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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第三章 悪党の町と記憶見の魔女
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夜駆けのジャスパ 1

 激しい雨に追いたてられながら、コルトたちは街道を走っていた。この草原の道は、馬車も楽に通れるよう土が平らに押し固められているが、舗装はされていない。激しい雨が降れば、あっという間に泥の水たまりとなり果てる。おかげで靴もズボンも泥だらけのびっしょびしょ、ぬかるみに足を取られて進みにくいことこの上ない。


「ああっ、小屋だ小屋! あそこへ行こう!」


 街道沿いにぽつんとある小屋は、そのほとんどが旅人の休憩所として作られたもので、誰でも自由に利用できる。現在地であるオムレード北東の平原地域ではことさら町と町の間隔が広いため、こうした小屋が重要な休憩場所になるのだ。そしてコルトたちのように、下手に人と関われない理由がある旅人にとっては特に嬉しい存在となる。


 全速力でバシャンバシャンと水を跳ね、小屋の入り口にたどり着く。だいぶ古い、ドアも傷んで風にガタガタと揺れている。それでも屋根と壁はちゃんとしているから、当座の目的である雨宿りには申し分ない。張り出した屋根のすぐ下に換気用の窓が開けてある。そこから見るに中は真っ暗で、先客は居ないようだ。気がねなく中に入れる。


 コルトは扉を引き開けると先にラフィスを押し込み、続いて小屋に飛び込んだ。扉を閉めたとたん、うるさかった雨の音がいくらか遠ざかった。それだけでホッと一息つける。


 小屋の中は思った以上に暗かった。もともと夕方にさしかかった時間帯である上、太陽が雨雲に隠されているのだから当然だ。それでも、夜の山の暗闇よりはまだ明るい。目が慣れてくれば、ある程度ものが見えるようになる。


 まず床にはきちんと板が張られている。もうこれだけでも好印象、これまでも何度か休憩小屋を使ってきたが、馬小屋に毛が生えたレベルで湿った土がむき出しだったり、腐って抜け落ちた穴が放置されてあったりするのが当たり前だった。


 おまけに小屋の中には色々な物が放置されていた。大きいものでは持ち手のついた木箱が三つ、誰かが不要の空箱を置いて去ったのだろう。旅の道中では邪魔なゴミだが、小屋にあれば机や椅子の代わりにするなど色々と役に立つ。こうした一種の助け合い精神で、休憩小屋は拠点として機能しているのだ。


 善意の放棄物は他にもある。隅につくねられた大きなボロ布、これは布団の代わりにでも使ってくれということだろうか。それよりも体を拭くのに使いたい気分だ。


 別の隅には木端や壊れた食器など、小さなガラクタが山と積まれている。これも休憩小屋にはよくある光景だ。正真正銘のゴミかもしれないが、なにか役に立つ物が眠っているかもしれない、ちょっとした宝探し気分で漁ってみよう。


 そして中央には、鉄鍋に足をつけられた物体が鎮座している。中に消し炭も残っているし、廃材で作った焚き火台と思われる。


「焚き火台!?」


 コルトは思わず叫んで二度見した。見るだけでは飽き足らず、目を丸くしているラフィスを追い越し歩み寄る。勘違いじゃない、誰かが火を使った跡がある。これは小さな焚き火台だ。


「やったぞ! これで服が乾かせる! ね!」

「アァ……ネ?」


 ラフィスの左目の光が困惑気味にゆらめいた。


 しまった、とコルトは落ち込んだ。言葉が通じないからとて喋らないのもどうかと思い、とにかく話しかけるよう心がけているのが仇となった。大声でまくしたてたって、ラフィスを無闇にびっくりさせるだけ。頭ではわかっているのだが、興奮するとついやってしまう。


 改めて、焚き火台だ。雨にあってずぶ濡れの体には小さな火でもあるかないかで大違い、こんなに嬉しいことはない。大当たりの休憩小屋だ。火を起こすのに必要な道具は腰の小物入れに持っている、焚き付けや燃料は、部屋の隅にあるガラクタを使えばいい。ちゃんとした薪は無いが、木端や木の棒、布きれなんかがいっぱいだ。


 さっそく焚き火台に木のくずを積み、自前の火口を置いて火打石で火花を飛ばす。が、何回やってもうまくいかない。雨にやられて火口が湿気ってしまったのだ。


 悪戦苦闘するコルトの手へ、ラフィスの手が不意に添えられた。手の動きを止めさせるような掴み方だ。


「あー、ラフィスもやってみる?」


 疲れた声で言いながら、火打石と火打金を差し出す。しかし、首を振って断られてしまった。


 ラフィスはコルトを押しのけ、自分が焚き火台の前にしゃがみこんだ。そして組まれた薪を間に挟むように両手を差し入れる。手には何も持っていない。


 そのまま集中する。目の光がきゅうと絞られた。


 ラフィスの手から手へ、バチンバチンと電流が走った。威力はそんなに高くない、鍋の中がピカッと明るくなったくらいで、一瞬目に見えた光の線も細かった。しかし薪や火口を貫通するだけの力はあった。


 さて、落雷が火災の原因になることは知られた通り。魔力で編み出す電撃も、自然のそれと同じことわりが適用されるらしい。


 電流が貫いた跡から、みるみる火が立ち上がってくる。あっと言う間にパチパチと弾ける小さな焚き火ができあがった。赤々とした熱い光に、ラフィスの得意気な顔が映し出された。


「エマーナ」

「うん、すごいね……ありがとうラフィス」

「アリガトー」


 エヘヘ、とラフィスは笑っている。コルトも愛想笑いを浮かべた。これが薄暗い中だったからよいものを、実際はひどく曇った笑顔だった。


 複雑な心境になるのは今日に始まったことではない。原因は、ラフィスがあまりにも優秀だから。相対的に、自分が役立たずだと感じてしまう。


 オムレードでは彼女の強さに助けられた。だから町を出てからは、自分がラフィスを助けながら行く番だ。そう意気ごんではいたものの、現実はやっぱりダメだった。元々尽きかけていた金銭は最初に通過した町での食料調達によって無くなり、後はずっと身一つのサバイバル生活が続いている。それが山林でのことならコルトも存分に力を発揮できただろうが、平地では難しい。たとえば野草や草の実が見たことが無い物で食べられるか判断がつけられないとか、水場のあてが付けられずに草原をさまようとか、頼りにならない姿を散々晒してきた。


 相棒としては良いものではない、下の下だ。コルトは自覚していた。それでもラフィスは一切怒らなかったし、呆れた顔すら見せなかった。


 それどころか、食料が乏しいと察するや、自分はいらないとアピールしてみせたり、ようやく見つけた泉が泥水を湛えていても、ためらうコルトを尻目に平然と泥水をすすってみたり。突然ふらりと居なくなったと思うや、電撃でしとめた野ウサギを持って帰ってきた、なんてことまであった。


 旅路で一番の危機は、追いはぎ目的のならず者に囲まれたことだった。その時もラフィスは頼もしかった。害意を向けられた瞬間、大人の男たちをあっという間にやっつけた。コルトはただ慌てふためいていただけで、助けてと声をあげる暇すらなく危機が過ぎ去ったのだった。


 ――なんだかなぁ。


 別にラフィスは力を自慢しているわけではないだろうし、だとしても彼女は何も悪くない、実際に困難を突破する力を持っているのだから。だが並んでしまうと、どうしても無力な自分がみじめで悲しくなる。コルトは濡れたシャツを脱ぎながら、ひっそりとため息をついた。


 それに重なって、ふあ、とのんきなあくびの音が響いた。見れば、ラフィスが焚き火に手を伸ばして暖を取りながら、眠たげな顔を無防備にさらしていた。



 小屋の中で夜が更けていく。雨は止むどころか、一層強く屋根を打ち叩くようになっていて、とうとう雷まで鳴り始めた。最近で一番大きな嵐だ。痛いくらいに大きな雨音が絶え間なく鳴り続け、前ぶれなく雷鳴もとどろく。小屋を震わせる音が本能的な恐怖をあおり、コルトたちは眠れないでいた。


 濡れた髪や服も乾ききっておらず寒いし、真っ暗になるのも怖いから、焚き火は燃やし続けている。ただし燃料にできる物が減ってきたから、最初よりも小さく細々と。小屋の闇を払うほどの力は無い。


 暗い室内で何もすることがなく、何もできず、ただ嵐が過ぎて朝が来るのを待っている。


 そんな最中に、外から雨音に混じってドッドッドとぬかるんだ地面を打つ振動が響いてきた。コルトもラフィスも気づいて、同時にはっとした顔になった。


「誰か来た……」


 近づいてくる音に耳をすませば、水を巻き込みながら回る車輪の音も聞こえた。この感じはきっと馬車だ。


 ――こんな嵐の夜に馬車!?


 あり得ない、とコルトは思った。外は真っ暗だし地面の状態は最悪、こんな時に馬車を走らせるなんてどうかしている。馬もかわいそうだ。強い雨は夕方からずっと降っていたから、真夜中になるまで雨宿りをしなかったというのも変である。


 怪しい馬車は小屋の脇につけた。ガッタンゴットンと聞こえてくる雑音は、雨風にやられないよう作業をしている音だろう。馬を小屋の中へ入れることはできないし、別で安全を確保してやる必要があるから、すぐに手が空くということもあるまい。――よし。少し頼もしいところを見せよう。


「ラフィス、僕、ちょっとだけ様子を見て来る。ここで待ってて」


 ジェスチャーでも待てと示しながら、コルトは焚き火の前を離れた。また濡れるのも嫌だしシャツは脱いだまま、念のためマチェットは握りしめていく。相手が乱暴な盗賊だったり、馬車のふりをした化け物だったりしてもいいように。何かに襲われるたびラフィスの力に頼りっぱなしというのは嫌だ、戦う勇気くらいはある……準備さえできていれば。


 作戦は、音を立てないようにドアを開け、音を立てないように小屋の周りをまわって相手の正体を探る。雨も降っているし、よもや小屋に人が居るとは思うまい、先に気づかれることはないだろう。


 しかし。ドアに手をかけた矢先、馬車をいじっていた人間が猛スピードで走って来た。コルトが冷や汗を流す間もなく、先手を奪って外の何者かが乱暴にドアを開けたのだった。


「うゥわあああああァッ!」

「んぎゃぁぁぁァァ!?」


 お互いがけたたましい叫び声をあげた。コルトは反射的にマチェットをぎゅっと握りしめた。


 来訪者は薄汚れた旅人装束を着た、三十歳くらいの男であった。無人の――と思っていた小屋から発せられた絶叫に対し目を真ん丸に見開いて、耳を塞ぐように両手をあげながら後退し、勢い余ってよろめき、最後は地面に派手な尻餅をついて泥を跳ね散らかした。

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