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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第三章 悪党の町と記憶見の魔女
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悪党の町 3

 やった、とコルトは小躍りしながら手を振った。ラフィスもつられたのだろうか、はにかんで遠慮気味に小さく手を振る。するとジャスパはニィと目を細めながら、きちんと手を振り返してくれた。


 そんな彼の肩の向こうには顔の上半分に仮面をつけた男性が立っていて、ジャスパと同じくジッとこちらを見下ろしている。大事な商談があると言っていたジャスパの取引相手だろう。着ている物がおしゃれで、金茶色の髪もつやつやに整えられていて、仮面にも宝石飾りがついていて、お金持ちの雰囲気がありありと漂っている。コルトは目が合った時に一瞬ドキッとした。仮面のせいで表情が無く冷たく見えるのもあるが、それ以前に、男が威風のあるオーラをまとっているせいだ。もし同じ地面の高さに居たら、今頃気後れして小さくなっていただろう。


 相手が何者でどんな商談なのかはわからないが、ジャスパが機嫌良くしているのを見るに、いい方向で進んでいるのは違いない。


「おい無事かぁ? 嬢ちゃんもピンピンしてっかぁ?」

「うん! ジャスパさんはどうですか? 仕事、うまくいったの?」

「おう、まあな。そんなことより、おまえら魔女には会えたのかよ」


 コルトは首を大きく横に振って見せた。するとジャスパが呆れたように溜息をつく。


「おいおい、じゃあなんでこんなところに居るんだよ。こっちはまったく逆方向だぜぇ?」

「そうなの!?」

「そうだそう、誰かに聞くなりしねぇからこうなるんだ。回廊があるだろ? 最初に降りてきた側から見て対岸、あっちの奥の方だ。階層は今んとこと同じでいいからよ」

「親切にありがとう!」

「いいってことよ。それじゃ、ま、適当に頑張れよー」


 窓から顔がジャスパの引っ込んで消えた。と、思いきや、すぐに再出現した。


「そうだそうだ、これやんよ。腹が減ったら食えや」


 言いながら、大人の握りこぶしより二回りは大きい塊を放ってよこす。慌ただしくしながらも、コルトはしっかりキャッチした。加速がついていて手のひらがジンと痛んだ。


 投げられた物が何かと言うと、表面が堅く焼き上げられたパンであった。割と大きめでずっしりと重量感もあり、ラフィスと半分こして食べるのにちょうど良さそうだ。


 コルトは礼を言おうとした。しかし見上げた時にはもうジャスパは窓辺から姿を消していて、あげく布のシェードが降ろされてしまった。薄い布であるものの、部屋の中が暗いために一切透けない。


 コルトは嬉しげな溜息をついた。ジャスパはつっけんどんな風でいるが、こうしてなんだかんだ世話をしてくれる。本当に、なんと良い人なのだろうか。しかもこんなおっかない町で強者として立ち回り、あんなお金持ちとも一対一で気圧されずに話せる、そんなすごい人なのだ。拾ってくれたのが他の誰でなくジャスパでよかった。自分もああいう親切で気さくで頼りになる強さを兼ね備えた大人になりたい。しみじみ思いながら、もらったパンをふんわり胸に抱いた。



 ジャスパに教えてもらった通り一旦回廊の所まで戻り、そのまま吹き抜けにそって反対側の区間へと向かう。パンは大事に手に持ったままで、まだ食べていない。どこかで水を飲みながら、ゆっくり休憩して食べたいと思っている。


 そう、水だ。エグロンにおいて水は結構な貴重品らしい。地下神殿という構造上当然ではあるものの、井戸やため池のような水場がどこにもない。普通の町なら軒先に水瓶が置いてあったり、用水路が引いてあったりするものだが、それすらもない。水が無くて人は生きられないから最小限の量を確保する手段はあるのだろうが、単純に行かないのは確実だ。


 だがこのまま魔女の住む家を目指せば、そこには水もあって一挙両得になるんじゃないかと睨んでいる。具体的な根拠はない、イメージだ。もっと幼い頃におとぎ話で聞かされた魔女の、大鍋を火にかけグラグラと薬を煮込んでいる、そんな感じの。


 そして黙々と回廊を歩いて反対側へやってきた。ここから遺跡の内部へ入って行く。


 遺跡は左右対称の造りであるようだ。部屋の繋がり方や廊下の配置が、先ほどまで探索していた場所とほぼ同じ。どう進むと効率よく回れるかわかっているから、探索の効率が上がる。


 そうしてざくざくと古い石壁の廊下を歩いている途中で、対称になっていない部分を見つけた。今居る場所は遺跡の一番外周の長い廊下だが、道中で石積みの壁が崩れ、天然の洞窟への入り口になっている。ここは最近新しく掘られたわけではなさそうだ。石が崩落しないように入れられた支え木は年代を感じる色味だし、人為的な坑道と違って所どころ狭窄(きょうさく)している。


 洞窟を覗きこんだ時、コルトには感じるものがあった。


「風……?」

「イェナウ……?」


 コルトとラフィスは顔を見合わせた。同じことを感じたようだ。――洞窟の奥から、湿っぽい風がかすかに吹き込んでくる。


 こっちへ行こうと言う風に、ラフィスが洞窟を指さした。彼女が進みたいと言うのなら異論はない、自分たちがどこへ行くべきなのか、行先は彼女が知っている。始まりの魔法使いがそう教示して、だからコルトはここに居る。一つ頷いて、足の先を洞窟へと向けた。


 洞窟にも点々と灯りがある。ただ火が焚いてあるのではなく、光る水晶を小石程に小さくした物が天井や足下に貼り付けられている。全体の明るさは松明が焚いてあるのとそう変わらない。


 岩盤も剥き出しの狭い洞窟であるものの、通り抜けるのに苦労しない程度には岩が削ってあるし、崩落しそうな箇所はしっかり押さえが施されている。これらの点から、町の延長として日常使われている洞窟だと推察できた。


 やがて道が二又に分かれる。一つはわずかに上っていて、もう一つはわずかに下っている。風を感じるのは上りの方だ。ラフィスも反対しないから、ここは上りから行く事にする。


 そしてゆるやかな上りを少し進んだところで見つけた。


「山羊の角だ!」


 例えるならば、今立っている場所がちょうど山羊の鼻先で、鼻筋を上って行き額に当たる場所を両側から挟むように、伸び始めた山羊の角のような尖った岩が一対、地面から高く飛び出している。


 ということは、この奥が山羊の角区で間違いない。コルトの足が軽くなった。


 山羊の角を越えた先は道幅がどんどん広くなっていた。そしてすぐに、目の前にぱかっと開けた空間が現れた。その入り口でコルトは思わず足を止めた。ポカンと口を開けたまま見る岩窟の風景を見る。


 眩しく白い光を放つ不思議な水晶が使われた灯が複数、円を描くように建てられている。その光の下では、地下にも関わらず小さな草花が育っている。手入れのされた花壇のようだ。ごく浅いものだが池もあり、周囲の岩には青々とした苔がはびこっていると遠目からでもはっきり見える。


 そして光に囲まれた中央に小さな家が建っていた。壁があって屋根があって窓もある、地上にあるようなしっかりした造りの家だ。一瞬、ここが岩窟の中であることを忘れてしまいそうになるほど、ごく当たり前のように存在している。だが、エグロンで同じような建物はこれまで見かけなかった。


 山羊の角をまたいだ先はこの空間が唯一らしい。どこにも横穴は存在していなかった。道しるべだった風の源は上、天井方向に洞窟が続いていて、そこからしっとりとした空気が流れ込んできている。途中で曲がっているから出口は見えないが、上層どころか地上まで続いているかもしれない。いずれにせよ天井は高く遠いから、翼を持たない普通の人には道たりえない。ここが行きどまりだ。


 これぞ山羊の角区にある記憶見の魔女の住む家。それは世間から爪はじきにされる悪党が集まる町の中でも、際立って異質で幻想的な存在であった。

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