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異民族の娘 1

 大陸を十字に切る街道の、中心から西の果てへ向かう道のりのうち半分を進んだくらい。このあたりには町がなく、なだらかな起伏の草原が広がっている。緑の中にある馬車の幅に踏み固められた土の筋が街道のあかし、それ以外、人の文明を感じさせるものはない。


 そんな草原のまっただ中で七台からなる馬車隊がキャンプを張っていた。コルトとラフィスも、そのキャンプに居た。


 最後に立ち寄った町で徒歩旅の疲れを癒やし、再び西へと発とうとした時だった。コルトたちは馬車隊の中心である美術商に声をかけられた。この先は数日に渡り街道沿いに大きな町が無い地帯だ、経験の浅い個人の旅人が進むのは危ない、自分たちの馬車隊に加わらないか、と。


 はじめは断った。誘われるまま馬車に乗って痛い目にあったばかりで、しかもいかにも見栄っ張りな金持ちという身なりの美術商だったから、怪しさしか感じなかったのである。


 だが断りを入れても食い下がられ、冗談なしで説得にかかられた。そして話を聞くうち、彼の率いる馬車隊が出自の異なる複数の商人で即席に組まれたものであることや、ギルドの亜人を用心棒として雇っていることが明らかになった。多数の中に目立たないものとして混ざれるのなら、ということで、コルトは同道を承諾したのである。


 ただし、馬車隊のメンバーへ完全に心を許しはしなかった。変に恩着せがましくされないよう、雑用や斥候役を買ってでて「取引」のかたちにした。馬車に乗せてもらう代金は払った、そう思っておけば、いざという時に気を楽にして離れることができる。それとラフィスからは決して目を離さず、必ずお互い姿が見える所に居るようにした。そもそもラフィスもコルトの近くから片時も離れようとしなくて、馬車隊の大人からは変に茶化される始末だったが。


 この日、キャンプの準備が終わった後、コルトは談笑する商人たちの輪から外れたところで、借り物のまさかりを剣に見立てて振り回していた。マチェットよりずっと重い物の素振りを続ければ、体も鍛えられるだろう。馬車隊に合流してからは、これを日課にしていた。ラフィスははじめこそ「急にどうした」と言う風にうろたえていたが、今は巻き込まれない距離を保って座って見守ってくれるようになった。


 そして今日はもう一人、観客がやってきた。美術商が雇っている護衛の男で、ノスカリアの某ギルドに所属する亜人だ。両腕が鳥の翼状になっている「有翼人」という種族である。なおノスカリアの住民ではあるが、コルトたちの騒動のことは知らない。移動中にそれとなく探りを入れた結果、事件の数日前にノスカリアを離れていたと判明した。


 ぶらりと現れた有翼人の男は、地べたに膝を抱いて座っているラフィスの横へ立った。渋い顔でコルトのことを見ている。


「精が出るのはいいけど、体力のムダづかいはやめろよなー」

「ムダじゃないよ、鍛えているんだ」

「ハイハイ。じゃあ何かあったら自分で対処してくれよー。この人数じゃ、動けるやつの面倒まで見てやれないからな」


 有翼人の護衛はげんなりとした気持ちを隠さないでいるが、これは今に始まったことではない。道中でも隙あらば、人数を増やしすぎだ、契約に無いことだ、などとぼやいていたし、実際にポンポン他の旅人を誘う雇い主へ苦情を入れている場面も見かけた。もっとも、まるで相手にされずに終わっていたが。人数が多ければそれだけで襲う方をためらわせられる、護衛なんて権威づけのためだけ、最悪の時は契約通りに雇い主だけを守ればいいじゃないか、それが雇い主たる美術商の論だった。


 彼が愚痴をこぼす相手はもっぱらコルトであった。亜人と一緒に居る点で親近感があったのと、年下だから先輩風を吹かせられてちょうどよかったようだ。まさかりを振り回し続けるコルトへ、たまらんね、と腹の底からでてきた大きなため息を聞かせる。


「確かに危険地帯を行くときは協力し合うのが常識だけどさぁ、多けりゃいいってもんじゃない。大所帯だと逆に危ないこともたくさんだってのに」

「そんなに危ない場所なんですか?」

「うん。このあたりはねぇ、どういうわけか忽然と行方をくらます旅人がしょっちゅう出るんだよ。野盗にやられたってわけでもなくて、こんな風に団体行動していても、突然人が消えるってことが起こってるんだ」

「どうして?」

「わからない。幽霊に取り憑かれたみたいにふらふらと草原に出てってそれっきりだとか、先を進んでいた人が『神隠し』にあったみたいにパッと消えただとか、色んなパターンを噂に聞くよ。それと……」


 手を止めたコルトのもとへ有翼人が歩み寄ってくる。背格好は並だが、幅広の翼を堂々露出させているから、近づいてくると圧迫感がある、


 有翼人はコルトの真ん前に立つと、身長に合わせて前かがみになり耳打ちした。


「そういう噂自体が盗賊団の流したものって説もある。安全な旅に協力するふりをして旅人の中に混じって、草原の真ん中で一網打尽にするんだ。全滅したら真相はわかんないからな。ほら、君らの後にも何組か合流しているだろ? 警戒しておきなよ」


 コルトは閉口した。味方のふりをして実は、とても身に覚えがあるやり口ではないか。


 コルトが神妙な顔をしているのを、有翼人は単に怯えたのだと解釈したか、兄貴風を吹かせてニヤリと笑った。


「まあまあ、あんまり他人を信用し過ぎちゃいけないってのが大人の世界だってね」

「知ってるよ、そんなこと。僕もラフィスも……あれ? ラフィス?」


 いない。有翼人の体に視界を遮られて見えなかったが、いつの間にか姿を消している。


 コルトはさっと顔を青ざめさせて、その場で周りを見回した。広々とした緑の地が広がっている方面には誰も居ない。大声で呼んでも返事は無い。ますます体が冷える。


 有翼人は「何もしてないぞ」とすっとぼけた顔で両手をあげ、ひらひらと振って見せた。コルトはそれを睨んで、まさかりを放り捨てると、馬車と天幕が居並ぶキャンプの中へと走った。



 天幕の下で談笑する商人たちを見つけ、ラフィスを見かけなかったかと尋ねた。すると、


「ついさっき、向こうへ行ったぞ。なんかこう、ふわふわっとしてるけどちょっと慌てた感じだったぜ」

「ありがとう!」


 教えてもらった方向は、さっき居たのとは真逆にあたる。慌てた感じというのが気になって、コルトも走って後を追いかけた。


 だが意外とあっけなくラフィスは発見された。キャンプの一番外側にあった馬車の影に立っていた。駆け抜けそうになって急停止したコルトを見て、彼女は曖昧に笑った。


 一体こんなところで何をしていたのだろう。コルトはラフィスの見ていた先を追った。


 地面に首を伸ばし青草を食む馬と、その傍らに居る人の後姿。馬から外したのだろう鞍を地面に置き、そこに腰かけ、だいぶ下に降りた来た太陽に向かって横笛を吹いている。そう、笛だ。一度気づいたら、音がはっきり聞こえてきた。澄んで爽やかな音色で奏でられる伸びやかな調子の曲で、なるほど、妙に心を引きつけられてしまう。


「きれいな曲だね」


 コルトの顔を見て何度かまばたきした後、ラフィスは頷いた。そしてまた、笛を吹く人に視線をやった。


 位置は少し離れているとはいえ声が聞こえたか気配を感じたか、奏者がふっと振り返る。そして演奏を止めて会釈し、立ち上がった。


 コルトはそのシルエットにドキッとした。なぜなら、ローブを着た魔法使いに見えたから。夕陽によく似たオレンジ色をベースに、白や赤や黄の刺繍が映える鮮やかな長衣を纏っている。裾は長いが引きずるほどではなく膝下くらい、ゆったりとしたズボンとしっかりした革のブーツがはっきり見えている。


 頭に長衣と同じ色合いのターバンを巻いて、茶色がかった黒の後れ毛がわずかにこぼれる以外、髪は外に出していない。ターバンに刺した数枚の黒い羽根飾りが髪の代わりに印象的だ。くっきりとした眉目で独特の雰囲気がある顔立ちの若い女性である。


 コルトは顔をこわばらせていた。こんな人、馬車隊にはいない。もちろん誰かが着替えたのでもない、そもそも女の人がラフィス以外いなかったのだから。


 彼女はニコニコとして立っている。ついさっき有翼人から受けた忠告が思い出される。知らない人には警戒をした方がいいだろう。


 しかし、このまま無視もできない。コルトは眉間に皺を寄せながら、恐る恐る近寄っていく。ラフィスも半歩後ろを付いてくる。


「あのう……」

「身構えないでください、怪しい者ではありません。一晩ご一緒することをキャラバンの主に先ほどご承諾いただいております。マオ、と申します、お見知りおきを」

「はあ」


 丁寧な言葉遣いと柔らかく丸い声音に、コルトはすっかり毒気を抜かれた。後ろ暗い者、例えばエグロンやノスカリアの裏通りの人たちに感じたギラギラとしたものもない。


 有翼人が「連れが多すぎるんだ」とぐちぐち言っていた事を思うに、マオと名乗った彼女の説明は辻褄が合う。彼女をキャンプに入れるかどうかで雇い主と一悶着あった後、コルトのもとへ愚痴吐きに来たわけだ。少なくとも嘘つきでないなら、過剰な警戒はしなくていいだろう。


「あ、僕はコルトです。こっちはラフィス」

「はじめまして」


 自然にぶらさげていたコルトとラフィスの手を、マオは順に取りあげて一人ずつ握手をした。落ち着いた雰囲気と裏腹に、強くがっしりとした力加減で、コルトは少しびっくりした。

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