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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
最終章 砂漠の王国と黙示録の刻(とき)
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灼熱の廃棄炉 3

 暴走する王は塔の床すれすれを飛び、コルトとラフィスにまとめて激突した。コルトは後ろに跳ね飛ばされて、背中を炉を囲う柵にぶつけた。いや、柵に引っかかって助けられたと言った方がいいだろう。のけ反った頭は炉の上に飛び出していた、もう少し高角に跳ね飛ばされていたら転落していた。赤熱が後頭部に照り付けて熱いはずなのに、コルトは非常に寒々とした心地で床に崩れ落ちた。


 一方のラフィスは衝突の際に片手で車輪にしがみついて、車椅子に引きずられる格好になった。その事実に国王も気付いていた。ラフィスをぶら下げたまま車椅子は高度を上げ、今度は塔の外側を囲うガラス壁に突っ込んだ。大量の破片と共に塔の外へ飛び出し、速度を落とさす無軌道に飛び回る。ひどく振り回されたラフィスは手を滑らせ、炉へ真っ逆さまに落ちる。


「ラフィス!」


 ラフィスはマグマに到達する前に翼を広げられた。体勢を整え、割れたガラスの穴を目指して飛び上がる。蓄積したダメージと焼きつく熱に当てられ、動きに精彩が無い。


 そこへ国王の命令に従った王国軍が、橋や岸のガラスを叩き割った上で狙撃を始めた。次々と襲い来る銃撃は上へ戻れば戻るほど避け切るのが難しくなるし、塔の中への復帰点が一か所しかないから狙い撃ちされる。ラフィスは仕方なく攻撃を避けて塔の周りを旋回し、兵が詰めるのと逆側の橋の陰に身を潜めた。


 一方的にやられているだけではなく、カラクロームは抵抗の構えを見せていた。上腕に装着していた二枚の円盤型の機械を外し、橋から迫ってくる王国軍へ投げる。すると円盤の縁から刃が飛び出し、回転をしながら、ブーメランの軌道で王国軍の隊列をかき乱しつつカラクロームの傍へ戻る。


 この円盤には光線銃の光を感じる目が付いている。カラクロームに王国軍の銃が向くと、発射前に銃口の奥で予備動作が起こるのに反応し、光線の進路を遮るように自動で動き盾となる。さらに鏡面状の表面が光線をそのまま反射し、撃ち手へカウンターを食らわせる。これは王国に反旗を翻す天才技師が作り出した、対軍用の鉄壁のガーディアンだ。


 カラクローム自身も銃で応戦しながら、橋へと前進していく。軍の隊列と距離が縮まると、ガーディアンは自動で人に向かってブレードで襲い掛かる。高速回転する刃が目の前に迫るのだから、嫌でも回避せざるを得ない。横から回り込めない一本橋の上という場所も有利に働き、カラクロームは軍を徐々に押し返す事に成功していた。


 軍側の思うように事が運ばない、その有様を見て国王は唾を吐き捨てた。そして次は、唯一フリーになっているコルトへ矛先を向けた。塔の中に戻って来て、低空飛行でコルトへ突撃する。


「しっつこい!」


 スピードがあっても直線的な動きだ、来るとわかっていたら回避するのは容易である。悪辣な笑みを浮かべた王をある程度引きつけてから、横に転がって避ける。


 王は壁にぶつかる前に進路を上へ変えた。硝子の壁を背後にし、コルトの事を忌々し気に見下す。車椅子に預けている王の体は左手以外まともに動かないようだ、右腕も両足も力なくぶら下がっているだけ。前進を覆う包帯も、見ている内に体液が滲み出て汚れていく。コルトは吐き気混じりに怒りをぶつけた。


「しつこいんだよ! お前はもう終わりだ! サイロスも鍵も僕たちが壊した、おとなしく降参しろ!」

「そうだ、私は終わりだ……だが、貴様らだけは許さん。私と共に、死ねィ! 貴様ら三人とも死刑だ! 国王の命だ! 反逆罪だ!」


 しゃがれた声で喚き散らす。もはや人間と言うよりは怨念の塊、死体が動いているとほぼ同じ。ただし、その怨念が恐ろしくおぞましい強さであり、とても半死人とは馬鹿にできない。コルトは嫌な汗をかきながら後ずさる。王の事を睨みつけたまま、ツールポーチからナイフを取り出そうと手を伸ばした。


 それより先に国王が左手を振り回しながら、王国軍に対してラザト語で何かを叫んで指示した。すると橋に詰め寄せていた部隊が、戸惑いながらも急いでトンネルまで退却した。


 コルトはひどく嫌な予感がしていた。それはカラクロームが激しく動揺しているから。彼女は彼女で軍に向かって鬼気迫る顔で叫びながら、しかし後ろ足で塔の方へ下がろうとする。


 そしてトンネルから大量の爆薬を積んだ台車が現れた。その爆薬が軍の手によって勢いづけられて橋まで押し出され、橋の真ん中まで進んだ所で、複数の熱線銃により遠方から点火された。


 刹那、今日二度目となる大爆発が廃棄炉全体を震わせた。そして鉄骨のねじ切れる音が爆音に負けないほどけたたましく響き、塔と町を繋ぐ橋が寸断され、落ちた。


 もろに爆風にあてられたカラクロームは塔の真ん中、柵の近くまで吹き飛ばされて来た。衝撃波はすべてのガラスを割り、床に伏せたコルトの上にも降り注いだ。破片が刺さらないよう首回りを手で守りながら、浅く顔をあげてカラクロームの様子をうかがう。


「カラクロームさん!」

「う、く……コルト、あたしに近寄るなッ!」


 絞り出した叫び声に、今まさに立ち上がろうとしていたコルトの動きが止められた。直後に銀の円盤が一基、コルトのすぐ前の空間を刃で切り裂きながらカラクロームの元へ戻って来た。片割れしか見当たらない、爆破で飛び散った鉄くずに巻き込まれて炉に落ちてしまったのだろうか。


 カラクロームは柵を頼りにふらふらと立ち上がった。手や顔に軽い切り傷を負い、打ち付けた脇腹を押さえているものの、動けなくなる程の大怪我は無く済んだようだ。


 しかし、カラクロームは立った途端にバランスを崩してまた膝から転んだ。ただ、転んだのはコルトも同じだった。


 塔が大きく揺れ、床が斜めに傾いたのである。ガラスや鉄骨の破片が床を転げ、マグマの中にポチャポチャと落ちる微かな音が立つ。だがそれより遥かに大きく重い物体が、塔の下の方で崩れて落ちる音が断続的に響いている。


 コルトとカラクロームは青い顔を見合わせた。塔が根元から崩落しかかっている。直接的な原因は印章の爆発だろう。その時既に基部は損傷していたが、橋二本が岩盤に塔を繋ぎ止めていた。その橋が片方切られた事によって、支えきれなくなったのだ。もはや腕一本で崖にぶら下がっているようなもの、いつ千切れ落ちても不思議でない。


「コルト、落ちる前に反対側の岸へ!」


 カラクロームが言うまでもなく、コルトもそのように動き出していた。ただ一か所しかない通路なのだから、当然国王が塞ぎに飛んで来るし、王の指示のもと岸からの狙撃が再開される。


 ただしガラス壁が失くなったために、ラフィスが自由に動けるようになっていた。光線銃の射撃を避けながら飛び上がり、国王に電撃を浴びせかける。王はわずかに動きを止めた、が、それだけだった。痛みを感じる神経も死んでいるのか、軽く顔を歪め、逆上してラフィスに突撃する。


 ラフィスは空中を逃げ回りながら、一人で王と岸の軍隊を両方牽制する空中戦を繰り広げた。その隙にコルトとカラクロームは、まだ繋がっている橋の入口へとたどり着いた。


 しかし、カラクロームが橋にさしかかった時、ラフィスに突撃して避けられた国王が、不意に返す刀で向かってきた。カラクロームを真横から炉に突き落とす狙いだ。


 カラクロームもすぐに気づいたが、避けようとしなかった。吹き飛ばされた時に行方不明になった銃の代わりにガーディアンを掴み、一直線に飛んで来る車椅子に自分から飛びついた。そして、ガーディアンのブレードを国王の腹に突き刺した。深く魂をえぐり取るように。


 一瞬だけ、車椅子の高度が下がった。しかし、すぐに持ち直した。痛覚が麻痺しているのだろう、致命傷を負ったはずなのに国王は悲鳴の一つもあげない。震える唇を引きつらせ、狂気の笑みに顔を歪めた。


 国王はカラクロームをそのままマグマの上空へ連れ去る。そして逃げ場のないカラクロームの首を左手で掴み、力を込めた。柔らかい肌に指を食い込ませ締め上げる。瀕死の手による行為だが、抵抗する側も環境が悪い、下手にもがけば勢い余って灼熱地獄へ真っ逆さまだ。カラクロームは片手だけで首を締め付ける手を解こうとしていたが、効果はなく、徐々に苦悶の色が濃くなり、無意識に暴れ方も激しくなっていく。


「ラフィス!」


 コルトは大声で呼びかけ、カラクロームの方を指さした。ラフィスは一目見るなり心得た風に頷き、そちらへ飛んで行く。車椅子は誰も制御していないがためデタラメに飛び回っている上、エネルギー切れか、そもそも二人分の体重を支えられない設計なのか、どんどん高度を下げている。今や竪穴の半分より下に落ちている。軍隊からの射撃も続いているため、ひとっ飛びで救出とは行かないだろう。


 コルトは前方を横切るラフィスを見送った後、自分は橋への歩みを再開した。他に助けとしてできることはない、それなら退路の確保が優先だ。


 ところが、コルトが反対岸への橋を渡り始めた矢先に、塔の中央部から轟音と激震が起こった。ついに塔が折れて、倒れ始めたのだ。みるみる内にコルトの足下の傾斜がきつくなり、あっという間に立っていられなくなった。滑らかな床には掴む所がなく、そのまま腹ばいで後ろに滑る。着地先がどうなっているのか、振り返る余地もない一瞬の事。ただ金属質の物がぶつかり合う音や、重量物が粘っこい液体へ落ちる音が向かう先から耳へ届く。


――マグマに、落ちる……!

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