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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第一章 山村の少年と異空の少女
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最後の涙 1

 コルトたちが山を降りて来てから丸一日が経った。村の人が探しに来るとか、ラフィスが予期しない行動を起こすとか、トラブルじみたものは一切なく、穏やかに時間が過ぎ去った。安心できる環境で睡眠と食事をきちんととったことで、疲れもばっちりとれた。


 昨日と同じくよい天気である。しかし、コルトとラフィスは家の中に閉じこもっていた。ゼム爺さんが町へ出かけており、留守番をしている最中なのだ。入口には簡素な錠前がかけてあるし、もし誰かが訪ねて来ても応対はしなくていいと言われている。だから本当の意味での留守番というより、保護者がいない間に不測の事態が起こることを避ける意味合いが強い。


 特にやることはなくて、二人で椅子に座ってテーブルを囲っている。コルトが上半身裸であるが、これは着っぱなしだったシャツを洗って干している最中だから。ラフィスに苦笑いされたが、汗や土などで形容しがたい臭いが立ち始めたものを身に付けているよりいいだろう。


 テーブルの上には草の繊維をすいた分厚い紙が一枚、それと先の割れたあしペンが転がっている。


『好きなものを、絵でも文でも自由に描きなさい』


 ゼム爺さんがそう言ってラフィスに貸してくれたものだ。


 だが、ラフィスは字を書けず、そもそもペンをきちんと使うことすらできなかった。この道具が筆記用具だと理解している風ではあったものの、いざ自分でペンを取ると、ぐっと握りしめる変な持ち方をして、あげくペン先に強い力をかけ過ぎて壊してしまった。書けたものは、ガタガタに震えた太く短い線がひとつだけ。その結果にはラフィス自身、しょんぼりしていた。


 そんなこんなで昼を少し過ぎたころ。入口の錠前が外される音がして、続けざまにガタガタと扉が開かれた。


「ゼム爺さん、おかえりなさい!」


 コルトはぴょんと椅子から跳ね降り、ゼム爺さんの荷物運びを手伝おうと向かった。


 しかしその足は慄くように止まり、表情もにわかに曇った。ゼム爺さんの後ろに、知らない人がついて来ているのを見てしまったから。その人は女の人で、歳はコルトの母親より若干若いくらい、ためらいなくおばさんと呼べる雰囲気だ。


「ゼム爺さん……その人……」

「そう身構えなくていい、私の姪だよ。わけを話してちょっと来てもらった。もちろん、よそには内緒でな」


 ゼム爺さんはにっこりと笑っているし、姪だという人も優しくほほえんでいる。本当に害意はなさそうだ。コルトは女の人に向けて、おずおずと会釈をした。


 しかしどうしてわざわざ人を連れてきたのだろうか。疑問を口に出すと、女の人が自ら答えてくれた。


「女の子の服をひとつあつらえて欲しいって頼まれてね。あたしがむかーし着ていたやつだけど、サイズとか直せば着られるんじゃないかって、持ってきたのさ。なんにせよ、こういう仕事は女手のほうがいいでしょう?」


 言いながらに彼女は持ち込んだバスケットの荷物をテーブルにおろす。上にかけられていた布が取り払われると、畳んで入れられた服が現れた。白を基調にして、襟や腰のリボンに藍色があしらわれた、広袖のワンピースだ。スカート部分の丈が長く、ラフィスが着ると足首くらいまで隠れそうだ。取りだした服の下には裁縫道具が一式収められていた。


「さっそくやりましょ。さ、ついておいでなさい、男の子の目があるところで着替えるのはいけないからねぇ」


 そう言って、ゼム爺さんの姪は広げたワンピースを腕に引っかけ、バスケットを持ち、ラフィスに立ち上がるよう促した。始終きょとんとしていたラフィスだったが、誘われていることを知ると、コルトの顔色をうかがいながらおずおずと立ち上がった。そうして背中を押されながら、パーティションの向こう側に姿を消した。


「コルト君は座りなさい。ちょっと町で情報を仕入れてきたから、それを話そう」

「あっ、はい」


 コルトはもと座っていた椅子へ戻った。遅れて荷物を暖炉の脇に置いたゼム爺さんが、さっきまでラフィスが居た席に座る。その最中、テーブルの上に転がる先の割れた葦ペンに視線をやり、おやおやと苦笑いをした。だが、それ以上には何も触れなかった。


「さて、まずは現状だが……この町でも教会がラフィスちゃんを探しておる。おそらくイズから報告があったのだ」

「やっぱり」

「そこまで積極的ではないが、あえて近づく必要もあるまい。もし町の方に用事があるなら私が行くようにするから、きみたちはここに隠れているように」

「ゼム爺さんは大丈夫なんですか」

「心配いらんよ。教会の連中にここに来なかったかと聞かれたが、知らないと言っておいた。こちらも腐っても神の徒だ、本当にエスドアの手下が世界を滅ぼそうとしているというなら、黙って見ているわけがないだろう、そう言い張ったら、なんの疑いもなく引き下がっていったよ」


 おおらかに笑うゼム爺さんに、コルトは地面に頭をこすりつけて感謝したい気分だった。


 そしてなおのこと、いつまでもここで世話になるわけにいかないと思いを強めた。絶対にばれない嘘はない。標的の子供たちがここに匿われている、それが教会に知れた途端に、ゼム爺さんに多大な迷惑をかけることになる。それだけは避けなければ。


 パーティションの向こうから、「あら似合うじゃない」、「印つけるからじっとしてて」などと、ゼム爺さんの姪が楽しそうにかける声が聞こえてきた。対するラフィスの返事はないが、遠慮がちに身を縮め、人形のごとく着付けや採寸をされるがままの様子が目に浮かぶ。


 向こうから醸されるほのぼのとした空気を少し羨ましく思いながら、パーティションのこちらでは真面目な話を続ける。


「もう一つ悪い話があってな。イズが異能者ギルドで二人ほど人を雇ったらしい。ウィラの村に行って、大規模な山狩りをするそうだ」

「異能者ギルド?」

「知らないか」

「異能者ってのはなんとなく知ってます。ラフィスも、そんな感じだし」


 ゼム爺さんは頷いた。そして詳しく教えてくれた。


 まず異能者とは、普通の人にない不思議な能力を持つ者のこと。これは俗に言う魔法とは違って呪文や儀式の類は必要とせず、力の発現は個々が生まれ持った才能にのみよるとされている。異能者は、世界政府の法規の下にて「アビリスタ」という呼称で、人間とは明確に別のものだと定義づけられている。そして人間ではない、いわば怪物のようなものだとして、法の上では厳しい抑圧や人間との区別をなされている。極端なものだと、アビリスタを殺しても殺人の罪には問われない、なんてものも明文化されている。


 しかし特異な能力は社会の役に立つ。そんな観点から、政府は一定の規則を設けた上で、アビリスタや亜人たち――人間と近しい知性を持ちながら、普通の人間とかけ離れた姿を持つゆえ、法律上ではアビリスタ同様に扱われる――が能力を活かして営利活動をすることも認めている。その際に結成されるアビリスタたちの互助組織が異能者ギルド、または単にギルドと呼ばれるものだ。


「サムディのギルドは、普段は農産物の運送や害獣退治を主に請け負っている。だがまあ、依頼されればなんでもやる。山狩りだろうが、悪党の討伐だろうが」

「無抵抗の子どもをやっつけることも? そんなの、どっちが悪なのかわかんないじゃないか」

「それはイズがどう説明したかにもよる。村を荒した罪人のアビリスタが山の中に潜伏しているから、見つけ出して倒して欲しい、とでも言えば、事情を知らないギルドの連中は疑いもせず承諾するだろうて」


 コルトはうつむきながらうめいた。確かにその通り。一昨日のラフィスの放った雷が見られていたとしたら、あるいは不自然な死に方をした熊の死骸を見つけていたら、イズ司祭はそれを格好の口実として使っただろう。とすれば、ギルドの方も拒否する理由がない。アビリスタや亜人に危害を加えても、それは法律上で罪にならないのだから。むしろ普通の人では敵わないものの討伐を要請するのは、至極自然な発想で後ろ暗さのない、ギルド目線なら歓迎できる案件だ。


 やっぱりもう村には戻れないし、山裾近くのこの場所も安全とは言い難い。言うまでもなく、サムディの中心部には近づけない。だいぶ追い込まれてきた、やはり早く次の方針を固めなければ。

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