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異民族の娘 2

 独特な装束のことが気になって聞けば、マオは大陸西の遊牧民族の出身だと言う。つまりは民族衣装だ。今も西へ帰る一人旅の途中だったそうだ。


「草原の夜は慣れていますが、今の時季は一人だと少し心細いですから。あまりにも暗くて」


 まだ夜空に月が昇らない季節だ。マオの気持ちはコルトにもわかった。


「マオさんは、どうして一人で?」

「お師様から与えられた使命を果たすためです」

「どんな?」

「それは言えません。皆さまにご迷惑をおかけしてはいけませんから」


 マオは弱ったように笑った。


 コルトはあまり深追いせず、大人しく引き下がった。無理に聞き出す理由はないし、逆に「あなた方はどうして旅を?」なんてたずねられたら、自分も似たように曖昧に笑ってごまかすことになる。ここはお互い様だ。


 ふとラフィスが何かに気づいて手を持ち上げた。指を向けた先にはマオの馬、ずっと大人しく草を食べていたのが、おもむろにキャンプから遠ざかる方へ歩き始めている。


 マオは慌てた声をあげ、コルトたちに軽く会釈をすると、すぐに馬のもとへと走った。鞍は地面に置いたままの裸馬に追いつくと、さっと背中に飛び乗った。軽くたてがみを掴んで、しかし特に操るわけではなく馬の歩くがままに任せている。


 しばらく自由に草地を歩き回った後、先ほどよりさらにキャンプから遠ざかったところで馬は立ち止まった。じっと西を向いている。まるで故郷を懐かしむように。


 馬が落ち着くと、マオは腰に差していた笛を取り、再び演奏を始めた。さっきと同じ曲だ。


 コルトは少しの間笛の音を聞いていた。しかし完全にマオが自分の世界に浸っているのを感じて、なんだか勝手に聞いていては悪い気がした。


「ラフィス、行こう。向こうへ戻ろう」


 先に歩き出すも、ラフィスはマオのことが気になっている様子でなかなかついて来ない。それからさらに眺めていてもマオは背を向けたまま。それでようやく諦めがついたように、少し寂し気な風を吹かせてコルトの後へ続いた。


 もっとも、マオのことが気になるのはコルトも同じである。他の馬車隊のメンバーと違い、一定の距離感を保たなければという気がしないのだ。マオの柔らかい気質のせいもあるし、人に与えられた使命で旅に出た、そんな部分をつい自分と重ねてしまって。


 しかし、これ以降マオと話をする機会は得られなかった。日暮れ間近にマオがキャンプの人の輪に加わると、他の商人たちから引っ張りだこで取り付く島が無し。彼女の出で立ちを珍しく思ったのはコルトだけではなかったのだ。


 また男だらけの馬車隊に若い女がやって来たというわけで、マオが困り顔をしているにも関わらず、皆してやたら世話を焼きたがっていた。それだけなら近くで様子を見ていることもできたが、美術商がマオを褒めるためにさりげなくラフィスのことを引き合いに出して批判するのが――ただ見た目だけの人形のようだとか――聞こえてしまい、腹を立ててさっさと寝てしまった。



 翌朝、日が出れば早々に出発だ。天幕さっと撤収して馬車に積み、連れ立って緑に囲まれた街道を行く。車輪と蹄の音が草原に高らかに鳴り響く。


 コルトとラフィスは先頭の馬車に乗っていた。あえて幌を外した荷台で視界は良好、つまり与えられた仕事は斥候もどきだ。車に揺られて風景を眺めていればいいのだから、まったく楽な仕事である。


 コルトたちの乗る馬車の一つ後ろに、美術商の馬車があった。こちらは頑丈な幌で閉ざされており、中の様子は伺えない。警備を固めるため数騎の騎馬も併走し、屋根には有翼人の男が陣取っている。有翼人は後ろ側を向いてあぐらをかいているが、決してリラックスした様子ではない。彼が見守らなければいけない人間が多すぎるせいだ。


 後ろに続く隊列の中にはマオも混じっていた。昨日は一晩を過ごすだけと言っていたが、どうも商人たちに強く引き留められたらしい。長く連なる列の中ほどを、自分の馬にまたがって併走している。急いているわけでも、逆に慎重なっているわけでもなく、穏やかな顔をしている。


 そうしてしばらく草原を進んだ。すると、前方に深い緑色の山が見えてきた。


 ――なんか、雰囲気が全然違う。


 それは自分のよく知っている山と比べて。あちらは長く遠くでこぼこと連なる切れ目がない形だったが、こちらはスープボウルを伏せて置いたよう。また、低い。とんがった頂上は見当たらないが、一番高いところを見積もるにウィラの村があった高さとそんなに変わらない。


 登るのにさほど苦労しない山だが、街道は山を避けて南へ大きく迂回している。馬車の往来を考えると当然のこと、遠回りでも平坦な方が近道だ。理解はしつつ、コルトはちょっとだけ残念だった。久し振りに青々とした木々の空気を吸えるかと思ったのに。


 そんな山を避けるカーブにさしかかった折、後方に居たマオが急に速度をあげ、美術商の馬車の横に寄ってきた。そして口元に手をやり、幌に向かって大声を張り上げた。


「お世話になりました! わたしはここで失礼します!」


 えっ、という空気が馬車の周りに漂った。コルトも同じだ。


 美術商が慌てた様子で御者の後ろから顔を覗かせた。


「一人でなんて危ないぞ! 無理せず、私たちと一緒に来なさい!」

「いえ、お師様から与えられた使命がありますので!」

「急がなくてもいいだろう、安全第一だよ」

「ありがとうございます。わたしのことはお気になさらず。では!」


 マオは馬の胴を軽く叩いた。すると一気に脚が早まる。先頭の馬車を追い抜きざまに、マオはコルトとラフィスに笑顔の会釈を残していった。


 放たれた矢のように、彼女は山の方へと駆けていく。街道と別れて西の山へ向かう道筋は確かにあるが、ほとんど自然に帰っていて無いに等しい。そんなことは構いもせずに悠々と進んで行く。


 彼女の背中を見送ってから、キャラバンはあっという間に元の雰囲気に戻った。まるで何もなかったかのように。誰も追いかけようという気は起こさなかった。

 

 コルトとラフィスだけが、最後までマオの姿を見守っていた。その中で、コルトは昨日の有翼人の言葉を思い出した。なにかに取り憑かれ、誘い出されたように居なくなり、そのままこの世から消えてしまう、と。


 コルトは有翼人の様子をうかがった。変わらず美術商の馬車の上であぐらをかき後方を見ている。コルトからうかがえるのは後姿だが、さっきより不思議と安堵した様子ではないか。その事に心がささくれだった。


 自分の隣では、ラフィスが馬車の縁に手をついて、どんどん遠ざかるマオの影をじっと見ている。うっすらと唇を開き、なにか言いたげにして。その様子を見て、コルトの心は決まった。


「ねえ、ラフィス」

「コルト?」

「僕らも行こうよ。気になるよね」


 御者に頼んで馬車を止めてもらう。先頭が止まれば当然後続も止まり、美術商がなにがあったのだと慌ててやって来た。そこでコルトは、ここまでの礼を丁寧に言い、自分も山を越えるルートを取ると言って馬車を降りた。ラフィスもちゃんと後へ続く。


 引き留めようはマオの時より激しかった。手を掴んで離さない勢いだった。が、断固として拒否した。


「僕、山で育ったから。あんな山を越えるくらい楽勝だよ」


 そんな風に無邪気を装って繰り返せば、なにを言われても揺らがないと伝わったか。最後には諦められた。馬車の上から呆れ顔で見下ろしていた有翼人に、無声で「バカヤロー、知らねーぞ」と罵られたが、まったく気にならなかった。


 コルトは自分の荷物を背負い、街道を遠ざかっていく馬車の列を見送った。元気で、気を付けてな、と手を振ってくれるから振りかえし、完全に別れたところで、自分たちはマオの進んだ跡をたどっていく。草を踏みつけた跡が残っているから、追いかけるのは簡単だ。


 マオは馬車を突き放した後は、うってかわってのんびりと進んでいたようだ。少し走ればすぐに姿が確認できた。彼女の方がコルトたちに気づいてからは、馬を止めて、隣に着くのを待ってくれた。


「マオさん……僕たちも、一緒に行きます」

「ありがとう、優しいですね。でも大丈夫、こう見えて結構たくましいんですよ」

「僕たちも西へ行くから、山を越えた方が早いので。マオさんの邪魔はしないから、お願いします」


 マオは笑ったまま、困ったように眉を下げた。


「邪魔どころか、こちらが手を貸してもらうことになるかもしれません。帰るまでに、色々とやらなければいけないことがありますから」

「そんなことなら、なんでも手伝いますよ!」

「なんでも、ですか」


 マオはふふっと、いたずらっぽく笑った。


「では化け物退治だと聞いたら、どうしますか?」


 コルトは一瞬固まった。マオはニコニコと毒気なく笑っている。ふざけているわけではなく、本気らしい。


 化け物退治。ふと山の上に手をかけて巨人が現れ、目を怒らせてこちらを睨んでいるイメージが浮かんだ。山を薙ぎ払い、口から火だって吹くかもしれない、そんな危険だらけの化け物退治に巻き込まれる。


 コルトはラフィスをちらと見やり、内心でごめんと謝った。――でも、そんなこと聞かされたら、余計に放っておけないじゃないか!


 コルトは胸を張って馬上のマオを見あげた。


「やるよ。手伝うよ。だいたいマオさん一人にそんな危ないことやらせるなんて、お師匠さんがひどいよ!」


 マオは口元に手をやり、声を押さえて笑った。


「そうですか。じゃあ、しばらくご一緒お願いします」


 そう言って、マオはゆっくりと馬を歩かせた。コルトたちが無理なく隣を歩ける速さだ。


 草原で邂逅した三人は、連れだって深緑の山へ向かう。まだ遠い目的地、西の地へ至るための早道として。

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