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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
最終章 砂漠の王国と黙示録の刻(とき)
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秘物の目覚め 1

 夕暮れの近づく砂漠は澄んでいた。地平線に低く輝く太陽の下まで、生けるものの無い黄金色の砂の世界がどこまでも遠く続いている。その風景を目の当たりにすると感傷的になる。普段は地下に暮らす者たちはもちろん、外より来たコルトも同じだった。


 今立っているこの一面の砂漠に、かつては超文明の国があったのだ。今立っているまさにこの地で神々の伝説の戦いがあり、そしてすべてが消滅し、砂の下へと葬られたのだ。あの時代に生きた知人たちが守りたかった物は消えてしまった、このどこまでも続く不毛な砂に。


――けれど、なにもかもが無くなってしまったわけじゃない。屈しないって決めたから、残った物もあるんだ。


 ざわざわとさざめくラザト人の声を周りから受けながら、コルトは眼前にある古びた遺構を見やり、そして凪いだ気持ちで足を進めた。


 ラザトの王都から北に位置する地上に、二重の外壁に守られて石造の神殿が佇んでいる。ここが王家の秘所である。普段は外壁の門が固く閉ざされているが、今日は儀式のために開かれて、王に招待を受けた客が壁の中へと進んで行く。外壁の内側は不思議な力が働いていて、砂漠の真っ只中だというのに熱も乾きも感じない。床石の隙間には草もちらほらと生えている。


 コルトは王国の高官たちに混じって内壁の中にたどり着き、神殿の本体を間近に見た。その瞬間、コルトは思わず足を止め目を見張った。ざわざわと神経が騒ぐ。


 非常な既視感があった。この神殿は、そうだ、カサージュの神殿によく似ている。大きさも、造りも、年月が醸す雰囲気も。入口を封する禍々しい紋様が彫られた把手の無い扉なんてそっくりだ。違うのは、周りに蔦が這っていない事と、異空間にあるかどうかくらいだ。


 単純に同じ時代の建物であるというだけかもしれない。旧ラザト国では、これが極あたり前の建造物だったのかも。しかし、不思議とそうじゃないと感じる。


――全部が繋がっていた、って、そういう事。


 見えない手に導かれたまま、ここに居るのだと。


 ぼんやりとしていたコルトの所に、国王の近衛隊の一人が走って来た。


「お待ちしておりました。王の命令です、あなたはこちらへ」


 そうして神殿の方へ連れて行かれる。他の招待客は、内壁をくぐり抜けた所で留め置かれている。その間には子供の運動場に使えるくらいのスペースがあって、今は国王自らの号令で儀式の準備が急速に進められている。かがり火を灯したり、床石の砂を掃いたり。脇には楽隊や踊り子などが居て、喧々と最後の打ち合わせをしている。


 また、神殿を背中に立派な祭壇が設えられ、頂上には王家の紋章を象った像が据えてあり、それに供物が捧げられている。コルトが待機を命じられたのは、その祭壇の脇であった。


「準備が終わり次第、陛下がこちらへ参ります。それまでお待ちください」


 それだけ言って近衛は他の招待客の整列へ走って行った。


 人が離れた瞬間、コルトは祭壇の方へ向きなおった。いや、違う。正確には祭壇越しに反対側に居る人の方へ。


「おーい、ラフィス! おーい、ねえ!」


 そこにラフィスが居るのは最初から気づいていた。黒いドレスを着て椅子に座らせられている。隣には近衛隊長がついている。内壁をくぐった時から見えていた。


 しかし、向こうは気づいてくれなかった。うつむき気味にじっと地面の一点を見つめて、周りの事など目に入らないようだった。こんなに周りが騒がしくて、こんなにコルトが近くに来ても。


 そして、こうして声をかけてもまったく無反応だった。向こうへ音が届いていないわけじゃない、近衛隊長の方がコルトの呼びかけに反応してちらりと振り向いて、特に咎める事なく見張りに戻った。すぐ横に居るラフィスに聞こえないはずがないのだが。


――やっぱりおかしい。まるで、カラクリになっちゃったみたいだ。


 どしりとコルトの胸奥に重い石が落ちた。浮かせていた手が自然に地面へ落ち、ついでに目線も下がる。どうしてこんなことに、誰のせいでこんなことに、声なく問いかけても当然返事は無い。


 コルトは諦めて招待客の方へ体の向きを戻した。そして、ぼんやりと前を向く。


――ああ、カラクロームさんだ……。


 華美な格好をした王家の縁者や、国の高位の将官が居並ぶ後方に、しかし儀式の全貌が見渡せる位置取りで彼女は居た。あたかも仕事ついでに来たような気さくなエンジニアジャケットを羽織り、何事も無いように普通にしている。コルトと目が合うと軽く会釈をする。


 ただでさえ石がつかえていたコルトの胸に、さらに錘が落ちて来た。なんとなくズボンのポケットを上から探る。例のカラクロームから渡された通信機はここにある。今まで一度も使っていないが、それは単に目ぼしい情報がなかったからだ。王と直接話をするタイミングはなかったし、あったとしても直球に悪いことを企んでいるのかなんて聞くわけにいかないし。それは城の他の人でも同じだ。


 重い頭を垂れかける。そんなコルトの前に、ぬっと人の影が差した。王様だった。こちらも変わらぬ快活で爽やかな笑みを浮かべているが、今日は高揚と緊張が一割増しだ、目がいやに熱っぽく息も荒い。


「やあ少年、浮かない顔をしているな。今日は歴史に残る記念の日だよ、撮影もするんだ、もっと締まった顔をしなさい」

「王様、僕は――」

「もう間もなくだ。位置につこう。さあ、おいで」


 王はコルトの肩に手を回し、祭壇の前まで進み出た。もう一度コルトの背中を叩いてから、招待客の方を見渡す。


 その間にラフィスも国王の隣にやって来た。コルトと王を挟んで対称の位置に立つ。体の前で手を重ね、静かに前を見つめている。彼女の周りだけ音も色も無い世界になったような、そんな面持ちだった。


 国王が片手を掲げて注目を集めた。瞬間、あたりが静まり返る。


 王はまず、招待客に向かって話し始めた。堂々と背筋を伸ばし、凛とした顔つきで、朗々と声を張り上げる。言葉はラザト国の物で、コルトには内容がさっぱりわからなかったが、聞く者の姿勢を正させる雰囲気からなんらかの宣誓のように感じられた。


 国王が一通り話し終えると、将官を中心とした招待客たちから盛大な拍手と歓声があがった。それに王は満足気な笑顔で答え、それから踵を返し、神殿と祭壇の方へ向きなおる。王に合わせてラフィスも向きを変えた。コルトも慌てて続いた。


 王は祭壇へ向かって声を上げた。先ほど招待客にしたのと内容こそ違うが調子は同じ宣誓、あるいは祝詞か。粛々と語り上げ、短く締めた。今度も招待客から拍手と歓声があがった。


 そして、雷鳴のような太鼓の音が轟いた。


 コルトは跳びあがりそうな程に驚いて、音の方へ振り向いた。音の発生源は脇に居た楽隊だった。十数人で、多種の管楽器や打楽器からなる音楽隊だ。大きな太鼓の音はリズムよく打ち鳴らされ、徐々に他の楽器も合流し、すぐに耳に心地よいメロディへと昇華する。勇ましく目が覚めるような響きだ。


 楽隊が音楽を奏で始めると、彼らの後ろから三人の踊り子が祭壇前の広場に舞い現れた。布の面積が少ない裸のような、しかし洗練された上品さを感じさせる装いだ。手首と足首に長い布を垂らし、体の動きで布をはためかせる。音に合わせて回り、跳び、激しく体を揺らめかせ、生命の躍動を感じさせる舞いだ。


 しばしの踊り子の時間が過ぎた後、一度音楽が静まった。しかしすぐに別の曲が始まった。今度は一転、いやに静かな曲調だった。


 すると人々が歌い始めた。国王も招待客も同じように神殿を見据えて歌っている。踊り子たちも今は膝をつき、楽隊の中で口が空いている者も、皆が歌っていた。歌っていないのは、ラフィスとコルトだけ。


 コルトは変な汗をかきながら、きょろきょろとあたりを見渡していた。――もう儀式は始まっている、だったら何かしなければいけないんじゃ?


 そんなコルトの肩に王様の手が添えられた。そのまま王が軽くしゃがんで、コルトに耳打ちをする。


「我が国の鎮魂の歌だよ。先祖に捧げるためさ。古の王族、そして古の戦渦で命を散らした者たちに。君は聞いているだけでいい、あちらを向いて」


 コルトは小さく頷き、祭壇へ向かった。王家の紋章を象った像をじっと見る。


 例え自分の立場がなんであれ、死者を悼む気持ちは一様だ。古の王族に、古に命を散らした者たちに祈りを。彼らの勇敢さを讃え、栄えある未来を約束し、安らかな眠りを与える、その気持ちをラザトの民と等しくして、コルトは静かに祈っていた。


 その最中、コルトは横目でラフィスをうかがった。彼女もまた静かに、遠い目で神殿を見ていた。まるですべてを理解しているかのような、そんな眼差しだった。


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