砂漠の王国 1
明るい個室でコルトは無意味に歩き回っていた。小さな窓には格子があり、出入口の扉は外から固く閉ざされていて、ほとんど牢獄と変わらない。
砂漠の真っ只中で意識を失い、次に目が覚めたらこの部屋のベッドに寝かされていた。ひどく涼しいと思ったのを覚えている。それからしばらくは身体が重かったが、治療を受けつつ数日経った今ではすっかり回復した。だが、軟禁状態は解けていない。
ここはラザト国の中であり、砂漠のオアシスにある小さな宮殿の一室だ、という所までは確認が取れた。思いがけず元の目的地である入国困難な閉鎖国家の中にたどり着いたわけだ。
窓から見える外の町並みは、トルルのそれとあまり変わらない。砂が吹き込むのを避けるように窓を小さくとった、石や日干しレンガの建物が並んでいる。
しかし建物の内側、すなわち今コルトが居る部屋を見ると、ラザト国が砂漠の外と一線を画す技術を持っていると容易に察せられる。天井に埋め込まれた大きく明るい一枚板の照明は、毎日決まった時間になると自動でついたり消えたりする。それが毎日寸分のずれもないのだ。
室温も昼は暑すぎず、夜は寒すぎず、過ごしやすいように制御されている。具体的にどのようにしているかは謎だが、天井の通風孔から温度を調節する風が吹いてくるのだ。
ただし部屋は殺風景である。簡素な宿のように必要最低限の家具しかなく、いずれも鉄や鋼でできた無機質なものだった。だから環境的には快適なものの、気分的には不快で閉塞感に満たされていた。
やる事と言えば食べて、寝て、定刻に見回りの人が来て、医者らしき人に診察され、その繰り返しでしかない。また、人が来ても話せないのだ。どうやら意図的に会話が出来ない人を選んでいて、コルトが何を言っても困ったような渋い顔以外の返事が来たことがない。一応、怒っているように要求するとコルトの言葉がわかる通訳のような人が来てくれて、こちらの意図を伝えることはできるものの、かと言って肝心な質問には答えてくれない。喉が渇いたとか、外から煙が流れてくるからなんとかしてくれとか、そういう要求は通るが、ここはどこなのか、ラフィスを知らないか、いつになったら外へ出してもらえるのか、といった事への回答は無かった。
目が覚めてから五日は経っているが、良くも悪くも変化のない日々だ。コルトは連日、小部屋の中を無意味にぐるぐる歩き回っている。じっとしていると恐ろしく不安になってくるのだ。ここがラザト国である、という以外何もわからないし、誰とも話ができない。外に出ることはできないが、かといって内に目を楽しませる物があるわけでなく、早い話が虚無で孤独なのだ。とりあえずの安全は確保されているのに、今にも死にたくなるような不安が意識される。
――ラフィスは、どうしているかな。
これも幾度となく考えた事。他にやれることがないから、彼女に思いを馳せる。自分と同じように、どこかで保護してもらえただろうか。ラザトならひどいことはされないはずだ、そうでなかったらラザトを目指して来た意味がない。
――それとも砂漠のどこかで力尽きてしまった?
はたとコルトの足が止まる。まさか、そんな。いいや、それは無い、そうなるならタルティアが黙って見ているわけがない。嫌な想像を振り払う。
しかし、しかしだ、と、コルトはますます考えて不安になる。他にすることがないから、自分自身の頭の中と対話するしかないから、悪い方へと思考が沈むのを止められない。
そしてコルトは意味のない奇声を叫んだ。むしゃくしゃと頭をかき乱す。――だめだ、このままじゃ、頭がおかしくなる。そうなる前に出ていかないと。
恨めしげに窓を振り返る。あそこからどうにかして抜け出せないか? いや無理だ、ちょっとやそっとで格子を外せないのは試したし、腰の小物入れの道具では傷つけることもできなかった。愛用のマチェットで叩き壊せばもしかしたら、と思うが、タルティアの館に置いて来てしまったからどうしようもない。
「くっそう」
吐き捨てて、ばたりとベッドへ倒れ込んだ。ふかふかの寝具に顔が埋もれる、その寝心地がいいのが逆に腹の立つ始末。
しばらくぼうっとしていた。すると、誰かの足音と、部屋の扉が開けられる音が響いてきた。それでコルトはのっそりと体を起こした。
部屋の入口に立っていたのは、これまで見たことがない人だった。身分の高い軍人か役人だとは一目でわかる、白が基調の軍服にたくさんの勲章が輝いていて、上から赤い羽織をまとっている初老の男性だ。両脇には衛兵を二人伴っている。
コルトの脳がにわかにしゃきっとして、緊張に身が固くなった。そんなコルトを険しい目で見つめながら、訪ねてきた男は口を開いた。
「国王陛下がお呼びだ。ついて来なさい」
聞いた途端、コルトは驚きに目も口も丸くした。いま話しかけられた? それに、外へ出してもらえるって?
コルトが無言で固まっていると、相手はいぶかし気に眉をひそめる。
「何か不満かね?」
「いっ、いいえ、いいえ! 行きます!」
コルトはベッドから跳ね飛んで降り、ばたばたと男のもとへ駆けた。自分にとって良い方向に動いたのか、それとも悪い方へ転がったのか、まるでわからない。しかし何もわからないで虚無の異邦に一人放り出されている現状、差し伸べられた手にはすがりつくしか選択肢がない。
男は自分のことは長官と呼ぶように言って来た。その長官の背中を追いかけるように、コルトは宮殿の中を進んで行く。両脇は衛兵に固められているため、勝手なことはできない。
コルトは先導されながら違和感を覚えた。階段を下、すなわち地下へと向かっているのだ。一階、二階、三階とどんどん深く。普通は逆ではないだろうか、地位の高い人は上に居を構えるものではないか。
「ラザトでは王様が下に居るんですか?」
「ここは偽りの宮殿だからね」
「え?」
「宮殿だけではない、地上にある町は真の王都ではない」
長官はかすかに口角を持ち上げた。そして廊下のつきあたりにある扉の前に立ち止まった。衛兵の片方が扉の横の壁に触ると、扉が左右にスライドして開いた。人が十数人立ったらぎゅう詰めになってしまう小さな小部屋で、他に繋がっている様子もない。だが、長官はそこに入って行き、コルトも衛兵に背中を押されて入れられる。
全員が部屋に入った所で、衛兵が扉の横にあるスイッチを押した。すると扉が静かにスライドして閉まり、直後、ガタンと部屋が揺れた。困惑するコルトを、上に強く引っ張るような感覚が一瞬だけ襲う。あたかも空中に飛び込んで落下し始める時のように。違うのは、床に足が付いているという事。
コルトは奇妙な感覚で酔いそうにながら、小部屋を見渡した。部屋の中に変化はない。周りが鮮明に見える明るさを保ったまま、他の人々は平然と立っている。見回している内に長官と目があった。
「君、エレベーターは初めてかね」
「えれ……あ、はい。今これは、部屋ごと下へ落ちているんですか?」
「落ちているのではない、進んでいるのだよ」
今度の長官ははっきりと笑った。無知に説くのを楽しんでいる、年長者にありがちな表情だ。
「我々の城、そして城下町は地下深くにある。先ほども言った、真の王都だ」
「地下に……」
「過去から現代まで繋がるラザトの技術の粋を持って、地底に外と変わらない都市を築き繁栄させる。君にはすべてが新しく見えるだろう、遠慮はいらないよ、存分に驚きたまえ」
エレベーターが止まった。慣性に揺さぶられ、コルトは少しふらついた。
衛兵がスイッチを操作して扉を開く。外は薄暗いトンネルになっていて、抜ける先は野外と同じ明るさで白い光に包まれている。
そしてトンネルを歩いて抜けると、光に照らされた町が広がっていた。城下町だ。正面が大通りになっていて、真正面に旗のなびく宮殿がある。天は高く地も広く、一目ではとても地底の都市とは思えない。
コルトは目を見張って立ち尽くしていた。初めて見る町、知らない町だ。だが、とある見たことがある町、知っている町に似た雰囲気だった。
――シャヤクに見せられた、昔のカラクリの町。ラフィスが翼を手に入れた町に、よく似てる。




