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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
最終章 砂漠の王国と黙示録の刻(とき)
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天上の戦い 3

 王は右手のコードを引っ張ったまま、結果的に室内を半周した。そのせいで、ラフィスのまわりにあるたくさんのコードを一つに束ねるようになっている。コード自体の長さは無尽蔵なのだろうか、無理に引っ張っている様子はないが、絡んだり瘤になったりしそうな不安がある状態だ。


 まずは王のコードを引っこ抜き、サイロスとの接続を切る。次に印章の指輪を奪う。それでサイロスが止まれば、戦いは終わりだ。ラフィス次第でもあるが。


 コルトはサイロスの後方に居る王の背中を睨め付けた。そして、たすき掛けの壊れた通信機を肩から外し、ベルトを持って頭の上で振り回す。破損しているとはいえ、残骸も鉱石の塊のようなもの、ハンマーの代用にはなる。内部で時々エネルギーの火花が散るのも、攻撃的に見えて都合がいい。


 そしてコルトは大きく息をしてから、一直線に王のもとへ突っ込んだ。もはや躊躇いはかけらもない、一点を見据え力強く床を踏む。


 当然足音がするから、王にはすぐに気づかれた。


「甘いな、隙だと思ったか? 死ね!」


 振り向きざまに音の方へ銃を構え、ろくに狙いも付けずすぐに引き金を引く。しかし、にやついていた王の目と意識は、コルトの頭上でぎゅんぎゅんと振り回される機械へ引きつけられた。あの武器はなんだ、さっきまで持っていなかった、あれで頭を殴られたらどうなるか。わずかな間に色々と思考が巡り、顔つきが変わる。


 軍装の光線銃はトリガーを引いてから、発射がわずかに遅れる。その遅れの間に迷いが出て狙いがずれれば、攻撃は思わぬ方へと飛んでいく。王の放った光線は何をも掠めず、コルトの頭上を飛び越えて天井に刺さった。


 王は舌打ちをしながら、今度は突進して来るコルトの頭にしかと狙いを定めた。だが、それを予期したコルトは、王が構えると同時にベルトを放して機械を投げつけた。自分の頭の方へ鉄くずの塊が飛んで来たら、普通人間は反射的にそちらを撃つ、防御のために撃たざるを得ない。


 王の射撃を二度やり過ごした所で残り約十歩。ここでコルトは姿勢を低くして、相手に跳びつくように強く踏み込んだ。直後、王の三射目が跳んだ後の何も無い床を撃った。


 コルトの体当たりもわずかに届かなかった。しかし王の目前には着地できていた。銃口が突きつけられるより早く、立ち上がりざまにコルトは王の腹を目がけて頭突きを食らわせた。


「うグぅッ!」


 くぐもった呻きと共に、光線が明後日の方向へ宙を走った。銃はぎりぎり取り落とさなかったが、王は腹を押さえてふらふらと横によろめいた。


 衝突したコルト自身の脳も揺れていて、胃液が逆流してくる感覚があった。だが、構わずもう一度、頭蓋でみぞおちに飛びかかる。王の悲鳴と同時に、コルトの頭の中にも星が飛んだ。


 そのまま反撃の隙を与えず、コルトは握り拳で腹や股にパンチを食らわせた。王が苦悶の息を漏らし前かがみになったら、がむしゃらに頬も殴りつけた。そして止めは渾身のタックルだ。ふらふらになっていた王は、コルトにのしかかられて床に倒れた。


 上に重なって倒れたまま、コルトは王の右腕にかじりつき、まずは手にあった銃をもぎ取った。それはすぐに遠くへ投げ捨てた。


「き、さマァ……!」

「五百年前の戦いを生き抜いた、タルティアの主は、カサージュの弟子は、もっと強くて、もっと怖かったぞ! ただの人間のお前一人で、神様を倒すなんて、できるもんか!」


 コルトは肩で息をしながら吐き捨てた。そして、王様の腕に繋がるコードを掴み、思い切り引っこ抜いた。強い手ごたえがあったものの、コードは接点でちぎれるように抜けた。


 刹那、耳を裂く凄まじい悲鳴が轟いた。国王のものだ。叫び声を切らさず、全身から汗を吹き出させ、もんどりうって暴れ出す。死に瀕した馬鹿力とも言うべきか、上に被さっていたコルトも跳ね除けられた。


 「腕、がッ! 私の腕……!」


 王は涙目でかすれた悲鳴をあげながら、肘で這いつくばって右腕を押さえている。その右腕は重力に従ってだらりと垂れさがり、王の身動きに併せてぶらぶらと揺れるだけの命無き物体となってしまったようだ。


 その王の右手をコルトが押さえた。そして、印章の指輪を抜き取った。指輪は何の抵抗もなくコルトの手にやって来た、黄金の輝きもそのままだ。


――やった。これで、もう王様に邪魔はさせない。サイロスを止められる。


 指輪を見つめて、少し人心地がついた。そんな時だった。室内にアラームが鳴り響いた。


「な、なに!?」


 アラームの後、言葉でのアナウンスも続けて流れる。しかし知らない言語だ、何が起こっているのかわからない。あたりを見回しても、目に見える変化は特に起こっていない。ラフィスの様子も同じく。


 戸惑うコルトの背後で、国王の笑い声が起こった。始めは小さく漏らすように、しかし、徐々に威勢を取り戻し、勝ち誇ったようになっていく。


「エネルギーの回収が終わったのだよ! ククク、ハハハハ! 今さら何をしたって止まらんぞ、後は敵を焼き尽くすだけだ!」


 嘘八百の脅しではなさそうだ。先ほどエネルギー量だと教えられた横長のゲージは最大まで伸びきっていて、上になんらかの文字列が仰々しく点滅している。加えて、サイロスの飛行速度が急激に増していた。これまでは浮かんでいると形容できたものが、軽やかに飛ぶ戦闘機とほぼ同等の速度まで加速する。


 傍から見ていても事態が変わったと明確だったのだろう、離れた所を追尾していた偵察機が限界まで加速しつつ、サイロスへと接近して来る。しかし、サイロスからの威嚇射撃が接近を妨げた。撃墜しようとする意志はない攻撃で、数も少ないものの、とにかく執拗だった。そのため偵察機は接近を諦め、元通り後方へ下がって行った。


 その間に、サイロスは徐々に目指す方向を変えていた。今までは真北を向いていたのが、少しずつ右方向へ回り、今は前がちょうど北東へ向いている。


 それに気づいたコルトは蒼白になった。王からサイロスの操作権は奪い取った、それなのに、なぜ王様が語っていた通りに大陸中央へ向かおうとしている? そこに何があって誰が居るのか、ラフィスも知っているはずなのに。


 国王の狂気に満ちた笑い声が響いた。


「ほら見ろ、私は正しい! ラザトの救世主様は、この邪神が作った世界が滅びることをお望みなのだ! クッハハハッ……いいぞ、逆らう者は非国民だ、全部消し去れ!」

「だめだラフィス、やめろ! やめてくれ! ――クソォッ、どうやって使うんだよ!」


 コルトは印章の指輪をはめていた。王と同じ、右手の中指に。サイロスを起動したなら、当然停止をさせる事もできるはずだと。しかし、印を操縦席にかざしても、指輪の手で周りの表示に触れても、どうしたって何も起こらない。王が使っていた時のような魔法陣はおろか、光の一かけらすら出てこなかった。


 一人で焦るコルトに、王様の嘲笑が届いた。


「無駄だよ、無駄無駄ァ! 使い方を知らなければ使えないに決まっているさ!」

「教えろ!」

「嫌だね。どの道、彼女の意志なのだ。止めたいなら……その女を殺すしかないさァ! ハァハハァ!」

「な……」


「いいぞぉ、私の銃を貸してやろう、特別に! そっちの使い方なら教えてやるとも!」


 コルトは途中から王の言葉など聞いていなかった。血が沸騰するような感覚に耐えつつ、操縦席の前側に回り込んだ。


 ラフィスは無防備に身を晒している。ここに来た時からずっとそうだ、周りがどれだけ騒ごうが身じろぎ一つしない。もしその身に直接危害が加わわる事が起こっても、きっと抵抗しないだろう。確信して、コルトは俯いた。似合わない指輪をつけた手を、きゅっと握りしめた。


――僕は……。


 仮に奇跡的に鍵が起動できて、サイロスを停止させられたとしても。ラフィスの意志が変わらなければ、鍵を奪い返されて同じことの繰り返しだ。ラフィスと直接戦う事になったら敵うわけがないから。


 二択である。世界か、ラフィスか。どちらか一つを選び、もう片方を切り捨てる。


 それは最悪の場合として、カラクロームにも念を押されていた。そうなる覚悟もして、それでもラフィスを止めて世界を救うんだとここまで来たはずだった。それでも、いざ現実として突きつけられてしまうと。世界を守るために、罪なき人を守るために、見も知りもしない人たちを守るために、この手でラフィスを殺せるか?


「できるわけない……」


 涙のにじむ震えた声で漏らし、コルトはその場に膝をついた。悔しくて悔しくて、やり場のない感情を床に叩きつける。――僕は臆病者で、弱虫で、無力で。あんなに偉そうな事を言って走って来て、やっぱり最後でこうなるんだ。言葉が通じなくてもラフィスと心は通じていると思っていたのに、それすら空回りで、僕の思い込みで。


 だからと言って、世界が滅ぶのをこのまま眺めているだけなんて、そんな非情な事もできない。それがコルトと言う少年だ。


――どんな手でもいい。両方を、両方を叶えるには? どうしたらいい、ラフィス。どうしたら君に僕のこの心を伝えられる?


 神に縋り付くように、コルトはラフィスを正面から見上げる。


 その視界の上端で、何かがゆらりと揺れた。焦点を合わせて、判明した正体は国王から引っこ抜いたコードだった。知らない間にコルトの背中側から頭の上をまたいでいた。銀色のコードは先端から金色のきらめきをこぼしながら、コルトの目の前で無重力に揺れていた。迷子になった子供が親を探して手を伸ばすように、あるいは泣きじゃくる子供を大丈夫だとあやす親の手のように。


 コルトは両手を伸ばし、そのコードを掴み取った。


 カラクロームの言葉を思い出していた。生機械、禁忌とされた技術。精神を機械へ送り込む。体を機械にする。危険、最悪植物人間。二人が同時に繋ぐのは無茶。どれもこれも、暗に手を出すなと言っていた。


 だが、これに賭ける他ない。


 コルトはコードの先を自分の額に押し当てた。ちくりと針で刺したような痛みの後、コードを通じて何かが体内にどっと押し込まれて来た。同時に、魂がコードへ引っ張られ、全身がぐにゃりと捻じ曲げられたように感じられた。


 そして、コルトの脳内に膨大な情報が爆発した。あたかも自分が何十もの地点に同時に存在しているかの様に、無数の風景を一挙に見ていた。うろたえて目玉を揺らす、それだけのわずかな間に、目に見える昼と夜と季節が巡るましく移り変わる。


 音も同じだ、コルトの耳は無数の人の声と正体の掴めない膨大な物音を捉えている。普通だったら意味の無い騒音になりそうなものなのに、全てに意味がある個別の音だと脳は処理している。


 全ての感覚が、匂いや味覚までもが暴走する。暴力的な情報量は苦痛でしかなく、耐えられず絶叫する。だが、そうしているのが本当に自分なのか。それともベッドでぬくぬくと本を読んでいるのが本当の自分なのか。火炎に焼かれているのが自分か、芳しく香る花畑に抱かれているのも自分だ。情報の渦にまかれ自分が分裂して、自分が分からなくなっていく――。


――違う、僕はここに居る。サイロスの中に立っている。僕は世界にたった一人。ラフィスと世界を助けたいこの僕だけだ。


 自分を強く持ち、本来の自分を強く認識する。そして、それ以外はすべて幻影だと、狭間の館と同じで古の記憶を見せつけられているだけ、あるいは幽霊に取り憑かれたのと同じだ、と自分に言い聞かせる。手は二本で足も二本、翼は無くて、角も生えていない。武器は何も無く、魔法も使えなければ、屈強な体格もしていない、極々普通の人間の少年。それが僕、今を生きているコルトという人物だ。


 自己意識を強く持つことで、サイロスのエネルギーがもたらす情報の暴風雨から逃れられる事ができた。自身の目に現実で映っている像の方が濃くなってくる。手足の感覚が確かになりつつある中で、そっと立ち上がる。正面から同じ目線でラフィスと向かい合おうと。


 その時。風景と重なる幻影として、その人の姿が浮かび上がった。幻影だとわかっていた、それでもコルトは思わず呼び止めた。


「カサージュ!」

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