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古城の都市 4

 土地勘がない町なのはもちろんのこと、今まで見たことがないくらいたくさんの建物が居並ぶ場所である。こんなところでたった一つのギルドを、しかもそれがどんな風に建っているのかもわからないのに、独力で見つけ出せる気がしない。


 そこで、巡回中の治安局員に声をかけ、ギルドの場所をたずねた。治安局の役割には犯罪の取り締まりや抑止の他、町の住人の困りごとを解決することも含まれている。道案内もその一つだ。というわけで、特に難色を示されることなく教えてもらえた。


 輝石の女王が束ねる異能者ギルドは名を「青き王国(ブルーキングダム)」――異能者ギルドの屋号は、統一政府の公用語と地方言語とで二通りの呼び方を用意するのがしきたりである――という。場所は内側の城壁の中、なだらかな丘の上、すなわちオムレード市街地でもっとも高いところにある。広場に面した一際立派な館だから、近くまで行けばすぐにわかるそうだ。


「ありがとうございます、助かりました」

「内城までの道がわかりにくいから、もし迷ったら町の人にたずねなさい。道案内くらいなら、誰も嫌な顔しないだろう」

「親切にどうも。……あっ、そうだ。もう一つ聞いてもいいですか?」


 この治安局員は城門に居た人たちよりも優しそう、だからぶしつけな質問をしてもひどく嫌がられることはないだろう。そう思って、コルトはひそかに疑問に感じていたことを聞いてみた。


「変な質問だったらごめんなさい。『輝石の女王』さまは、この城の本物の女王さまなの?」


 すると治安局員は灰汁を舐めたかのような渋い顔になった。が、それを見せたのは一瞬のこと。すぐに取り繕った苦笑いに変わった。


「いいや。この町に王様は居ないよ。百年以上も昔、我々の政府が世界を統一した時に、『国』や『国王』というものはなくなったんだ。輝石の女王というのも、町の人がつけたあだ名みたいなものだよ」

「じゃあ、昔の王様の子孫ってわけでもないんですか」

「ああ。そんな事実は聞いたこともない。……なにか変な噂でも聞いたのかい?」

「いいえ、ちょっと気になっただけです。本物の女王さまだったら、もっと綺麗な格好していかないと会ってくれないんじゃないかと思って、心配で」

「ハハハッ、そういうことか。じゃあ安心しなさい、大丈夫だから。もう質問はいいかい?」

「はい。ありがとうございました」


 コルトが頭を下げると、治安局の男は足早に公務へ戻っていった。


「コルト……ダイジョウブ?」


 ラフィスが去っていく治安局員の背を指さし、不安げに声をかけてきた。城門でのピリピリした空気が記憶に強くて、またなにか嫌な目に遭っているのではと思ったのだろう。その雲を吹き飛ばすように、コルトはにっと笑って頷いた。


「大丈夫だよ。心配しなくていいよ」


 コルトが笑えば、ラフィスも安心したようにほほ笑んだ。


 事実、これで心配は一つもなくなったと言える。オムレードは城と言え、現在は王がいないものだとあらかじめ知っていた。それどころか、昔この地域を治めていた王侯貴族も残っていない、と。彼らはみな統一政府の一役人として吸収され、誰しもが異郷の地へ配置された。国が無くなったのに同じ統治者が頭にいては実質的になにも変わらない、コルトにこのことを教えたゼム爺さんの言葉を借りれば、新政府に都合の悪いものを消すための措置だ。


 そんな歴史があるにもかかわらず、「女王」という呼称があまりにも普通に用いられているから、もしや本当に偉い一族の人なのではと疑いが湧いてきたのだった。小さな心配事であったが、きっぱりと否定されたことですっきりした。これで恐々せず女王に会える。


 あとは迷子にならないよう、内の城壁目指して進むだけ。方向の定まったコルトたちは、再びオムレードの市街地を歩き始めた。



 石畳の道を歩き、町の風景にも新鮮さがなくなってきたところで、コルトは思った。なんだか暗い感じがする、と。原因はよくわからない。灰色の城壁に囲まれているせいなのか、町自体が煤けた古いものだからか、それとも深さのある水があちこちにはびこっているからか。わからないが、寒い時期の森を一人で歩いている時と似たような気持ちだ。


 それともう一つ認識を改めさせられたのが、大きな都市だからといって、道行く人は別にきらびやかな風ではないということ。輝石の女王なんてきらきらした呼び名の人がいるのだから、町全体が派手なムードに包まれているのかと思っていたのだが、良くも悪くも普通の人たちしか歩いていない。


 そんなオムレードの市街地では、ところどころ金ぴかで、目立つ翼まで背負っているラフィスの姿が完全に浮いていた。遠景で並んだ時はあんなになじんでいたのに。すれ違う人たちの目をくぎ付けにし、時には声をかけられることまである。好意的なものも、そうでないものも両方混じっている。この辺り、せっかく都市まできたのに、今まで通過してきた町村とまったく変わらない。


 町の奥に向かうにつれ、高揚していた気持ちはじわじわと落ちていく一方。そこに拍車をかけるのが、オムレードの非常に入り組んだ街路である。内城までの道がわかりにくいと治安局の男に言われたが、誇張でも冗談でもなかった。狭い路地が多く、似た雰囲気の交差点や曲がり角もたくさんで、同じところをぐるぐる回ってしまうことがしばしば。そしてなにより、水路の存在が厄介極まりない。すぐ正面に見えているところへ行きたくても、橋がなくて来た道を戻り大きく迂回しなければならず、その間に目印を見失う、そんなことが多々起こった。


 通りすがりの人や、軒先で店番をしている人にこまめに道を確認しながら、しかし長い時間町をさまよって。ようやく内の城壁を目前にした頃には、もうテンションは底辺に達していた。巨大なアーチの向こうに覗く街並みは、昔の貴族の住まいを思わせる豪奢な雰囲気がするのだが、もはや心を踊らせる気力がなかった。足も棒になったよう。石畳をずっと歩くのは土の上と全然違う感じで、慣れていないために負荷が重かった。


 内城の中は丘。門に向かうところから、ゆるやかな登り坂になっている。コルトは軽いめまいを覚えながら、なかばやけくそに力を込めて坂へと踏み出した。足取りだけなら張り切っているようにしか見えない。その隣をラフィスが遅れずについてくる。こちらは無理のない健常な足取りだ。


 そして門のアーチにたどりついた。正門と違い、治安局が警備しているということはなかった。代わりに城壁の日陰には待ち人の姿が多数見受けられる。立ち話をしていたり、行商が座り込んで休憩をしていたり。なかなか賑やかだ。


 ここでもやはりコルトたちは注目を浴びた。だが、もはや奇異の目くらいでは気にすることない。そんなことより早くゴールしたい、休みたい。その一心でアーチを通り抜け、日向へと出た。


 すると。


「止まれ」


 背後から、男の低く厳つい声がかけられた。反射的にビクンと肩が跳ね、足が止まった。


 振り返ると、城門の人ごみから現れたのだろう二人の男が、コルトたちのすぐ後ろにやってきていて、こちらを見下ろすように立っていた。一人は無表情で冷たく、もう一人は妙ににこやかで楽しそうな、そんな目つきだ。再度の確認になるが、治安局の黒制服の人間ではない。


「なん、ですか」

「おまえたちに用がある」

「用って……あなたたち、なんなんですか」

「オレたちゃ『青き王国』ってギルドのもんでね」

「ギルドの!?」


 にやけ面の方がその単語を発した途端、コルトの表情がぱっと変わった。まったく見事な天地ほどの違いで、逆に男たちの方がうろたえ、不審がる始末。


「な、なんだい坊主。なんでそんなに嬉しそうよ?」

「だって、僕たちギルドに用があって来たんだ! ちょうどよかった、助かった!」

「助かったってなあ、照れるぜ」

「おまえの用とは」

「僕たち、輝石の女王に会いたいんだ。会って、話がしたい。会わせてもらえませんか? お願いします」


 コルトの懇願を聞いて、にやにやしていた男は一点、信じられないものを見たような顔をしている。


 一方、無表情を貫いていた方の男はといえば、少し眉目を上げた後、ラフィスへ向かって視線をずらした。睨みつけるような目つきだ。見られた方は胸の前へ手をやり、曇った顔をして一歩たじろぐ。


「……いいだろう、今から案内する」

「やった! お願いします」


 コルトが返事をするより先に、男は歩き始めた。表情も冷ややかな目も、ほとんど変えないままだったから、もともとそういう気質の人なのだろう。事実もう一人の男は朗らかな顔に戻って、先導する男を追っかけていくから、迷惑とか鬱陶しいとか思われているのではなさそうだ。


「ラフィス、怖がらなくて大丈夫だよ。行こう。女王さまに会わせてもらえるって」


 コルトはラフィスを安心させるように手を握ると、大股で歩いていく男たちを追いかけ、早足で歩き始めた。いよいよ待望の人との面会だ。コルトの気分は、初めてオムレードの城門をくぐった時と同じくらい明るく輝きを取り戻していた。


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