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仇の懐 1

 太陽が天の頂点で輝く時間帯、コルトたちは箱馬車の荷台で揺られながらミヤノスカの中心部へと市街地を進んでいた。コルトもアイルも黒の礼服に着替えている。コルトの髪の毛はしばらく伸びっぱなしだったが、出発前にギルドの人に軽く切って整えてもらい、見てくれだけなら良家に仕える者らしいこざっぱりとした少年になっている。普段の服や他の持ち物も全部ギルドに置いてきて、個人としては何も持っていない。


 ただし「荷物」は持っている。隣にある大きく古びた木箱だ。ロープで縛って蓋が開かないようにしてあり、かつ持ちやすいようロープにハンドルが付けられている。蓋と本体の両方にラスバーナ商会の刻印があって、さらに商会の書式にのっとった荷物札がくくられている。そして天面のロープの下に、一通の書状がはさんである。これはすべてシェリが準備をした物で、実際に商会で使われた中古品らしい。


 シェリがギルドへ姿を現したのは、少し時間をさかのぼって昼前のこととなる。早足で入って来るなり、大小二着の礼服が入った鞄をコルトに押し付けてきた。少し後にミヤノスカ行きの荷馬車がここに立ち寄ることになっている、身分の偽装に必要な荷物は既に積んであるから、これに着替えて荷台に乗れ。大枠としてはそのようなことを早口でまくしたてた。


 相変わらず最小限の情報しか出さないし、人に口を挟ませず一方的にまくしたてる話しぶりで、コルトはまた少しむかっ腹を立てた。ただ小競り合いをする時間の方が無駄だから、文句を口にすることはしなかった。


『フォウト=ラスバーナは日没まで自宅に戻らない予定よ、それまでに任務を完了できるのが最良ね。じゃあ頑張って』


 シェリの方もなぜか急いでいるようで、着替えすらも見守らずに去ろうとした。去る前に一応、どこからフォウトの情報を仕入れてきたのかたずねてみたが、ただ情報収集が得意な友だちが居るとの回答が得られただけで、結局は謎であった。


 それとは別に、彼女はこうも言い残した。


『無事にラフィスを助けだしたら、ミヤノスカ西の廃教会で落ち合いましょう。場所はアイルが知っているから。後始末も他のことも、お話はその時に改めて』


「……別にこっちは話なんてしなくてもいいんだけど」

「シェリのことか?」


 アイルから言葉を返されたことで、コルトは初めて独り言を声に出していたと気づいた。意見が欲しいわけじゃないけど、なんでもないと切り捨てるのも気が引けて、コルトは小さく頷いた。口は不機嫌に結ばれている。


 木箱に片肘を置いた姿勢で、アイルは顔だけをコルトの方に向けている。茶化す風でも宥める風でもなく、真面目な表情だ。


「落ち合うことに意味がある。考えてみろ。もしも俺たちが約束の場所に現れなかったら、それがどういうことなのか。逆に後で会う約束をしていなかったら、あいつはどうやって俺たちの無事を知ることができるか」

「それは依頼を達成したらお金を払わなきゃいけないから?」

「まあ、それもあるな。……さてコルト、そろそろ真面目な顔しておけ。もう見られているかもしれん」


 コルトはハッとした。ノスカリア西門を抜けてミヤノスカに入ってからだいぶ経っている、フォウトの屋敷の間近に迫っているのだ。慌てて礼服の襟や袖を引っ張って皺を伸ばし、自分の姿勢もピンと伸ばす。そして意識を馬車の行く先に向けた。


 ミヤノスカの中心近くにある広い前庭を備えた古い屋敷、それがフォウトの住まいだ。近隣では一番大きな邸宅であるが、ラスバーナ家の本邸ほどの豪邸ではない。複数の三角屋根と角柱の塔を繋げたような非対称の外観で、確認できる範囲では屋根裏を含めて三フロア、向かって左側だけは二階の高さがバルコニーになっている。窓の数の多さが部屋数を想像させるし、そもそも単純な構造ではない、探索はなかなか大変そうだ。


 レンガ塀に囲まれた屋敷の少し手前で荷馬車が止まった。軽く襟を正すアイルに習い、コルトも再度衣服を整えた後、例の木箱を持って馬車を降りた。ロープのハンドルを掴んで下げたのだが、見た目の割に存外軽かった。空箱なのかもしれない、とコルトは思った。


 二人が下車すると、御者は軽く会釈をして馬車を発進させた。この馬車はシェリが手を回したものではあるが、今回の作戦のために用意した役者ではなく、ノスカリアとミヤノスカを行き来する一般の荷運び屋だ。


 馬車を見送ったところで、アイルが先、コルトが一歩後という並びで屋敷の門へと歩いて行く。コルトが新人の見習いだ、という設定である。


 鉄の門扉の前には門番が居る。一人だ。怪し気にこちらを見ている彼に、予定通りアイルが声をかける。


「フォウト様へ、今度の祭りに関する品を預かって来ました。直接お渡しして見解を聞いてこいと、命じられています」

「今は留守にしている。出直してくれたまえ」

「不在なら中で待たせてもらうとの話になっているそうですが。これが上司からの書状です。ご確認を」


 コルトが木箱から書状を抜き取って門番へとさしだした。門番は始めうさんくさい物を見る目で書状を開いたが、文章の末尾に記された署名を見てさっと顔色を変えた。


「サシャ様の使者でしたか、これは大変失礼しました。少しだけお待ちください、執事に話をして参ります」


 門番が慌てて屋敷の中へと走っていく。門は開けっ放しで他の見張りも居ない、今なら侵入する絶好の機会である。が、ここは待つ。あの書状――シェリが用意した、ラスバーナ商会会長の末娘・サシャの署名入りの書状が絶大な効果を持つはずだ。


『詳しく調べれば簡単に嘘だとわかるし、もし本人の目に触れれば一目で策が看破されるでしょう。その程度の物だから、うまく使って』


 シェリに言わせればそうなるが、要は詳しく調べない限り一介の使用人には見抜かれないという事らしい。実際にコルトも確認したが、至極まっとうな仕事の依頼文にしか見えなかった。


 やがて門番が老齢の執事を連れて戻って来た。


「お待たせしました。どうぞ、中へ」


 白い手袋の優雅な所作で敷地内へ招かれる。門も門番の手によって、必要以上に広く開け放たれた。


 誘われるままついて行き、庭をまっすぐに進んで玄関ポーチへたどり着く。すると執事が玄関扉を開き、また中へ入れと促される。こうしてまるで川の流れのように、何事もなく屋敷の中へと入ることができた。第一関門突破、と歓声をあげてもいいくらいなのだが、あまりにも障害が無さ過ぎて、コルトは刹那に喜びを噛みしめることもできなかった。



 コルトたちは、玄関ホールに入ってすぐ左にある応接間へと通された。華美過ぎない洗練された調度品が揃えられた一室で、南向きに庭が望める大きな窓があって明るい。ただ今はその窓にレースのカーテンが引かれており、外の風景は見えなくなっていた。他の三面には一つずつ出入り口がある。


「サシャ様からの書状は拝見しました。我が主はまだしばらく戻りませんゆえ、ここでお待ちくださいませ。何かご用命があれば、わたくしでも、他の者でもなんなりと。わたくしは奥にあります『執事室』にて仕事をしております。それでは失礼します」


 執事は一礼を残し、北側にあるドアから去って行った。


 コルトは木箱を部屋の中央にあるソファの横に置いた。そのあと自分もソファに座る。つやつやの皮張りの一人がけソファで見た目にも上等な物だったが、実際に座った時の心地は見た目以上だった。敵の懐の中だというのにうっかり感動して、ぽよんぽよんと無意味に跳ねて遊んでしまう。


「さて、どう動く? コルト」


 アイルに言われてハッとした。ソファに骨抜きにされている場合じゃない。今からラフィスを捜索する、作戦を指揮するのは自分だ。コルトは背筋をただした。


 果たしてラフィスはどこに捕まっているのだろうか、真面目に考える。


 まず絶対的な条件として部外者が出入りしないというのが挙げられる。例えば今居る応接間のように、客をもてなす場所の近隣には居ないと見なせる。それを踏まえると、隠し部屋でもない限り一階に居る可能性は低い。実際にさっきの執事にも出歩くなとは言われなかったし、その辺の廊下に人が立って見張っているという風でもなかった。だとすると屋根裏まで含めた上の階か、存在するかまだ不明な地下か。もし一階にフォウトの私室があるとすればそこも候補に入るが、屋敷内の詳しい間取りがわからないから除くとする。


 コルトは口元に手をやりながら、ふっと顔をあげた。正面に明るい窓がある。レースのカーテンが遮っているからはっきりとした風景は見えないが、植栽のぼんやりとした輪郭や、大きな蝶の動く影などはカーテン越しにもとらえられる。


 ――窓の近くにも居ないかな。


 ラフィスの姿は特徴的だ、カーテン越しのシルエットは確実に外の目を引きつける。隠して捕まえておくのとは真逆の事態になるだろう。


 それに、ガラス窓がある部屋にラフィスが大人しく捕まっているとも考えにくい。彼女はやる時はやる。ガラスを割って逃げ出そうとするか、外になんらかの合図を送って助けを求めるか。いずれにせよフォウト側には不都合だ。


 考えがある程度まとまったところで、コルトは隣に立っているアイルを見あげた。


「最初に探すのは屋根裏とか、地下室とか。一番怪しいと思う。でも、どこに階段があるかわからないから――」


 コルトは立ち上がった。


「僕、トイレに行ってくるよ」


 わざと大きな声で言った。本当にもよおしたのではなく、ふりだ。屋敷の人間に会話が盗み聞きされていた場合への対策であり、このあと使用人に見つかった時につかう言い訳の準備でもある。アイルもきちんと意図を察してくれたらしく、意味ありげに眉と口角をあげた。


「一人で平気か?」

「うん。僕は『見習い』ってことになってるから、多少変なことしても怪しまれにくいよ。何かあったら大声で呼ぶから」

「その時は助けに行く」

「お願いします」


 続けた会話は小声だった。


 そしてコルトは執事が通ったのと同じドアから応接間を出た。周りを見渡して人が居ないことを確認する。その後、右と正面に伸びる廊下のうち玄関ホールでない方向、屋敷の奥へ続く正面の廊下へと進んだ。

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