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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
最終章 砂漠の王国と黙示録の刻(とき)
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秘物の目覚め 3

 神殿の中は始め真っ暗闇であった。しかし先頭を行く国王の歩みに伴って周囲の壁に地衣のごとき光が宿り、行く手は明確に浮かび上がる。狭い通路がしばらく続き、やがて下へくだる長い階段に出た。


 一行は隊列になっていた。国王が先頭だ、近衛が露払いに出ようとしたが制止されたのだ。近衛隊長が王の背中につき、すぐその後をラフィスが進む。そして横を警戒する二人の近衛が居て、コルトが続き、殿にも近衛が一人居る。誰もが緊張に包まれていて、誰もが言葉を発しなかった。


 自分たちの足音だけを響かせながら深く深く地下へ潜る。王都とどちらが深いだろうか、本当に終点があるのだろうか、このまま無限の闇に囚われてしまうのではないだろうか。そう不安が滲み始めた頃、再び床が平らになり、行く手に扉が現れた。王が近づくと、彼のオーラに呼応するように王家の紋章が扉に浮かび上がり、そして独りでに道を開けてくれた。


 扉を抜けた直後に王が立ち止まった。足元を見て、それから周りを見渡す。自然と隊列も止まった。ラフィス以外の皆が、似たような戸惑いを浮かべている。靴底で床を叩いた感触が変わった、狭い通路の圧迫感が無くなって開放的になった、どこからともなく唸るような重い音が響き始めた、そういった変化が何も知らない者たちを混乱させていた。


 コルトはそっとポケットに手を入れ、カラクロームの音声送信機を握った。


「王様、ここは一体――」

「そう急ぐな。もうすぐだよ、答え合わせはもうすぐだ」


 少し進み、ようやく光の集まる中心が見えて来た。そこには柱があった。だだっ広い黒の空間に、その柱だけが白金色で浮いて見える。高さは大人の胸の位置、抱きかかえるように腕を回せば手で手を掴めるくらいの太さの円柱である。


 柱が見えた瞬間、王様が走り出した。そして臆することなく柱に触れ、べたべたと撫でまわして調べる。傍目には何も起こらなかったが、王は興奮した息を吐きながら、手にしていたキューブを上に乗せた。


 するとキューブが変形を始めた。面が膨れ上がって球となり、さらにはキノコの傘が開くようにドーム状になっていく。また柱も呼応して激しく光を放ち、横に広がって形を変えていく。


 さらには地面が振動し始めた。同時に柱を中心として円を描くように床に裂け目ができ、光が立ち昇った。その裂け目から、柔らかいチューブやコードが触手のように何本も伸びて来た。


 国王以外は円の外側で足を止めていた。困惑が増している。近衛隊も主君の御前である事を忘れたように騒ぎ立てており、一番若い隊員は半狂乱で王に「これはなんだ」と詰問するほど我を失くしていた。


 ラフィスだけが冷静に様子を見つめていた。ただ、それは表面だけで、興奮をかみ殺したような荒い息が漏れていて、体の横で強く拳を握っていた。暗闇の中で光るオレンジ色の目も、いやにぎらついている。そんな彼女の様子をコルトは伺っていた。こちらも拳を握っている。その中に、カラクロームの通信機は隠れて動作している。


 近衛たちが口々に王へと問いかける。王は呆れたように吐息をついて、ラザト語で何かを話し始めた。が、コルトの顔を見て、やめだと言わんばかりに手を振った。そして近衛隊に言い聞かせる。


「ここは外の言葉で話そうじゃあないか。彼が一人だけ理解できないのはフェアじゃないし、不信の種だろう」


 王がコルトに対してウインクをした。近衛たちも多少戸惑いこそすれ、納得して騒ぎを一度おさめた。


 そうこうしている間に諸々の変形が完了していた。柱だったものは肘掛けつきの椅子となり、腰かけた者の頭上の位置にキューブのなれの果てであるヘルメットが、触手コードが数本接続した状態でつり下がっている。床から伸びたコードやパイプの一部は椅子の方にも接続されていたが、いくつかは先端から霧を零しながら宙をさまよっているままだった。


 王は玉座にも似た風情の椅子に片手をかけ、聴衆を見渡し朗々と語る。


「かつてのラザト国は攻めて来た破壊神を打ち倒すため、当時最高の技術を結集させて最終兵器をつくり上げた。円盤型飛空雷撃機『サイロス』。ラザトの者なら誰もが知って居よう伝説の兵器。今私が立っているここは、そのサイロスの操縦部だ」


 ラザト国民である近衛隊も、コルトもが言葉を失った。攻め寄せる怪物の群れ、そして彼らにとっての邪神・ルクノールを打ち破るための兵器が作られたとは、昨日カラクロームから聞いたばかりだ。通信機の向こうで彼女も唖然としている様子が、コルトの脳にはっきりと浮かんだ。敗戦と共に失われた物だと、コルトは話を聞いて勝手に理解していた。おそらくラザト国民もそうだったのだ。しかし実際は、王家の秘所に封印され、脈々と受け継がれていた。


 静まり返る中、ラフィスが小さく呟いた。


「オルファ、ナヤ、カサージュ……?」


 すると王が不審に目を細めてラフィスを見た。次いで、コルトを。


「コルト君、彼女は今なんと?」


 睨まれたわけではないが、コルトの背筋が緊張した。王様はまだコルトが過去の世界から来たと勘違いしている。だからラフィスと話せるものと思っている。――どうする? 今このタイミングで嘘がばれたら、とてもまずいことにならないだろうか、いや、なる。コルトが特別な人間だと思って居るからこそ、秘所の中に連れ込んだわけで。


 コルトは間延びした返事をしながら、ラフィスの発言と整合性がとれそうな事を急いで考えて述べた。


「カサージュという人が……すごい魔法使いなんですけれど、この兵器を封印していたのかと、感心しているんです。壊されたと思っていたから」

「ほう、なるほど、カサージュ……そのような名であったのだな、ラザトの牙を抜いた戦犯は」


 王がどす黒い怨念を立ち昇らせながら、手指に力を込めた。ひどく尖った目はこの場に居る誰を見ていたわけではないが、気迫だけで十分恐ろしく、コルトは冷や汗をかきながらたじろいだ。


 すると王はハッと我に返ったように表情を和らげ、いつもの気さくさを取り繕って笑い声混じりに話を続ける。だが、目は笑っていなかった。


「ああすまない。君の言う通り、王家の秘所に施された封印は、我らラザトに味方をしていた異邦の魔法使いの一団が行ったものである、そう王家に伝承されて来た。名前までは伝わらなかったがね」


 魔法使いの一団、それがタルティアの事だ、だから神殿の作りも仕掛けも見覚えがあるわけだ、とコルトは理解した。だが、わからないのは、なぜ彼らが「戦犯」なのか。タルティアは古の大戦の時にラザトに味方していた、事実王家の伝承でもそう伝わっている、それなのに。


 コルト疑問に対する答えは、わざわざ尋ねなくても王が勝手に喋り始めた。操縦席のまわりを苛立たし気に足音を鳴らして周りながら。


「敗北したラザトが地下で再興を遂げる際にも、この魔法使いたちの多大な力添えがあったそうだ。そして、その魔法使いたちの長――これが君の言うカサージュという者だと踏んでいるが、その者は、ラザト王家に約束をさせた」

「約束?」

「未来永劫、ラザトの機械技術を砂漠の外へ出さないこと。技術として広めることはもちろん、破壊神への復讐の戦争を仕掛けてもならない。大戦に用いられた旧国の遺産はすべて放棄し、忘れられたものとせよ」


 王様は天を仰いで吼えた。


「これだ! これが今のラザトを腑抜けにした元凶! 恐ろしい呪いだ! 腐れ魔法使いめ!」


 悔し気に椅子の背もたれに拳を下ろす。


「確かに、その時はそうしなければならなかったのだろう。破壊神の目から隠れ、ラザトを存続させるために。理解はできる。だが、子々孫々まで永久の眠りを強いるのは別の話だ」


 獣のごとく目をぎらつかせる王の剣幕に、皆、言葉を失っていた。ゆえに王の独り舞台は続く。


「王位を継ぐ者として教育を受ける中、私は常々思っていたよ。なぜ我が国はこれだけの技術を持ちながら、砂漠の小国として収まっていなければならないのか、と。この世界には、巨大な怪物も居なければ、伝承されるような魔法使いすらも居ないのだ。もちろん破壊神などもっての外。神の代わりに人間を治めている統一政府とやらは、見かけが巨大なだけで実体はポンコツ、結局はそれぞれの都市で好き勝手やっている烏合の衆。ラザトの方が、よほど一つの王国として世界の頂点に立つにふさわしい!」


 これを見ろ、と王は印章の指輪を見せつけた。


「これはサイロスを起動するための鍵だ。もしも同じ歴史が繰り返された時、破壊神に対抗しうる唯一の手段として、サイロスだけは残された。王家の秘所とこの鍵と共に、伝説は代々の国王に受け継がれて来たのだ。……ただし、この鍵だけではサイロスは動かせない。まったく、カサージュとはとんだ性格だ。ラザト王家の事など端から信用していない」


 嘲りの表情と共に、王はやれやれと首を振った。


「サイロスの封印を解いてよいのは、世界が再び破滅に面した時だけだ。その時にはサイロスを動かせる者が国外より現れる、時の王は鍵で封印を解きその者に道を示せ。王家にはそう伝承されて来た。……さて、もうわかっただろう」


 国王は顔を歪め、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。秘所から与えられる魔力が立ち昇り、王の影を妖し気に揺らめかせる。その様は見る者を戦慄させていた。


「ああそうだ、ラフィス、そう、ラフィスだよ! 彼女はあの古の大戦を知る者、それが私の前に現れた! すなわち今がその時なのだ、私こそが時代に選ばれたのだ! 今こそサイロスを蘇らせ、ラザトの栄光を取り戻す時なのだ!」


 さあ、と、王は座の横で指輪をはめた手をラフィスへ向かってさしだした。


「さあラフィス、こっちだ、始めてくれ! 私と共にかの破壊神への復讐を果たそう! さあ!」


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