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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
最終章 砂漠の王国と黙示録の刻(とき)
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砂漠の王国 4

 壁画の左側には化け物の群が、あたかも一つの巨大な生き物のように塊で描かれている。少数ながら人間も混じっているが、みな鬼か悪魔かの凶悪な顔をしていて、とてもまともな人間とは思いがたい。群体はドラゴンが鎌首をもたげたような形で、頭のところに居る真っ黒な影の幽霊みたいな者が、足元を焼き払う炎を噴きながら前へ進んでいる。彼らの通った跡、すなわち壁画の左端には、煤混じりの砂塵と無限の荒野が広がるばかりで何も残っていない。太陽の光すらも。


 一方の右側にはカラクリの街がある。かつてここにあったという町だろうか。町の上空には飛空機が飛び、さらに上には黒く巨大な円盤が浮かんでいて、化け物の群れへ光線を発射している。


 町を守るのはカラクリだけでなく、壁をつくり立ちはだかる人々も居る。人間も亜人も、多様な姿の人々が入り混じっている。その先頭で、ちょうど化け物側の黒い頭を正面にとらえる高さで宙に浮かんでいるのは、白銀の鎧をまとった騎士、エスドアだ。剣を敵に向け群衆を指揮しているようだ。彼女の後ろには翼のある者たちが従っている。色かたちは各々違う。その中に、手足を金色に描かれている金髪の少女が居る。


 ――ラフィス、だ。


 コルトの肌がざわりと粟立った。さらによく見れば、知った姿はラフィスの他にも居る。地上の軍隊の中にハルバードを構えた厳つい男、シャヤクらしき人物が居る。本物よりもっと荒くれた印象だ。彼の付近には亜人が何人か固まっていて、その最後尾にはカサージュの姿もあった。


 コルトは壁画の右側を食い入るように見ていた。そして同時に胸にざわめきを覚えていた。なぜ王様はこれを早急に見せたいと思ったんだ、と。


 すると、その王様の手が棒立ちになっているコルトの肩に置かれた。


「さて君、これを見てどう思う?」

「どうって……?」

「君が思ったことを素直に答えてくれればよい。恐ろしい、楽しい、あるいは懐かしい、そんな感情を表す単純な言葉で良いさ」


 コルトは横に王様を仰ぎ見た。穏やかに笑って、何かを期待して答えを待っている。


 さて、またもや困った。明らかに王には表に出していない目的があって、コルトの事を試している。それに偶然にしては色々と出来過ぎている。だから、王は本当はすべてわかっているのではないか、とコルトは疑った。


 コルトは黙ったまま周囲の他の人の様子を探った。親衛隊は自分たちの職務をまっとうして、国王の言葉には無関心のポーズを取っている。国の技師三名は照明の動力源になっている装置の傍に並んで待機し、どこか緊張した面持ちでコルトの事をうかがっていた。そしてカラクロームは部屋の入口近くで半分暗闇に紛れ、腕を組みコルトのことを睨んでいた。彼女と目が合った瞬間、思わずコルトは目を伏せた。ただ、なぜ睨まれるのかは疑問しかない。


 コルトが返答に窮していると見て、王様は深々と息を吐いた後、質問の仕方を変えよう、と続けた。


「左の者たちと、右の者たちと。どちらが正義ものだと思うかな? 素直な気持ちで答えておくれ」


 コルトの前にまわり込みながら、子供をあやすような口ぶりで言う。しかし威圧感はすさまじく、コルトはたじろぎつつ、今度は沈黙も許されないと感じた。


 どちらが正義か。コルトは迷いなく右側を指さした。


 すると王は眉目をあげて、ほう、と関心した声混じりの息をつく。


「どうしてそう思うのかね」

「だって、こっちがラザト国なんでしょ?」

「それが何故だと聞いているのだよ。君は外の世界から来た、それなのに、なぜラザトを正義の国だと信じられる?」

「それは……」

「本当は君はこの壁画に描かれている詳細を知っているのではないかね?」

「有名な、話だから。エスドアとルクノールが戦ったのは」

「『神殺しの使徒』を正義と君は言うのか。外の世界で、君は邪教の民かなにかだったのかね?」

「いいえ、僕は……ただ……」


 逃げ場のない圧迫感にコルトは観念した。壁画に描かれるラフィスの事を指さした。


「彼女が僕の大事な友だちによく似ているから。僕は彼女の味方だ。それだけの理由だよ」

「友だち、だと?」

「そうだよ。ラザトにも僕と一緒に……ううん、僕より先に来ている。ラフィスが、彼女がラザトの側につくんだったら、僕にとっての正義はこちら側だよ」


 王様は目を見開き唖然としている。技師たちも色めいて、何やら興奮した言葉を漏らす者もいた。厳しい顔をしていたカラクロームも驚きに目を丸くして、固めていた腕を解く。


 直後、王は笑い声をあげた。ひどく上機嫌なものだ。そのまま不意にコルトの手を取り、強引に持ち上げて固い握手をさせる。その後、今度は肩をばんばんと叩かれた。コルトが前につんのめるのも構わずに、だ。


「よろしい! いいぞ! じゃあ城へ戻ろう!」

「はい……?」

「今夜は宴だな! ああ、式典の準備もしなければ! 忙しい、忙しくなるぞこれは!」

「え、えぇ?」


 状況の急変について行けないでいるコルトの肩を抱き、王様は力強く歩き始めた。息は荒く、今にも鼻歌でも始めそうな雰囲気だ。


「待ってください、どういうことですか、さっきの質問はなんだったんですか」

「ハハハハ! そんなもの帰りながら説明するよ。君は賓客だと証明されたからな! それに早く城へ帰った方が君にもよかろうに」

「なんで?」

「友だちが先にラザトへ来ていると言ったな? あの壁画の娘が」

「はい……」

「その娘なら既に国で保護し、今は我が城に居るのだよ」


 その言葉に、コルトの体中の血が沸き立った。縋り付くように王様を見あげる。


「ほっ、ほんとですか!?」

「ああ。そんな嘘をついてどうなるのだ」

「よかった、ラフィス……無事でよかった……」

「そうか、ラフィスと言う名前なのか」

「はい」

「実は困っていたのだよ、彼女は君と違い外の世界の言葉も通じないからね」


 ちょうど部屋を出る所で王様は立ち止まった。そしてコルトの肩を離し、部屋全体を振り返った。


「ラフィスは、この遺跡に現れたのだ。ちょうどこの技師たちが古代の装置を再現して調査を行っていた最中だった。本当に突然、何も無い所から現れたのだと言う。まるで絵の中から抜け出して来たようにな――」


 何が起こったのか、コルトは悟っていた。ラフィスが狭間の館の大窓から飛び出した時、窓の接続先がこの部屋だったのだ。さしずめタルティアがラザトの技師の行動を観察していたのだろう、壁画の内容にしろ魔法陣にしろ彼らと縁があるのだ。ラフィスが行動に出た理由まではわからないが、自分の進む道だと感じるものがあったのだ。


 コルトも感慨深く遠目に壁画を眺めていた。横で王様が、いかに不思議で奇跡じみた事が起こったのかを語り続けているが、まるきり聞き流していた。しかし肩が王様にわし掴みにされた所で、無視はできなくなった。王様は最高潮の興奮に目を輝かせ、コルトの肩を思い切り揺さぶった。


「なあ、生機械を実装した少女だぞ!? 時代を超えて転移してきたのだ、あの古く忌まわしい時代から! そうだ、間違いない、彼女は、ラフィスは、ラザトの救世主として使わされたのだ!」

「救世主、ですか……?」

「そしてもちろん、友人である君もそうだ! 世界を救い、革命をもたらす使者!」

「いぃ、いや、僕はただの――」

「ただの外側の民? そんなわけがあるまいに! もう隠さなくてもいいのだよ! 私はすべてを理解した、君とラフィスは時代を超えて、再び我がラザトを救いに来てくれたのだ!」

「あう、はい……もう、それでいいです……そうですから、離して……」


 揺さぶられっぱなしで気持ちが悪くなってきた。王様はなお高笑いをしながら、しかしコルトの声は聞こえていたようで肩を離してくれた。それでもなお脳が揺れている感じがして、コルトはふらふらと王様から離れしゃがみこんだ。だが、丸めた背中を王様がだらしないと言わんばかりに叩いて来た。


「ほらほら、休むなら後にしてくれ! 君とはこうして言葉が交わせるのだからな、こんな嬉しいことはない、ぜひ話を聞かせてくれ! あの忌まれた伝説の時代を!」


 王様はいよいよ鼻歌を歌いながら、一人で先に歩いて出て行く。それには親衛隊がついて行き、技師たちは慌てて持ち込んだ機材の撤収作業を始めた。


 コルトはしゃがみこんだまま、酔いがおさまるのを待っていた。そうやって気分が快復してくると、今度は後悔が襲って来た。もしかしたら、とんでもなく不味い答え方をしてしまったかもしれない。意図したつもりはないけれど、大嘘をついたわけで。


 はあ、とため息をつきながらコルトは立ち上がった。肩を落としているその横を、一人が追い越していった。カラクロームだ。じっと背中を見ていると、彼女は立ち止まって浅く振り向いた。眉間に皺を寄せ、とても苦い顔をしている。


「身を守る嘘にしたって、あまり適当なことを言うんじゃないよ」


 間近に居るコルトにしか聞こえないだろう小さな声だった。カラクロームは言うなり、ふん、とそっぽを向いて暗い通路へ消えていく。


――ばれてるし。


 コルトはますます肩を落とした。帰りの飛空機の中の事を思うと、気分が滅入ってしかたがない。なぜかカラクロームに敵視されているのもあるが、王様の興奮っぷりも異常でなかなか辛いものがある。とりあえずボロが出ないようにしないと、あの喜びようだと嘘がばれたらひどく怒りそうだ。とは言え古代人だと勘違いされっぱなしも困った話で、どう解決したらいいのか頭が痛い。


 ただ、ラフィスが王様によって保護され無事であると。それだけは、本当に心の底から王様に感謝している。ラザトへ来たことは間違いじゃなかった、砂嵐の中へ飛び込んでよかった。技師たちが照明を落とす寸前にもう一度壁画の間を振り返った、その瞬間のコルトは救世主を前にしたような笑みを浮かべていた。

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