輝石の女王 3
一番はじめに状況を変えんと動いたのは、コルトであった。
「わあ、わあーっ、うわあああっ!」
すべての空気をぶち壊すような間抜けた悲鳴、これはわざとあげたもの。全身全霊で慌ててる感を醸し、こけつまろびつラフィスの前に出る。オーバーなほどに両手をぶんぶん振りながら、女王たちに必死で訴える。
「違う、違うんだ! 勘違いです! ラフィスも、やめて!」
首を横に振ってダメだという意志表示をしながら、ラフィスの腕をつかんで降ろさせようとする。
が、思わぬ抵抗にあった。ラフィスがコルトの手を振りほどき、また手のひらをイネスへと向ける。顔つきもいつになくきつい。きっととがらせた目で、コルトとイネスを交互に見る。
「ウェル、リューニエラ、ティルワ、マジャ、コルト!」
まったく何を言っているか想像がつかない。ただ、ひどく不満で怒っている、それだけはひしひしと伝わって来た。
――ああ、もう、どうしたら! 三対一で敵いっこないし、第一、ギルドに来たのは戦いを挑むためじゃない。向こうはいい大人なんだ、きちんと話をすればわかってくれるはず。それなのに、ラフィスが喧嘩腰だったら。
焦り焦った心の声を、節々で口からも漏らしつつ、コルトはラフィスの腕にしがみついていた。
すると、不意に軽快な女の笑い声が響いた。イネスのものである。
「ウッフフフ……とてもとても勇敢なお嬢さんだこと」
「ごっ、ごめんなさい! ラフィスは言葉が通じないから、余計に色々と心配しているみたいで」
「よい。それでよいのだ。この世で亜人は不当に虐げられるもの。そうでなくては生きていけまい」
笑いながらイネスは扇を引っ込めて、組んだ足の上に持っていく。それと同時に男たちも構えを解いた。
相手方の臨戦態勢が解かれたのを見て、ラフィスも前に出していた腕を引いて下ろした。だが、相変わらず顔つきは険しいまま。目で殺さんかの勢いでイネスをねめつけている。
幸いイネスは気にしていないようだ。余裕のある笑みを絶やさない。
「やましいことがないと言うのなら、改めて問うぞ。坊やたちはなんのためにこの町へ来たのだ?」
「ギルドに入るためです」
コルトは即答した。今度は勝手な憶測を挟む隙を与えないように、と。口ぶりでもきっぱりとして、なにも後ろ暗いことがないと示す。
聞いたイネスは、ほう、と眉をあげた。足の上にある扇も少し浮かせ、爪でいじる。意図的か偶然か、扇が半開きになっている。だが、さっき差し向けられた時のような嫌な感じはないから、危害を加えて来るものではないだろう。
「なんのためにギルドに入りたいと言うのだ」
「居場所が欲しいんです。ラフィスは変わった見た目だから、みんなに怖がられて」
「……聞いた話と違うな」
「え?」
「坊やの村で仲良くしていた亜人ではなかったのか? その娘は」
「あっ……」
それは城門でついた嘘。ラフィスは村の近くに昔から住んでいた亜人で、独り立ちに伴って仲の良かった自分が手助けをすることになった。情報源が情報源であるから、イネスのもとにはその話が真実として伝わっていたのだ。
入城できたことで浮かれ、嘘をついたこともほとんど忘れていた。不審に歪んだイネスの視線にあてられながら、コルトはしまったぞと目を泳がせる。教訓、一時しのぎの嘘なんてついたらいけない。
「あの……入城の時は、嘘をつきました。本当のことを言ったら、お城の中に入れてもらえないと思って」
「ならば、本当はどうなのだ? その娘は何者だ?」
「詳しいことは僕もわかりません。山の中で、その、気を失っていたところを僕が助けたんです」
嘘をつくつもりはないのだが、しかし、異世界にて謎の人物に「導いてくれ」と頼まれたという話のほうがずっと嘘っぽいから、ここだけはごまかした。
イネスは難しい顔をして扇を開き、口元にやる。相手の言葉を吟味しているような、話を受けて考えごとをしているような、そんな雰囲気だ。ただ、口をはさんでくる様子はない。だからコルトは遠慮なく話を続けた。
「ラフィスは人を探しているみたいなんです。でも、その人がどこに居るとか、なんのために会いに行くのかとか、全然手がかりがなくって。言葉も通じないし。だから逆にラフィスのことを知ってる人を探そうと思って、オムレードまで来たんです」
「そして『輝石の女王』であるわたくしのもとに来たのか。その娘とわたくしが同質のものだと考えて」
「はい。最初は、大きな都市のギルドならいろんな情報が集まるからって思っただけです。それと、ラフィスが安心して過ごせる場所が必要だと思って。女王さまの噂を聞いて、きっとこの人なら助けになってくれると思って、ここに来ました」
話しを終えた後、イネスはしばらく無言だった。顔は下半分が扇に隠されていて、表情を読みとることは難しい。ただし目は細められて、コルトをまっすぐに捉えている。
ややして、イネスが扇の向こうで口を開いた。
「その娘のことはわかった。では、坊や、おまえはなんだ。見たところ、異能使いではないようだが」
「僕は……普通の、ただの人間の子供です」
遠慮がちな言葉に対する扇の向こうから届いた返答は、ふん、と鼻で笑う音だった。気分が滅入る、腰が引ける、しかしここで退きさがるわけにはいかない。
「あのっ、僕のことはいいんです。ラフィスだけでもいいから、このギルドで助けてもらえませんか」
すると、イネスがパシンと扇を手に打ち付けるようにして閉じた。あらわになった表情は、いたって真剣で厳しいものだった。
「坊や、入りたいと言えば簡単に受け入れられるなんて甘い考えは捨てなさい。わたくしの『王国』は、オムレードを象徴する偉大なギルド。たとえ子供だろうと、その一員には相応の実力が必要だ。それに、ギルドはあくまでも共同体。一方的に助けてもらおうなど、根本から間違っている」
「頑張ります。なんでもしますし、一生懸命はたらきますから、どうか」
「そうではない。どちらにせよ、返答は今すぐにはできない。下がれ」
有無を言わせぬ気迫で、コルトは頷くしかできなかった。これ以上食い下がれば、女王がどうこうする以前に両隣の男たちによってつまみ出される、そんな気がした。
「あの。しばらくこの町に居るので、またお話に来てよいですか」
「内容次第だ。わたくしとて暇ではない」
言いながら、イネスは立ち上がる。強制的に話を終わらせて、もと居た部屋へ戻るつもりだ。踏み出した足取りは少しいらだっているようだった。
――本当は、エスドアのこととかも聞きたかったけれど。
目に見えているトゲトゲしい茨に触るほど、コルトは浅慮でも無知でもなかった。あえて呼びとめもせず、その場で深々と頭を下げるだけして、回れ右した。
「行くよ、ラフィス」
軽く手を引けば、ちゃんとついてくる。ただし、ラフィスは最後までイネスの方を睨んでいた。しょうがない、会話の内容がわからずに見ていたのでは、突然イネスが怒り始め、一方的に暴言を投げつけ去っていくようにしか見えなかっただろう。最初に攻撃されかけたのも相まって、ラフィスの中で女王の心証は最悪に違いない。
もっとも、あまりいい印象を抱かなかったのはコルトも同じだ。やたらときつい感じがするし、なにより偉そう。いや、実際に偉い立場なのだから偉そうにしていていい、むしろそうでなければいけないのだろう。が、好きか嫌いかは別問題だ。少なくとも今の段階では、心の中を素直に打ち明けたり、気を抜いて喋ったりできるほど、イネスのことを信頼できない。
玉座の間を出て大きな扉を閉めたところで、コルトは緊張から解き放たれ、把手を掴んだままうなだれた。
「でも、これからどうしよ……ここ頼るしかないのになぁ」
小さな呟きは溜息と共に床に向かって消える。
かくして輝石の女王とのファーストコンタクトは、とても成功とは言えない結末となってしまった。