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銀の灯燭 2

 では作戦会議だ。と思いきや、アイルが「聞いておきたいんだが」とシェリに問いかけた。


「さらった黒幕は、上の兄貴か?」

「確認が取れたわけじゃないけど、多分そうね」

「なんでわかるの!?」


 コルトは唖然として二人の顔を交互に見た。こちらはそれを突き止める決定打がなくて困っていたのに、どうして断定できるんだ!


 アイルがにやりと笑んでシェリに目配せする。彼女は少し不満げに眉をひそめて自らを指さした。「私が?」と問うように。アイルが軽く頷くと、シェリは観念したように解説を始めた。


「ラスバーナ一族のうち誰かが黒だと確定しているなら、彼らをよく知る大多数の人がフォウト=ラスバーナを第一に思い浮かべるでしょう。あの者の気質や普段のやり口からして、そういうことをやりかねないと。もちろん、兄妹の中で一番勝手をきかせられるというのも理由の一つ」

「僕が聞き込みをした時は、まじめで頭の良い人だってみんなが言っていたけど」

「まじめも行き過ぎれば人の情を置き去りにする、よくまわる頭脳は時に他者の理解を超えた悪魔の策を思いつく。別に世間の評価と矛盾はしていない」

「エグロンで怪しい人を見たんです。金茶色の髪の男の人だった。仮面をしていたから、どんな顔かはわからないけれど、その人?」

「髪の色だけなら兄二人ともが父親譲りの金茶よ。でもダース=ラスバーナは現在中央諸島に居て物理的に不可能、だから消去法でフォウト=ラスバーナが犯人と言える。もしくは……父親が、という可能性もあるけど」

「それは違う。ラスバーナ商会の跡取りに売ったって言ってたから、会長じゃない」


 どんどん外堀が埋められて犯人が決めつけられていく。この状況を、コルトは逆に不審に思っていた。シェリに連れられてここに来て以降、急に決定的な情報がゴロゴロ出て来るのは少し都合がよすぎるのではないか。特に下の兄がノスカリアに居ないなんて、町の人も知っていてよさそうなのに、ここで初めて話が出て来たのだ。となると何か大きな思い違いをしているのか、もしくは、なんらかの思惑で誘導されているのではないか。


 疑念に捕らわれしかめ面をするコルトをよそに、アイルが深々とため息を吐いて背もたれに身を倒した。


「よりにもよって、ありゃ話が通じないタイプだぞ」

「そんなのわかってるよ。話してわかってくれるような人たちなら、最初から人さらいなんてしない。さっきだって商会のやつに襲われて、殺されるところだったんだ」

「……なんだって。そこまでしたのか」

「うん。毒針まで使って」

「ごちゃごちゃやってる最中に私が拾いました。運がよかったでしょ」

「本当にそうだよ! だからノスカリアのみんなが騙されているだけで、ラスバーナ商会ってのは、本当はすっごい悪党の集団なんだ!」


 息巻くあまりコルトはソファを手で叩いた。それなりに派手な音がしたが、どうにも濁っていて痛快な音ではない。向かいのアイルは苦く失笑している。


 それと彼のものとは別に、妙に冷ややかな女の笑い声が隣から聞こえた。見ればシェリがやや意地悪な表情でコルトに向いていた。


「本当にそうだと断言していいのかしら」

「どういう事だよ、商会の味方をするつもりなんですか」

「敵味方に二分するのは狭窄(きょうさく)した考え方だけど、それにしたってこうは考えられない? フォウトはエグロンの小悪党からラフィスを助けたつもりでいる、善行として身銭を切った、と。だって客観的かつ常識的に考えたら、どちらが幸せな暮らしに見えるか」


 コルトは頭の芯に熱が走るのを感じた。それではまるでこちらに非があるみたいじゃないか、そもそもフォウトが黒幕だと言ったのはシェリの方だ、今さらかばうような真似をしてなんなんだ。言っていることが正しかろうがなんだろうが腹が立つ――嫌いだ、この人。


「ラフィスが幸せなはずないよ、本人の意思に関係なく連れて行かれたんだぞ。そんなの理由がなんでも絶対に許されないよ!」

「あなたこそラフィスの意思を確認したの? あなたの知らないところで居なくなったようだけど」

「そうかもしれないけど! 僕はずっとラフィスと一緒に居たんだ、さっき会ったばかりのあんたになんにもわかるはずないだろ。ラフィスのことを知らないくせに!」


 コルトは自分でも気づかないうちにソファから腰を浮かせていた。がむしゃらに振り回した手も宙を切る。そこまで熱くなっているのに、向こうは多少眉を寄せたくらいでほぼ平然としている、これがまた気に食わなかった。


 露骨に嫌悪感を出しているわけだが、シェリは意に介さず口を開いた。コルトとは対照的に口調も声色も冷静だった。


「一つだけ教えて。あなたはどうしてそこまで彼女に執着するの」

「執着……?」

「言葉が難しかったかな。あなたはなぜラフィスと一緒に居たいのかしら。使命感か、義務感か、それとも他に理由がある? あなたは身を粉にして彼女のために働いて、その先に一体何を得られるの? 何になれると言うの?」

「僕は別になんだっていい、でも、ラフィスにはやりたいこと、やらなきゃいけないことがあるはずなんだ。なのに誰もラフィスを守ってあげない、だから僕が守ってあげないと」

「それが軽すぎる。思考停止しているだけ、無責任よ」


 強い口調で断言した後、くすんだ茶色の瞳に咎めの気を纏わせてコルトを射抜いた。


「世界を敵にまわしてでもラフィスのことを大事にする、それはいい。じゃあ仮に、ラフィスが負わせられている使命が彼女自身を不幸にするものだったとしたら、そしてラフィス自身もそれに気づいていないのだとしたら、あなたは一体どうする? どうやって彼女の意志を大事にしつつ彼女のことを守ると言うの? あなたの言う『守る』って、結局なんなの?」


 矢継ぎ早の問いかけをただ追うだけでも大変なのに、意味も意図もよくわからない。コルトはひたすら顔を曇らせていた。まずぼんやりと思ったのは、そんなわけのわからないことを聞くのもラフィスのことを知らないからだ、と。


 この世界はラフィスに厳しい。彼女が安心して暮らせる場所があるとしたら、彼女と同族の人々が居る場所か、元々の崇拝対象であるエスドアの庇護下か。そして現在の世界にエスドアが復活した、そして同時にラフィスが眠りから覚めた、これが偶然であるはずがない。二人の再会こそラフィスの望む事であり、役割であり、コルトが魔法使いカサージュに「導いてくれ」と託された使命でもある。コルトはそう信じてやまず、使命を果たした後の事なんてその時の状況次第だと思っている。いや、今の今まで思っていた。


 ――でも、もしかすると、エスドアと再会した後って、ラフィスはまたあんな戦いの中に放り出されるんじゃ……?


 与えられたわずかなきっかけで思索が一気に飛び火した。


 まず思い出したのは、記憶見の魔女によって暴かれたラフィスの記憶にあった戦争の風景。そして次に――本当は思い出したくもなかったが――ラフィスが教会の黙示録に記される、世界の破滅をもたらす存在であるという可能性。彼女がエスドアと出会うことで、戦いに大地が荒れ果てる未来がやってくるのだとしたら。


『――使命が彼女自身を不幸にするものだったとしたら、そしてラフィス自身もそれに気づいていないのだとしたら、あなたは一体どうする?』


 シェリの問いかけがコルトの頭の中で反響する。彼女はまだ無言でコルトの事を見据えている。まるで罪人を裁く審判者のように。


「僕は……」


 言葉が続かなかった。厳しい視線から逃れるために、コルトは何も無いローテーブルの上へ目線をずらした。


 その時、「おい」とアイルが険しいトーンで口を開いた。コルトは思わず肩を跳ねさせたが、非難の矛先は自分でなかった。アイルが少し目角を立てて見ている相手はシェリであった。


「その話は必要か。理屈はなんだっていいだろ、どうせ助けに行くことは変わらないんだ。なあ、コルト」

「う、うん。ラフィスの事は絶対に助け出す」

「俺はそれを請け負ったし、シェリ、おまえは商談成立だと言った。今さら『やっぱりやめた』は無しだ」

「そんなこと言わない」

「だったら余計なこと話してないで次にいくぞ。問題はどうやって取り返すか、そもそもコルト、おまえは一人でどうするつもりだったんだ?」


 そうやってアイルは話し合いの手綱をコルトに投げつつ、シェリに対して自分の隣に座るよう指先の動きで促した。シェリも特に異論なく従って、ソファに浅く腰かけた。対面に居るから当たり前と言えばそうなのだが、姿勢よく座しても未だ意味深長な目つきでコルトをじっと見据えたままであった。


 コルトは意識してシェリの事を見ないように話す。


「高台にある屋敷へ、夜になったら忍び込むつもりだった。あれだけ広い範囲に柵があるんだから、どこかしら壊れて抜けられないかって。それか、屋敷の後ろ側にある林の方に入れれば、木をつたって柵の上に渡れるかもしれない。木登りは得意なんだ、僕」


 それを聞くなりアイルは首を横に振った。


「やる前に捕まえられて正解だ。普通の人間が軽く飛び移れる距離にある木なんて取り除いてあるさ。それとも、ジャンプに相当自信があったか?」

「無いけど……やってみないとわかんないじゃないですか」

「それはそうだが、他にも可能性があるなら、リスクが高いやり方は最後に回すべきだな。失敗して落ちたら骨の一本は持っていかれる、そうなったら助けるもなにもなくなるだろう?」


 コルトは渋々と頷いた。とはいえ指摘のすべてを納得したわけじゃない、自分としては他の可能性がないからそうしたいという話だったのだから。大怪我をしたらラフィスを助けるどころじゃないというのが正論だと思うだけで。


「そもそも、あの屋敷に捕まっているってのは確実なのか?」

「確実じゃないけど……だって自分の家なんでしょ。色んな人が出入りするお店に隠しておくより、そっちの方が普通だよ」

「いや、フォウトが黒幕ならミヤノスカの方じゃないかと思ってな」

「ミヤノスカ? どこそれ、どういうこと?」

「あー、商会の細かい事情は俺よりシェリの方が詳しいんだが――」

「私が喋ってもいいかしら」


 別に話すことを禁止していたわけじゃないのだが、コルトへ許可を求めてくる。だからコルトは小さく頷いた。


「フォウト=ラスバーナは、ノスカリアの中心街から西へ出たミヤノスカに自分の住居を構えている。高台の生家にやって来るのはほぼ仕事で用事がある時だけ、だからミヤノスカの方へラフィスを連れ込んでいる可能性が高い」

「つまり、別の町に居るってこと」

「おおよそ正解。政治上はミヤノスカもノスカリアの一部なんだけどね」


 これはノスカリア地域の統治に関する歴史が背景にある。ノスカリアは比較的近年まで自治都市として成立し、統一政府による支配の外にあった。その自治都市ノスカリアを牽制し、また周辺地域を統治する拠点とするために、統一政府が主導してノスカリアのすぐ横に政治機能と軍事機能を集めた町を新たに築いた、それがミヤノスカである。


 現在ではノスカリアも統一政府の下に組み込まれ、元の役目を終えたミヤノスカが大都市ノスカリアに併合され、中央から来ていた軍隊も引きあげられた。位置関係としてはノスカリア旧市街の西門を出てほぼすぐがミヤノスカの最東端、その近さゆえに同じ町と扱ってしまっても政治上の不都合がなかったのだ。


 そんな歴史の中で、ミヤノスカでは複数の城館や政府施設が空き家となった。フォウトが居を構えているのも、そうした城館を整備し直したものである。


「――あれは確か、政府軍の公邸だったんじゃなかったかしら。あまり詳しいことは私も知らないけど」

「場所はわかるんですか」

「別に隠されてないしね。ミヤノスカまで行って観光のつもりで誰かに聞けば、すぐに案内してもらえるでしょう。もちろん、気軽に中へ入れてもらえはしないけど」


 要は高台の屋敷と同じくらい、門前で警備がされているということだ。それにしても元軍関係者の城館とは、いかにも悪事を隠し侵入者を拒む造りになっていそうではないか。しかもコルトがあれだけ騒いだ後なのだから、普段よりも警戒が強められていることだろう。


 コルトは腕を組んで考える。方法を考えるのは自分の仕事、そういう契約だ。いっそ屋敷に忍び込むというところからも離れてみよう。


「家の前でフォウトってやつが帰ってくるのを待って、町の人が見ているところで直接問い詰めたらどうかな。偉い人は、名前が傷つくのが嫌なんでしょ」

「しらを切られるだけじゃないかしら」

「いいんだよ。無実だって言い張るなら、家の中を見せてくれればいいんだし、それも嫌がったらやましいことがあるってことでしょ? だから……あ、だめだ」

「なんで?」

「だって、ラフィスは亜人だから。仮に事実だって認めても、罪にはならないからそれで話が終わっちゃう。だから治安局も頼れないんだし」


 ううとコルトは唸った。問題がループする。だったらやはり、屋敷へこっそり侵入し、力づくで奪い返すのが唯一にして最適だと思われる。そもそもそれしかないのだ。コルトは自己完結して考えを改めた。では、どうやるか。


 対面の男女は互いに目配せをしていたが、口は挟まず、コルトの考えがまとまるのを待っている。


 やがてコルトはパチンと手を叩いた。


「そうだ、わかった! 商会の関係者のふりをすればいいんだ! 商会は一芸に秀でていれば子供でも雇ってくれるって言ってた、それで僕も雇われて、荷物運びかなにかで家の中に用事があるってことにすれば!」


 我ながら名案だとコルトはほれぼれした。商会を敵に回すような言動をして目立っていたのも、その豪胆さを買われて雇われるためとするなら、意外と違和感なく話を通せるんじゃないか。他の弟妹か会長の使いだということにすれば門番も通さざるを得まい。一度中に入ってさえしまえばこちらのもの、しらみつぶしに探してラフィスを見つけ出せば、後は彼女の力も借りて逃げだせるはず。


 コルトの発案は、聞いていた二人にもよいものと受け取られたらしい。特にシェリは出会って以来初めて、満足気な笑みを見せている。アイルも同じく好意的な笑顔を浮かべていた。


「それなら俺は何をすればいい?」

「え? 何って、なに」


 途端に変な沈黙が訪れ、一気に場が白けた。アイルは苦くも笑っているものの、シェリの方は完全に溜息をついて呆れ顔を見せていた。


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