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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第三章 悪党の町と記憶見の魔女
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悪党の町 1

 エグロンとは大陸中部の丘陵地帯を指す地名であり、同時にその地にある遺跡の呼称でもある。地下に広がる神殿様の巨大な遺跡で、古くから存在が知られていたため財宝の類はとっくに持ち出されている。主たる街道からは遠く離れていて、起伏が大きく痩せた土地であるため人が暮らすにも快適ではなく、それゆえに現代の統一政府も含めた歴代の公権力からことごとく消極的な統治がされてきた。


 ある時、無法地帯であるのを良しとして地下遺跡に裏稼業の一家が住み着いた。はじめは遺跡深部の一部屋を利用した小さな隠れ家だったが、部下が増えると共に遺跡内で居住域が広がり村のようになった。やがて人の生活に必要な道具を取引をする場も作られて、定住する者以外も少しずつ出入りするようになった。裏社会で噂が広まる内に、金儲けを企み店屋を構えにやってくる者や、諸事情で町に居られず自ら望んで日陰で生きると決めた者など、各地から人が流入してきた。そうしていつしかエグロンの地下遺跡には、公的な書類には載らない悪党の町ができあがったのである。



 あか朧月(おぼろづき)に照らされ丘陵を進んでいた幽霊馬の馬車が、風化した石碑が並ぶ小さな墓所の前にて足を止めた。この墓には小さいながらも墓守が居る。おんぼろの小屋から腰の曲がった墓守が出て来ると、御者のもとへやって来た。


 御者は墓守に二言三言伝えると、懐から小銭を出して握らせた。それから自らの異能(アビラ)で創り出していた馬を消して御者席から立つと、荷台へ行き幌を勢いよく開け放った。


「さぁてエグロンにご到着だぜぃ、忘れモンないように降りてくれよ。残ってたら全部俺がもらっちまうからなぁ」


 ニャハハと笑う御者のジャスパに見守られながら、まずは黒コートの男が降りてきた。特に言葉を交わすこともなく、男はそのまま墓の向こうへ歩き去っていった。


 その後、コルトとラフィスが地上に降り立った。外に出てまずしたことは、ポカンとして周りを見回すこと。


「ここがエグロン? 遺跡なんてどこにも無い、お墓だけじゃないか」

「入口は墓の向こうだ。こっからは歩いて行くぞ」

「ええっ、馬車を置いていくんですか? 盗まれそう……」

「番人が見ててくれるからいーんだよ。ここらで盗ったり細工したりはご法度だぜ」

「それも暗黙の掟ってやつ?」

「おうよ。大人の事情ってやつでもあるな。俺は中立の運び屋だが、誰から誰に荷物届けたとか、めちゃくちゃ気にしてくる厄介な連中も居るからよぉ」


 悪党の町にもいくつかの派閥があって、表だって抗争状態にあるわけではないが、裏では日々しのぎを削りあっている。エグロンの門前にあたる墓所と墓守はどこの派閥にも属さない、だからここに荷を預け間接的にやりとりするのが保身のための賢い方法だ。ジャスパに限らず、特定の一派に肩入れしない人間は同じことをしている。時には荒れ果てた墓の周りにズラリと健康な馬が並んで、なんとも奇妙な光景になることも。


 ジャスパの馬車は本人にしか走らせられないから、盗難の心配は無いと言ってよい。墓守は形ばかりの管理として、近くの適当な杭へロープで繋ぎ終えると、さっさと小屋へ戻って行く。ラフィスの事をジロジロ見ては居たものの、終始無言であった。


 帰宅する番人を尻目に、一行は墓を通り抜けて進んでいく。紅月(こうげつ)に照らされる古き墓所はひたすら不気味で、地下から化け物がはい出して来そうな空気が漂っている。なるほど、これでは一般人は近寄るまい。コルトも一人だったら絶対に寄りつけなかったとの自信があった。平然と先導してくれるジャスパ様様(さまさま)だ。


 墓を通り抜けた向こうの大地には巨大な裂け目があった。暗い中でも一際黒く浮かびあがる、深い深い竪穴だ。しかし中にポツポツと灯りがあると確認でき、生きている者が居ることは十分に感じられる。ここがエグロンの遺跡、悪党の町なのだ。


 日中であれば、地上からでも神殿の構えをした遺跡と対面できただろうか。こんな地下深くに広がる町なんて、一体どんな生活が営まれているのだろうか。ずんずん近づく竪穴を前に、コルトは興奮する息を隠せないでいた。心なしか足も早まり、隣に居たラフィスとの距離が開いていく。


 前方に切り立った崖を下る石の階段が見えた。降り口の両側には折れ砕けた石柱が建っていて、かつては立派な門であったことを匂わせている。 


 ここでジャスパが急に立ち止まり、コルトたちの方を振り返った。


「さて、と。一つだけ言っておく。俺はこれからとっても、とーっても大事な商談をしなきゃならねぇ。超大儲けするチャンスなんだ。だからいいなおまえら、くれぐれも俺の仕事の邪魔をしてくれるなよ。絶対にだ。わかったな?」

「わかった!」

「じゃあ解散!」


 ガクッとコルトの膝の力が抜けた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! 魔女のところへ案内してくれるんじゃなかったの!?」

「なんで俺が。そんな契約はしてないぞ」

「契約って……いきなりそんなに冷たくしないでよ」

「やなこった。俺はあいつに用事ないし、別に会いたくもねぇ。おまえらだけで勝手に行ってこいや。あいつは『山羊の角区』に住んでるからよ。じゃあな!」


 ジャスパは早口で言い切ると、さっさと石柱を越えて走って行ってしまう。追いかけようにも歩幅が違うからすぐに振りきられる、無駄だ。


 だが、石の階段を数段おりてギリギリ地上から頭が見えるところでジャスパは一旦立ち止まり、再びコルトを見た。ニヤリと笑っている。


「しょうがねぇから一つ教えてやるよ。この町で無事に過ごすのに大事なのは、一にカネ、二にチカラ、三に賢さだ。おまえみたいに全部持ってないんなら、とっとと逃げるか、強いやつに媚びへつらうかのどっちかだな。じゃ、頑張れよ!」


 ハハハと笑い声を残して、ジャスパは階段を駆け下りていった。彼の姿はあっという間に闇に飲まれて上からは見えなくなった。


 コルトは冷たい水を被った気分だった。ちぇっ、と足下の石ころを思わず蹴っとばす。コロコロと転がった石は、ほんの数歩先で動かなくなった。


 文句ばかり言ってもしょうがない、前向きに考よう。急に態度がそっけなくなったのには理由があるのではないか、と。エグロンには色々と暗黙の掟があるとは知っての通り。ついさっきも派閥がどうとか、大人の事情が何だとか語っていたし、誰かとつるんで町を歩いているのを見られるとまずいのかもしれない。――きっとそうだ、そうに違いない。とコルトはそう結論付けた。


 理由があるのならしかたがない、これ以上頼るのは迷惑だからと割り切れる。ちゃんと魔女の住んでいる場所は教えてくれたのだし、後はラフィスと二人で町を探索しよう。元々二人の旅なのだから。


 心残りはジャスパにちゃんとお礼が言えなかったこと。エグロンまで長い道のりを運んできてもらったのに、だ。


「でも、きっとまた会えるよね」

「ネー」

「うん。僕たちの用事が終わったら、ジャスパさんのこと探して会いに行こう。商談があるって言ってたから、しばらくエグロンに居るんだろうし」


 ともあれ、まずは記憶見の魔女探しだ。コルトは気合いを入れて石柱の門を越えた。



 崖沿いに続いた石の階段は長く続いたものの、亀裂の底へたどり着く前に終わった。降り立ったのはまっすぐに伸びる回廊だ。高く太い石柱と石積みの壁が遠くまで続いており、地盤に接する側には等間隔で部屋が設けられている。扉はあったりなかったりだが、どの部屋の近くにも明かりがあって人が暮らしていることを示している。


 部屋がある壁の反対側は吹き抜けになっている。落下防止の柵などはなく、見通しはすこぶるよい。回廊が長方形を描くように一周繋がっていることと、同じような回廊が三層重ねになっていることが見て取れる。吹き抜けの底は平らで庭園のようだ。ポツポツとかがり火が焚かれていて、廃材で作ったようなあばら家やテントが点在していることが確認できる。


「うーん、かなり広いや」


 床にへばりつきながら吹き抜けを覗いて思ったことだ。見えている範囲だけでも、生まれ育った村と同じくらいはあるだろうか。その上、各層横にも広がっている様子だ。回廊から分岐した廊下が崖の奥へ向かっている場所がいくつもあるし、後から壁を壊して開けた横穴も複数発見できた。一日かかってすべての洞窟探検ができるかどうか。


 これが遊びの探検ごっこなら、手当たり次第に横穴へ入って毎日毎日時間を費やしてもよかった。だが、遊びに来たのではなく、魔女を見つけ出すという確固たる目的がある。物資も体力も限られている、早い所目的を果たさないと。


 ジャスパが残したヒントは「山羊の角区」という地名。その場所へ行けば良いのだが。床の縁にしがみついて目一杯まで首を伸ばし、コルトは吹き抜けのすみずみまで目を凝らした。


「看板っぽいのはどこにもないし……掲示板とか地図だってどこにもないよなぁ……」

「コルト、コルト!」

「それに、これ、下の層までどうやっていくんだろう。階段なんて見える所にないし。まさかロープで?」

「コルトッ! コレ!」

「ちょ、ちょっとラフィス、揺さぶらないでよ! 落ちたらどうす……」


 床にへばりついた姿勢で肩から上を後ろにひねった、そんな格好でコルトは石像のようになった。


 知らない間に男が背後に立っていた。縦にも横にも大きくて、いかにも悪そうな顔をしている。露出した肩は筋骨隆々、毒々しい色のタトゥーも入っている。太い手で長く幅広な剣を握っていて、その剣先は次の瞬間にコルトの腰へと突きつけられた。


 コルトはさっと血の気を引かせ、ゴクリと生唾を飲みこんだ。変にひねった姿勢がきついが、もうピクリとも動けない。動かない方がいいだろうし。


 ――これが、悪党の町……!

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