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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第一章 山村の少年と異空の少女
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光の旅立ち

 コルトたちの旅立ちは早朝、まだ夜が明けきらない時分に行われた。サムディの町から離れるまでは、とにかく人目を忍ぶことを優先したためだ。星が空に残るうちを選べば、農民すらも動き始めない。


 旅立ちを表明してからわずかに二日後である。とはいえ準備は慌ただしいものにはならず、なおかつ十分にできている。これはゼム爺さんの協力の賜物だ。


 コルトの服装はウィラの村を出て来た時と同じ、草木染めの長ズボンに生成の長袖シャツだ。しかしどちらも洗濯をして心機一転、さっぱりきれいになっている。腰には父が持って来てくれたベルト付きの小物入れと、革の鞘に入ったマチェットを帯びている。さらに背中には古びた布の背負い鞄、こちらはゼム爺さんがくれたものだ。中には乾燥チーズなど少しの食糧と、二人分の椀と鍋、なににでも応用可能な大きな布など、しばらく野で寝泊まりすることを前提とした二人分の旅の荷物が押し込められている。お金も多少持たせてくれているから、宿に泊まることも可能ではある。


 ラフィスは、ゼム爺さんの姪が直してくれたワンピースを纏っている。サイズは少しゆったりとしている。一番大きな加工がされたのは背中の部分、翼の付け根にひっかからないよう大きくカットした上で、肩と肩の間を結んで留める太い藍色のリボンが新たに通されている。背中の露出もゼロとはいかないが全体的に減らされた。スカートも、長い丈のせいでラフィスが歩きにくそうにしていたから、動きやすいようにと膝上までスリットを入れてくれた。丈そのものを詰めなかったのは、足先まで隠れていたほうがいいとの判断からだ。つま先が見えているだけなら金のブーツを履いているようにも見えるから、人が見た時の拒否感が減るだろう、と。


「とはいえ翼や目は隠せないから、もし人に聞かれたら時はこういう亜人だと主張しなさい。何も本当のことを全部話す必要はないからね」


 ゼム爺さんにはそう言い含められた。ラフィスが言葉を話せないのも、人智を超えた姿をしているのも、亜人だからと押し通せば大丈夫だと。そんなことで本当にいいのか、本物の亜人にあったことがないコルトは是も非も判断できず、素直にわかったと答えることしかできなかった。


 ラフィスには大きな荷物を持ってもらうことはやめた。背負い鞄は翼が邪魔してうまく身に付けられないし、肩にかけるタイプや手で持つタイプの鞄は徒歩の長旅には適さない。そこでサムディの農民がよく使う腰にくくる小物入れを一つ用意して、コルトと同じようにそれを装着してもらった。中にはゼム爺さんから分けてもらった保存食と少しの貨幣が入っている。また、ベルトの部分には革の水筒も引っかけてある。水筒は一つしか用意できなかったから、二人で共用することになった。


「コルト君、ラフィスちゃん。二人とも気を付けて、元気でな。二人に我らが神の御加護があらんことを」


 明朝の静謐(せいひつ)な空気の中、ゼム爺さんに見送られ、コルトはラフィスと出立した。何から何までゼム爺さんに助けてもらった形だ、まったく頭が上がらない。だからせめてもの恩返しとして、コルトはとびきりの笑顔で元気よく手を振りながら旅立った。ありがとう、心配することはないよ、そう伝わればいいと思って。



 ゼム爺さんの家からは北へ抜けて、サムディの市街地を大きく迂回し西へとまわりこむよう歩いた。町の周りには広い農地が広がってぽつぽつと人家もあるものの、そのさらに外側が雑木林の散在する野原となっていて人の往来もほとんどない。そういう場所を選んで抜けていった。雑木林には誰のものでもない木の実があるから、食べるものを調達しながら進める点でも好都合であった。


 ずっと歩き、やがてサムディの町が南東に小さく見えるだけになったころには、辺りはすっかり明るくなり、太陽の日差しを背に熱くと感じられるようになっていた。


 ここまでくれば、もうサムディの人に見つかる心配はいらないだろう。そう思いながら差しかかった明るい雑木林に、ちょうどよい木陰を作るチェリーの木を見つけた。今はちょうどチェリーの実が熟す季節であり、木には赤く色づいた果実がたわわに実っている。


「ラフィス、ちょっと休憩にしよう。歩き疲れたよ」


 木の上を見あげながらそう言って、コルトは立ち止まった。半歩後ろをついて来ていたラフィスも足を止める。


 コルトは木の根元に背負い鞄を降ろし、そのままチェリーの木に手をかけ登った。十二年木々に囲まれた村で遊び育って来たのだ、木登りなんてお手のもの、猿のようにするすると高みに広がる枝葉のもとまでたどり着く。


 太い枝をしっかり足で挟んで落ちないようにしつつ、コルトは腰のマチェットを抜いた。そして房なりになるチェリーの根元を狙って、マチェットで叩く。するとチェリーの房は何枚かの葉っぱと共に下へ落ちる。下からはラフィスの歓声に近い悲鳴があがった。


 両の手のひらで掬って持ちきれるくらいの量を確保すると、コルトはマチェットをしまって颯爽と木を降りた。チェリーの実はまだたくさんあるが、必要以上の量はとらない。後から来る人や他の動物のため、あるいは草木が次代を繋ぐために残しておくべし。それが自然の恵みを享受する時の掟だと習ってきた。


 ラフィスがコルトを待つ間にチェリーを拾い集めてくれていた。彼女の金ぴかの手に拾われる果実は、その輝きに相乗して赤い宝石のようにも見える。食べられるものだとはわかっているようだが、まだ口にはしていない。どうやらコルトのことを待ってくれていたらしい。


 ラフィスは手のひらにチェリーの実を山盛り乗せると、嬉しそうにニコニコ笑ってコルトのもとへやってきた。


 コルトがまずチェリーを一つつまんで、口の中に放り込んで見せる。チェリーは種が大きくて食べられる部分が見た目より少ないが、すっきり甘くてみずみずしい、とてもおいしい果物だ。果肉を余すところなく味わったら、最後、種は遠くの地面に向かってプッと吐き出し捨てた。


 ラフィスの手のひらからもう一つチェリーを取ると、今度はすぐには食べずに持ったまま、誘うように木陰に座りこむ。手招きして、休憩にしようと。これくらいの意志疎通ならもう完璧で、ラフィスはコクリと頷いて、小走りでコルトの隣にやってくると、鋼鉄の翼がギリギリ触れない距離を開けて座った。その際に、山盛りに持っていたチェリーは、コルトが綺麗な落ち葉を選んで敷いた上に乗せた。



 ラフィスもチェリーを食べる。コルトと同じように、一粒丸ごと口に入れてしばらくモゴモゴさせる。残った種は、口元に手をあてその中にそっと吐き出したのち、そっと地面に転がした。コルトの大胆さとは大違いだ。


「グリーミャ」


 ラフィスは呟くように言いながら、次のチェリーをつまむ。その単語は何度か聞いたことがあった。コルトの家で夕食をとった時をはじめ、ゼム爺さんの家で食事をふるまってもらった時にも。その後の表情やふるまいからして、「おいしい」と言っているので間違いないだろう。今もふにゃりと頬を緩ませて、屈託のない少女の顔をしている。


 ともあれ、気分が良いのであれば幸いだ。ラフィスの横顔で宝石の目がきらきら輝いているのを見つめながら、コルトはぼんやりと思った。これから二人きりで長い旅になる。それに前向きな気分で意気込んでいるのは自分だけで、ラフィスは苦しく思いながら仕方なくついて来ている状態、そうなるのが心配であった。


 ――都市まで、この感じでいけるかな。


 第一の目的地である大きな都市、それはサムディから見て西の方角にある。名前は「城郭都市オムレード」。一番近いのだが、それでもいくつかの町村を通過したうえで数日かかる道のりだ。途中でどんなハプニングがあるかわからないし、人と接触せざるをえない場面も出てくるだろう。そうなった時、二人とも無事で、穏便に、話を進めることができるだろうか。もっともラフィスの方が体力があるようだし、雷を操る力まで持っているわけだから、危険を重く考えなければいけないのはコルト自身のことについてなのだろうが、それはさておき。


 正直なところ、不安はかなり大きい。コルトはこれまで一度も自分が旅に出ると考えたことはなかった。大人になってもずっとウィラの村で暮らすと思っていた。だから、村の外の世界を全然知らない。森あるいは山で生き繋いでいく方法ならわかるけれど、それがこの先で役に立つのだろうか。この先もずっと雑木林が続くなんて思わない。他にも、文字や言葉や挨拶や、買い物のしかたやお金の数え方など、今まで普通にしたことでそのまま通じるのか、これがまるでわからない。ラフィスはこの世界のことを知らない、それを導く役であるはずの自分もまともに社会生活ができない、そうなったら詰みだ。


 しかし。不安以上に、嬉しさと楽しさが強かった。逆に考えれば、ラフィスに出会わなければずっとウィラの村で暮らし、外の世界に出てみようとも思わず一生を狭い村の中で終えていたということだ。そんなもったいないことはない。だから運命を変える機会となった出会いを嬉しく思うし、実際に二人で歩いていてとても楽しく思うのだ。


 ここから先は未知の世界。どうなるかわからないけれど、とにかく楽しくいこう。コルトは再度、胸に誓った。



 あれこれと考えながら無心で食べている内に、チェリーの山が無くなっていた。


 ラフィスはぐっと伸びをして、首や肩のこりをほぐし、とても気持ちよさそうにしている。しかしどことなく手持ちぶさたにしている感じも否めない。無意味に周りをきょろきょろ見渡したり、意味ありげにちらちらコルトの顔を見てきたり。


 休憩はコルトの方ももう十分だ。足の疲労感は多少楽になったし、お腹が空いているわけでもない。今日の内にできるだけサムディから遠くへ離れておきたいし、夜になる前に休める場所を見つけたい。進むべき時だ。


 コルトは背負い鞄の紐を肩にかけ、すっくと立ちあがった。そしてラフィスの方に向き直ると、手を伸ばし、告げる。


「さあ行こう、ラフィス。この道の向こうに、僕たちを待っている人が絶対に居るから」


 少しかっこつけたことを言ったのは、そうやって自分の気持ちを改めるため。


 ラフィスはほほえんだまま、金色の手を伸ばしてコルトの手を取り、よどみなく立ち上がった。空いている方の手でスカートについた土埃を払う。


 そして二人は同じ方向をむいて歩き始めた。


 目指す先は城郭都市オムレード。ゼム爺さんに聞いたのは、川の近くにある古く大きな都市だということくらいで、詳しいことはなにも知らないままだ。ゼム爺さんも数十年前に行ったきりで、最近の様子はわからないと言う。ただ、その頃のオムレードに異能者ギルドがいくつかあったのは確実で、多少増減しようと、ゼロになることはないだろうから、コルトたちの当座の目的も十分に果たせるだろう、と。


『もしオムレードがだめだったとしても、街道を進んで別の町へ行けばいいのだ。道は繋がっている、心配しなくて大丈夫だよ』


 ゼム爺さんはそうも言ってくれた。違いない、とコルトも思う。


 でも、もしもの話で悩むのは実際にそれが起こってからでもいいだろう。今はただオムレード、そこでよき出会いがあることを祈りながら進むだけだ。


 明るい林を、輝かしい野原を、コルトたちは力強く歩いていく。ゴールの見えない遠い旅路だというに、心地よい陽の下に進む足取りは非常に軽やかだ。



(第一章 山村の少年と異空の少女  終)

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