表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/148

尋ね人の居所 1

 着いたよ、ノスカリアだ。そう告げられて馬車が停止した時、外は既に暗い闇で塗られていた。しかしここは大都市の中、点々と光る街灯と、通りに面する家屋から漏れる明かりとが人々の歩む先を照らし、野山の夜には無い安心感を与えてくれている。


 馬車が乗りつけた館は周囲で一際大きく、明るく照らし出されていた。鉄の門扉の向こうに馬車が転回できる広さの前庭があって、玄関ポーチの上には「虹色の太陽(プリズマティックサン)」とギルドの屋号が記された派手な看板が掲げられている。馬車から降りたギルドの人々は、積み荷を運びながら次々と館の中へ吸い込まれていく。


「あんたはあたしと治安局へ行くよ」


 馬車から降りたところでぽけっと立っていたコルトに、始めから世話してくれていた女の一人が声をかけてきた。スラムの出身だと言われていた女だ。いつの間に着替えたのだろうか、肌の露出を隠すように長袖を羽織り、スカートもズボンに履き替えている。


 彼女はコルトに有無を言わせず、その背中をつついた。


「ほら、急ぐ急ぐ。囲まれちゃったら出れなくなるから」

「囲まれるって……?」


 女は答えず、うつむき気味に門扉を抜けて出て行く。そちらへ視線を向ければ、質問に対する答えは自然と明らかになった。興業ギルドのメンバーが帰還した事を聞きつけてやって来たのだろう人々が、門に人だかりを作り始めていた。男も女も子供も居て、大きな声でギルドメンバーの名前を呼ぶ者も居る。ギルド側の番人が居るからせき止められているだけで、たがが外れたらなだれ込んで来そうだ。


 コルトはちょっとした恐怖感を覚えながら、忠告に従って急ぎ人だかりの脇をすり抜けて外へ出た。


 女は少し離れた街灯の下でコルトを待っていた。コルトが追って来たのを見ると、追いつくのを待たずに歩き始めた。


 家屋が並ぶ道を抜けて、大きな通りへ出る。これは馬車が通って来た南の街道の延長である通りで、まっすぐに北へと伸びている。時折馬車が通りかかるから、轢かれないように道の端を女の先導に従って北へと進んで行く。


 コルトは前を行く女に付いていくだけで精一杯だった。ずいぶんと早足なのだ。急いでいるわけでもないし、足が長いから比較してそうなるというわけでもなく、せかせかと歩くのが当たり前のようだ。というのも、彼女だけでなくすれ違うノスカリアの住民みなに対して、歩くのが早いと感じるのである。そういう気質の町なのだろう。


 少し息を切らせながら歩いていると、道が平らかつ明るいことに感謝したくなる。山道だったらとっくに振り落とされていた。


 大通り沿いには一定の間隔で街灯が立てられているが、照らす様式は何種類かが混在している。木の柱で組まれた古くさいかがり火や、金属の支柱にランタンを吊るしたタイプのもの、そしてオブシディアの家で見たのとよく似た白く発光する水晶のランプもある。てっきり魔女独自の道具なのかと思っていたが、違った。もしくはラフィスの光る宝石の目と関係があるのだろうか。本当は立ち止まって観察したいところだが、その暇はなく、横目で感慨深げに眺めるだけで通り過ぎる。


 途中で治安局の詰所の前を横切った。女は目もくれずに通り過ぎていったが、コルトはつい立ち止まってしまった。ここにも黒い制服の治安局役人がそれなりに大勢駐在しているが。


「ここの人たちじゃだめなんですか?」

「本部に行くの。情報が集約されてるから、外の事件はそっちに聞くべきね」

「これだけ大きくても本部じゃないんだ」

「あったり前でしょ。市街地だけでも半端ない大きさなんだから」


 女は足を止めない。コルトは走って距離を縮めた。どうやら、目的地までまだまだ遠そうだ。



 やがて目の前の通りが広大に開けた。広場の外縁には通りと同じように建物があり、酒場や飯屋などでは店の外に設えられた席で飲食を楽しんでいる人々が見られる。もちろん店屋でない建造物もあるが、全体として石やレンガで作られた高さのある建物が多い。


 そして広場の中央には、群を抜いて巨大な塔が建っている。女は一直線にその脇を通過していくが、コルトは足を止めてしまった。見あげても天辺までは光が届いておらず、闇の中で全貌を知ることはできない。


 足音が止まったことに気づいてか、女が振り向いて声をあげた。


「ちょっとー、なにやってんの。やる気あんの?」

「これはなんですか」

「ノスカリア名物、時計塔。無月季(むげつき)入ったとこじゃなけりゃ、夜でも文字盤見えたけどねぇ」


 時計、とコルトは声なくして復唱し、改めて天を見あげた。どんなものかは昼になれば自然に知れるとして、これだけ巨大な時計なら町のどこからでも見えるだろう。逆に、町のどこからでも見えるためには、これだけ巨大にしなければいけなかったと考えるべきか。ちょうどいい目印になって便利だなと思う反面、どれだけ大きな町なのだとクラクラする。


 女から「置いていくよ」と急かされて、コルトは再び歩き出した。広場も北の方角へとまっすぐに突っ切って、そのまま大通りへと入った。


 そこから女が足を止めるまでは存外早かった。北通りを少し進んで左手方向にある大きな建物の前で、石の門柱に政府の紋章と共に「ノスカリア治安局本庁」と彫られているのをコルトに見せつけるように立った。結構な距離を早歩きで来たものの、彼女は息の一つも切らせていない。


 一方のコルトは疲労感に襲われていた。自然と石柱にもたれる方へ足が向き、溜息に近い吐息が繰り返し漏れ出す。知らない場所とは言え、野山を走り回るよりずっと楽なはずなのに。少し馬車移動に慣れ過ぎたかもしれない。


「はいはい、休んでないで、さっさと用事済ますよ」

「ふぇーい……」


 なかば引きずられるようにして、コルトは治安局の門をくぐった。


 入り口の重厚な扉を開けると、まず内外の明るさの差に目をくらませた。ここでも例の光る水晶灯が天井から吊るされていて、館内をまんべんなく照らしている。入って正面に窓口があり、やや高さのあるカウンターの向こうに治安局員が三人駐在していた。人数の倍以上の机があるから、昼間はもっと大勢いるのだろうとうかがわせる。


 コルトたちが窓口へ近づくと、一番手前側に居た、最も年配の男性が応対するためカウンターへとやって来た。他の局員と違い、左胸には勲章も付けている。


「ああ、これはこれは『虹色』の。今日はどうされました、またファン同士の乱闘ですか」

「いいえ、今日はこの子の付き添い。セルリアから帰ってくる途中で拾ったんですけど、どうも事件に巻き込まれたみたいで」


 女はそこまで伝えると、コルトの背中をバシンと叩いた。はずみで一歩前へ飛び出す。治安局の男も、朗らかにほほえんでコルトに視線を向けてきた。かつ、話出すのを待っている。


「あの、僕が乗っていた馬車が盗賊に襲われたんです。セルリアとノスカリアの間で。それで、馬車の持ち主の人と、僕と一緒に乗っていた女の子が行方不明で、きっと盗賊にさらわれてしまったんだと思います」

「強盗、それと誘拐。違法な人身売買の可能性もあると。襲撃犯は何人居たかね?」

「僕は見ていないんです。馬車の中に何か投げられて気絶して、目が覚めたらなんにも無くなってたんです」

「と言うことは、馬車ごと行方不明と」

「はい、僕以外、全部消えてなくなっちゃいました、夢みたいに。……あのっ、なにか通報は来ていませんか。盗賊のアジトがどこにあるとか、街道で怪しいものを見たとか」

「南だよね」


 窓口の男性が後ろをかえりみた。残りの二人の内、片方が帳簿をめくりながら首を横に振り、もう一人が関連しそうな話は聞いていないと口頭で答えた。そして窓口の男性がうなずいた。


「残念だが今のところ市民からの情報提供は無い。最近は、南で盗賊に遭ったという被害も出ていなかった。ラスバーナ商会が私財を投じて巡検するようになってからは、あの区間は平和なものだったが」

「ラスバーナ商会?」


 ここで女がこそっと耳打ちしてくれた。いわく、ノスカリアで一番大きな商人組織で、大陸全土どころか海の向こうまでを股にかけ、あらゆるものを売り買いしているのだと。なるほど、広くたくさんの商品を安全に運ばなければならないため、盗賊への対策が行き届いているということだ。


 だがノスカリア近隣の安全が保障されているということは、裏を返せば、ジャスパの馬車を襲った賊は近くに居ないと示唆しているのではないか。コルトの顔色がみるみる淀んだ。


「がっかりした顔をするんじゃない。今は情報が無くとも、これから出て来るかもしれない。巡検だって四六時中全土を行っているわけでもないのだ。事件が本当なら今後も同じことが繰り返される可能性が高い。市民にとっての危険を取り除く事が治安局の役割だ、人探しも含めて、急ぎ捜索に人員をあてよう」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 コルトの心が一気に軽くなった。巨大な町の巨大な組織が積極的に協力してくれる、こんなに心強いことはない。


 奥に居た局員の片方が、ペンと帳簿を持ってカウンターまでやって来た。それを待って、ずっと対応してくれている男がほほ笑み顔のままコルトに話しかける。


「とりあえず、探している人たちの特徴を教えてくれないかね。顔や背格好、着ていた服とか、とにかく個人が特定できることならなんでもいいよ、少しでも手がかりがないと探しようがないからね」


 いつも一緒に居る人の姿かたちを、いざ言葉で表現しようとすると意外と難しいものだ。コルトにとってジャスパはまさにそれだった。だから先にラフィスの事を伝える。彼女は彼女で、色々と外見の特徴が多すぎるために一言でまとめるのが難しいのだが。


「僕の友だちの女の子は、亜人の子です。一番の特徴は――あ、あれ?」


 今まで親身になってくれていた大人たちが、突然そろって神妙な気配を立ち昇らせ、苦い草を噛んだような顔をした。嫌悪感まではいかないが、明らかにコルトの周りに溝ができた。なぜ、急に。


 自分の発言を振り返って、そしてコルトは気づいた。肝心なことを忘れていたのだ。この世界は、この政府の下では、亜人と異能は人にあらず、なのだ。


 血相を変えた女がコルトの肩をわしづかみにし、激しく揺さぶった。


「ちょ、ちょっと! あんたなんでそういう大事なことを先に言わないの!」

「だって言う必要なかったし、聞かれなかったし。僕の親友が亜人かどうかって、そんなに大事なんですか」

「あったりまえでしょ! ……ごめんなさい、すぐに引きあげます!」

「いやいや、知らなかったのならしょうがないし、ちゃんと教えてあげた方が良いだろう」


 治安局の男は咳払いをし、カウンターの上で手を組んで、改めてコルトに向き直った。


「残念ながら、亜人や異能者が犯罪の被害に遭うのは自己責任であり、我々治安局に被害を訴えられても対応することはできない」

「そんなのひどいです。同じ人なのに」

「乱暴だと言われても、中枢で決められた法律であるから、従ってもらうより他はない。だから君には悪いが、君の友人探しへ協力することはできない」


 コルトはうつむいて押し黙ってしまった。一度は希望を見せられた分、始めから断られるよりダメージが大きい。亜人だろうがなんだろうが大事な人だという事実は変わらないのに、どうしてこうなってしまうのか。


 あまりにもしょげ返るものだから憐れんだか、治安局の男は慌てて優し気な声で付け加えた。


「ああ、でも、亜人をさらえるような盗賊なんて、一般市民はひとたまりもない。だから賊の存在は気にはかけておくし、根城を探すことも行う。当面の間は南の街道に警邏隊を配備しよう。それと、亜人に対して強硬手段を取れるということは、相手も異能者(アビリスタ)である可能性が高い。ゆえに異能取締官にも情報を回しておく事にする。このような対応は行うから、それで勘弁しておくれ」


 コルトの要望の内、賊退治の部分だけは聞き届けられるらしい。が、その時にラフィスやジャスパが発見されたとして、きちんと教えてくれるのか、助けてくれるのか。どうにも信用しきれない。


 だが、この場はしぶしぶ頷くしかなかった。治安局側も譲歩の空気は出さないし、何より背後の女から凄まじいプレッシャーが与えられていたために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ