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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第三章 悪党の町と記憶見の魔女
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夜駆けのジャスパ 2

 男は倒れ込んだ姿勢のまま、懐からナイフを抜いた。切っ先をコルトに向けて構え、叫ぶ。動揺はまだ収まっていない、声がひっくり返っている。


「が、ガキぃ!? なんでい、おまえ! やんのか! おォっ!?」

「ちっ、違います、びっくりさせてごめんなさい! 僕、悪い人が来たんじゃないかって怖くて!」


 言いながらコルトはマチェットを床に置き、両手をあげた。


 男はなお警戒心をむき出しにしている。雷光によってギョロギョロとした目が闇の中に浮かび上がる。視線はずっとコルトに向けたまま、ゆっくりと立ち上がる。額に張り付いた前髪を逆なで、一番最後にナイフをしまった。口からはげんなりとした吐息が漏らされた。


 微妙な距離感が漂う中、小屋の中からトットットと板を蹴る音が響いた。心配したラフィスが様子を見にやってきたのだ。


「ラフィス! 奥で待っててよ」

「ダイジョウブ……? コルト……」


 コルトが無事であることを確認すると、ほっと安心の息をついた。続けてぼんやりと光る目が外へと向けられ、視線がしかと男をとらえた。一瞬眉をひそめ、不安げに右手を胸にやる。


 その時、また雷が光った。短くも眩しい光に、ラフィスの金色の腕が、足が、まばゆいきらめきを闇の中に放った。背中の鉄骨もくっきりと浮かび上がった。


 せっかく驚きの第一波が去ったというに、男はまた「ぎぇぇぇェ!?」と、天地がひっくり返ったかの声をあげて後ろにのけ反った。今度は尻餅こそつかなかったものの、動揺の程度は同じくらい、目も口もまん丸に開けてラフィスの事を凝視している。どちらにも容赦なく雨水が入り込むのに、お構いなしだ。


「おまっ……なんだよ、その女はよぉ……なんてこったい、金ピカだ……うぅわっ……」

「大丈夫です、怖がらないでください! ちょっと変わった姿なだけで、優しい、いい子なんです! 別に襲ったりしませんから」

「怖かねぇ、怖かないがよ……いやービビったわ。なんだ? 亜人なのか? 二人だけか、大人は居ねぇのか」

「はい。僕たちだけです」

「はぁそうか……しっかしまあ、なんだってガキ二人でこんなところに。おっと、そろそろ屋根の下に入れてくれよな。邪魔するぜぃ」


 早口でまくしたてながら、男は小屋の入り口へ歩み寄ってくる。休憩小屋はすべての旅人が平等に利用できるものであるし、悪さをしに来たのでなければ拒む由はない。コルトはさっと横にどいて通り道を開けた。


 ずぶ濡れになった状態で何を考えるか、それは子供でも大人でも大差がないらしい。小屋に入った男はまず焚き火台に目をつけ、ヒュウと上機嫌な口笛を吹いた。そしてコルトがしたように、小屋に放置されているガラクタから燃える物を適当に拾って焚き火台に投げ込んだ。


「ああ、生き返るぜ。こんなひっでぇ雨もひさび……ブェックショォイ!」


 無遠慮な特大くしゃみにコルトは肩を跳ねさせた。


「あー……わりぃ悪ぃ。つーかよ、おめぇらなーにつっ立ってんだよ。こっち来りゃいいだろうに。遠慮はいらんぜ」


 男は上着を脱ぎながら、カラカラと笑っていた。


 コルトは焚き火を挟んだ向かい側に移動して座った。ラフィスはその隣だ。膝を抱えて、男のことをじいっと見ている。


 向こうも向こうでラフィスのことをずっと見ている。珍しいものに出会ったから興奮するのはわかるが、もう少し遠慮してもいいのではと言いたくなるような注視っぷりだ。


「なあ、おめぇら」


 男がぶしつけな態度で口を開いた。


「結局おまえらはなんなんだよ。親無しのガキが飢えて孤児院から逃げ出してきたのか? それとも、色気づいて駆け落ちしてきたとか言うんじゃねぇだろうなぁ、ガキがよぉ」


 ケケケと男は肩を揺らした。


 攻撃的でないだけで、口も態度も悪い人だ。あまりこういうタイプの人と接したことはなかったし、いい大人だとも思わない。コルトは少し萎縮して、同時に眉をひそめもした。


 ただ自己紹介をしろというのはごもっともである。だからコルトは相手の暴言を否定しつつ、旅立ちの経緯を説明した。真実の話ではなく、オムレードの城門でしたのと同じく、幼馴染の亜人の少女が独り立ちをする過程であり、やましいことのない前向きな二人旅をしている途中なのだ、と。


「なるほどねぇ。みんなに祝福された、すんばらしい未来への門出であると」

「そうです」

「ふぉーん。そうかい、そりゃいいなぁ、幸せもんだなぁ」


 ハハハと男は笑った。が、直後に目が尖った三角へと変じ、そして大きく一喝。


「んなわけあるかぁッ! 俺にホラ吹きが通じると思うなよ、このガキャぁ!」


 驚いたコルトは後ろに倒れ込んだ。まるで風圧に吹き飛ばされたよう。


 ――なんで、なんでバレたの!? なんで!?


 オムレードでは疑われなかったのに。ラフィスに助け起こされながら、混乱する頭で原因を考えていた。しかし、わからない。むうっと男を睨みつけているラフィスの腕に抱かれ、ひたすら困惑顔を晒していた。


「おいボウズ」

「はい……」

「てめぇ自分の顔を鏡で見たことあるか」

「か、顔?」

「みんなに祝福されて幸せいっぱいですぅー、なんて顔してねぇんだよ! 野垂れ死に寸前の浮浪者か、いいとこスラム暮らしの糞ガキだ。こんなんだぞ、こんなん」


 男はおおげさに顎を引き、頬をすぼめて目を剥いて見せる。もともと細長い骨格で肉付きも薄めだったから、今にも飢えて死にそうな人のようになっている。


 そういうことか、とコルトは納得した。最近、水たまりなんかに反射する自分の顔を見て、やつれたなあ、疲れてるなあ、などと思うことがあった。自覚しているよりも、他人から見た印象はひどいものなのだろう。


 それにしても、見てくれだけで不幸者扱いされるなんてショックだ。しかも、まともな人間でないとのひどい言い草、仮に思ったとして軽々しく口にするべきでないだろうに。無礼な男に対する不満が、コルトの中でみるみる積み上がっていく。


「そんなにひどくないよ。それじゃあほとんどガイコツの化け物じゃないか。僕は人間だ」

「いいや俺が正しい。こうだ、こう!」


 さらに頬を引っ込めて白目を剥き、口もツンと尖らせる。「ガイコツの化け物」と言ったのを受けてだろう、自分を大きく見せるように腕を上に伸ばし、全身を揺さぶりながらウーウーうなっている。嫌みったらしいが、どことなく滑稽な動作だ。


 コルトはようやく真意を理解した。これは侮辱するためではなく、おどけて見せているのだ。たまたま出会った初対面の子供で、しかも何やら訳ありの様子。それで小屋が暗く重い雰囲気にならないよう、不器用ながら気を使ってくれているのだろう。


 そうとわかれば。コルトはプッと吹き出した。


「変なの。僕、こんな、ヴゥーッなんてやらないし。変なおじさん」

「俺はまだお兄さんだ!」


 かぁっと男は吼えた。が、今度はヘヘヘと笑っている。やはり本気で怒っているのではない。


 コルトも笑った。何かの堰が切れたように、腹を抱えて馬鹿みたいに笑った。ラフィスが戸惑った顔をしていることに気づいても、構わずに笑い続けた。こんな風にまともに会話をして冗談で笑い合うのが久し振りで、気持ちよかった。


 嵐の夜に同じ場所で過ごすのが、こういう気さくな人であったのは本当によかった。不安感が全然ない。いい人だと思う。だが好評価が固まった割に、そういえば、まだ名前も知らない。


「あの。おじ……お兄さんは、どういう人なんですか」

「おぉ、よくぞ聞いてくれた!」


 男はドンと胸を叩いた。いたく得意気な顔をしているのが、焚き火の赤々とした光にくっきりと照らし出された。


「夜の馬車道は俺のもの、悪魔も追えぬ疾風の運び屋。積み荷はカネ次第でなんでもござれ。人呼んで『夜駆(よが)けのジャスパ』たあ俺のことよ!」


 パチパチと弾ける火に煽られ、口上の後に決めポーズまでつける。子供に唖然とされているのだが、本人は称賛を浴びているかのように至極気持ちよさそうにしていた。決まった、というしみじみとした心の声が聞こえてくるほどに。


「えっと……つまり、ジャスパさんは運送屋さんなんですね」

「チッ、ノリ悪ぃなぁ。そうだよ」


 つまらなさそうに手をひらひらと振る。それっきり会話を続けようともしない。どうやら自分が気持ちよく居られるかどうかが大事らしい。不真面目な大人だ。


 彼が馬車で小屋に乗り付けた時点で、職業が荷物の輸送に関わるとはは想像できた。ただ、まともな神経をした荷運び商人なら活動しない天候と時間帯であるから、怪しさが優先していた。


 「夜駆けの」というくらいだから、ジャスパは普段から昼夜逆転した生活を送っているのだろう。なるほど、同業者との棲み分けもできるし、往来が無い時間だから道もスムーズに進めて合理的だ。


「あれ、でも、馬は……?」

「なんでい」

「馬は夜も走るのかなって思ったんです。村には馬が居なかったけど、他の家畜はみんな夜は静かにしてたから」

「別に走るぜ? 鳥と違って夜目が効かないってわけでもないし、平気みたいだぜ」

「へえぇ」


 馬が無理矢理闇の中を走らされているならかわいそうだが、そんなひどい事をしているのではないと。ジャスパの人柄も理解できたような気がして、二重の意味で安心した。


 しかし、ひどい扱い云々ならもう一つ。ちょうど小屋を揺らした雷鳴の音を聞き流してから、コルトはジャスパにたずねた。


「こんなひどい嵐の中、馬は大丈夫なんですか。雷が落ちたらどうしようとか、パニックになって逃げだしていたらとか、心配にならないんですか」


 生まれ育った村では、大嵐が来るたび大人たちが家畜や畑の心配をしていた。誰が言い出すでもなく雨に打たれながら見回りに行ったり、風に吹かれながら小屋の補強をしたりしていた。暮らしの礎である大事な財産であるからだ。


 運び屋にとっての馬も非常に大きな価値を持つはず。しかしジャスパは相棒の事を心配している素振りを一切見せない。今も、コルトの問いに対して、鼻をほじりながらぐらいの適当さで答える。


「平気だ平気。心配なんていらねぇよ。俺の馬は普通の馬と違うからなぁ」

「でも、いくら立派な馬だって雷が落ちたら……」

「死なんよ。だって、俺の馬、そもそも生きちゃいねぇからな」

「……は?」


 ジャスパがニヤァと笑った。


「聞きたいか? 聞きたいだろぉ、なぁ?」


 喋りたくてたまらないとうずうずしている。放っといても喋りそうだが、コルトは一応、愛想笑いを浮かべて頷いてみせた。


「じゃあ話すぜ。涙なしでは語れない、感動のお話だ。むかぁし昔、あるところに――」

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