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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第六章 狭間の館と超越者の系譜
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超越者の系譜 3

 シャヤクは渋く目を細めたまま、右手をこめかみへやる。そうして少しの間、返す言葉を練った。


「おまえは、どうしてそんなにエスドアに会いたいと思う」

「ラフィスを再会させてやるんだ。ラフィスは、エスドアと一緒に居るのが幸せなんだ」

「そうではない。おまえ自身の話だ」

「僕?」


 コルトの顔が曇った。怪訝と、弱いところを突かれた痛みに。そんなコルトへ、シャヤクが言葉を重ねてくる。


「ラフィスを会わせるのはいい、異論はない。おれだってそうするつもりだ。だが、おまえをエスドアに会わせる意味がない。むしろ不利益にしかならん、誰にとってもな」

「不利益って……僕は別にエスドアには何もしないよ」

「だったらなおさら、おまえ自身が会う理由がないだろうが。おれがラフィスをエスドアに会わせる、そうすればおまえの目的も果たせる」

「嫌だ、そんなの」

「なぜ嫌だ?」

「あなたたちの事が信用できないから」


 シャヤクは低いうめき声を漏らした。指が頭の古傷をがりがりとやる。そんな困り果てた風の男へ、コルトはなお食らいついた。


「信用できないから。僕は直接エスドアに会って確かめたい。本当に世界が滅んでしまうのか、止めることはできないのか、ラフィスが戦わなきゃいけないのか、どうするのが僕たちにとって一番いいのか、なにが真実なのか」


 膝の上で拳を握り、絞り出すように声をあげる。


「本当は、僕がラフィスと一緒に居たいだけなんだ。僕のわがままだよ、わかってる。だけど、ラフィスの本当の気持ちもわからないのに、このままじゃ諦められない。だからエスドアに確かめる。エスドアならラフィスの言葉もわかる。それでラフィスからさよならだって言われたら、そしたら、諦められる……たぶん」


 後半は自分と向き合いながら言葉を紡いでいた。未来の自分の気持ちまでは不確かで、諦められると断言まではできなかった。ただ、ラフィスが共に居ることを望まないのなら、断腸の思いで別れる覚悟ができた。


 シャヤクはコルトの目を覗きこんで聞いていた。聞き終わった後は目を閉じ、深くため息をついた。


「まったく、難儀なものだな。腹が立つ」


 ついこぼれた独り言、それをコルトはきちんと拾った。本気で感情を爆発させようとしているわけではないが、歩み寄るつもりもなさそうだ。


 元々お互いに一歩も譲れない所から始まっていた。そして話し合っても立ち位置は何も変わらない。終着点のない会話をコルトはなんとかしたかった。もし自分に歩み寄れることがあるとしたら。


「……いいよ。とりあえずラフィスを預ける。でも交換条件だ」

「ほう?」

「エスドアの居場所を教えて。そうしたら、僕は一人で会う。二階の大窓から繋いでよ、できるんでしょ?」


 シャヤクは眉間に皺を寄せた。


「悪いが言えないし、できない」

「なんで!」

「言わないんじゃあない、言えないんだ。そういう約定がある」

「誰と? カサージュと? それともエスドアと?」


 シャヤクは答えなかった。それでコルトはカッとなって床を叩いた。


「あなたは逃げてるだけじゃないか! 何もしない、何もできない、そのくせ僕の言う事は気に入らなくて歩み寄ろうともしない! やっぱりただの怠け者だよ、あなたは!」


 シャヤクは苛立たしげに目を細めた。


「調子に乗るなよ坊主。おれにはなあ、立場なりの責任があるんだ。おまえにとってのラフィスは、おれにとってのタルティアの全員だ。そして超越者の系譜、親父の悲願だ」


 そしてシャヤクは不意に立ち上がり、壁に立てかけておいたハルバードへゆっくり歩んだ。そして柄を握り、コルトへと振り返った。


 コルトは座ったままたじろいだ。マチェットは投げたまま庭園に置いてきてしまった、丸腰でもう一戦はさすがに気後れする。一応まわりに武器はあるが、墓碑の代わりと知っている以上、使うのは良心が咎める。


 そんなコルトの焦りに反し、シャヤクに戦意は現れなかった。ハルバードを杖のようについたまま、肖像画の横に佇んで、落ち着き払った目でコルトのことを見ている。同時にもっと遠くを覗いているようなまなざしでもあった。


「昔、親父に聞いたことがある。なぜエスドアに味方をするのか、と。傍から見るに、旧知の友と言うにはあまり仲が良さそうではなかったんだ」


 確かに、とコルトは思った。シャヤクが見せてくれた過去の映像にあったエスドアの姿は、ほとんどが背を向けているか怒っているかだった。あれはほんの一部だとしても、シャヤクが印象操作をしている風にも思えなかった。


「なんて答えたの?」

「贖罪だと」

「ショクザイ?」

「罪を償うことだ。親父は悔いていた。エスドアを神殺しの使徒たらしめ世界を破滅させるに至った原因、その根本を作ったのは自分だったと」


 コルトは目を見張った。カサージュは一体なにをしたのか、聞きたかった。しかし聞いたところで答えが帰ってこないのは明らかだった。コルトの疑問を先読みしたように、シャヤクが伏し目がちに首を横に振っている。隠しているのではなく、本当に知らないのだと、そんな雰囲気だった。

 

「親父が重ねて来た年月は何千年の域に及ぶ。悟りの境地に至って、それでもずっと抱えて来た、とんでもなく重い贖罪の念。それがタルティアの礎であり、おれが親父から継承した意志だ」


 コルトは生唾を飲み込みつつ、おもむろに立ち上がった。そうしなければいけない気がした、そうしなければ辺りに漂う見えざる思念に圧倒されてしまう気がした。


 同情はする。なんとか失敗の埋め合わせをしたい、カサージュのその気持ちはわかるし、思いを受け継いだシャヤクの覚悟も。しかし。


 ――でも、そんなの、そっちの都合で、ただのカサージュの自己満足みたいなものじゃないか。


 シャヤクが低い声で「その通りだ」と相槌を打った。心の声を読み取ったか、憐れみのこもった目でまっすぐにコルトを見つめたまま、静かに語りかける。


「古の世界から来た当事者同士で清算をすべきこと、罪滅ぼしなんて手前でやらなきゃ意味がない。だから坊主、おまえはもう関わる必要はない。過去の因縁なんて忘れ、本来あるべきおまえ自身のサーガを綴っていけ。若き者が平穏な未来を生きること、それが古き者たちにとって最大の喜びだ」


 ラフィスと引き離そうとするのがシャヤクなりの優しさであると、コルトはもう理解していた。だが納得できるかは別の話。他人の優しさに甘えて流されるがままになる、そんな弱い存在になりたくないとも思う。


「お断りだ」


 コルトは力を込めて、しかし冷静に言い放った。


「僕はここに居る僕だけ。ラフィスの事を忘れた僕なんて、僕じゃない。そんなものになるくらいなら、ここであなたに殺されたって同じだ」


 シャヤクが眉をひそめた。武器を持った腕を軽く引く。予想に反して襲いかかって来ることはない。


 そちらに聞く気があるのなら。コルトは自分の意見を伝える。


「あなたたちの自己満足に巻き込まれているのはラフィスも同じだ、だからやっぱりラフィスも渡せない。さっきの話は無しだ」

「戦うことはラフィス自身が望んだことだ」

「確かに、昔は戦わなければいけなかったのかもしれない。強くないと生き残れなかったのかもしれない。でも、今は違う! この時代に来たのだから、ラフィスにだって戦わない選択肢がある。それを認めないで、まだ起こってもいない悲劇に縛り付ける権利はあなたたちに無い!」


 腕を大きく振り、思いの丈を全身で示しながらぶつける。


「もし、ほんの少しの時間になったとしても、ラフィスには自分の時間を生きてほしいんだ。そうすべきだよ。ラフィスだって普通の女の子と同じに笑えるし、泣けるし、怒るし、欲しいものだってあるんだ。好きな人だって。そんな気持ちも利用されて、ずっとずっと戦うだけで人生が終わるなんて、そんなのひどすぎる。そうじゃない未来があるはずなんだ、今の時代なら!」

「それで世界が滅んでもいいのか。おまえの未来も消えるんだぞ?」

「誰かを生贄にしないと未来が手に入らないなんて、そんな世界、僕は要らない」


 シャヤクの顔に影が差した。ハルバードを握る手に力がこもる。


「悪いが、おまえのような奴を野放しにはしておけん」


 感情の抑えられた声音にコルトはぞっとした。静かで落ち着いているのに、庭園で露骨に荒れ狂う彼と向き合った時よりずっと恐ろしく感じる。にじむ気配は怒りではなく、諦めと恐れに近いもの。それがシャヤクから容赦の二文字を取り去って、コルトへ本能的な危機感を与えていた。


 瞬間、コルトはシャヤクに背を向けて逃げ出していた。衝動的なものだった。逃げ場が無いことに気づいたのは、封印された扉を自分の目で捉えた時。


 それと同時に背後からハルバードの柄を石床に突き立てる音が響き、間髪入れず、床に刻まれた魔法陣から白い光が噴出した。


 途端にコルトの体が動かなくなった。指の先どころか目玉も、喉すらも働かない。


 柔らかい石像と等しい体が、重力から解放されたように宙へと浮かぶ。そのまま縦にくるくると回り、空間の中央あたりまで昇ると、シャヤクの方を向かされた状態でピタと止まった。


 シャヤクはハルバードを杖のように両手で持ち、呪文を唱えている。その筋の勘が無くても肌身でわかるほどに魔力が氾濫し、風も無いのにマントが激しくはためき、アンバーの瞳は妖しく光を湛えている。


 宙に浮かぶコルトの周りに光の壁が形成された。四方八方を取り囲み、内側は白い光で満たされる。まるで光の棺のようだ。


 コルトはこの様を知っていた。内から見るか、外から見るかの違いはあるが。


 ――ああ、ラフィスと同じだ。


 今、自分も封印されようとしている。出してもらえるのは何百年先か、そもそも出してもらえるのか、皆目見当がつかないのに恐怖はわいてこなかった。むしろ、不思議と心地よかった。あらゆる感覚が遠のいて、意識が拡散し、無意識の内にまぶたがずり落ちていく。


 ――おやすみ、ラフィス。


 そしてコルトは永き眠りについた。……つもりであった。


 それは抜けた魂を体が再び吸い寄せたように、急激にすべての感覚が戻って来た。脳に電撃が走り、バチリと目が開いて、体には重力を感じ、そしてそれに従い落下した。


「ッうわぁ!? ギャンッ!」


 尻と腰と背中とを床へ強かに打ち付けた。再び頭の中に雷が落ちたような衝撃で、少しの間、横になったまま悶えていた。


 それから、とりわけ痛む尾てい骨のあたりをさすりながら、コルトはゆっくりと体を起こしあたりの様子をうかがった。


 封印されきる前に目が覚めた、それは間違いないらしい。狭間の館の墓所であることは変わりなく、固く閉ざされた扉も肖像画もそのままで、シャヤクもそこに居る。ただコルトを取り巻いていた光と、魔法陣から溢れていた光が無くなっている。


 明らかにおかしいのはシャヤクの様子だ。ハルバードは利き手で支え立てたまま、額にガントレットの手を添えて、うつむき気味に目を伏せている。その眉間には不穏な皺が深々と刻まれていた。


「なんだよ……」


 呟いたコルトの事は意識の外のようで、シャヤクは微動だにしない。


 ややして、シャヤクが舌打ちした。同時に目を開き、ハルバードを肩に担いで走り始めた。コルトの脇を通り過ぎ、部屋の外へ。知らぬ間に扉の封印も解けていて、シャヤクが向かうと独りでに開く有様だった。


「ちょっと、何、どうしたんだよ!」

「館からラフィスの気配が消えた」

「……は?」

「外だ。……クソッ、最悪のタイミングでやってくれる――」


 どんどん遠ざかるシャヤクの言葉をコルトはゆっくりかみ砕いた。そして顔を青くした。


 最後に見た、何かを託すようなまなざしのラフィスが脳裏によぎった。次の瞬間、コルトは痛みも忘れて跳ね起き、弾かれたようにシャヤクを追って走り出した。

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