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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第六章 狭間の館と超越者の系譜
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超越者の系譜 2

 一つ、はっきりしたことがある。シャヤクたちはカサージュの意志を受け継いで、カサージュの願っていたように動いている。一方でコルトも、カサージュからラフィスの事を託された。シャヤクの口ぶりからしてどちらも事実。では同じ人物の意志が根元にあるのに、こうも衝突するのはどうしてか。


 そこを探るために、解決しなければいけない謎が明らかにある。コルトは正面切ってたずねた。


「ねえ教えてよ。僕はカサージュからラフィスを託された、それは間違いないんでしょ?」

「ああ、そうだ」

「でもカサージュは百年くらい前に亡くなっている。マオさんがそう言っていた。嘘じゃないんだよね」

「ああ。間違いない」

「だったら、僕はどうしてカサージュに会えたんだ。おかしいよ」

「何もおかしくはない、どちらも真実さ」


 シャヤクは口角をあげて、短く息を吐いた。


「だいたい、おまえはミョノフで見たんだろう。死者の念――いわゆる幽霊が声をあげてうごめくのを」

「じゃあ僕が会ったカサージュは幽霊で合ってた! マオさんは違うって言ったのに!」

「あいつはあいつで頭が固いと言うか……すまん。言葉のあや、それと本質をどう捉えるかの行き違いだ」


 コルトはなおも不信に眉をひそめていた。そこへシャヤクが言葉を選びながら説明する。


「亡霊と違うのは、親父が自分で残した思念体であること。正常な認知と自意識を持った分身だと思えばいい。亡霊になるとそうはいかない、おまえも身を持って知っているだろうが」


 みなまで言われなくても何を指しているのかは明らか、幽明の民のことだ。自分が死んだことも認識できず、生前の思念にとらわれて漂い続けるか、執念のままに他害する危険な存在と成り果てるか。それに比べればカサージュは理性的で、引き際もわきまえていた。


「親父の本体の魂が消滅した時には、おまえが会った思念体は既に異空間へ完全に切り離されていた。ゆえに本体の死へ引きずられず、己を残すことができたのだろう。時を見てラフィスの封印を解く、それを成すためだけに存在し続けていた。そして役目を終えたから、おまえの目の前で消えた」


 シャヤクはそこまで言い切った後、一呼吸おいて、これらは推測である旨を付け加えた。


「おれたちも知らないところで、親父が一人で準備していたことだ。だが断言できる。おまえが見たものは真実だ、おまえが出会った親父は偽物なんかじゃない。ラフィスがこの時代に居ることが、何よりの証明だ」


 コルトは一応の納得はして頷いた。タルティアがいくら信用ならなくても、ラフィスの存在は嘘でない。ただそうするとますますわからなくなる。カサージュはなぜ、自分の後継者たちを頼らなかったのか。そのせいで今ややこしいことになっている、賢いならこうなる事も見通せたのではないか。


「どうしてカサージュは、僕のことを選んだの?」

「知らん」

「知らない!?」

「だから、こんなややこしいことになったんだろうが」


 反吐が出るとでも言わんばかりの渋い顔でシャヤクは言い放った。一方のコルトは口を半開きにして呆然とした。


 シャヤクは短く息を吐き、おもむろにカサージュの肖像画を見あげた。


「おれもずっと考えているさ、なぜおまえが選ばれたのか。親父は根っこで何を思っていたのか。ずっと、な」


 そしてぽつり、ぽつりと続ける。


「親父はいつも明確に目的を持って動いていたが、その目的を自発的に話してくれることは、ほとんどなかった。もともと多弁な人ではなかったし、あえて語らない事が安全策との側面もあった。ラフィスの事が典型だ。リスク分散のためにこことは別の場所へ封印した、未来で何をすべきかはその時が来れば自ずとわかる。そう先に言われてしまっては、おれからは何も聞き出せない。おれは親父の一番の理解者であるからな」


 そう言って、シャヤクは小さく自嘲した。


「親父は最期にラフィスを頼むと念を押して逝った。だから、時を経てラフィスが地上に現れた時、その身命を守ることが第一だとすぐにわかった。本当にわからないのが、おまえの事だ。繋ぎの護衛にしても、他にもっといいのが居ただろうに……おまえは一体、何をもって親父に選ばれた?」

「何って……」


 それを知りたいと願っているのがこちらなのに。コルトは少しへそを曲げつつも、噛みつきはしなかった。シャヤクの側も同じ念を抱いている、それなら敵対するのは違う。


 もう一度、始まりの時を思い出す。あの時カサージュに何を言われたか、自分はなにを言ったか。


「質問されたんだ。いくつか。勇気があるか、神に刃向かうのか、悪い企みをしていないか、それと、優しい心があるかどうか。僕はほとんど答えられなかったけど――」

「わざわざ言葉にされなくとも、おまえの魂がどうか親父には見抜けるさ。だがそうか、なるほどな、なんとなくわかった」

「ほんと!?」

「つまり、おまえが馬鹿正直で、無力なくせに無謀で、おまけに無知だと親父が見なしたからだ」

「なっ……なんだよ悪口ばっかり!」

「言い方を変えるか。おまえが、ただの子供だったから、だ」


 コルトはむっとしていた。やっぱり馬鹿にしているじゃないか、と。しかし、どうもシャヤクはからかっている雰囲気ではない、いたって真面目にコルトのことを見つめている。


「子供だからって、そんなの理由になる?」

「余計なものを持っていないからだ。大人じゃいけない。立場に縛られて自由に物を言えない、自分の大切な物のために他を見捨てる、あるいは狡く利用する、欲望が満たされる快感を知っていて他者を支配しようとする。そういう大人を、おまえもたくさん見て来ただろう」

「……うん」

「たとえ子供でも、変に力や経験があって擦れている奴は同じだ。だがおまえならラフィスを尊重してくれる、親父はそう信じた。なおかつそれは正しかった」

「でも、だったら余計にわからない」

「ん?」

「カサージュは僕に何をさせたかったのか。導いてくれ、行先はラフィスが知っている。そうやって頼まれただけ。でも、結局ここで守られることになるなら、わざわざ僕に頼んだ意味は?」


 シャヤクは重たげに息を吐き、軽く肩をすくめて見せた。


「おまえがそれをわからないのなら、もう正解は出てこない。それを唯一知っていた親父と共に、この世界から消えてしまった」


 なんとなくうやむやにされた気がしたが、コルトは追求しないことにした。推測しかできないのは確かである。もともと知りたかったこと、なぜコルトとタルティアが衝突することになったのか、それは判明した。結局のところ、カサージュが本心を明かさないまま居なくなったせいである。


――勝手だ、勝手すぎるよ。全部押し付けて。


 コルトは肖像画に向かって目を怒らせていた。もちろん相手は絵だ、なんの反撃もされるはずがない。だがもし絵じゃない本人がそこに居たとしたら、それでもコルトは同じことをした。心の中で思うだけではなく、自分の声でやりきれない思いを伝えた。どうして自分を選んでラフィスを預けたのか、何をさせたかったのか、答えを知りたかった。企んだ本人の口から。


「……カサージュは、どうして消えてしまったの。『不死者』なんでしょ?」

「端的に言うなら心が折れた。自分の生の限界を悟り、自分でそれに幕を下ろした」

「ずっとずっと生きて来たのに今になって? 未練があったんでしょ。ラフィスの事だってそうじゃないか」

「精神だけで我を保ち続けるってのは、おまえが思っている以上に大変なんだよ。心が揺らいだ瞬間に、自分の存在が大きな流れに溶けてしまいそうになる」


 シャヤクは湿っぽく息をついた。額を抱え、横目でコルトのことを見る。


「エスドアが死んだ後、世界の再生に伴う混乱の中で、親父もおれやタルティアの同胞を守るために戦い、完全に肉体を失った。その時点で『不死』どころか、既に幽霊になっていたようなものだ」

「体のあるなしでそんなに違う?」

「ああ。骨の一欠片でもあれば、まったく話が変わっていた。仮の器を作ることもできただろうが――」

「そうじゃなくって。どうせ魂だけで動き回るのに、なんで肉体が必要なの?」

「簡単に説明できることではないが……見せた方が多少は理解できるか」


 シャヤクはそう言いながら、左腕のガントレットを外した。


「……えっ?」


 コルトは目を疑った。ガントレットの下には何も無かったのだ。服の袖も肘のあたりでくたりと垂れ、腕が無いのが当然のようになっている。おかしい、ガントレットは指の先まで確かに動いていたし、マチェットの一撃を受け止めたのも左腕だった。それに上階の広間で対面した時、椅子にふんぞり返っていたシャヤクには間違いなく両腕があった。


 シャヤクが脱いだガントレットを軽く放り投げて来たから、コルトはキャッチして中を覗いた。指を動かすためのカラクリでも入っているかと思いきや、空っぽだ。どれだけ揺さぶっても、意志を持って手指が動くことはない。


 さらにシャヤクは途中までの左腕を誘うようにコルトへ伸ばす。コルトは恐る恐る、彼の手があるあたりに自分の手を置いてみた。しかし、空を切るだけだった。透明になったわけでもなく、完全にガントレットの分だけ腕が消えてしまった。


「どっ、どうして!? さっきまで腕はあった……」

「おれの感覚ではしかとあるぞ? おまえの手首を掴んでいる」

「うぇぇえっ!?」


 言われても何も感じない。いや、そう意識を集中させれば、何かぶよぶよとしたものが手の周りにまとわりついているような気がする。ただ掴まれているという感触とは全然違い、なんだか気味が悪くなって振りほどき、手を守る様に引っ込めた。


 くっくとシャヤクが笑った。


「まあ、そういうことだ」

「どういうこと!?」

「精神体のみでは物理的な干渉ができない、普通の人間には存在が認識されなくなる。誰からも認識されなかったら存在しないと同じ。さっきも言った通り、精神のみで生きるなら余程自己の存在を強く持っていないとならない。よって肉体が自己の存在の拠り所として必要になる。人である証明、生き物である実感を得るため、とでもいうべきかもしれん。少なくともおれはそう思っている」

「全然わからない」

「おまえたちがベッドで眠らなければならないように、定期的に自分の肉体へ戻らないと魂が消えてしまうってことだ。もちろん、健康な体へ、な」


 ぴしゃりと言い切ると、シャヤクはガントレットを返すよう右手で促した。コルトが渡すと、元通り装着し、これ見よがしに指を動かし、握っては開きとして見せる。動きに不自然なところはない。


「昔、色々あって物理的に片腕を落とした。だが気持ちの上では残っているし、元々の感覚は知っているから魂は欠けなかった。結果として肉体の欠損を紛い物で補うことで事なきを得た」

「……それは、ラフィスも同じ?」

「そうだなあ。諦めなかった、生に対する本人の強固な意志があったからこそ、後付けの義肢は元の体と遜色なくなじんだのだろう。親父も言っていた、あれは決して自分の術式だけで成せる業ではない、奇跡のようなものだと」


 聞いたものの、コルトは半分理解を諦めていた。別に自分が生きているのか死んでいるのかよくわからない存在になりたいわけじゃないし、シャヤクの自分語りと親父語りそれ事態には大して興味がない。要は気の持ちよう一つ、それでカサージュは体も心も消耗して死に、ラフィスは心で体を引っ張り生きている、そんな理解で十分かつ精一杯だ。


 それを受けて一つ、コルトには気にかかることがあった。いや正確には、より確信を得た。


「体の一部を切り落とされても、意志が強ければ魂はもとのかたちのまま生き残るんだね」

「そういうことだ」

「だったらエスドアも生きているんじゃない? カサージュみたいに、精神だけの存在になっているのかもしれないけどさ」


 シャヤクの顔が瞬間的にこわばり、よく動いていた口もピタと閉ざされた。かすかに泳いだ目から、超人のような心の読みとり技術がなくても、墓穴を掘ってしまったと悔悟しているのが読み取れた。


 コルトは内心、快感を得ていた。伝説の語り部から一本取ってやったぞ、と。

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