表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
最終章 砂漠の王国と黙示録の刻(とき)
124/148

革命の一手 1

 帰路の飛空船では、国王は言葉と裏腹にコルトの事は一切構わなかった。カラクロームを含めた技師たちと真面目くさった顔で話し込んでいて、コルトから立ち入る余地もなかった。拍子抜けと言えばそうだが、ぼろを出さずに済むという意味ではちょうどよかった。


 飛空船を降り、相変わらず近衛部隊に警護されながら来た時の逆をたどって城まで戻って来た。エレベーターホールにて国の技師たちが王に敬礼した後、解散して去って行った。カラクロームも黙って去ろうとしていたが、彼女だけは王が呼び止めて残らせた。王が目を輝かせている一方で、カラクロームは眉間に深い谷間をつくっている。


 ひどい温度差はそのままに王はカラクロームとしばらく話し、それからコルトの方を向いた。


「では、君と友人との感動の再会と行こう」


 コルトの心が一気に躍った。やっと、やっとラフィスと会える。喜びを噛みしめながら大きく頷いた。


 王も上機嫌に笑った。そして近衛たちにねぎらいの声をかけた後、マントを翻しつつ、付いておいでとコルトを手で誘う。コルトは勇み足でそれに従った。さらに後ろからカラクロームがゆっくりとついて来て、三人で城の奥へ向かうことになった。



 王に案内されたのは、城内の工房エリアの中で何重にもロックをくぐりぬけた先だった。王様は古代機械の研究施設だとかなんとか説明したものの、コルトにはさっぱり理解が追いつかなかった。ただわからなくとも、国の重大機密を扱っているような大それた場所であることは雰囲気で感じられ、それが緊張を生んでいた。そして少し不安でもあった。こんな奥まった所に隔離されて、ラフィスは本当に無事でいるのか、と。


「さて、ここだよ。少し待ってくれ」


 似たようなドアが並ぶ中の一つを王様が示した。ドアには取っ手も鍵穴もなく、覗き窓がついている高さに赤いランプが灯っている。そのドアを王様が拳で叩き、中へ向かって朗らかに声をかけた。


 するとややしてからランプが白色に切り替わり、続けて音もなくドアが横にスライドして通れるようになった。室内の鼻先に技師が立っていて、王様に敬礼をした。


 室内は工房を急ごしらえの居室に仕立てたような趣で、カラクリ装置が並ぶ隙間に無理矢理ベッドやテーブル、パーティションなどを押し込めてあり、狭くごちゃごちゃとしている。カラクリも常に光をたたえている物や、一定のリズムでピーピーと鳴り続けている物なんかもあり、ここのベッドに寝転がった所でくつろげやしないだろう。


 ラフィスはパーティションの向こうに居た。二人の女性技師に挟まれて、廊下まで連れ出されて来た。別に怪我をしているわけではなく、自分の足で歩いている。王の計らいだろうか、元々着ていたワンピースではなく、上質な生地の黒いドレスを着ていた。お腹のあたりで重ねられた金色の腕が眩しく映えている。


 コルトは呆然としてしまった。自分の知っているラフィスと違う、一目にそう感じたのだ。原因はあの錆色の翼が無かったから。翼が折りたたまれて背中に沿うように収まっている。これまでは横に上に広がりっぱなしだったからよく目立ったが、今は真正面からだとほとんど見えない。それに錆が取れて、地の鋼色が艶やかに光を反射している。


「ッ……ラフィス!」


 思わぬ変化に当惑しながらも、コルトはいつも通りにラフィスの名を呼んで自分の存在を知らせた。王様の事も押しのけて、ラフィスの前に立つ。


 ラフィスと目が合うと、彼女は気恥ずかしそうに、なおかつ気まずそうに小さく俯いた。まるで酸っぱいものを食べたような顔をして、きゅっとドレスを握っている。


 そしてラフィスは何も言わず顔を伏せたまま、コルトの脇をすり抜けて逃げ出してしまった。周りの誰もが呆気にとられる中、ラフィスは長いスカートをたくし上げながら廊下を走り、エレベータホールの方へと向かっていった。


 技師たちが血相を変えて顔を見合わせた後、片方が全力で追いかけて行く。王様も非常に慌てた様子で、残った方の技師の肩を掴んであれこれまくしたてていた。もちろん聞かれた方も困り切っていたが。


 コルトも唖然としてラフィスの消えた廊下を見ていた。――なんで? その気持ちで一杯だった。まったく理由がわからない。いつもみたいに困ったようにでも寂しげでも名前を呼んで返してくれれば、また違った感情だっただろうが、それすらなくては、彼女の気持ちを理解しようがない。


 周囲で落ち着いていたのはカラクロームだけである。さっと部屋に入り、ベッド横の大きな装置についたパネルの表示内容や、色々の計器を一通り確認する。ややして王に捕まっていた技師を呼び出し、真面目な顔で色々と話し合いを始めた。


 なおも呆然としているコルトの肩に、王の手がポンと置かれた。


「あー、その、なんだ、コルト君……女性の心というのは複雑なのだよ。一度逃げられたからって諦めてはいけないよ」


 コルトは眉間に皺を寄せて王様を仰ぎ見た。王は「元気出せ」と言わんばかりの爽やかな笑みを浮かべて、ぐっと拳を握って見せた。なんだかひどい勘違いをされている気がする。


 なんとなくむかついたコルトは、当てこすりのような事を王様にぶつけた。


「ラフィスに何かしたんじゃないですか? 翼が、僕の知っているラフィスと違ったし」


 発言の前半で、王様はわずかに不審な顔をした。しかし、すぐに機嫌を取り直し、得意気に笑みを浮かべて手を打った。


「そう、そうだ! 気づいてくれたか! あんな錆びた翼じゃあかわいそうだった。だから、我が国の最高の技師たちを集めてすぐに修理させたのさ」

「修理!? そんなことができたんですか」

「当然だ、我が国にできないことなど無い。しかも君たちにとっては未来なのだ、技術もより水準があがっているに決まっているだろう」

「それは……そうですよね。後の時代なんだから」

「まあ。そうは言っても、ほとんどはカーリィがやってくれたのだがね。カーリィは天才だからなあ、なあ! おい!」


 ハハハと高らかに笑いながら、自慢の宝を見せびらかすようにカラクロームへ手を向けた。当の本人は完全に無視してパネルのついたカラクリを操作しながら、技師との打ち合わせを続けている。国王がご機嫌に歩き寄って行き、相手の技師が委縮して部屋の隅に下がっても、果てには王に肩を叩かれても、カラクロームはひたすら無視を貫いていた。しかしカラクリの操作盤についたボタンを叩く音が強くなっていて、いらだっている事は隠さず主張している。


 王様はやれやれとわざとらしい息を吐いた。そして大げさな身振りでコルトの方を振り向いた。


「さあ君もカーリィに感謝したまえ。彼女がいなかったらば、私も修理の命令を出すのをためらっただろう」

「ありがとうございます、カーリィさん!」

「……あたしはカラクロームだッ! 人の名前くらいちゃんと呼べ!」


 おそらく限界だったのだ。カラクロームは鬼の剣幕で怒鳴りながら振り向いた。睨まれた王もコルトも同時に背筋を伸ばして跳びあがった。挙句に王は後ずさりしながら、まったく威厳の無い口調で謝り倒している。


「ああ……ところで、カ、カラクローム、その、あれだ、修理後の経過は順調かね? データが取れているのだろう、コルト君に教えてあげなさい。きっと心配だろうから」

「……数値はすべて正常値内で推移、観察員からも所見なしの報告。絶対安静は解除していいけれど、無闇に興奮させてはいけない。まだ神経がなじみ切っていないはずだから、急変する可能性はゼロじゃない。しばらく顔を合わせない方が彼女のためになるよ、お二人ともね」


 淡々と義務的に、技師と言うより医者みたいな説明を述べる。安心させるための説明だったのに、聞かされたコルトは逆に不安を覚えた。興奮させてはいけない、そこにさっき走っていってしまったのは含まれていないのだろうか。怖くなってさっと顔が青くなる。


 王様も苦笑いして、同時に困ったように額に手を置いた。


「うーむ。なあカラクローム、いつになったら安定するのだ? もう元気そうだったぞ」

「……五日、かな」

「五日!? 長いぞ、カーリィ! そんなもの待ちきれん!」

「じゃあ三日! 最低それだけは必要だ! この――」


 カラクロームは強い語気で発しかけた言葉を飲み込んだ。それきりまた計器の方へ向き直り、同時に手指で王に帰れと示した。王様は肩をすくめながら小さく両手を開いた。


 コルトはそろそろげんなりとしていた。一体何を見せられているんだろうか、と。


 ただ、今はラフィスに会わない方がいいとラザト随一の技師が言うのなら、そうするしかないと思った。安全第一だ、明らかに様子がおかしかったし。まず無事がわかっただけで良かった。それと、丁寧に扱ってもらえているとも。


 王様が一人で部屋の出入口まで戻って来て、コルトの肩を引き去ろうと行った。カラクロームは工房に残るようだ。なにやら大型機械のカバーを開けてもう一人の技師と一緒に内部を覗きこみ、工具片手に大掛かりなメンテナンスをしようとしている。


 コルトは膝立ちのカラクロームの背中に向かって声を張った。


「カラクロームさん、ラフィスの事を治してくれてありがとう! ずっと気になってたんだ、あの翼、寝るのにも邪魔になってたから」


 カラクロームは背中を向けたまま、工具を持った手をひらりと振って返した。


 王様に再度促されて退出する。するとドアが独りでに閉まった。歩き出した途端に、国王はやれやれとため息混じりの声を廊下に響かせた。


「まったく、昔っからカーリィはああだ。なんだかんだ言って私に協力してくれる。いまだに王とも思っておらんようだし、かわいい奴だよ、本当に」

「はあ……」

「以前はカーリィも王宮仕えの技師だったのだよ。それが王宮から離れて独立すると言い出した時にはどうしようかと思ったが、王都には残ってくれてよかった。むしろ、今ぐらいの距離がある方が燃えるよなあ」


 王様はのろけ始めた。コルトは胃もたれに近い感覚を覚え、戯言をただの雑音として聞き流すようにした。


 それからエレベーターホールで別れるまで長々と王は語りつくしたが、コルトの頭に残っていた発言内容は、三日後に合わせて式典を開く、その一点だけだった。カラクロームが言ったのも三日後で、その式典の時にはラフィスともう少しまともな形で再会できる、その希望ただ一つだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ