甘い言葉で誘惑して、みんなを騙してきたじゃないか。心地いい言葉の裏にはトゲがあるってのは相場なんだよ。それにどうして気付かない?」
ローザもムキになり、
「なにそれ!
ただの負け犬の遠吠えじゃない!
アキヒコはね!
アキヒコはね!」
「うるさい! お前、どうせアキヒコが好きなんだろ? だからそうやってかばっているだけだ。ざけんな。お前も出ていけ。この村から消えちまえ!」
「何よ、本当は怖いんでしょ? そうやってそれっぽい御託をならべているだけ。何もしていないのはあなたの方よ! 勇者シローは敗れた。だけどもしシローが立ち上がっていなければ、シマバラの民は餓死していた。シローが立ち上がったから時代は変わったんだよ! シローの勇気が当時の農民の心を救った! だから私たちだって――。
みんなはどうなの?
さっきアキヒコにありがとうって言ったわよね?
一緒に楽園を作ろうって言ったわよね?
やろうよ! みんなでやろうよ」
再び賛同する農民はいなかった。
そう、古の勇者シローは敗れ、仲間たちはみんな惨殺されたのだ。
俺に加担すれば、同じ運命をたどることになるやもしれない。
だからなのだろうか。
暗い顔でうつむいているだけだった。
ローザと視線が合うと、すぐにそっぽを向く。
何か言いたそうな子供達。それに気づいた親は子供を抱きかかえると家の方へ足早に歩いていく。
それどころか、ダンに同調する者まででてきた。
「出ていけ。アキヒコ。この疫病神!」と言ってダンと一緒になって石を投げつけてくる。
「何よ、あなた達。守ってもらってそれはないんじゃないの! 今頃どうなっていたか分かって言っているの!?」
「違う! アキヒコが前の領主を殺したから、ファラード様がやってきたんだ。全部アキヒコのせいだ。これ以上アキヒコにかかわると、ろくでもないことが起きるぞ」
「何それ! 本当は怖いだけなんでしょ?」
「黙れ! 黙れ! お前も出ていけ!」
俺はローザの肩をポンとたたき、
「いいさ。俺が出ていく。だけど自分が言ったことには責任を持つつもりだ。俺は俺で勝手にお前らを守るから」
「待って。アキヒコ。……私も……」
ローザも一緒に来てくれるのか?
本音を言うと、うれしい。
君と一緒に歩んでゆきたい。
でもダメなんだ。
森は寒いし、危険がつきものだ。
それに俺の歩む道は蛇。
だから首を横に振った。
「なんで!?
なんで!?
なんでアキヒコはいつも自分ひとりでカッコつけようとするの?」
「だって言っただろ。
俺は心配性だって。君が悲しむ顔を見たくない。君を不幸にしたくないんだ……。だから……」
「私だって同じよ。アキヒコが悲しむ顔なんて見たくない。私にも何かできない? 私、アキヒコがやろうとしていることのお手伝いをしたいの」
そんなことをしたら、ダンが何をしてくるか分かったもんじゃない。
ローザの身に危険が及ぶ。
「俺のことを忘れないでくれ。それだけで十分だ」
「なにそれ。ちょっと卑怯じゃない? 私だってアキヒコのために何かしたい。与えられっぱなしなんて嫌」
「いいんだ……」
そう言って俺は村から立ち去った。
「待って! アキヒコォォ!」
いいんだ……。
今は、まだ……




