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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
最終章 砂漠の王国と黙示録の刻(とき)
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背反の事情 1

 カラクロームの工房兼住居は王城から一直線の、散歩気分で行けるような近場にある。城門前の大通りに面した一等地に、四角い二階建ての大きな工房。ラザトの住宅事情を知らない身でも、これは彼女の地位が成せる業だと感じ圧倒された。


「カラクロームさんは、ここに一人で住んでいるの?」

「半分以上が倉庫だよ。工作機械も色々必要だし、見た目ほど広くないから」

「って言うか、その、あのコウモリ、なに!?」

「セキュリティだよ。下手なことしないでね」


 さらっと言って、カラクロームは入口へ進んで行く。ドアを隠すように、巨大なコウモリの形をしたカラクリがぶら下がっている。真っ赤な目を光らせて、牙の並んだ口を大きく開けている。カラクロームがその口に手を突っ込むと、しゅうと蒸気が抜けるような音がした後、コウモリがバネで上に跳びあがった。同時に、入口のドアが自動で開いた。


 カラクロームに促されて、コルトもそろそろと工房に入った。コウモリの真下を通過する時は、なんとなく背中を丸めながら、しかし上目遣いで相手をうかがいながら。コウモリは目の光を消して壁に張り付き、眠っているようだった。


 工房の中は、鍛冶職人の仕事場をカラクリ化したような趣であった。色々な工具や小型の計器が納められた棚が並び、シュウシュウと蒸気を吐き続けている機械があり、部屋の中央には真四角の作業机があり何かの設計図が置いてある。他にも他にも、壁沿いはあらゆる機械で埋め尽くされていた。角にはリフトがあり、階段の代わりにこれで上の階へ行けるようだ。奥と右側は別の部屋に続いているようだが、ドアについた窓からの光景を見るに、そちらも大型機械が居並ぶ作業場だ。


「適当に座ってよ」


 カラクロームの背中を向けたままの指示に従って、作業机の下に収まっていた背もたれの無い椅子を引き出し座る。なんとなく居心地が悪くて、足を宙に浮かせて小さくなっていた。


 カラクロームは奥のシンク下にある青い光が漏れる箱型機械の扉を開けて、中から細い瓶を二本取り出して栓を抜くと、それを持ってコルトのところへやって来た。飲んで、との一言と共に瓶を一本コルトの前に奥。中身はどす黒い液体でわずかに発泡している。


「王宮の食事には出なかった?」


 そう肩をすくめると、カラクロームはコルトの対面に同じく椅子を引っ張り出して腰を降ろした。


 コルトはしかめ面で瓶を見た。毒が、とかの心配ではなく、単純に得体が知れない飲み物だから。しかしカラクロームをちらりと見れば、彼女は瓶に口をつけて顔色変えずに喉を鳴らしている。


 ぎくしゃくとした動きでコルトも瓶を口につけた。薬草を色々混ぜてどぎつい甘さをつけたような味がして、ますます顔が強張った。喉を通過する時にはしゅわしゅわとした刺激が鼻の奥を貫き、眉間の皺が深くなった。


 一口飲んで、コルトはおずおずと瓶を机に戻した。


「すいません、口に合わないです……」

「そう」


 カラクロームは大して気にする様子もなく、自分は黒い飲み物を続けて煽り、瓶を半分ほど空けた。コルトはますます居心地が悪くなって、背中を丸めて下を向いた。


 やがて、ことりと音がした。コルトが顔を上げると、腕を組んだカラクロームと目が合った。


「まず確認させて」

「なんでしょうか……」

「君は、彼女とは違って、この時代の人間である。そうでしょ?」


 疑り深い目線がじっとコルトを貫く。遺跡の時の話だ。カラクロームは国王と違って、あの時すでにコルトの話を信じていなかった。だから嘘をつく意味はない。コルトは目を逸らしながらも、大きく頷いて見せた。


 カラクロームは、ふう、とどこか安堵したような息を漏らした。


「やっぱりね。機械を見ての反応がまるで素人、時代の違いだけじゃ説明できない。言葉だってそう」

「だけど王様は疑問が無いみたいです」

「国王は自分の都合がいい風にしか見ないだけ。って言うか、たぶん君には興味がないんだと思う」

「あう……」


 自分でも薄々思っていた。ラフィスとそのおまけ、お姫様とその小間使い、そんな扱いだ。それで不当な虐待を受けているわけでもないし、特別困ったことも無いのだが、他人からはっきり指摘されると、ひどく寂しく感じられた。


「それでも、王様にはまだ内緒にしておいてください。きっと面倒な事になるから」

「同意。言うつもりないよ。でも、それなら――」

 

 カラクロームはテーブルに肘をつき、前のめりに尋ねる。


「君はどうやってラザトに入って来たの? あの監視をどうやって抜けて国境を越えた? 砂漠の真っただ中で航空警備隊が拾ったって聞いたけど、何をどうしたらそうなるわけ?」


 早口で矢継ぎ早に繰り出された詰問に、コルトは壁に追い詰められた気分になっていた。嘘は通用しない、逃げ場はないのだ。


「ええと、信じてもらえるかわからないんですけど――」


 コルトはこれまでの事をかいつまんで正直に話した。自分もラフィスと出会ったのは偶発的だった事と、悪だくみでラザトにやって来たわけじゃなく、単に平和に暮らせる場所を探していただけという事を強調した。ただタルティアの館の件は意図的に隠した。彼らの存在はあまりにも夢想的過ぎて、ただでさえ怪しい話の信憑性が地に落ちると思ったから。街道の終わりのトルルの町でラフィスが出会った時同様に異空間へ消えて、慌てて追っかけて来たら自分も砂漠の真ん中に落っこちた、そういう説明にした。嘘は言っていない。


 カラクロームはコルトの話を真顔で聞いていた。楽しむでもなく、嫌うでもなく。コルトが話し終わると、一言「わかった」と発した。そしておもむろに瓶の飲み物を飲み干した。


 結局、コルトの方が取り乱していた。だって反応が静か過ぎる。


「今の話、信じてくれるんですか!?」

「嘘ついたってこと?」

「いいえ! でも、だって、怪しいでしょう、異空間がどうこうなんて」

「信じるよ。君の話す通りなら、うん、国王の妄言よりも筋が通っているから」

「妄言って……」

「彼女が現れたことについて。遺跡の発掘品を修復したらそれが時空を超えて人を召喚する道具で、技師たちが試行錯誤の末に遺跡の時代から人を呼び出すことに成功した。神に匹敵する奇跡の装置を手にしたラザトに敵は無い……って、あのバカは本気で言っていたよ」


 カラクロームは頬杖をついて、心底呆れかえった風にため息をこぼした。コルトには、ただ力なく苦笑いするしか返事ができなかった。


 要するに、色々な偶然がぴたりと重なったのだ。ラザト国の技師たちが、古戦場の遺跡に復元装置を持ち込み調査をしていた。そのタイミングでタルティアの民が遺跡を大窓ごしに覗きこんだ。さらにラフィスがたまたまその場面で大窓の前を通りかかった。ラフィスには装置がなんなのか、あるいは遺跡がどうした場所なのか理解できたのだろう。古と現在を繋ぐ縁、それに誘われて一人ラザトへと飛び出した。


 別れた後のラフィスの行動について空白が半分埋まった。カラクロームは否定しているが、そんな経緯だったなら国王がラフィスを奇跡の存在だと捉えてもしかたがない、とコルトは思った。自分も似たようなものだったのだから。


 そこで不意に玄関の方から鳥の声のような電子音が響いた。カラクロームが「ちょっと」と言って立ち、小走りで音の所へ行く。発信源はドアの横にあるパネルだ、緑色のランプが明滅している。カラクロームがパネルの下部にあるボタンを押すとランプが消え、入れ替わりにパネル上に文字列が表示された。


――手紙、かなあ。


 コルトにはラザト国の文字はわからないが、書式でそんな風に思った。


 カラクロームはしかめ面でパネルを黙読してから、短く息を吐いてもう一度ボタンを押した。ぷつっと表示が消えてパネルは真っ暗になった。それから踵を返して、歩きながら話を再開する。ただすぐにテーブルに戻って来るのではなく、コルトから見て左側の壁にある資料棚へと向かった。


「あたしの家系はね、代々考古学に関わっていてさ。両親は別の町で今でも遺跡発掘をやっているんだ。遺跡は国の財産だから、それで昔から王家とも繋がっているし、途絶えた機械技術の事とか、歴史とか、普通のラザトの人が知らないことも色々と知っている」

「それでカラクロームさんは、ラフィスの事を変に思わないの? 王様の事は信じないのに」

「そういう事。彼女は失われた生機械の技術を背負っている、あたしもこの目で見た、紛れもない事実だ。遺跡の壁画に描かれていた大戦がかつてあったのも事実、そこは認めざるを得ない」


 カラクロームは棚の分厚いファイルから、折りたたんだ大判の紙を引き出し、コルトの居るテーブルへ戻って来た。そして年季の入った紙をテーブルに広げてから着席した。


 その紙は古戦場の遺跡の壁画の写しであった。ただ細かい所は描いていない、人物その他の輪郭が抜き出してあるだけだ。絵を簡略にする代わり、小さな文字で色々と書き込みがしてある。文字のタッチも一種類ではなく、何年もかけて、下手すれば何代にも渡って情報が積み重ねられて来た事を物語っていた。


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