秘密のお仕事 2
それを見た青年が慌てて笑顔を取り繕った。そんなことをすればますます胡散臭く見えると、本人は気づいていないらしい。ごほん、と、わざとらしい咳払いまでして仕切り直す。というよりは、開き直る。
「そうだよ。実は、斡旋所から君たちのことをずっと見ていたんだ」
「なんでそんなことを」
「そりゃあ、当然……ほら、君たち、働き口を探しているんだろう?」
コルトは渋々頷いた。本当は相手にしたくなかったのだけれど、斡旋所に居たのを知られている以上、認めるしかなかった。
青年はニヤと口角をあげた。そして前かがみ気味でコルトと同じ目線になると、声を潜めて言う。
「うちに少しやってもらいたいことがあるんだけど、どうかな」
いよいよいけない雰囲気がする。求人がある時は普通斡旋所を通すのに、そうじゃないということは、普通じゃあない仕事ということではないか。わざわざ尾行してきてこっそりと誘うあたり、とても怪しい。戻って来たラフィスの手を掴んで、コルトはまた後ずさった。いつでも逃げられるように。
「……内緒で?」
「うん、他の人には内緒だ。でも君たちにしか頼めない仕事だ。もちろん報酬も相応に……」
ふっと青年が笑みを潜めた。目線も他所へ向く。横目で見ているのは道の先、向こうからやってくる二人の人影だ。
コルトも人影をちらと伺って、そして、おやと思った。あれはギルドの人だ、昨日ギルドを訪ねた時に玄関ホールで見た覚えがある。ただ、昨日はあんなに険しい顔をしていなかったが。
そこで青年が突然、妙に大声で笑いだして、注意がこちらに引き戻された。
「ごめんごめん、冗談だよ。びっくりさせたね。この町じゃあ勝手に人を雇うことはできないし、わかってるって、大丈夫」
そんな謎の言い訳は、コルトではなくギルドの連中に向けられていると明らかだった。泳ぐ目線がちらちらと、早足でやってくるギルドの連中に向いている。
「いやあ、せっかくオムレードに来たんだから、鍛冶場の一つでも見学してみたいだろうと思ってさ、声をかけてみたんだよ」
「鍛冶場ぁ?」
「あれぇ、知らなかった? オムレードはね、昔から鍛冶の有名な町なんだよ。そっかぁ、それならなおさら、知ってもらいたいなあ。そうだよ、君たちみたいな若い子に知ってもらうことが、オムレードの未来のためにも大事なんだ!」
妙に芝居っぽい言い回しで叫ぶ。加えて握った拳を高く掲げているが、それになんの意味があるのか。コルトも、ラフィスも、それから話に無関係の通りすがりまで、皆が奇特で少しかわいそうなものを見た風の目をしていた。
それでもなお、青年はめげずに喋り続ける。
「とっ、とにかく。あっちの水路の角が、俺たちの鍛冶場だ。気が向いたらいつでもいいから見においでよ。待ってるよ。じゃ、よろしくぅ!」
最後は早口で言い切ると、自分で「あっち」といった方向へ慌ただしく去っていった。ただ急いでいるわけでなく、どことなく、怖いものから逃げるような後姿だった。
「なんだったんだろう、あの人……」
「チルウィー……」
そう各々つぶやいた言葉は同じでなかったが、二人の気持ちは間違いなく同じであった。
一難去ってまた一難、というわけではないけれども。変な青年が去った直後、今度は異能者ギルドの二人組に絡まれた。見てくれからして柄の悪い男二人だ。おまけに、離れている時からそうであったが、あまり機嫌はよろしくないようだ。いやに睨みを利かせている。
「おい、小僧。なにか金目のものをもらったりしてないだろうな?」
「はい、別に」
「それとも、あんたらの方からちょっかい出した? 人に迷惑かける亜人は――」
「何もしてないよ!」
亜人というだけで鼻つまみにされる、そのことにいい加減うんざりしていたために、ついつい感情的に返してしまった。直後、しまったと思い直して萎れたが。
ギルドの男たちは冷めた笑い声をあげた。ただ、それだけ。変に怒鳴り返してくるよりもいい反応だったかもしれないが、しかし、感じが悪いのも事実。コルトの心にはチクリと棘が刺さり、眉をひそめる。
さらには、猫がニャアと笑う声が頭の上から降って来た。音につられて見上げれば、屋根の上からこちらを覗く黒猫が居た。目が合うと、またニャーオと高い声で鳴く。偶然だろうが、気に障るタイミングだ。ますます眉間の皺が深くなる。
「まあ、せいぜい疑われる行動は慎むことだ」
コルトの肩をポンと叩いた後、柄の悪いギルドの男たちは離れていった。向かう先は青年が行った方とは別で、コルトたちが今まで歩いてきた方とも別だ。
「なんだかなぁー」
コルトは悠々と立ち去る男たちの背中を見て呟いた。たぶん根から悪い人たちじゃないのだろうが、いかんせん態度が大きいし、雰囲気が怖い。オムレード唯一の異能者ギルドというわけで、町の用心棒的な役割を担っているのか。今のも、妙な人物に捕まっているところを助けに来てくれた、と取ることもできる。そう思うと、ただ感じが悪いだけで、やっていることは真っ当だ。
それにしても、つくづく思うのは。
「こんなに怖いところだとは思わなかったなぁ」
色々と難しいルールはあるし、広くて迷いやすいし、変な人もたくさんいる。うまく馴染める気がしない。コルトは思わず空を仰ぎ、間抜けた顔で溜息をこぼした。黒猫はもう居なくなっていたから、今度は笑われないですんだ。
気を取り直して。コルトは城門への歩みを再開した。選べる道は四方。その中から、もともとギルドの連中が居た方向を選んだ。なんとなく、怪しい人たちが向かったのとは別の道にしたかったからだ。
しかし、すぐに袋小路に行き当たってしまった。跳び越えられる水路でもなく、周りすべて建物で、通り抜けられそうな隙間もまったくない。しかたがない、十字路まで戻ろう。
さて、行っていない道は二つのみ。青年が走って行った方向と、ギルドのやつらが歩いて行った方向、どちらに行ってもどちらかに出会う可能性がある。しょうがないからその点はもう無視するとして、では、城門に続いていそうなのはどちらかというと。
「……こっちかな」
前方がやや広い水路につきあたる、青年が進んだ方の道だ。正面を向くと城壁も近く見えるし、外縁に沿って進んで行けば城門まで行けそうだ。もう一方は道の先が城壁と逆方向に折れていて、なんとなく都市の中心部に続いているのではと感じさせる。
選んだ道を迷わず進む。石畳の道は水路沿いに続いており、ややして水路が左に折れ曲がったところでは、道も同じように左に折れて続いている。
そしてその曲がり角には、右側に水路を渡る橋もかかっていた。橋の先は水路に囲まれた小島に繋がっている。そして島を占有するように、大きな工房と家屋が一体化したような建物がある。小船をつけて荷揚げができる船着き場も設えてある。
ああー、とコルトは気の抜けた声を漏らし、橋の前で立ち止まった。
『あっちの水路の角が、俺たちの鍛冶場だ』
青年が言っていた鍛冶場、間違いなくあの島上の建物だろう。外に人影はなく、待ち構えられている様子はない。
胡散臭い話だ、近寄らずに通り過ぎた方がいい。そう思いつつも、実は少しだけ気になっている。仕事がもらえるかもという期待もあるし、純粋に鍛冶場というものが見てみたい。ウィラの村にはそんなものなく、金属製品はもっぱら麓のサムディにて入手するものだった。極たまに鍛冶師を村に呼び寄せ、大型農具などの打ち直しをしてもらう場面はあったが、この時も野外で火を焚きやっていた。ちゃんとした工房での鍛冶は見たことがない。
そんな好奇心に引っ張られ、足が止まった時間が知らぬ間に長くなっていた。
「コルト?」
「あっ。うん、ごめんごめん。城門まで行くよ」
そう言って、目線の向きを変えようとした矢先のこと。工房の入り口がゆっくりと開き、中からコルトがすっぽり収まるくらい大きな水瓶が台車に乗って出てきた。いや正確には、水瓶を乗せた台車を押す人間が。そしてそれは、さっきの青年でもあった。
橋のあちらとこちらで目があい、お互いに「あっ」という顔をする。
――しまった、もう無視できない。
コルトが頬を引きつらせる一方、青年はみるみる破顔した。台車から両手を放し、頭の上で大きく振る。心の底から嬉しそうだ。
「そんなところで見てなくていいから、こっちおいでよ。ほら、早く! お金なんてとらないからさぁ! ね、ね!」
妙にうきうきとした声だ。ほっぽりだされた台車が、ゆっくりと明後日の方へ逃げていくのもどうでもいいらしい。工房の入り口を開け放ち、コルトたちを手招きし、自分も小走りで中に戻っていく。
ラフィスが一歩前に出た。首を傾げながらコルトを見て、工房の方を指で指し示す。ついて行くの? と聞いているようだ。
コルトは首を大きく縦に振って答えた。そして、二人で並んで橋を渡った。
「……こんにちは、おじゃまします」
「コーニチャ」
恐る恐る敷居をまたいだその先は、広く、薄暗く、思っていたよりも閑散とした空間であった。鍛冶に使う大きな炉が二基あり、金床も大小色々でさらに複数ある。他、巨大なハンマーがあったり、木箱に収められた鉄鉱が積まれていたり、ここが大層な鍛冶場であることを物語る材料は十分にある。しかし、見る者に感動を与えるほどの力はなかった。ほとんどのものが埃を被っており、空間も冷え切っているせいだ。さらにだだっ広い空間に人ひとり居ないとなれば、困惑の方が先に来る。
壁をへだてた奥にも別の空間があり、例の青年はそちらにいるようだ。隅にあるドアの無い出入り口から、寂れた空気に不釣り合いの明るい声が響いてくる。
「来たよ! ほんとに来てくれたよ! 親父、親父ぃ! 来たぞ、来たって!」
「うるせーぞっ! 勝手にやってろぉい!」
「そんなこと言っちゃって! ほんとは嬉しいくせに!」
はははっ、と笑い声をあげながら、青年がコルトたちの居る場所に戻って来た。困惑する少年たちを見ても、まだヘラヘラとしている。
「いやー、参った。まさか本当に来てくれるとは思わなかったよ」
「一体なんなんですか」
「あのね、さっきも言った通り、少し手伝ってほしいことがあるんだ。君たちにしか頼めないこと。もちろん、ちゃんと報酬は払うよ」
「……誰にも内緒で?」
「うん、頼むよ。手伝ってくれるから来てくれたんじゃないの?」
「内容も聞いていないのに手伝えないよ。怪しいもん」
コルトは目を細め、いつでも回れ右して逃げられるよう身構えた。町の規律に反して人を雇うから内緒、それだけではない危険なにおいがプンプンする。こんな寂れた鍛冶場で、まともな仕事の手伝いがあるとは思いにくい。
警戒されているのをようやく悟ったか、青年が初めて眉を下げた。ガリガリと頭をかいている。
「ああ、ごめん。そりゃそうだよね。俺、つい興奮しちゃって……ギルドのやつらも居たことだし……」
はーっ、と長い息を吐き、気を引き締めるように自分の頬を叩く。そうして出てきた顔は、気さくな好青年のそれだった。
「よし、ちゃんと説明するよ。こっち来て座って。あっ、入り口は閉めてくれると嬉しいな」
「まだ引き受けるって決めてないよ」
「もちろん。無理って思ったら断っていいさ。でも、話くらいは聞いてくれよ、頼むから。こっちも困ってるんだ」
困っていると言われると、そうですかさようなら、とは返せない。うーんと唸りながら、コルトはラフィスのことをちらと見た。なにか危険を感じていれば、彼女も警戒心をむき出しにしているはずだ。
果たしてラフィスは、ギルドに行ったときよりもずっと穏やかな顔をしていた。興味深げに工房を見回している。
――なら、いいかな。
ラフィスが嫌じゃないのなら。コルトは警戒心を少し緩め、青年の言葉にうなずいたのだった。