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亜人の遺産 2

 ここで、青年の親父がエプロンのポケットから折りたたんだ布を取りだした。


「爺さんが書き残したものだ。そのカラクリを動かすための唯一のヒントだ」


 そう言いながら、丁寧な手つきで机の上に布を広げる。端はほつれかけ、ところどころ黄ばんだりシミができたりしている。だが、荒々しいタッチでカラクリのスケッチが描かれている様や、少々古くさい文体で入れられた注釈を読み取るには、なんら問題がない程度の劣化だ。


「亜人がどうやってカラクリを使っていたかの覚え書きだが……」

「いまいち参考にならないんだよね。俺たち、手、四つもないし」


 鍛冶の親子が、揃ってお手上げだと両手を肩の横で開いた。


 書かれている注釈文は、コルトには少し難しい部分もあった。そうした部分は大人たちに「なんて書いてあるの」と確認しながら読み進め、一通り全体を見たところで、親子の言う通り、普通の人間には無理だと痛感した。


 たとえば、離れた三か所にあるレバーを同時にそれぞれ引く押す回す必要がある。別の例としては、手元のスイッチを引っ張りながら、側面にあるパイプの口に砂を入れる、など。とにかく手がたくさんあって長くないと不可能な動作を求めてくる。


 加えて、異能的な力も使っていたらしい。四つ手が触ると水晶が光る、しかし人間が触ってもなにもならない、といった記述がある。


 工房の親子も色々と試してはみたそうだ。今日集まった他の職人たちも含め、人海戦術で足りない分の手を補い、指定通りにカラクリを触った。ああでもない、こうでもないと知恵を出しながら、なんとか起動しないかといじってみた。だが、やはり無理であった。そして最重要なのは亜人の血ではないか、という考えに至った。


 話の流れ自体はよくわかる。しかし、単純な疑問が沸いて来て、コルトは口をとがらせた。


「ラフィスだって手は二つしかないよ。どうするの」

「そこは不思議なパワーでなんとかなるんじゃねぇのか。亜人は亜人だ、なんとかならぁ!」


 即答したのは舟運の男。腕を組んで、自信たっぷりだ。


 ――それは違うと思うけどな。


 人間だって得意不得意があって個性があるんだから、亜人だって同じで、色々とあるはず。ラフィスは四つ手の亜人とは全然違うものだし、そもそも同じ亜人とくくっていいものかもわからないのに。コルトはそんな風に思いこそすれ、口に出して反論することはしなかった。職人たちが纏う頑固な雰囲気、ろくに聞いてももらえなさそうだし、じゃあラフィスは一体なんなのだという話になれば、いよいよ説明ができないから。


 コルト自身は協力したいと思っているのだから、細かいところはどうでもよい。問題はできるできない以前に、ラフィスがやってくれるかどうかである。さて、どう伝えるか。布地に描かれた絵図のことをコルトの肩ごしに興味津々覗き込んでいるから、コルトと職人たちがカラクリのことで相談しあっているというニュアンス的な部分は伝わっていると思うのだが。


 コルトとラフィスが意思疎通をする、その手段の肝はジェスチャーだ。ならば、動いて見せるしかない。


 コルトはまず何も言わずに、自分だけでカラクリの所へいった。間近でじろじろ見たり、適当にレバーや歯車を構ってみたり。少し手荒に水晶パーツをガンガン叩いてみることもした。これには青年から焦った風に制止がかかったが。


 そんなことをしていたら、ラフィスがバタバタと走って来た。青年と同様、いたく焦った面持ちだ。カラクリをベタベタ触るコルトの手を掴んで降ろし、真面目な表情で首を横に振る。目つきがまるで弟を叱る姉で、そんな風に構っちゃダメ、と言っているみたいだ。


「じゃあ、ラフィスがやってみせてよ」


 掌で、どうぞ、とカラクリを示しながら、コルトは数歩下がる。ラフィスをより強く誘導するために、わざとムッとむくれた顔をした。


 さて、ラフィスは困った顔をしている。意図はきちんと伝わったらしい。カラクリとコルトの顔を交互に見て、コルトの様子をうかがいながらもそっとカラクリに近づく。おずおずと手近のレバーに手を伸ばし、そこでまたちらりとコルトの方を見る。左目の光が弱々しい。「ほんとにやるの?」としり込みしているようだ。


 コルトは毅然とした態度で、しかし今度はニッと笑いながら、大きく首を縦に振った。


 あぁ、とラフィスが吐息まじりの声を漏らした。


「エン、スィーミィ、ウルダイス、アニヤ……アー、チョト」


 胸に手をやり、眉をさげ、なにかを訴えてくる。できないということなのだろうか。しかしそれなら首を横に振ったり、カラクリから離れたり、もっと明確なサインがあってもよさそうだが。


「おい、なんだってよ? できるってか? できないってか?」

「ちょ、ちょっと待ってて、だって!」


 もちろんラフィスの言葉がわかったわけではなく、適当にあしらっただけだ。


 しかしこの適当が、存外当たっていたのかもしれない。ラフィスはふうと長く息を吐いた後、カラクリに向き合った。真剣な顔つきになり、金色の掌を鉄でできたカラクリの肌にあてる。少しずつ位置をずらす様は何かを探っているように見える。あるいは、脈を感じようとしているような。


 そうして掌を動かしていき、最後は胸の高さにある曲面の水晶のパーツに触った。秘伝の覚書に亜人が触ると光ると書かれていたものだ。ただ触っただけの今のところは、何も変化は見られない。


 ラフィスは水晶に振れたまま静かに目を閉じた。そして、一、二、三。


 バチィンと派手な音と光が地下室に弾けた。ラフィスが電撃を放ったのだ。蝋燭とは比べ物にならない眩しい光を直視して、居合わせた誰もが目をくらませた。職人たちの悲鳴、どよめき、そして床に転げる音が、一拍遅れて地下室に響き渡った。


「なっ、なんだ!? なにが起こったんだぁ!?」

「ラフィスの能力だ! 大丈夫、危なくないから!」


 コルトは一人、目を眩ませながらも平気で立っていた。職人たちの混乱を抑えつつ、何度も強いまばたきを繰り返して目を元に戻す。カラクリがどうなったか、それを確認しないと。


 カラクリには明らかな変化が起こっていた。水晶がほんのりと光っている。ラフィスが触れた水晶はもちろん、他、あちこちにある水晶パーツすべてが同じように。


 そして各所にある歯車も、一斉に動いた。ゆっくりと、じわりと。ガコンと重い音を立てたのは、上部に覗く一番大きな歯車だろうか。


 ありありとした予兆に皆が息を飲んだ。


 が、それきりだった。歯車はただ電撃に驚いただけと言わん風に、少しずれただけで再び固まった。水晶の光もすうっと暗くなって、あっという間に元の眠れるカラクリに戻ってしまった。


 蝋燭の火を吹き消したように意気が沈む。しかし、それもまた一瞬のこと。工房の親父が息子の肩を叩きながら叫んだ。


「おいジュラ、例の砂を入れてみろ! そのせいで止まったのかもしれんぞ!」

「おうっ、了解!」


 青年が地下室の片隅にある樽のところへ向かう。中に詰まっているのは銀の砂。暗い地下室にありながら、太陽の光にあてられたようにキラキラと輝いている。不思議な力を感じる砂だ。これがエルツ銀の主たる原料だろう。


 青年が樽に入れっぱなしだった小ぶりのボウルで砂をすくい、カラクリの所へ持っていく。


 職人たちだけでなく、ラフィスも諦めていなかった。砂がどうこう言っている間に深呼吸をした後、もう一度精神を集中し、電撃を放った。さっきよりも更に強い威力だった。


 だが結果は同じ。水晶はわずかな間しか光を保たず、歯車も身をよじる程度に動いただけ。これにラフィスが悩まし気な唸り声をこぼした。


 ここで青年がカラクリ側部のラッパ口に砂を流し込んだ。砂はこぼれず入ったが、ボウルとカラクリの間に電気の残りかすが走り、パチンと刺々しい音を鳴らした。


「ツッ、いってぇ!」


 青年がボウルを放り出し、手で手を押さえてピョンピョン跳ねまわる。かなり痛そうに顔を歪めている。


 それを見たラフィスがはっと息をのみ、おろおろとし始めた。


「だっ、大丈夫、大丈夫! うっかり炉に手ぇつっこんだ時に比べりゃ、これくらい全然平気だ! ほらっ、もう一回やってみてくれよ」


 青年が少し引きつった笑顔を作って促した。


 ラフィスは縋るようにコルトを見た。言語が通じない分、よく人の顔色を見ている。だから自分のせいで青年が苦痛を浴びているのを理解し、責任を感じているのだろう。どうすればいい、と。


「大丈夫だって。もう一回」


 一、という意味で指を立ててから、また最初のようにカラクリを指し示す。


 それでちゃんと伝わった。ラフィスは弱り顔ながらももう一度同じ水晶に手をあて、目を閉じ、精神を統一して電撃を放つ。ただ、今までよりも光も音も少し弱い。


 結果は良くも悪くも同じだった。水晶は一瞬だけ光り、歯車も少し動いて止まる。


「だめか、ちくしょう!」

「やっぱり動かしながらじゃないといけないのでは……」

「だがありゃ触れねぇだろ。どうだ、我慢できそうか?」

「正直、無理! めっちゃ痛かった!」

「じゃあどうするよ? 絶対もうちょっとなんだよ! なにか――」

「あぁっ! 見て!」


 にわかに熱気に包まれた職人たちが、コルトの大声ではたと黙った。視線が一斉にカラクリの方へ向く。


 手元の高さに取り付けられた、金床の役割を持つ金属板。その上に伸びていたパイプからコロリと落ちてきたものがある。それは金属板にぶつかってキィンと軽やかな音を立てると、そのままその場に転がった。


「エルツ……」


 真っ先に呟いたのはラフィスだった。


 そう、金属板の上に転がっていたのはまごうことなき白銀のかけら。握りこぶしに収まってしまう小さな物だ。それも今しがた精製されたというよりは、パイプに詰まっていたものが転がり出てきただけなのだろう。ただし、百余年の時が経っているとは思えない美しい輝きを保っている。


 五人の職人たちがどっと沸いた。ついさっきまで感電を恐れていたことも忘れたか、我先にとカラクリのもとへ駆け寄り、エルツ銀のかけらに手を伸ばす。


「マジか! これ、マジもんか!?」

「本物だ……本物のエルツ銀だ!」

「おい、ちょっと、俺にも見せろい!」


 まるで新しいおもちゃを与えられた幼子のようなはしゃぎっぷり。もはや最大の功労者であるラフィスも蚊帳の外にされている。


 ラフィスは半分逃げるようにコルトのところへやってきた。かなり疲れた面持ちだ。そしてしょんぼりとしている。頭をふるふると横に振って、だめ、無理、というようなことを目で訴えてくる。


「ううん、えらいよラフィス。よくやったよ、十分だよ」


 ラフィスの手を握り、肩を叩き、励ます。特に笑いながらの大丈夫だ、という言葉が、ラフィスの心によく届いたようだ。弱々しくも笑顔を返して頷いた。


 そんな少年少女の傍ら、大人たちは揃いも揃って興奮した口調で喋り続けている。エルツ銀に対する単純な感動はもう終わり、次の段、この先どうすれば安定して銀を出せるか、道具を作れるかという考えを披露するに至っていた。しかし彼らの思い描く実行者はラフィス、彼女になにをさせるかという話になっている。本人の意思はそっちのけで。


 これはいけない、ラフィスがかわいそうだ。コルトは慌てて声をあげた。


「あのっ、みなさん。申し訳ないんですけど、ラフィスはもうこれ以上のことできないって」

「なんだって?」


 地下室は水をうったように静かになった。


 この後、怒られる。コルトは少しそう思っていた。やるって言ったのにできなかったから、できるまでやれと言われてもしかたない、と。頑固で直情的なばっかりに見えるから、よけいに。


 しかし、ごね出す者は誰もいなかった。目に見えて残念そうにしているが、実際に気持ちを口に出すことはしない。そんな職人たちを代表して、鍛冶の青年がコルトたちのもとに歩み寄って来た。


「もう十分だよ、すっごい嬉しい。だって本物のエルツ銀が出てきたんだもの。俺たちじゃどうやっても動かせなかったのに。ありがとう、二人とも」

「ぼ、僕はなにも……」

「アハハ、そういえばそうだな。ありがとうね、えっとラフィスちゃん、だっけ?」


 青年は握手を求めるよう右手を差し出した。


 ラフィスはきょとんとしてしばしその手を見つめ、少しためらいがちに自分の右手を伸ばした。そして青年の手を無機質な手で優しく握った。


 一つの区切りで気が抜けたように、職人たちがまた喋りだす。


「まあまあ希望にはなったなぁ。ちょっと動いたんだし」

「カラクリがまだ壊れていない証拠。それで上等」

「おう、そうだ! もしかしたらさっきの雷が不思議パワーのもとになって、案外次はすんなりいけるかもな」

「いいねぇ。つーかよ、しばらくオムレードに居てもらって、研究に協力してくれればいいじゃないか。どうだ坊主、いっそ住んじまったらどうだよ?」

「それは……うん、考えておきます」


 本当にそれができたら理想的かもしれない、コルトはそう思った。今まで割と煙たがられてきた分、ラフィスの力が人に必要とされることが心の底から嬉しい。好意的に扱ってくれる人、必要としてくれる人と一緒に暮らせたら幸せだろう。もともとオムレードまでやってきたのも、居場所を求めてのことだったのだし、ちょうどいい。


 そこまで考えると、どうしてもギルド「青き王国(ブルーキングダム)」のことが対比される。仕方ないこととはいえ、あの人たちはラフィスのことを認めてくれなかった。


 ――あれ、待てよ。そうだよ。


「ギルドの人に協力してもらえばいいかもしれないですよ。僕もあんまり詳しくないですけど、あれだけ大勢いたら、ラフィスの雷がへっちゃらな人も一人くらい居ると思います」


 名案だ、というか、なぜ今まで誰も思いつかなかったか不思議なくらいだ。異能的ななにかで困っている、そんな時こそ異能者ギルドの出番だと言うに。だからコルトは何の気なく、明るい前向きな口調で提案したのだった。


 ところが。職人たちは一転、奥歯に物が挟まったような顔で閉口する。意味深に目を見合わせたり、明らかに表情を暗くしたり。舟運の男は苦虫を噛み潰したかのごとく顔を歪めているし、一番近くに居た青年は露骨にコルトから目を逸らし、困ったように頭をかいている。さっきまであんなに楽しそうだったのに、今や蝋燭の薄明かりで壁に引き伸ばされる男たちの影は、とても不穏にゆらめいている。


 ――えっ、なんで? 僕、変なこと言ったっけ?


 思い返しても原因は見当たらない。本当にわからない。だからにわかに不安が押し寄せる。もしかしたら明るい未来の道筋を、自らの手で閉ざしてしまったのではないか。


 コルトはぐびりと生唾をのみ、職人たちの出方を伺った。

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