14 神の加護と聖騎士
村の子供達がファラード邸の前に集まっている。
数にして50余名。
すぐそばには馬車も10台ほどあり、人間の兵士もいる。
子ども達は皆、大きな荷袋を背負い、その中には着替えや生活必需品、そして少しばかりのお金と母親の愛情のこもった弁当があるに違いない。
子ども達を取り囲むように「頑張ってこいよ!」と励ます親や、泣いている老エルフの姿もある。
「じいさん。こんな晴れ舞台に泣くやつがあるか! 今生の別れってわけじゃないんだ。ルルンは立派になって帰ってくる! だから笑って見送るって約束したじゃねぇか! うぅ……」
「おめぇだって泣いているじゃねぇか。それにワシは泣いているんじゃねぇ。目にゴミが入っただけじゃ。ガンバレー! ルルン!! しっかり勉強してファラード様のように立派になるんじゃぞ。ローザさん。この子をことよろしくお願いします」
「はい。命に代えても」
抱きしめ合って泣いている家族。
それを柔和な眼差しで見つめているファラード。
だが、あの野郎はこのエルフの家族達をどういう気持ちで見つめているのだろうか。
この様子を物陰に隠れてジッと見ていた俺は、グッと拳を握りしめた。
ファラードは話し始めた。
「皆のご子息は、私が責任をもって人間界の学園に届ける。セントエルミナル学園が迎え入れてくれると連絡があった。そこは名門中の名門で、私の母校でもある。そこで私は聖騎士とは何かを学んだ」
「すごい! ファラード様がお勉強をした学校であたしも学べるんだ!」
目を輝かして喜ぶ少女のエルフ。
だが奴が送り届けようとしている場所は地獄。
てめぇはセントエルミナル学園で何を学んできたのだ!?
「ではそろそろ出発しようか。みんな、馬車に乗ってくれ。さぁローザも」
「はい」
「待て!」
最初に俺に気づいたのは、ローザだった。
「アキヒコ……。良かった。行く前に会えるなんて。もうしばらく会えないと思っていたから。実はあなたの罪はね……。
え? アキヒコ! どうしちゃったの!? 何をしているの?」
俺の足元には、グルグルに縛った神父が横たわっている。
「これから連れて行かれる場所は学校なんかじゃない。醜悪な奴隷市場。そこで死ぬまでこき使われる。こいつが全部ゲロした。ほら、言えよ」
俺は神父の横っ面を足で小突くが、ギュッと口を閉じ、なかなか言おうとしない。
「俺は主殺し罪人だ。死罪は決まっている。今更一人二人殺しても変わらない。どうせ死ぬならもう一人くらい殺してみるか……」
と、もう一回、神父の横っ面をつま先で小突いた。
神父は顔全面に脂汗をかき、苦い顔になる。
「ファラード様、すいません……。アッシはまだ死にたくありません。
そうです。こいつの言った通りであります。アッシらは奴隷商人と繋がっています。エルフを洗脳して人間たちに売り飛ばすことを生業としております」
暴露されたというのに、ファラードは涼しい顔をしている。
「そうか、君が噂のアキヒコか。愚かそうな顔をしている。どうせ神父を脅して言わせただけだろう。私を困らせて交渉事でもしたいのか? 神父が苦しそうな顔をしているではないか。そろそろ放してやってはくれないだろうか」
村人たちも続いた。
「そうだ。ファラード様がそんなことをするはずがない。アキヒコ! てめぇはとんでもないことをしているんだぞ。その汚い手を神父様から放せ!」
「フフフ。領民達は賢明たる判断をした。罪人の君と、善行者たる私。どちらが信用されるか分かったかね。
ローザが命がけで嘆願してきたからどれくらいの人物か楽しみにしていたのだが、長い逃亡生活で心身共々病んでしまったのか。君には失望したよ」
「そのような歯の浮いた台詞、よく言えるな。
正義のパラディンが裏で悪党ともつるんでいる。
失望したのは俺の方だ」
神父の着ている胸ポケットから紙を取り出して、高く掲げた。
それには売られる子の名前、年齢、性別、価格等が克明に表記されており、最後にファラードの自筆の署名まである。
村のみんなは、何が起こったのか分からない、まさか信じられないという顔で互いを見合わせていたが、その視線がファラードに集まる。
ファラードの顔が渋く変わる。
取り繕っても無駄だ。これは動かぬ証拠。言い逃れるもの逃れてみろ。
「……。そうか。見破られてしまったか。
仕方ないな……
もはや女はクスリ漬け、男は肉にして売るしかなくなったではないか。
随分と商品価値が落ちてしまう。大金をはたいて計画したというのに、一体どうしてくれるんだ。大損だ。者共、出あえ! この小汚い小作人を殺してしまえ!」
兵士たちは俺を取り囲むと、ギラリと長剣を抜いた。
「言っておくが、皆、洗練されたナイトだ。剣闘士あがりの者もいる。つまりプロの殺し屋集団だ。小作人のお前に勝ち目なんてない。私に大損をさせた償いをとくと味わうがいい」
「どうせ全員死ぬが、最初から本気でくることを強く勧める。後悔するくらいの時間は手にできるだろうから」
「グゥ。小生意気な! 者共、殺れ!」
俺が選択した農具は鉈だ。
鉈とは――
林業や狩猟などの山林で働く人々の用途に適した刃物の類である。巻き割りにもしばしば使用されている。枝打ち、木を削る、雑草を切り払う、動物を解体するなどの目的で使われる。
「なんだ、なんだ! 超だせぇ。さすが貧乏小作人」
「笑っている暇はないと言ったはずだ。鉈は軽量なファーム・ウェポン。コンパクトでシャープなスイングに適している」
俺が軽く右手を振っただけで、前方にいた10人の兵士が霧となった。
「な、何が起きたんだ!?」
「軽い素振りだ。真の小作人が鉈を手にしたとき、軽い一振りでかまいたちが起こせるという。それを体現してやっただけだ。後悔する時間が欲しければ全力でかかってこい!」
突進してくる甲冑騎士10人。
だが、俺が腕を軽く振るだけで霧となる。
それを目の当たりにした兵士たちは、完全に戦意を失った。
ファラードが叫んだ。
「お前ら、何をやっているだ! ビビるな! 行け!」
「……ファラード様。この小作人、強すぎます。我々では歯が立ちません。」
「仕方ない。私が直々に相手をしてやる。
忠告しておく。最初から本気でかかってこい。どうせ死ぬが、後悔する時間くらい与えてやろう」
「いいだろう。奥義――稲刈り斬」
鉈から生み出される光の旋風がファラードを覆う。
身動きすらできなかったのか。
口ほどにもない。
だが。
旋風に飲み込まれたというのに、ファラードは笑っている。
「ふふふ、これがお前の最高奥義か。まだ蚊に刺された方が痛いぞ」
なんだと!?
プロの農民一日がかりの収穫量を一撃に乗せた稲刈り斬が効かないだと。
「私はパラディンだ。
神の加護に守られている。
今、ゴッドシールドというスキルを発動させている」
旋風が去り、奴の姿があらわになる。
ファラードは光りのカーテンに包まれている。
「この神の盾の前では、邪悪なる者の攻撃は一切通用せぬ。私の職業は正義の騎士。私はいつも正しい。正義とは、つまり私のこと。悪とは私に逆らう者のこと。そう、つまりキサマのことだ。アキヒコ!」
ゴッドシールド。
なんというチートスキルなんだ。
嫌な汗を感じるぜ。
「更にな、このスキルは攻撃に転用する事もできる。前方に発射できる。
アキヒコ。てめぇがこのシールドに触れれば、即、浄化される。お前は少々素早いみたいだが、もしよけでもしたら、お前の後ろには村人、そしてローザもいる。彼女はお前を必死に守ろうとしたんだぜ。よけたらローザが死んでしまうぞ。可愛そうだろ。どうする?
よけるか?
それとも心優しいローザの為に死んでやるか?
ククク。
お前が口だけの偽善者かどうか、試してやる」
ゴッドシールドを前方に放出してきた。
俺の素早さは99999999999999999ある。
よけるのは簡単だ。
だが、俺の背中にはローザが……
醜悪な笑みをちらつかせるあの野郎に一撃を入れてやりたいが、奴にはゴッドシールドという奥義がある。俺の攻撃がまったく効かない。
ど、どうしたらいいのだ!?
とにかく俺のすべてを放つんだ。
奴の放った黄金の波動。
そいつを消滅させるしか手はないのだ。
鉈二刀流。
稲刈り斬――エネルギー最大放出!
鉈の先から強烈な旋風が巻き起こる。
しかし奴の波動に飲み込まれ、黄金の塊はさらに肥大化していく。
諦めるな。
何か手がある筈だ。
その時だった。
カイル。
お前……
カイルが俺の前に躍り出たのだ。
「カイル、そこをどけ」
俺が言葉を言い終わるよりも先に、それは起こった。
あのカイルが俺の盾になった。
全身にエネルギー弾を浴びたカイルは前方に倒れていく。俺は崩れゆくカイルの体を抱きかかえた。
「おい、カイル! しっかりしろ!」
「……アキヒコ……。俺はみんなを守りたかった……。ローザを……。5人組のみんなを……。だけど……」
「分かっている。分かっているさ。だから、もう何も言うな!」
「……でも違うんだ。俺はいつもみんなを守ると言ってきた。そのつもりで動いてきた。だけど……。俺は所詮、俺自身を守りたかっただけだった……。俺は卑怯者だった。最低のクズだ。そしてバカだった……」
「そんなことない。カイルは俺を仲間に誘ってくれたじゃないか。お前がいなければ、今頃飢え死にしていた。それに今だって……」
「最後に……ごめんな……」
「カ、カイルゥゥゥ――――!!」
カイルはローザに俺に会ったら謝ると誓った。
最後にカイルは約束を果たした。
俺を守るために――
ファラードが高らかに笑っている。
「己の保身しか考えずカスでゴミのカイルだったが、最後に友情に殉じたか。
――いんや、違うな。どうせカイルも私に殺されるのだ。それを悟った計算高くズルいカイルのことだ。どうせ死ぬのなら最後に点数稼ぎに出た。その程度さ。そんなクズでどうしようもない男。それがカイル。そして小作人は全員クズ」
「……。
おい、ファラード……
何故なんだ。
何故、てめぇはそれほどまでの力を持ちながら、道を誤った……」
「は?
何、寝言を言っている?」
「お前は強い。そして賢い。お前程の力があれば、俺達のような弱く貧しい農民を食い物にしなくともいいだろう」
「食い物?
勘違いしないでくれないか?
それは違う。
お前らは所詮ゴミだ。
ただの無能なる弱者。
それが農民だ。
領主にこき使われ、とことん利用され、尻の毛まで毟られて殺される運命しかない。だったらせめて一番賢い私が葬ってやった方がいいではないか? そう考え、少しばかり夢を見させて気持ちよく浄化してやっているんだ。他の領主は恐怖しか与えてくれんが、私は夢を見せてやっている。考えてみろよ。私の方がいいに決まっているだろ?
卑下される所以などないはずだが」
「どうやらてめぇは俺を怒らせる名人のようだな。
これは忠告だった。
お前に逃げる為の時間を与えてやった。
だが、てめぇは俺の忠告を無視した。
もしてめぇに少しでも情けがあるのなら考えてやるつもりだったが、もはや絶対に許さねぇ」
「は?
恐怖で狂ったか? 私にはゴッドシールドがある。お前の使う猪口才な田舎戦法など通用せぬ」
「お前は知っているか。
貧しい農民が領主に取り立てられた後、どうやって冬をしのいでいるのかを。
ゴッドシールドには致命的な弱点がある。
ゴッドシールドなんてくだらねぇ技、プロの農民なら――いや、普通の農民でも簡単に崩せる。俺のダチがそれを教えてくれた。カイルが最期に俺に。
これからいう言葉は、忠告でも警告でもない。
別れの言葉だ。
てめぇがもう一度ゴッドシールドを放った時、てめぇの首が宙を舞う」
「遺言にしてはそこそこ面白かったよ。さらばだ、小作人」
ほくそ笑んだファラード。
続いて俺にロングソードを向けた。
如何なる攻撃も無力化するゴッドシールド。
農術はすべてかき消される。
だが、もはや俺には通用しない。
カイルが俺に教えてくれた。
農民を舐めた報いがこれから始まる。
奪われ続けた者達が編み出した伝説の農術を、てめぇの脳天にぶちこんでやる。




