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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
最終章 砂漠の王国と黙示録の刻(とき)
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秘物の目覚め 4

 近衛の一人、一番若い彼が顔を青くして前に出た。


「お、おまちください陛下! 陛下は、外の政府へ侵略戦争を仕掛けるおつもりですか!?」

「侵略? 違う! 奪われたものを取り戻すだけだ。ラザトの栄光を、あるべき世界の形を」

「しかし……! 陛下、考え直してください! 何も戦争など起こさなくとも――」

「黙れ! 強きラザトに貴様のような弱腰は不要だ、去れ!」


 王から憤怒に溢れる眼を向けられて、若い近衛は怯んだ。慄き崩れそうになる体を隊長が支えた。


 一方でコルトは果敢に前に出た。怖くないと言ったら嘘になる、しかし王の本性がわかった、近衛の言う通りだ、王のやろうとしている事は独善的な殺戮行為だ。そんなものにラフィスを利用されてはたまらない。


 ラフィスを自分の体でかばうように一行の最前に出て、拳を握り国王と対峙する。もちろん左手には伝声機を握ったままだ、だからカラクロームも今の状況が知れているはず。知ったなら彼女は動く、革命団が王を止めるために動く。コルトがやろうとしていることは、そのための時間稼ぎだ。


「王様、あなたは間違っている。ラフィスが現れたのとラザトの伝承は関係がない! 外の世界に破壊神なんて居ないし、とても平和だ。今はまだ、カサージュが言った『その時』じゃない!」

「ならばなぜ君たちはこの時代へやって来た!?」

「偶然だ! ただの偶然だよ! だからラフィスは――えっ、ラフィス? ちょっとラフィス! 待って!」


 ラフィスがコルトの横をすり抜け、王の方へ、操縦席へと歩いていく。待って、と、後ろから彼女の手を捕まえようとしたコルトの手は、他ならぬラフィス自身によって跳ね除けられた。強い意志がこもった力で、コルトは二の手が出せなかった。


 そしてラフィスは一度、浅くコルトの方を振り向き、笑った。とても寂しそうで、それでいて何かが吹っ切れたように清々しく、しかしコルトと共に歩んできた彼女そのままの笑顔で。


 コルトには、ばいばい、と声が聞こえた。


 石と化したコルトの耳に、王の狂ったような高笑いが響いた。


「そう、やはり私は正しい! 私こそが歴史を変える王だ! さあ行こうラフィス、新しい世界を作るために! 神を殺しに!」


 ラフィス操縦席に着すと、頭上にあるヘルメットを手で引き寄せて頭に装着した。目の下までが隠れ、外から表情が一切わからなくなる。そして彼女は肘掛けに両腕を置いた。その途端、宙をさまよっていたコードたちが、ラフィスの手足に向かって伸びて来た。コードの先端からは糸のような針が飛び出して、ラフィスの肌に刺さる。金属の部分には刺さらず弾かれたが、すると針が自ら溶けてコードを張りつかせた。無数のコードに繋がれる、その間彼女は、あたかも操り人形であるかのように無抵抗で椅子に座っていた。


 そんなラフィスの左腕に刺さったコードを一本、王が不意に引っこ抜いた。赤く濡れた針をそのまま、己の右腕へ一息に刺した。王の固く閉じた口からは、くぐもった呻き声が漏れた。刺激があったのはラフィスも同様で、大きく身じろぎしながら王の方へ首を向けた。


 国王は玉の汗をにじまながら、ラフィスに対して引きつった笑い顔を見せた。


「なあに、君ひとりにやらせはしない……これは、ラザトの、私のものだからなあ」


 グフグフと笑う王の声が響くと共に、床の金属を繋いだ隙間から強烈な光が漏れ出て来る。ただの明かりではない、氾濫する魔力の輝きだ。王が纏っていたオーラも共鳴して強くなり、ラフィスの目の石も同様で、オレンジ色の光がヘルメットの下からこぼれだしていた。


 操縦席の前に魔法陣が浮かび上がった。くっきりとした像になる前に、王が奇声と共に印章の指輪を向けた。魔法陣は神殿を開いた時と同様、澄んだ鐘の音を響かせて吹き消えた。同時に、辺りの空気が変わる。この場に居る人間すべてに圧がのしかかり、正体の知れない殺気が肌を粟立たせ、生気を奪われるような寒気が激しく戦慄させる。あたかも古の怨霊が解き放たれたかのよう。


 コルトの震える指先から、小さな機械がこぼれ落ちた。それは金属がぶつかる甲高い音を立てて床を跳ねたが、誰も、コルト自身すらも認識していなかった。


 黙示の時が来る。タルティアの主が言っていた事。黙示録を知っているか、タルティアの次代に問うた事。問いかけたコルトも、当然知っている。


 黄昏を告げる道化が舞い踊り

 封じられた災厄が目を覚ます


 ことわりは狂い 因果律は崩壊し

 輪廻の条理が絶たれ全ての生命が滅びゆく


 その黙示録の時は既に始まっている、遥か遠き郷里の司祭が必死に説いていた。そして、ラフィスこそが世界に終焉をもたらす使者であるとも。丹念に言い聞かされたコルトは反発して、ラフィスの手を引き、これまでの何もかもを捨てて村を出た。そう、それが二人の物語の、正義の物語の始まりだった。


 しかし。


――ラフィス……まさか、まさか本当に、ラフィスは……。


 耳をつんざく不快な高音と共に、操縦席を中心に衝撃波が飛んだ。コルトも近衛たちもなすすべなく後ろへ吹き飛ばされた。


 人を遠ざけた王とラフィスの周りに、丸く光の壁が形成される。同時に壁の内側、操縦席一帯が床へ沈んで行く。


 一番早く立ち上がった近衛の一人が、痛む頭を押さえて前につつ、国王へと叫んだ。


「陛下! お待ちください!」

「お前たちは外へ出ろ。これがラザトの意志だ、誰にも邪魔はさせん。さあ、出て行け、死にたくないのなら!」

「陛下こそお戻りを! これはあまりにも独断が――」

「何を言うか! 私はラザトの王、お前たちの王である! 去らないなら……いや、お前たちで試せばよいか!」


 王が笑みと共にコードのついた右腕を振り上げて、遠く離れた近衛に向かって空を切るように振り下ろした。途端、床から宙に立ち昇る一筋の光の刃が走り抜ける。直線上にあった、王をいさめた近衛の右腕が肩近くから飛んだ。一瞬の無の後、血しぶきと絶叫が轟いた。傷口を押え倒れ暴れる近衛のもとに、仲間がすぐに駆けつけて応急手当を始める。


 近衛たちそれぞれの喧々とした声を、王の恍惚とした高笑いが覆った。一度で満足したらしく、王は笑いながら床ごと円盤の内部へ沈んで行った。


 そして、今度は円盤自体がゆっくりと浮かび上がり始めた。上に乗っている人々には床がせり上がってくるように感じられた。


「ああ、すばらしい! そうか、そうか! これが悲願か! そうだったか! ああ、そうだ、世界を変える意志だ! ああ! 英霊よ、世界を取り戻そう!」


 消えゆく王の笑い声に被せて、近衛の隊長が叫んだ。撤退だ、と。


「あれはもう、我々がお守りすべき主君ではない……!」


 隊長の号令に反論を述べる者は居なかった。負傷した者を二人が両脇から支え、近衛隊は走って逃げ始めた。天井でつぶされる前に、と。


 最後まで残っていたのはコルトたっだ。床に這いつくばったまま、呆然と、円盤に呑まれていくラフィスを見送っていた。とうに見えなくなってもなお続けていた。


 近衛の隊長がそれに気づき、足を止め、強く叱咤した。


「君、何をしている! 走れ、死ぬぞ!」

「う……うん……」


 コルトの心はここに無かった。ただ誰かに走れと命令されたから、それに従って体を動かすだけ。意志がこもらない足は、円盤の浮上に伴う振動に簡単にすくわれ、転ぶ。漆黒の床にべったりと倒れ伏せて、そのまま起き上がらない。


 見かねた隊長が一人で戻って来た。コルトの顔色をうかがいながら、肩をすくい上げる。


「大丈夫か、どこか怪我したか」

「ううん……」

「頭を打ったか? 頼む、死なないでくれよ」

「うん……」


 隊長はコルトを背中に担ぎあげ、退路についた。人一人分の重量がのしかかる足は明らかに遅かったが、天井に潰されるより先に広間の入り口へ逃げ出すことができた。


 コルトは背中に揺られたまま、神殿の長い階段をのぼっていた。意識はあった。だが、もう何もわからなかった。これまで信じて来たものが、足元からすべて崩壊してしまったのだから。


 未来は黙示録の通りなら、世界はこれから破滅する。ラフィスのせいで。そして、彼女を信じ続けて来た自分のせいで。何百何千何万の人が、知らない人も知っている人も、知っている町も知らない町も、すべてが焼き尽くされて死んでしまう。自分たち二人のせいで。


 どこを向いても真っ暗で、何も見えない。ただ、まだ――生きている。


 ひどい罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、コルトの心は辛うじて生きていた。生きて闇の中から地上へ帰る事ができたのだった。

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