黙示の刻 2
カラクロームが指定した軍の飛行場は、地上の王都のすぐ西側に位置している。高い柵と堅牢な建屋で成り立つ大きな軍事基地で、民間人は立ち入ることができない。
飛行場へコルトとカラクロームがやって来た時には、既に革命団の者たち数十人が集まって暴動が起こっていた。乱暴な言葉と荒い息を吐き、敷地内へ入り込み、建屋に押し入ろうとする最中だった。それを王国軍が入口にバリケードを築いて阻止している。柵の内側は混戦状態になっていて、銃声や爆発音も響いている。
カラクロームが騒乱の有様を遠巻きに眺めて足を止めた。それから、基地の上空を見あげる。
「……軍は偵察機も護衛機も飛ばしていない。って事は、王からそういう指令があったんだろうね。全軍で革命団の阻止しろって」
「どうやって中へ? 僕たちも攻撃されない?」
「される。あたしが革命団って事は知られていないから、どっちにも攻撃される可能性が――」
悩まし気なカラクロームの声に重なって、男たちの太い掛け声が王都の方面からやって来た。太く大きな車輪が六つついた、家ぐらいある大きな機械に乗って、のろのろとしたスピードで基地へ向かって来る。掛け声に合わせて上に乗った男たちがポンプを押している。そして、機械の全面には巨大な砲口が付いていた。
「あれは旧式の……コルト、耳を塞いで!」
現れた男たちは基地からは離れた位置で機械を止めた。砲口の照準を基地に合わせる。乗る男たちは示し合わせて革命団の名乗りをあげた後、全員が耳栓を装着した上で、一番最後尾の人物が機械の尾部に飛び出していた杭をハンマーで打ち込んだ。瞬間、すさまじい爆音と振動を伴って、砲口から同じサイズの巨大鉄球が勢いよく射出された。そして砲弾は、防備がされていなかった建屋の壁を打ち抜いた。
男たちの歓声が上がる。その様子を見て、もう良いかとコルトも耳を塞いだ手を離した。それとほぼ同時に、カラクロームが追い越しざまに肩を叩いて来た。
「あたしたちもあそこから行こう。塞がれる前に!」
壁に風穴を空けられた事で、王国軍は大きな混乱に陥っていた。物理的な砲撃をしたのはラザト国においてはとんでもなく旧式の機械兵器で、現代では博物館で展示されているだけしか見かけない物、想定外の攻撃だ、当然対策など考えられていなかった。
柵の内側に居た革命団は、一斉にぶち抜かれた壁の方へ動いた。建屋の中ではけたたましい警報が鳴っている。軍側の防備の先陣は光線銃を搭載した数機の無人警備機のみで、自走しながら、動く人間に反応して威嚇射撃をしている。
戦線が動く前に、コルトとカラクロームも侵入口へたどり着いた。他の革命団同様に軍の警備機に銃口を向けられたものの、カラクロームが機械を睨みつけると、警備機は攻撃をせず他の敵を探して転回した。
「えっ、なんで!?」
「王宮と一緒。国認特殊技師としてよく色々メンテナンスに来るから、警備は顔でパスできるようになってるの」
「……僕、全然、ラザトのカラクリに付いていけない。わかんない」
「別にいいでしょ。ここまで来たら攻撃されないって結果さえ理解できれば」
淡々と言いながら、カラクロームは崩れた壁をまたいで、コルトを先導しつつ基地内へと侵入した。
他の革命団の事はあえて無視して、第三勢力のように振る舞いながら基地内を進んで行く。そうすると、慌てふためきながら防衛に出て来る王国軍も、顔見知りの技師はたまたま初めから基地内に居たものと認識するようで、妨害どころか、むしろ安全な奥へ逃げろと言う風に、手振りで挨拶をしながら道を空けてくれる。まさか王に重用される国認特殊技師と、この数日王が連れまわしている賓客が、革命団側だとは欠片も思ってもいないようだ。
カラクロームはひたすら基地の奥にある発着場を目指している。他の革命団もかなり建屋内へ侵入して来たらしく、どこに行っても警報機が鳴って、廊下のあらゆる方向から交戦の音が響いてくる。
そして直線廊下を駆け抜けていた時、正面から武装した軍人が早足でやって来た。これまですれ違った一般の軍人とは明らかに雰囲気が違う。ゴーグルをつけた髭面で、コートには複数の勲章が輝いている。一般軍人と同じ小型の光線銃を腰に帯びる他、背中に大型の銃器を担ぎ、手には携帯型の通信機を持って誰かとやり取りをしている。
「あれは……基地長!」
カラクロームは一瞬警戒と焦りの色を浮かべたが、逆に安堵したような顔を取り繕って、自ら基地長へ駆け寄った。
基地長の方もカラクロームに気づくと仰天し、慌てて走って来た。困惑し、カラクロームの後ろに追いすがっているコルトの顔も見て、取りも直さず来客二人の背中をかばうように回り込んだ。やはり、たまたま仕事で来ていた物と思われたようで、とにかくここは危険だから奥へ退避しろと、ぐいぐい背中を押す。
そんな基地長の腕をカラクロームが掴んで、丁重に引き離した。それからカラクロームは真摯なまなざしで、困惑する基地長を見あげた。
「基地長。国王を止めなければいけません。国王はサイロスを復活させ、外の政府の中枢へ向かっています。このままでは古の大戦が再び起こり、多くの命が不要に失われます」
毅然とした口ぶりに、基地長はうろたえている。カラクロームの態度にも、彼女が話す内容も。言っている事は理解できても俄かには信じがたい、そんな風に首を横に振る。そこへカラクロームは少し語気を強めて畳みかけた。
「それだけではありません。サイロスは莫大なアースエネルギーを消費します。このままでは、国内のあらゆる機関に悪影響が出ます。通信も医療も、地下都市の環境維持機能も停止するでしょう」
「まさか、そんな事が起これば苦しむのは国民だ。そんな事を国王がなさるはずがない」
「だが事実起こっている事だッ! 機械の使用に影響が出ている、基地でも通信が一時使えなかったはず。今も防衛機能がフル稼働できていない、そうでしょう!?」
基地長は反論できずに唸り声だけを漏らした。
カラクロームは声を荒げて詰め寄った。
「基地長! 今すぐ、空軍の全力をもって、サイロスを止めるよう命令を!」
「……できん。国王からの命令だ。空軍は待機、革命団から基地を守る事を優先せよと」
言いながら、基地長は少しずつ後ずさっていた。はからずともコートの勲章が揺れて存在を強く主張していた。
「カラクローム、それに客人の少年。ここはもはや革命団との戦場だ。危険だ、非戦闘員はすぐ退去し避難しなさい」
「ごめん、基地長。その命令は聞けない」
「そうか……君は、いや、君も――」
「違う。あたしが革命団の黒幕なんだよッ!」
予想を上回る真実を明かされ、基地長は愕然とした。しかしすぐに我を取り戻し、腰の光線銃を抜いて、安全ロックを外しトリガーに手をかけた。
だが最初の一瞬が勝負を分けた。カラクロームがジャケットの中側に隠し持っていた筒状の噴霧器を取り出し、ピンを抜いて、ガスを基地長の顔に向かって噴射した。
基地長は激しくむせ込み数歩後退し、直後、その場にぐにゃりと崩れ落ちた。うつ伏せになって気絶している。
嫌な煙が廊下にじわじわと拡散する。コルトはとっさに鼻と口を押えていて無事だった。カラクロームも反対の袖で顔を隠しつつ、空の噴射機を捨てて、基地長の手から光線銃を奪うと、廊下の奥へと走って行く。コルトも後に続いた。
ガスの影響が無い地点まで来てから、カラクロームは一旦立ち止まり、立ったまま足に手を置いて荒れた呼吸を沈めた。コルトも息と共に声を吐き出した。
「毒!?」
「催眠ガス。軍装の光線銃はトリガーを引いても発射が遅れる、だからああいうシンプルな護身道具には先を越されるの」
続けて、別に機械は万能じゃない、とカラクロームは小さくこぼした。それはどこか遠くへ向けられて、少なくともコルトに言い聞かせる物ではなかった。
「……うん。まあ、これであたしの正体もばれた。戦うしかなくなるよ。付いて来られる?」
「もう退けないよ」
「そうだね。覚悟して来たんだった」
カラクロームは基地長から奪った光線銃を検め、一度引き金を引く構えを取る。銃身は長くそれなりに重量があり、カラクロームは両手でグリップを握っていた。軍人ほどの格好はつかないが、それでも腰は引けずに様になっていた。
実際には撃たずに銃を下ろす。そしてカラクロームはコルトに向かって強く頷くと、光線銃を手にしたまま再びまっすぐな廊下を進み始めた。




