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農民無双  作者: 弘松 涼
12/27

12 金貨

 集会が終わったのだろう。

 木造の小屋からは、カイルを先頭ににぎやかに騒ぎながら出てきた。

 みんなの手には金貨がある。


「お前ら、困ったら何でも言えよ!」とバンバン肩をたたくカイルに「ありがとうございます」と返す農民たち。



 少し時間をおいてローザが出てきた。

 足取りは重く、うつむいたまま歩いている。


 夕暮れ前で、空はほんのり赤く染まっている。

 近くまで行かなければ俺だと認識できないだろう。


 ローザは俺の安否を気にしていた。

 だから元気なことを知らせようと、木陰から出て彼女に近づいていった。


「おーい。ローザ。俺だ」

「え? アキヒコ!?」

 

 目を丸くして驚いたローザだったが、俺の手をとり夢中に話しかけてきた。


「元気だった? ちゃんとごはん食べてる? 何か困っていない?」

「俺のことは心配いらない」


「あ、ちょっと待ってて!」


 そう言うと、ローザはどこかに走って行った。

 しばらくして戻ってくる。

 彼女の手には金貨が握られていた。


「あのね……。これ持っていって。やましいお金じゃないから」

「俺のことはいい。心配しないで大丈夫だ。今日はそれを伝えにきた」


「ダメよ。もらって。それにずいぶんと痩せちゃったじゃない。目も真っ赤よ。あまり寝ていないんでしょ?」



 俺は職業、小作人。

 漁師ではない。

 だから釣りスキルは低い。

 川で釣りをして飢えを凌いでいるが、かなりきつい。そんな生活をしながら、村人たちを守るためにほとんど寝ずにファラードの行動を見張っていた。

 

 だけど心配はいらない。

 首を横に振ったが、それでもローザは俺の手に金貨を握らせようとする。


「実はカイルが出世してね……。私もいっぱいもらったの……。お金はいくらあっても困らないでしょ。これでおいしいものを食べて」




 俺の聴力はずば抜けている。

 耳を澄ませば離れた場所にいるだろうカイルの声が聞こえてくる。



「ローザの奴。アキヒコのことを心配したり、偽善者っぽいことを言ったりしていたが、やっぱり金が欲しかったんだな。あいつも所詮、金よ。金で買えないものはない」


「そうですよね。さっきカイル様が、『俺の金はいらんと豪語した女がどういう風の吹き回しなんだ? それにさっきはよくも偉そうに説教したな! そんなに金が欲しいのなら俺の靴に口づけをしろ』と言うとローザはすぐに膝をくずしましたよね」


「あぁ、あの女も金なんだよ。所詮。だって俺が意地悪でわざと田んぼに片足をつっこんでみせたのに、それでも泥だらけの靴に口づけをしたんだもんな。笑えるぜ」


「村一番の美人にあんなことをさせるなんて、さすがカイル様。おいら、思うんですけど、きっとローザはカイル様のことが好きなんですよ」


「は? どうして?」


「だからカイル様のことを色々と心配して、説教じみたことを言ったんだと思いますよ」


「ローザの奴……。

 確かにローザは美人だし、彼女のことが好きだったこともあったけどさ、それは昔の話だ。

 だって俺は騎士。あいつは農民。身分が違うんだよ。俺には貴族のお嬢様がふさわしい。まぁ、愛人枠くらいは作ってやってもいいがな。時々はかわいがって、あいつの大好きな金でも恵んでやるさ。あはははは」

 

 

 カイルは高らかに笑っている。

 こんなに下品な笑い方をする男だっただろうか。




 にっこり笑っているローザの唇は……泥で汚れている。

 それなのに金貨はピカピカだ。



 カイルの話はまだ続いている。

「ローザの奴、よっぽど金が欲しかったんだな。俺が『くれてやる』と言って田んぼに投げ入れた金貨を拾うと、大事そうにハンカチで拭いていたもんな。

 あいつも、所詮卑しい貧乏人さ。ドロドロの金貨を磨くなんて信じられない。そんな汚い金なんて俺なら捨てるな。金なんて腐るほどあるしさ」




 ローザはどういう気持ちでこの金貨を俺に渡そうとしているのだろうか。

 胸の奥が痛くなる。


 

「アキヒコ、それにもうちょっとの辛抱よ。新しい領主様はいい人なの。私、近々あなたの罪を取り消してもらえるようにお話にいこうと思うの」


「ダメだ! そんなことをしたら、君が捕まる!」


「確かに農民が領主様に直談判をしたら吊るし首……。だけどそれは今までいた悪い領主様の時代の話よ。今は違うの。ファラード様は農民の幸せを考えているすばらしいお人よ。能力のある者なら農民からも抜擢してくださる優れたお方。だから私――」


 俺はローザの話を切るように、彼女の肩をつかんだ。


「ダメだ。絶対に近づくな。あいつは……」

「……あいつは?」


 そこまで言って俺は口をつぐんだ。今のローザに話して、果たして信じてもらえるだろうか……


「カイルが登用されたんだってな。良かったじゃないか。俺の事は彼の口から言ってもらってくれ」


「でも……彼は……」


「……ローザが言うくらいだ。きっといい人なのかもしれないけど、もしローザに何かがあったら……。そう考えると夜も眠れないんだ。だって俺、これでも小心者で心配性で、尚且つ器も俺の借りていた田んぼよりもちっちゃいんだ。頼む。俺に安眠を与えてくれ」


「あはは。なにそれ。

 分かったわ。

 でもお金は受け取ってね。

 私も小心者で心配性で、尚且つ器も借りていた田んぼよりちっちゃいのよ。あなたがお金をもらってくれないと、心配で夜も眠れないから」


 そう言って金貨を俺に手渡すと、にっこり笑い、クルリと背中を向けて走っていった。夕日を浴びた彼女の長い髪は美しく輝いている。




 ローザ……

 君が小物なものか。

 小物なんかが、他人の為にここまでできるはずがない。

 だから俺は、君を泣かせる奴を許さない。



 磨かれた金貨を見つめ、ポツリそう呟いた。

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