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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第一章 山村の少年と異空の少女
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導きの少年 2

 男は半眼でもってコルトを見ている。いや、目玉の焦点は合っているのだが、その実ここにあらず、もっと遠くあるいは深くを見ているのではないか、そう思わせる奇妙な目つきだ。


 そして男は、蒼白な顔で口をぱくつかせている少年へ問いかけを重ねた。


「汝、神に刃向かう者か」


 どきり。コルトの心臓が震えた。この謎の場所へ来たきっかけ、神の紋章を尻の下に敷いてしまったことを思い出す。ああ、やっぱりあれがいけなかったんだ。最初に予想した通り、神の怒りをかって、神罰を受けさせられるために異界へ招かれたんだ。見知らぬ神殿にはじめ抱いた恐怖感が、再び蘇ってきた。


 では、いま目の前に居る男が神ルクノールであるのか。それは違う、とコルトは思った。ルクノールは黒い衣を纏っている、村の司祭はそう教えてくれたし、教会にある宗教画にも、決まって黒いローブを着ている姿で描かれていた。そもそも神が男であると断定する話も聞いたことがない。コルトの知る絵や彫像のルクノールは、どっちともとれる中性的な姿かたちをしていた。


 じゃあ一体この男は何者であるのだろう。どうしてこんなことを問いかけてくるのだろう。わからない。冷徹な面持ちからは、敵か味方かすらも読み取れない。ひとつ、ただの人間ではないということだけは確実だろう。


「汝、邪なる願いをもつ者か」

「違う! 僕は、別に……」


 反射的に声をあげて、しかしすぐに後悔した。暗闇の中に光の塊を見つけた時、お宝を発見したと喜んだのは確かなこと。その欲望こそが邪な心がもたらすもの、そう指摘されたら反論できない。ここが墓だとは知らなかったんだ、女の子に手を出すつもりはなかったんだ、そんなのは本心であっても後づけの言い訳だ。


 思わず男から目を逸らす。そんなコルトの態度はまったく意に介しなかったようで、さらなる問いが降ってきた。


「汝、慈しみの心ある者か」

「えっ?」


 コルトは目を丸くして男を仰ぎ見た。急に質問の趣旨が変わったからだ。今まではこちらの罪を咎めるようだったのが、何かをはかるように。それとも、これまでの問いも同じ意図だったとでも言うのだろうか。表情が一貫して不愛想だからよくわからない。


 コルトはただただ戸惑っていた。男の方もそれ以上に何も言わない。答えを待っているのだろうけれど、なんと回答したらいいものか。


 しばしの間。その後、コルトの背中側でピシリと音が鳴った。


 振り返れば、水晶の棺にひびが入っているではないか。しかも、その割れ目から一層強い光があふれだしている。こうやって見ている間にも、ピシピシと音を立てながらひび割れが拡張し、光の強さもどんどん増してくる。ついには棺そのものが真っ白な光の塊と化し、眩しくて正視することができなくなってしまった。


 そして、パキィンと澄んだ音を立てて水晶が砕け散った。


 コルトはとっさに腕で顔をかばった。割れた欠片が顔に飛んでくる、そんな予感がしたからだ。が、予想に反して質量のあるものは何も飛んでこない。


 薄く目を開けて様子を伺う。すると、水晶だったものが光の塵と化して空中を漂っているのが見えた。どうやら、文字通り粉々になってしまったらしい。


 棺があったところには、少女の体のみが残されていた。守る殻がなくなったからとて特に反応があるわけでもなく、同じポーズで床の上に眠っている。


 淡く明るい空間に影が動いた。男が少女の頭の近くへ歩を進める。男が歩くと不思議と足音がしない。確かに石の床を蹴っているのに。


 男は少女の頭の隣へ行くと、その場で片膝をついてしゃがみこんだ。じっと少女の顔を見て、それから右手で彼女の額に触れた。


 そして何らかの長い言葉を唱え始めた。囁くよりも小さな声、傍で唖然と見守っているコルトには、はっきりとした音に聞こえなかった。ただ、魔法の呪文を唱えているみたいだと思った。もっとも魔法使いなんてもの、神話かおとぎ話でしか知らないのだけれども。


 やがて男の掌にぽうっと光が灯った。炎のように揺らめいていて、なおかつ暖かみがある、うっすら黄色がかったともしびだ。


 光がゆっくりと少女の額の中へ移っていく。すうっと乾いた砂が水を吸うように飲まれて、外からは見えなくなった。


 そして光が少女の体へ移るにつれ、入れ替わるように男の姿が薄くなっていく。衣装も顔つきもはっきり見えていたものが、光が完全に取り込まれる頃には闇と同化してわかりづらくなり、それどころか、体が透き通っているようにすら見えるようになってしまった。


 自分の手から光が離れたことを見て取ると、男は詠唱を止め、手を引いた。


 そしてしゃがんだ姿勢のまま体をひねり、呆然としているコルトの方へ向いた。冷厳なる二つの目が真っ直ぐに少年の視線を捉える。問いを繰り返していた時と違い、今度はちゃんとここに心があり、目の前のものを見ている。


 男は静かに口を開いた。


「解放の時が来た。ラフィスを汝に託す。行く先は彼女が知っている。導いてくれ、無垢なる者よ」


 最後まで言い切るかどうかのうちに男の姿は視認できないほどに薄くなり、そしてそのままふっと消えた。後に残ったのは、耳が痛くなるほどの静寂のみ。


 まるでわけがわからない。コルトは困惑しながら、ひたすら男の言葉を反芻する。解放の時ってなんだ? ラフィスというのはこの少女のことだとして、託すとはどういうつもりだ? 行く先……どこかへ行かなければいけないのか。この子を連れて、一緒に。でも、彼女が知っていると言ったって、彼女は、生きていないのに。


 そんな風に混乱が冷めやらぬ最中。さらなる衝撃がコルトを襲った。


 少女が動いた。最初はきゅっと瞼に力を入れるように、続けて軽く身じろぎし、手で床をつきながらゆっくりと上体を起こす。そして座った姿勢のまま、きょろきょろと周りを見回した。


 あっけにとられていたコルトと目が合うと、彼女、ラフィスは驚き顔で肩を跳ねさせた。あわあわと後ずさりして距離を開けると、じっと警戒のまなざしでコルトのことを見つめた。


 驚いて後ろに下がったのはコルトも同じだった。まん丸に開いた目で、まばたきを繰り返すラフィスの目を見ている。そう、目だ。無機物でできた手足のみならず、目も普通でなかったのだ。向かって左側には、琥珀色の瞳を持つ普通の目玉がついている。しかし右側の眼窩には、目玉のかわりにオレンジ色の宝石が収まっていた。ただの義眼ではない、きちんと視力がある眼だ。そう思う理由は、宝石の奥に灯った湧き上がるような光が、逆側の瞳の動きと同じようにちらつくから。確かに宝石の目に見られている感じがする。


 怖いとは思わない。ただ不思議な感じだ。一連の出来事すべてを踏まえても、とても幻想的な世界に放り込まれ、日常が非日常に変わったみたいだ。


 ラフィスは呆けているだけのコルトを無害だと判断したようだ。ふっと警戒を解き、おずおずと会釈をする。つられて頷く少年を横目にしながら立ち上がり、もう一度周りを見回した。ふらりと歩を進めながら、闇の中に何かを探すように。


「カサージュ……?」


 か細い声で呼びかける。きっと先ほどの男の名前だろう。当然ながら返事は無い、彼はもう消えてしまった。ラフィスはそれを知らないから、何度も繰り返し名を呼ばわる。


 すると、呼びかけに答えるように音が鳴った。ただし、人の声でも足音でもない。石のかけらが天井から落ちてきた音だった。続けざまにピシリ、パキリと嫌な感じの音が、四方八方から響き始めた。


 神殿が崩れ落ちる。そう思った次の瞬間、コルトは反射的に走り出した。


「逃げよう! こっち!」


 ラフィスの手を握って出口へ向かい走り出す。彼女ははじめこそ引きずられて動き出したものの、すぐに自分の足で駆けだした。金属が石の床を叩く力強い音が響く。


 出口はきちんと開いて待っている。落ちて来る細かい石の破片を頭や背中に受けながら、二人は無事に明るい外へと飛び出した。が、最後の最後でコルトがつまづいて転び、そこへラフィスが巻き込まれ、足を絡ませながら転がり出るかたちとなってしまった。


「いたた……」


 地面にぶつけた体のあちこちが痛む。擦りむいた手のひらからはじんわりと血も出ている。着ていた革手袋を休憩中に脱いでしまっていたのが後悔させられる。苦い表情も隠せない。だが、直後に背後からとんでもない轟音と砂埃が襲って来たから、擦り傷だけで済んでよかったと考えを改めさせられた。


 音が落ち着いた頃合いで振り返ると、神殿は完全に崩落してしまっていた。今やただの石の山、何も知らなければこれが建物だったとは思えない。


 二人が上体を起こしてその光景を見ていると、風景には次なる変化が起こった。異空間の景色そのものが透き通っていき、代わりにコルトが元いた山林の風景が濃く現れてくる。石の山が消え、藪が出現する。四方の空間の歪みも徐々に直り、見えてきた景色は、やはりよく知った緑の森。天を仰げば、繁る枝の合間に青空が見えた。


 完全に魔法が解けたとき、コルトは休憩をとっていた広場に居た。手に触れるみずみずしい草の感覚も、快適なそよ風も元の通り。腰かけにしていた例の岩もすぐ目の前にあって、傍らには脱いだ手袋がきちんとある。


 ただ元と違って、ラフィスが隣に居る。あの世界が夢のように消えてなくなっても、彼女だけは消えなかった。


 へたり込んだ格好のまま二人は顔を見合わせた。一体なにがなんだか、これからどうしたらいいのか。そう途方に暮れているのは、口にせずとも互いに同じ気持ちだと明らかだった。


「……とりあえず、僕の村においでよ」


 コルトはまだ子供だ。困ったことが起こったら大人に頼る、それが許されるし、そうすることくらいしかできない。


 ラフィスは不安げな表情のままで、返事をしなかった。


「でも、こんなところで座っていてもしかたがないよ。女の子一人でおいていくわけにもいかないし。ほら、行こう」


 土汚れを手で払いながら立ち上がり、ラフィスに手を差し伸べ立ち上がるのを助ける。伸ばされてきたのは金色の右手。冷たい金属の質感だが、優しく握る力や微細な指の動きは、生きた人間のそれとまったく同じだった。


 コルトはそのままラフィスの手を引いて村への道を歩き始めた。彼女は相変わらず押し黙ったままだが、歩み自体は抵抗することなく、むしろコルトにぴったりとついてくる。


 財宝を見つけたと同じくらいドキドキするし、これからどうなるかワクワクする。ただ、そればかりではない。


 ――ひょっとしたら、言葉も通じないのかな。大丈夫かな。


 そんな一抹の不安も抱えながら、コルトも黙って歩を進める。無意識のうちに足取りは速くなっていた。

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