輝石の女王 2
たとえ見るなと言われても目を逸らすことができない。そんな魔法でもかかっているかのごとく、女王の姿にはとてつもない引力があった。端的に言って綺麗な人だ。顔立ちも、佇まいも。男にひけをとらない高身長、特に足が長くすらりとしていて、露出の多い細身のドレスを着こなしている。ウェーブのかかったグレーの髪は、シャンデリアの光を反射してキラキラしている。歳は三十手前だろうか、子供っぽさは皆無の落ち着いた雰囲気で、しかし「おばさん」と呼ぶことは到底できない感じだ。
女王自身で持前の美貌に加え、数多に着用している装身具が美しさを引き立てている。まさに輝石の女王、その名に恥じない様相だ。一番目立つのは、色とりどりの小さな宝石をちりばめた金色のティアラ。そこからチェーンで垂らした宝石が額にも輝いている。それは黄色の石で、うすぼんやりと光を放っている。同じ石が右手に持つ鉄扇にもあしらわれている。変わったところでは、露出した腕に彫った蛇の入れ墨の目が、緑色の宝石を埋め込んで演出されている。
コルトが一番はっとさせられたのは、女王の手だ。指先の抜いた手袋をしているのだが、右手の一部の指が宝石でできているではないか。中指と薬指が青色、小指が赤色だ。いずれもまったく指の形をしている。なおかつ、これらの指先もぼんやりと不思議な光を湛えている。
――ラフィスと同じだ。
昨日出会った行商があんなことを言ったのも頷ける。女王の指先にある石と、ラフィスの左目にある石と。部位や色は違えど、同じ部類のものとしか思えない。普通の宝石は光を放ったりしないから、特殊な力がこもっているはずだ。これについて女王に話を聞けば、ラフィスの謎も解けてくるかもしれない。
早くも得られた足掛かり。一刻でも早く動きたかったが、しかし女王が放つ一挙一投足も邪魔するなとの雰囲気がそれを許さない。ただ行商にもらったブレスレットを指でいじり、その場でもじもじとしていることしかできなかった。
優雅に登場した女王が、静かに玉座へと着した。それを待ってから、ここまで連れてきてくれた男が再びコルトたちのもとへ戻って来て、背中を押した。前に行け、と。
玉座に深く腰掛けた女王は、優美な笑みを湛えている。少しつり目気味のせいか、高慢な笑みにも受け取れる。そんな顔で見られていると、色々な意味でドキドキさせられる。免疫のないコルトはあわあわと目を泳がせながら、恥ずかし気につっ立っていた。
すると、苦み走った男の声が頭の上に降って来た。
「主君の前で頭が高いぞ」
「す、すいません」
急いで平伏しようと膝を折る。が、コルトが中腰になったところで「おやめなさい」と女王が笑った。手に持った鉄扇で、男をピシッと指す。
「ウルフェン、そうやかましいことを言わずともよいではないか。相手は子供なのだ。わたくしたちのことを何も知らない、他所者の子供なのだ。不敬であって当然であろう」
「は……失礼しました。では、私はこれにて」
「待て。こちらに控えていなさい」
「かしこまりました」
案内役をしていた男、ウルフェンは、女王の命令通り、玉座の隣に寄り添うように立ち位置を変えた。
そして女王は改めてコルトとラフィスのことを見る。
「さて、坊やたち。オムレード、そして、わたくしの『王国』へようこそ。わたくしがこのギルドの主、イネスだ。人はわたくしのことを『輝石の女王』と呼ぶ」
「わかりました、女王様……あ、いや、女王、陛下?」
「アッハッハ! そうかしこまる必要はない、もっと楽に、いつも通りにしなさいな! 悪いなあ、これは昔から細かいことにこだわりすぎるのだ。まったく厄介なものよ」
輝石の女王ことイネスは、手首を返して鉄扇で再びウルフェンを指した。指された方は相変わらずむっつりとして立っているだけで、何を考えているのかわからない。
これは冗談なのか、本気なのか、果たしてどう反応していいものやら。困ったコルトは、ただ曖昧な笑みを浮かべてお茶を濁した。
「さて、坊やたち。いや、コルトにラフィス」
「なっ……なんで僕たちの名前を知ってるの!?」
すると、イネスはニヤリと妖しい笑みを見せた。
「わたくしは『女王』だ。この城に起こるすべてを知っていて当然であろう。東域の山村から、世にも珍しい金の四肢と宝石の瞳を持った亜人がやってきた。そんな大きな噂を、このわたくしが知らぬはずがないだろう。坊やたちの名前も含めてね」
ひぇぇとコルトは舌を巻いた。こちらは向こうのことを知らないのに、向こうはこちらのことをよく知っている。あまり気持ちのいい話ではない。どこから話が漏れたのかが容易に想像できるから、余計に。
イネスに情報を流したのは城門の役人たちで間違いない。オムレードに来て以降、コルトが自分の出身地を喋ったのは城門でのみだ。話の伝わる速さと正確さからしても、市井に流れる噂としてではなく、入城手続きをした時に話したことがそのまま届けられた次第だろう。
普通、政府と異能者は対立するもの。中央政府の定めた法にて異能者を公的に差別されるべきものとしている以上、仲良しこよしといくはずがない。だが、オムレードでは事情がまるで違うようだ。それがコルトたちにとって良いか悪いかはわからないが。
コルトが内心で汗を流す一方、イネスは相変わらず笑みを浮かべている。彼女のグレーの瞳はコルトとラフィスへ交互に向けられる。しかし口をきく相手はコルトに絞っているから、ラフィスが汎語を使えないことも把握済みなのだろう。
「東域にかような亜人が居たとは初耳だ」
「女王さまも知らなかったですか」
「うむ。身が貴金属や輝石でできている者など初めて会う。もちろん、わたくし自身を除いてな」
残念、とコルトは内心で少しがっかりした。輝石の女王ならラフィスの正体について何ぞ知っているかもと期待していたが、あてが外れた。
「これほどに珍しい存在が、わざわざこの城へやってきた。きっと歓迎すべきことなのだろう。ここまで来るのにも色々と苦労したのではないか? そうであろう?」
「まあ、そうです。遠かったし、僕も村を離れるのは初めてだったし。でも――」
「やはりな、大変だったな。それにしても、そんな苦労をしてまでこのオムレードにやってきたのは、一体どういう目的があってのことだ? さぞ大それた理由があるのだろう?」
「それは――」
コルトはしっかりと答えようとする。が、それをまったく聞こうともせず、イネスが自分の言葉を被せてきた。
「もしや、なにかやましいことがあり逃げて来たのか? たとえば……郷里を滅したなどと」
「いぃっ!?」
なんでそうなるの。驚きのあまり目を丸くしたまま言葉を失った。それをイネスは肯定ととったか、目をぎらりと冷たく光らせ、笑みを消した。
「だとすれば……悪いな。わたくしも守らなければならないものがあるゆえ」
イネスは玉座に背を預けたまま、鉄扇の先をコルトたちの方へ突き出した。閉じたままの扇を支える青色の二指が、湛える光の強さを増す。同時に気温がすっと下がった気がした。
と、ラフィスがコルトの前へ躍り出る。唖然としているコルトを身を挺してかばいつつ、右腕をイネスの方へ突き出し立っている。開かれた金色の掌の中心で、電気がバチバチと音を立てて弾けている。
それを見るなり、今度はイネス側の付き人たちが主を守るように飛び出してきた。部屋を守っていた青年は、ガラスの壁のような物を創り出して玉座の前に立っている。その壁の前にはウルフェンが、無から取り出した二本の半月刀を手に、いつでも飛びかかれる構えで立っている。女王を守る盾と剣だ。
睨み合ったまま、双方ともに動きを止める。肌が痛いほどに張り詰めた空気が、一触即発を物語っていた。