真の仲間
時は夕暮れ、川を遠くに臨む木々がまばらな林の中。ラフィスは切り株に腰かけ休み、コルトはその横で地面に寝転がっていた。今夜はここで野宿になる。陽気がよい季節であるし、見通しの良い平地の林ということで、それほど身構えなくても大丈夫な条件だ。こんな風に気を抜いていられるから、散々走って疲れ切った身には非常にありがたいことである。
地下通路の果ては、オムレード城郭外東側に広がる町の中心、古くから集会所として使われてきた建物の中だった。敷き詰められた四角い床石の一つが隠し扉になっていて、内側から取っ手を掴んで押し開けることができるようになっていた。
塞がれていなかったということは、今まで誰も見つけなかったということ。それだけ自然に、他の床石とまったく違いがわからないようにはめ込まれていたのだ。だから、コルトたちが地下通路を脱出した時に集会所に居た人々の目には、突然床が持ち上がったと思ったら子供たちがニョキっと生えてきた、と映った。当然、誰もが唖然としていた。
外の明るさに目を眩ませながらも、コルトは置かれた状況をざっと把握するなり、ラフィスの手を掴んでその場を離れた。城下には等しく政府の治安局が目を光らせている、びっくりした人がいざ騒ぎ出せば城内と同じことの繰り返しだ。大事にならないうちに町を横切り、そして近くに見えた雑木林の方へ逃げ込んだのである。誰も追ってこなかったし、通りすがりに騒ぎ立てる人もいなかった。
こうして木に囲まれて土の匂いをかいで寝転がっていると、とても気持ちが楽になる。無事に危機を乗り越えられたという安心感もあるが、それ以上に、居心地のよさがあった。どうしてかなと考えると、城で疲れ切ったことが一つ、加えて自分がやっぱり山の子であるからということが一つという結論になった。考えながら夕日を背に浮かぶ城郭都市オムレードの遠景を見ると、入る前よりもずっと暗く湿っぽい魔城に見えてならなかった。
ラフィスは今どんな気持ちで居るのだろうか。ふと思って、彼女の方を見あげる。ラフィスは両手を揃えて膝に置いたまま、うつらうつらしていた。コルトが見ていることに気づくと、ハッと目を開けて背筋を伸ばしてみるものの、またすぐに船を漕ぎ始める。
そりゃそうだ、無事に二人でここにいられるのは誰のおかげか。包囲を解いたのは誰だったか、戦いにとどめをさしたのは誰だったか。二人で逃げてきたとはいえ、危機を切り抜けるための負担はラフィスの方がずっと大きかった。超人的な能力があるとはいえ、人と同じように限界もあって当然なのに、肝心なところでは全部彼女を頼ってきた。
コルトはおもむろに体を起こした。
「お疲れさま、ラフィス。ゆっくり休んで。僕がちゃんと番してるから」
ラフィスに伝わるよう、言うだけでなく行動で示す。その辺の落ち葉や枯れ枝を集め、夜番のための火を起こす。このための道具は腰の小物入れにあったから助かった。その後は腹ごしらえのために、近くに生えていた食べられるキノコと野イチゴとを採ってきた。手持ちの保存食は乏しい、自然から食料が手に入れられる内は残しておきたい。他にも水筒や食器、掛け布団代わりになる大きな布など、便利な道具はほとんど背負い鞄ごと工房に置いてきたから、この先はかなり不自由な旅になるだろう。
みずみずしい木の枝をナイフで削って串を作り、そこにキノコを刺して焼く。パチパチと弾ける音を聞きながら、コルトはぼーっと火を眺めていた。
やがて、ラフィスの寝息が聞こえるようになった。振り向けば、ラフィスは完全に目を閉じていた。大きく垂れ下がる頭を首だけで支えている格好で重そうだが、本人は特別苦しい姿勢と思っていない様子。ベッドで丸まって眠るのと同じくらい穏やかな表情である。
「よかった」
思わず呟いても、ラフィスが飛び起きることはなかった。かなり深く眠っている。それだけ疲れていたということだろう。できることならば人里の中、屋根のある快適な場所で休ませてあげたいが、こればかりはどうしようもない。町によって治安局を刺激するわけにもいかないから。オムレードの都市圏から離れるまでしばらくの間はこんな日々が続くだろうが、許してもらいたい。
とはいえ、この先も執拗に追っかけられる可能性は低いと睨んでいる。ラフィスが城下でひとしきり強さを見せつけた後だ、普通の人間である政府の治安局は尻込みするだろう。ギルド「青き王国」にしたって、トップとその懐刀を倒されているのだ、鼻が挫けて意気消沈に決まっている。
どちらにしたって、オムレードの城下だから威張っていられるわけである。城から遠ざかって動きの見えないところまで行ってしまえば、玉座でふんぞりかえるだけの名ばかり女王になにができようはずない。
オムレードの町とはすっぱり縁を切る。イネスに宣言した通り、もう二度と近寄らない。後ろ髪引かれる要素と言えば、世話になった職人たちが罪を着せられていないどうかくらいのこと。他に古城の都市へしがみつきたい理由は一切ない。道はここで途絶えているわけでなく、他所へも続いているのだから。
雑木林からも見えるくらいの距離に、オムレードから見て北東の方角へ向かう陸路の街道が通っている。これは大陸を縦断する際の大動脈にあたり、都市と都市とを結ぶものでもある。つまり街道に沿って進んで行けば、いつか必ず新たな大都市へ到着できるのだ。わかりやすいゴールがあるから、暗闇の地下通路を駆け抜けるよりずっと気楽に進むことができる。
不安がゼロかと言えば嘘になる。手持ちの物資は乏しいし、次の町までどれくらい遠いか、どんな地形になっているかといったこともわからないし、オムレードと負けず劣らずの変なトラブルに巻き込まれるかもしれない。それでも、ラフィスと一緒ならどこまでも行ける気がする。なにか一大事が起こっても、また二人で一緒に乗り越えられると思う。そういう自信がついたという意味では、オムレードに来たこともまるきり無駄ではなかった。
それとは別にもう一つ、輝石の女王と出会ったことにより得られたヒントがある。それは、ラフィスの仲間たりえる人について。これまでは普通の人間でない人、すなわち亜人だったり異能者だったりする人なら、ラフィスのことも仲間として受け入れてくれると思ってギルドをあてにしてきた。だが、それは少々ピントがずれた行動だったのだろう。人間の異能者と亜人との間にもある種の溝があって、両者を一緒に考えてはいけない。
そしてラフィスはそのどちらとも少し違う、魔法使いに近い存在だった。違う色の者たちが容易に混ざるはずなかったのである。
異能使いと魔法使いは完全に別物だ。魔法使いは――魔術師とか魔女とか呼び名は様々だが--ほぼ神話伝説や昔話、架空の物語にて存在を確認されるものだ。一応、遠い西の大陸には魔法使いの町があるのだが、まず外に出てこないから、普通に暮らしていてお目にかかる機会はそうそうない。魔法使いは呪文を唱えたり、薬を作ったり、怪しい儀式をしたりの過程を経て超常の現象を起こす。一方で異能使いはそういう複雑なことをせず、人外の技を見せる。より万能で、より神的なものに近いのは前者、魔法使いだ。
思えば、コルトに啓示を与えた男、カサージュも魔法使いという呼び名がしっくりくる風貌だった。魔法使いの痕跡を探すことは、彼の正体やラフィスのことを調べるのと同じこと。そしてどこに居るのかもわからない空想に近い存在の魔法使いに会いに行くと言うことは、神に会いに行くと言うのとそう変わらない。最終目標に掲げる、使徒エスドアのもとへラフィスを連れていく事にも繋がる。
次なる探し物が決まった。魔法使いに至る手がかりだ。
――ラフィス、次は本当の仲間を見つけてみせるよ。それまでは、僕が頑張ってラフィスのことを守るから。
ちょうど良く焼けたキノコ串で夜番に備えた腹ごしらえをしながら、コルトは胸中に誓ったのだった。
(第二章 城郭都市と輝石の女王 終)




