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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
最終章 砂漠の王国と黙示録の刻(とき)
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背反の事情 3

 先程と同じように、パネルに手紙を表示させたまま奥の機械へ向かう。コルトに背を向け静かにボタンを叩きながら、声を張り上げる。


「さっきの話の通り、あたしは古代の機械技術を知る者として、今の国王を看過することができない。禁忌を犯すつもりなら、あたしが止めなければいけないと思っている」


 バン、と最後に一度強くボタンを押してから、カラクロームは静かにコルトへ向き直った。


「だから君に協力してほしい。国王が彼女を『救世主』呼ばわりして何を企んでいるのか、目的をつきとめて欲しいんだ」

「それはカラクロームさんも知らないの?」

「うん。さすがに教えてはくれなかった。その時が来たらのお楽しみだって。だけど、心あたりはある」

「あっ……もしかして、明日の儀式が」

「そうだ。王家の秘所、そこに何か重要な物がある」


 カラクロームは入口のパネルを指し示す。表示されたままの手紙を、国王からの招待状だ、と重苦しく教えた。


「明日の儀式を見に来い、『その時』がすぐそこまで来ている、だってさ。まったく、慌て者で困ったね」


 カラクロームは吐き捨てるように言って、腕を組んだ。険しい視線に貫かれ、コルトも緊張し生唾を飲みこんだ。


「王家の秘所って言うのは、その名の通り、王家の人間しか中へ入ることができない聖域で、中に何があるのか一切が伏せられている。国王の許しがない者は、入口を外から眺めることしかできない。明日の儀式でもそれは同じみたいで、あたし『は』中までは入れてもらえないみたい」


 コルトははっとした。王は儀式にラフィスを連れて行くと言っていた。そして一緒に来ないかと誘われた。見学に招待されたのとは少しニュアンスが違う、王自らが近くに付いて来いと許しをくれた。


 コルトの理解を察し、カラクロームが強く頷いた。


「時間の猶予は少ないけれど、国王が秘所の中で何をするつもりなのか、同行する君なら大事になる前に知ることができるかもしれない。あたしは、そのわずかな時間に賭けたい」

「待ってよ、知ったからってどうするの? もし危険な事をしようとしているってわかったら、僕に止めさせるつもり? どうやって?」

「いいや、君にはそこまで求めないよ。正体がわかれば短時間でもできることはある。もしかしたら、心配するだけ無駄だったって笑って終わりかもしれない。でも、知らないままでは何も手が打てないから、君に協力してほしいんだ」

「手を打つって……一体……」


 コルトはカラクロームに気圧されていた。静かにたたずむ彼女の胸の奥に、ぎらつく炎が燃えているのが目に見えるようだった。真剣過ぎていっそ怖い。


 コルトが及び腰なのを見て取って、カラクロームは少し視線を落とした。短く考えて、またすぐに顔をあげてコルトを真摯に見つめる。


「国王の野心を放置できない、今のラザトの体制をどうにかしなければいけない、そう思って居た国民は少なくなくて、秘密結社ができた。通称『革命団』、君もさっき見たでしょ?」

「うん」

「その革命団の中核……首謀者って言ってもいいかな。それが、あたしだ」


 コルトは絶句した。カラクロームが嘘や揺さぶりをかけてきたのではないのは目を見ればわかる、ずっと変わらない真剣さだ。


 そして至って静かに話を続ける。


「みんなには内緒だよ。絶対に誰にも言わないで、それが革命団と名乗る相手でも。首謀者が誰か知らないで活動している人の方が多いくらいだから」

「ど、どうしてそんな大事な秘密を僕に……」

「信用してもらうため。君にしか頼れないことだし、危ないことを頼むんだから、こっちもリスクを負わないと不公平でしょ」


 コルトの答えを待たずにカラクロームは動く。小型の機械が色々と置かれている棚についた引き出しをあけて、小さな丸い機械を取り出した。それをテーブルの上、コルトの目の前に置いた。ちょうど手のひらで包み込める大きさの、ドーム状の形の黒い塊だ。頂点に丸いボタンがあり、平らな面には小さな穴が無数に空いている。


「小型の音声送信機だ。王国とは違う独自の伝達経路を使っているから、盗聴される心配はないよ。後ろのボタンを押している間だけ近くの音を拾って、あたしのこれに届ける」


 これ、と指さしたのは右耳のピアスだ。銀色で丸い、何の変哲もないアクセサリーに見える。どうやって音が出るのか皆目見当がつかない。もしかしたら言わないだけで、例の生機械の技術を使っているんじゃないか、そうコルトは邪推した。わざわざ探ることはしないが。


「試しにやってみなよ。囁くくらいで聞こえるからね」


 カラクロームは遠くに離れて行く。一番奥の角で壁に張り付くように背中を向けて立ち、さらに両耳を手でふさいだ。


 コルトも丸椅子の上でカラクロームに背中を向けた。そして言われた通り、手のひらに機械を包み込んで持ち、ボタンを押しながら機械へ向かって囁いた。


「カラクロームさん、一つ聞いてもいいですか」


 普通に会話するよりも少しだけ遅れて「なに?」とカラクロームの生の声が背中側から返って来た。コルトの持つ機械は無音だ、声を受け取ることはできないらしい。


「革命団は王様を……その、王様を殺してしまおうとしているんですか」

「そうしないとラザトが滅びるようなら、やるよ」

「でも王様はカラクロームさんのことを信頼しているし、たぶん好きなんだと思います。それでも――」

「幼馴染だから。だからなおさら、かな。見ていられないというか……」


 そこでカラクロームは変に咳払いをした。コルトが見ると、彼女のも少しむっとした顔で振り向くところだった。


「もう使い方はわかったからいいね。国王の狙いが何かわかったら、それで連絡をちょうだい。夜中でもいいから。本当は武器も貸したいけれど、間違いなく王宮のゲートで没収されるからダメだ」


 カラクロームは妙に早口であった。コルトが何か言いたげに見ていても、何も言わせなかった。最後には男前な笑顔を見せる。


「あたしは君を信じる。頼んだよ」


 コルトにはその笑顔が、どこか痛々しく見えた。



 工房の外に出ると太陽石が夕日色になっていた。王宮のゲートを抜けるため、カラクロームに帰路も同行してもらった。道を掃除して走るカラクリや、人が乗る車を横目に、どちらも喋らないまま歩いた。革命団の攻撃で荒れた庭も、カラクロームは何の感情も見せないで通り抜けた。


「それじゃ」


 出た時と交代していたゲートの警備兵に事情を話し、コルトを王宮内に送り届けると、カラクロームは堂々と胸を張って去っていった。


 コルトは真っ直ぐにあてがわれた客室へ戻った。上着のポケットにしまった通信機が、異様に重く感じられた。


――最後まで、聞けなかったな。本当に聞かなきゃいけなかった事。


 革命団はラフィスをどうするつもりだ、と。カラクロームが話すタイミングをくれなかったのもあるが、それ以上に、答えを聞くのが怖くてたまらなかった。


 コルトは俯いてベッドの縁に腰を落とした。痛すぎるくらい静かな空間だった。


 要するに、王とカラクローム、どちらを信頼するかという話である。革命団の暴力的なやり方はいかがかと思う。しかし王様だって怪しい、何かを企んでいる。カラクロームの言い分が無くても、経験的に信じ切ることは難しい。


 しかしラフィスだ。ラフィスはどちらについているか、それは国王の方だ。ラフィスを信じるならば王の側につくべきである。ところが、そのラフィスの様子もどこかおかしい。カラクロームが何かしたわけじゃない、だったら王様が何かしたのだろうか? 証拠はないが。


 国王を信じるのなら何をすればいいか非常に簡単だ、カラクロームの事を国王に密告すればいい。革命団の妨害がなければ、ラザトのすべては王の思う通りに進むだろう。だがそれは、カラクロームからの信頼を裏切る行為である。コルト個人を見てくれているのは、王ではなく彼女の方なのに。


――いや。やっぱり、ラフィスだ! ラフィスの事が最優先だ。どっちにしたって人質に取られているようなものじゃないか!


 コルトは荒い息と共に両手でベッドのマットを打った。王の味方、革命団の味方、いいや違うラフィスの味方だ、最初から今までずっとそうでしかない。これからもずっとそうだ、そう決めたのだ。


 もしもカラクロームが言うように王様が世界にとって危険な事をしようとしているなら、ラフィスを悪事へ利用される前に助け出す。もしも革命団がラフィスもろとも王様を倒してしまおうとするなら、その攻撃から守る必要がある。背反するどちらが正しいのかはわからないが、狭間に立つ自分の足元ははっきり見えた。


「知っていれば手が打てる……大丈夫だ、何が起こってもラフィスが目の前に居れば、なんとかなるよ。ずっと二人で危険を乗り越えて来たんだから大丈夫」


 コルトは顔を上げた。時計が宵の入りを告げている。地底に居ては夜に星も見えやしない、このまま明日の夕刻を静かに待つことにしよう。

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