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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第三章 悪党の町と記憶見の魔女
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悪党の町 2

 あらかじめ知っていて良かった。知らずにやって来てこんな目に遭ったら、恐怖と驚愕でパニックを起こしていた。ここはそういう町なのだから、と知識があるおかげで、ある程度の冷静さを保っていられる。少なくとも慌てて逃げようとして足を滑らせ、三層下まで真っ逆さまという事態は避けられた。


 男はコルトを剣で縫い止めたまま、顔を調べるようにじろじろと見てくる。コルトの肩に手を添えたままじっとしゃがんでいるラフィスのことも同様に。


「やっぱり見慣れねぇガキどもだな。亜人と男のガキか。おまえら誰の手下だぁ!?」

「だ、誰でもないです。この町には来たばかりで、その、ただの旅人です」


 男は不審に眉をひそめた。


「『番人』が居るんだ、流れ者のガキがほいほい入って来れるわけねぇだろうが。おい、つまらねぇ嘘吐くんじゃねぇぞ! どこの誰だ、何しに来やがったんだ!」

「よ、よよ、『夜駆け』のジャスパさんの馬車に乗って――」


 全部言い切るより早く男がさっと顔色を変えた。赤かったものが心なしか青になったような。突きつけられていた剣もすぐさま引っ込められて、通れとばかりに道が空けられる。


 なんだかわからないが助かった。コルトは手をついて立ちあがった。


「あ、ありがとうございます」

「さっさと行けや。『夜駆け』の旦那の唾付きに手ぇ出したなんてバレたら……おまえら、黙ってろよ」


 重ね重ねなんだかよくわからないが、ジャスパのおかげで助かったらしい。相当な有名人、もしくは飄々(ひょうひょう)とした態度とは裏腹に結構な実力者なのか。雨の夜の大仰な名乗り口上も、意外と実を伴った自己紹介だったのかもしれない。


 男の気が変わらない内にさっさと進ませてもらおう。コルトはラフィスの手を引いて歩き始めた。急に状況が変わったものだから、彼女もきょとんとしていた。


 数歩歩いて、コルトははたと立ち止まった。もう一度、男の方へ振り向く。


「あの、『山羊のツノ区』ってどこにあるんですか。教えてください」

「んなもん自分で――」

「ジャスパさんに、そこへ行けって言われたんです! 僕たちが迷子になってたら、何かあったんじゃないかって心配すると思います」


 エグロンで生き抜くための術その三、賢く。尊敬するジャスパが教えてくれたことをさっそく実践だ。


 コルトの期待の目にあてられて、相手の男は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。いっそ青筋が浮いていた。しかしジャスパの名前を出されては断れないようで、渋々ながら質問に答えてくれたのだった。



 エグロンの遺跡は全部で四階層の構造だ。上から順に若い番号で呼ばれており、今居る場所が第一層、吹き抜けから見下ろした底にあたる場所が第三層、その下の完全に地下に当たる――つまり外からはまったく見えないところに第四層が存在する。


 各階層それぞれ、廊下や広間などを境界とした街区が形成されている。しかし地図や看板は一切存在せず、区画整理を担う責任者なんてものも居ない。付近で目印になるような彫像や壁画、地形構造を使って人が話している内に、大勢の間で定着したものが勝手に地区名となる。たとえば、一層の大広間は入口扉の上に天使の彫像があるから「天使の足下区」、三層の深部にある天井から地下水が染み出している一角は「地底の雨漏り区」、などといった具合だ。


 つまり山羊の角区に行けと言われたのなら、山羊の角っぽい物を探して回ればよい。


「――ってことだ。わかったか、小僧」

「うん、わかった! それで、山羊の角はどこにあるんですか?」

「チッ、ちょっとぐらい自分で探しやがれ」

「でも――」

「二層だ、二層! このまま回廊をまっすぐ進んだ先にある大広間から下に行け。これ以上はもう知らん! 自力で探せや!」


 知らないというのは明らかな方便で、教えてくれないのは単なる意地悪だ。子供にやりこめられるのが悔しかった、やりどころのないむかつきのあてつけだ、顔にそう書いてあった。


 だが問題ない。探す物がかなりはっきりしてきたし、だいたいの場所も掴めたから大きな前進だ。後はそれこそ宝探し感覚で第二層を探索して周ればいい。一つの階層だけなら、しらみつぶしにしても一日とかからないだろう。多分。


「ありがとう! 何かあったら、またお願いします!」


 コルトは満面の笑みで手を振って、男がかんしゃくを起す前に走り去った。ラフィスも男にペコリと頭を下げて、コルトの後に続いた。



 教えてもらった通りの道順で第二層へ降りた。階段を降りた先も広間になっていたが、すぐ近くに廊下が見えたからそちらへ出て、どんどん奥へと歩いていく。どこかに山羊の角らしき物がないか、念入りに周りを見渡しながら。松明だったり、オムレードの地下で見たのと似た光る水晶だったり、点々と灯りがあるから存外明るくて、探し物を闇に見落とすことはなさそうだ。


 案の定と言うべきか、遺跡は回廊部の外側に広くひろがっていた。整然と積まれた石の廊下が交差する場所をいくつも越えて、時には四角い部屋から部屋を次々と渡り歩き、横穴として土を掘り作られた洞窟もどんどん進んだ。ただ、戸が立ててある部屋には極力入らないようにしていた。最初に遠慮なく入ったら、そこは個人の寝室だったのだ。幸い家主はぐっすり寝ていて騒ぎになることはなかったものの、とにかく気まずかった。誰が見てもわかる目印が区名になるのなら、それは個室の中に存在しまいから大丈夫だろう。


 もちろん歩いていると起きている人に遭遇することも多々あった。道を聞けばよかったのかもしれないが、通りかかりの人には目を合わせないようにすれ違われたり、明らかに近寄るなというオーラが漂っていたり、なかなか気さくに声をかけられなかった。一般に開かれている店なら良いかと思っても、どこが店屋なのやらさっぱり。ちらりと扉のない部屋を覗いても、酒に酔っぱらった連中が地べたに座ってたむろしているとか、真剣な顔をつき合わせて深刻そうな話をしているとか、明らかに普通の町とは異質で入っていける雰囲気ではなかった。


 だからこうして自分の力だけをあてにして、第二層をさまよい続けている。


「どこだよ、山羊の角、山羊の角……」

「ヤギノツノー」

「ないなぁ」

「ナィナァ」


 ラフィスの復唱はまるで歌っている風だ。明後日の方向をふらふらと見渡しながら、ツノツノ言いながら練り歩いているコルトの姿は、彼女からは鼻歌を歌って散歩しているように思われたのだ。


 気楽でいいな、と思う。嫌味ではなく本当に。不安でうつむいて居られるより、楽しそうにしてくれている方がましだ。なにより彼女の柔らかい声が、コルトの気持ちにも余裕を持たせてくれる。もしこれが無かったら、狭く暗い遺跡の閉塞感と探し物が見つからない手詰まり感の相乗効果で、とうに心が押しつぶされていただろう。


 やがて土を掘り抜いた坑道の果てにたどり着く。


「あれっ、戻って来ちゃった……」


 目の前の景色には見覚えがある、天井が高く一つ上の階層と繋がっている空間だから印象深い。さらに特徴的なのは、ここが遺跡の端でなおかつ建築中だと言わんばかりに壁石や床石が中途半端に張られていて、後は地盤を削ったそのままであること。また、建築中なのは現代でも続いているらしく、湿った土を積んだ手押し車や、真新しいわだちがそこかしこにあり、遺跡とは異なる建材――真新しい石や木材――で増築された建物が大小様々にある。


 今しがた通ってきたトンネルも拡張の一環として掘られている途中のものだったのだろう。途中に行き止まりの横穴や空き部屋があったものの、基本的には一本道で人も全然居なかった。


 結局この高天井の間の周りをぐるりとまわって来ただけ。とんだ無駄足を踏んだことに、コルトはガックシと肩を落とす。途中で回っていることに気づいていたらよかった、地下では方向感覚も時間感覚も不確かになって全然だめだ。


 ともあれ、この辺りで見られるところはすべて見た。山羊の角は見つからないまま行きどまりになったわけだ。


「最初の吹き抜けのところまで一回戻ろうか」

「ヤギノツノ?」

「この辺にはなさそうだよ。本物の山羊も、石像も、なーんにも」


 コルトはきゅっと肩をすくめて見せた。それから回廊方面へ戻る道へ向かって歩き始める。


 と、その時。


「おーい、そこのガキんちょ! ちょいちょい!」


 呼び声にコルトはビクンと背筋を伸ばした。これはジャスパの声だ。結構遠くから聞こえた。慌てて周りを見渡すも見つからない。


「違う、上だ上。上も見ろー」


 上、と言われた通りに視線を動かす。


 前方にあるのは元からの遺跡の構造物で、二層から見上げるとちょっとした塔のようだ。その第一層部にあたる高さの大窓から、ジャスパがこちらを見下ろしていた。

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