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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第三章 悪党の町と記憶見の魔女
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ラフィスの記憶 2

 コルトは自分の中で熱いものが沸き立つのを感じた。


 ――この人が、この人がエスドアなんだ!


 断定して構わないだろう、神話にて描かれる甲冑姿の女騎士そのままだ。


 そして今のシーンで大事なのは、エスドアもラフィスのことを認知していたことだ。つまりラフィスは神話の人物の一崇拝者ではなく、実際に知己以上の仲にあったということ。彼女が古の世界からやって来たのも、もう疑う余地がない。


 ラフィスがふっとコルトの方を向いた。表情に前向きな感動は見られない。小さく静かに震える瞳と、固く結ばれた唇が印象的だ。なにかを訴えようとしているようにも思えるが、わからない。


 またコルトは鏡写しの光景に気を取られた。どんどんエスドアに近づいていたのだが、眼前にたどり着くよりも先に、第三者が画面の端から割り込んで来たのである。


 その人はこちらへ背を向け、より早足でエスドアの方へ迫っていく。歩みにともない揺れる、茶色のくたびれたローブと白髪が混じった銀灰色の長い髪。この姿はコルトの記憶にもあった。そうだ、あの始まりの神殿で出会った男の人。


「……カサージュ」

「イェン、カサージュ」


 彼をその名で呼ぶことが正しいと肯定しているようなラフィスの相槌だった。


 鏡の中ではカサージュとエスドアが話をしている。カサージュの肩越しに見えるエスドアの唇を読んでも、内容はまったくわからない、言語そのものが違うから。ただエスドアはひどく厳しい顔をしている。右手に携えている白い刀身の剣が、心なしか攻撃的にぎらついているような。


 この廃墟に集った理由はなんだったのか、ついぞ突き止めることはできなかった。その前に、画面が歪んで別のシーンへと切り替わったのである。



 今度はうってかわって屋外、どこかの荒野に居た。乾いた土の他にはなにも無い大地が、地平の果てまで延々と続いている。視線が妙に低くほぼ地面の際にあり、なおかつ動かない。おそらく地面に横たわっている状態なのだろう。どうしてかは不明だが。


 そして目の前にカサージュが居た。片膝をつき、無言でこちらを覗きこんでいる。服装は廃墟の時と同じだが、ほんの少しだけ若いように感じられた。見た目でどうこうではなく、覇気のあるなしだ。


 カサージュもこちらを見たまままったく動かない。風に髪がなびくから、時間が止まっているわけではないだろうに。眉間に深く深く皺を寄せ、じっと思考の海に沈んでいるようだ。


 何を、と思ったが、また答えは得られなかった。すぐに画面が移り変わってしまったからだ。



 砂嵐のあと、一面が真っ白の光に満たされていた。今度は外か中かも、どんな状態で居るのかもまったくわからない。ただ光の向こうで動く人の姿があった。シルエットからして、あれもカサージュだ。


 ここでオブシディアが口を開いた。


「知りたいのはこの男のことでいいのかい、それとも」

「エスドアだよ。どっちかって言うと、エスドアのことを知りたい」

「じゃあ、よそに気を取られないようにしな。この子の意識は、おまえの言葉に引っ張られる」


 オブシディアはハアッといらだち混じりの息を吐いた。同時に鏡面が混沌へ切り替わった。


 起こっている現象はいつもの場面転換と同じだ。しかし、今回は少し長い、長すぎる。ちっとも映像が浮かびあがって来ない。


「どうしたの?」

「黙ってな……この子の意志が妨害するんだ」

「どういうこと?」


 返答は無い。オブシディアは鏡の方をじっと見て集中している。額には汗が滲んでいるし、細められた目も真剣そのものだ。


 また長らく待った後。突如としてもやが吹き飛ばされたように、視界が鮮明になった。


「これっ、て……」


 コルトは絶句した。信じられないと首を振る。だが、現実だった。映像は途切れない。ざわりと鳥肌が立つ。


 鏡の中に、ラフィスの記憶の中に映っていたものは、一目瞭然の戦争の光景だった。


 建物が密集する市街地を俯瞰している。足場は見えない、おそらくだが飛んでい。


 あちこちで火の手があがり、家が崩れ落ち、天高く粉塵が舞っている。街路で人同士が武器を手に戦っているのも見える。どちらが敵で誰が味方なのか、よくわからない。交戦する中には人間も、亜人も、さらにはどちらでもない異形の化け物もが入り混じっている。音は出ていないはずなのに、咆哮の不協和音が聞こえて来る。


 ラフィスが注視しているのは、立ち並ぶ家屋と同じ大きさをした醜い巨人だった。それはあたかも水面を泳いでいるように建物をなぎ倒しながら、まっすぐに進んで来る。地平の奥にある城壁のさらに向こうからずっと、そいつが歩いて来た道が一直線に可視化されている。


 巨人に応戦する人々居た。巨人の前方に立ちはだかり、見たことも無い筒状の武器を構えて光線を浴びせている。しかし全然効いていない、巨人の前進はペースを落としすらせず、人々はじわじわと後退していく。


 その時、急に視界が逆方向へ転回した。


 向いた先には、巨大な地割れができていた。暗闇へと人のかたちをしたものが吸い込まれていくのも見えてしまった。そして逆に地の底から這い出してくるものも。影を切りだして作ったような四足の怪物だ。


 手前にラフィスの両手が伸びた。右手はしなやかな人の手、左手はまばゆき金の手、今と同じだ。その手の向こうで、刹那、紫電が弾けた。攻撃する対象は、地割れから出てきた怪物だ。


 走らせた電撃の効果はいかほどか、しかし見届ける前に、再び視線が大きく動いた。今度は上だ、空だ。


 そこには鉄の鳥とでも形容すべき物体が浮かんでいた。生き物ではない、カラクリだ。そこへ小さな悪魔たちが群がっている。羽根の生えた悪魔は鳥にへばりつき、叩き、噛みつきしている。そして鳥はあちこちから煙を吐きながら、徐々に下へ落ちている。


 だが直後、悪魔の群れが強烈なつむじ風に吹き散らされた。ラフィスの視線が風上へと動く。


 そこにエスドアが居た。当たり前のように空中に浮いている。鎧姿は同じで、先ほどと違うのは、翼のごとく広がるマントの光が黄色みを帯びていることと、武器を弓に持ち替えていること。矢はどこにも無いが、弓引く動作をすると突風が放たれる。


 エスドアは前方の敵を散らすことに集中している。だが、彼女の後方にも悪魔が居た。こちらは人と似た大きさだ、風ではとても飛ばせないだろう。


 察するものがあったのか、ラフィスがそちらへ接近せんと動いた。


「……ルザ、ミニス、シー、エスドア」


 声は現実に居るラフィスのものだ。誰かに聞かせようとしているわけでなく、つい口からこぼれ出てしまった風合いのかそけきだった。


 ここで鏡面がさざ波に覆われた。場面が切り替わる予兆だ。



 次に映し出されたのは、荒野の上空を飛んでいくエスドアだ。変わらず弓を携えている。ラフィスはその背中を追っている。


 不意に進路上に極彩色のローブを着た男が現れた。これぞ真の魔法使いなのか、本当になにも無い空間から湧いて出てきた。


 相手の顔をはっきりと見る間も持たず、エスドアが先手を撃った。大樹をもなぎ倒す風圧が魔法使いへ襲いかかる。


 ところが、まばたきした瞬間に魔法使いは消えて居なくなっていた。暴風は何も無い宙を射抜いて、遠くへ通り過ぎて行った。


 直後、ラフィスが後ろを振り返った。消えた男はそこに居た、すぐ背後に居る。悪辣な笑みを浮かべて、ぶんと手を振り上げる。すると、あたり一面に赤黒い砂嵐が吹き荒れた。


 顔を守るようにラフィスの両腕が視界を覆った。その隙間からわずかに見える風景から、ラフィスが下に落ちているのだとわかった。


「ラーヤ、レム、ディム、ニウォス、ハヴァン……」


 重く苦しく、どこか後悔に満ちた呟きが聞こえてきた。


 魔法の砂嵐が開けぬうちに、また場面が遷移した。


 ざわざわと波だった後、どこかの城が現れた。しかし詳しく見る前に、鏡面はまたも歪んでしまった。


 そして今度はどこかの室内が映し出されるが、それも一瞬のこと、認識する間もなく再び鏡面が荒れる。


 そのまま次々といくつもの場面が明滅し、ちっとも安定しない。明らかに今までと違うことが起こっている。ラフィスの呼吸も少し荒い。


 ――止めた方がいいのかな。


 コルトの頭にその選択肢がよぎった時、鏡面の波がようやく落ち着いた。


 映し出されていたのは、荒野の高台に立つエスドアの姿だった。側面やや下方から仰ぎ見ている状態だ。ただし、画面全体が激しく揺れ動いている。まるで暴れているのを誰かに押さえつけられているようだ。


 エスドアは斜め上空を見ている。誰かに話しかけているようだが、相手の姿はこちらの視界には収まっていない。淡々と口を動かすエスドアは、疲れ、諦め、絶望したような雰囲気に満ちていた。


 エスドアは喋りながらゆっくりと右手を掲げた。そこには一振りの剣が握られている。白くまばゆい剣だ。


 そして、彼女はふっと笑った。直後、剣を持つ手を突然ひるがえして横に向け、切っ先を逆の手でとった。そのまま腕を引いて、鋭い刃を自分の首へ――


 鏡面が真っ暗の闇に覆われた。だが、それは一瞬のことですぐ元に戻った。元の、現在を映す普通の鏡へと。


 なにより先にオブシディアの抑揚に欠ける声が響いた。


「あたしが止めた。子供が見るもんじゃない」

「でも……」

「それに、おまえが言い出したことだ。こうなったらやめるって」


 コルトはつい漏らしかけた不満の声を飲みこんで、コクリと頷いた。なおも鏡から目が離せないで居る。


 鏡に映るラフィスは、小刻みに震えながらボロボロと涙をこぼしていた。


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