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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第六章 狭間の館と超越者の系譜
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超越者の系譜 1

 シャヤクの後を追ってたどり着いたのは、同じ階の広間、すなわち例の墓所であった。武器を右肩に担いだまま、ずかずかと中へ入って行く。開けっ放しの扉を抜けてコルトも続いた。


「扉を閉めろ」


 シャヤクが振り返りもせず口で命令する。コルトはむっとしながらも、従った。重い扉を押し閉めると、瞬間光が走り、扉が固く封印された。


 その間にもシャヤクは広間の奥へ進んでいた。奥の壁の空いたところにハルバードを立てかけ、カサージュの肖像画から三歩引いたところに立つ。そこで肖像画に拝礼してから、その場にあぐらをかいて座し、黙祷を捧げている。


 がら空きの背中をコルトは困惑して見ていた。なんのつもりなのか、相手の意図が読めない。注意を払いつつ足を進めるが、警戒心が勝ってしまって広間の中央より奥へは進めなかった。


 するとシャヤクが手指の動きで、こちらへ来て隣に座れと指示して来た。コルトは生唾を飲みこんで、恐る恐る従った。左隣へついて、膝を曲げて正座を。しかしこれでは自分が小さく縮んでいる気がして、真似してあぐらに組み替えた。


 シャヤクは深く息を吐いた後、肖像画を仰いだ。


「カサージュ=クレヴェイン。おれの偉大なる親父だ」

「父親!? 師匠じゃなくって?」

「親父だ。おれにとってはそうだった。血の繋がりはないがな」


 シャヤクは目を細めてふっと渋く笑みを浮かべた。


 コルトは戸惑いを隠せないでいた。先ほどまでの暴れ方が嘘のように雰囲気が違う。昔語りをしていた時とも。


 それにカサージュの事を父親と呼ぶのも。師弟と親子では、言葉から受ける印象が全然違う。


――じゃあ、こっちの人はカサージュの……?


 マオがカサージュの師だと説明した、隣にある肖像画を見やる。白地の祭服を着た人物は、改めてみると体格や雰囲気はシャヤクに似ているような気がした。


 シャヤクも肖像画へ目を向けながら話す。


「名はアウグリオ=クレヴェイン。遥か遠い神代に人の身を超越した人、おれたちの流れの始祖にあたる魔術師だ。親父も子供の頃にその人に拾われ、後継者になったらしい。おれは直接会ったことがない」

「少し似ている」

「おれにか? ……確かに、似ていると言われたことはある。見た目だけだろうがな」


 シャヤクは吐息まじりに自嘲した。


「おまえはどう思う。おれはここに並ぶ存在だと思うか?」

「え……?」


 コルトは困惑しながら横目でシャヤクの事を見た。肖像画の二名には、タイプは異なっても浮世離れした存在として人に語られるだけの風格がある。伝説の魔法使い、神々に名を連ねる人智を超えたたち、そう紹介されて異論はない。一方でシャヤクはというと。


 ――神々しさが足りない。さっきはともかく、今は全然。


 広間で精神体から話を聞いているだけの時は、確かに魔法使い然としていた。しかしいざ近くで生身の姿を見ていると、私情を差し引いても、コルトには先代たちほどの威風を感じなかった。一言で言うなら、その辺のおっさんと同じだ、と。


 しかし、とても口にできようか。はっきり言えばまた怒るだろうに。


 だがコルトが言い淀んでいるだけで、心の内は伝わったらしい。シャヤクは声を殺して笑い、鷹揚に肩を揺らした。


「こっちが素だ。だがまあ、ちったあ様になってたか。難儀なものだ、名を明かして部外者と話すのはなあ」

「でも今の方がいい。普通の人っぽくて」

「だからいかんのだ。『超越者』として求められる姿がある、この座に収まっちまったからには、そうなりきらなきゃならん」

「無理をしてまで?」

「ガキにゃわかんねぇだろうよ。時には感情までが邪魔になる。だがそれを失くしたら人じゃあない……まったく、難儀な身分だ」


 コルトはひどく違和感を覚えた。まるで嫌々この立場に居るような口ぶりだ。


 シャヤクは察するものがあったようだ。低く笑った後、おもむろに右にある空の額を仰いだ。


「おれには一人だけ兄弟子がいた。親父が才能を見出し、始めから自分のすべてを託そうと育てた、正当な後継者だった。おれは元々なし崩しに親父へついて行ったようなもので、兄弟子の立場が羨ましいとも思わなかったし、むしろ体を張って二人を守ることがおれの役目だと考えていた」


 だが、とシャヤクは半分ほど目を伏せた。


「兄弟子は大きな過ちを犯した。超越者は人を超えた存在ではあるが神ではない、万物をほしいままにすることはできない。親父が常々言い聞かせていたにも関わらず、自らの才に溺れ、親父を貶めた挙句、自分こそが世界の神に値する存在だと称し、人の上に君臨しようとした。それがルクノールの狂信者に見つかり、一切の存在を消された。あらゆる記録の上からも、名前すらも」


 シャヤクは遠い目をして空の額を眺めていた。歴史から抹消された禁忌の存在である兄弟子を、それでも確かに居た人物なのだと思い出を留めおくための額。彼の目には、他の二枚と同じように兄弟子が佇んでいる姿が見えているのだ。


「それで、おれにお鉢が回って来たんだ。知っての通り混沌とした世界だ、いつ何が起こるかわからない、後継を立てておくことは親父に必要だったが、かと言って一からやり直す気力もなかったんだろうな。身命を注いで、また同じ顛末にでもなれば最悪だ」

「だから仕方なく?」

「いや。状況的にはそうだが、おれとしても他の誰かに役を渡すつもりはなかった。兄弟子のことも、こうなった経緯も、親父の他にはおれしか知らないことばかりだったからな」


 ふっとシャヤクは短く笑った。


「向こうは『仕方なく』だったかもしれんが。おれの才覚じゃあ兄弟子に及ばないのは明らかで、厳しく教え込んではくれたが、魔術的なものはせいぜい兄弟子の半分くらいしか修得できなかった。それでも親父は思ったよりものになったと言ってくれたが……まあ実際は、まずいと思ったんだろうな。それまでは積極的に人と交流しようとしなかった親父が、進んで同志を集めて、困った人を指導して、とやり始めた。直弟子が不出来な分、頭数で穴を埋めようとしたわけだ。そうでなくても手足は多い方がいい」

「それで作ったのがタルティアってこと?」


 シャヤクはコルトの方を見て、黙ってうなずいた。コルトが疑問を抱えていることを声音から悟ったのか、そのまま喋らず待っている。


「僕はトルルでタルティアは伝説の遊牧民だって聞いた。マオさんがそうなのもわかる。でも、他はずいぶん違う。結局はどういうことなの?」

「何も間違ってはいない、こちらの実情がどうであれ、向こうからは何者に見えたかという話だ。有事に黒い天馬にまたがって現れる者、それはおれで、共に居たのは同胞だ。今となっては遠い昔のこと、あの馬ももう居ない」

「じゃあ、黒い天馬を使わせた神様っていうのは……」

「親父のことだろうなあ。おれ自身は人間だと言い続けていた。おそらく、おれが精神体の親父と話しているのを勘違いされたのだろう。伝説とは、そうやって複数の事実が混交された上で一つに醸成されるものだ」


 念を入れて言い聞かせるように、シャヤクは懇々と語り続ける。


「世間では、カサージュという人は神霊の類として畏れ多く扱われているだろう。だが、おれにとっては、そうである以前に、何から何まで世話してくれたたった一人の親父だ。だからなんだ……」


 初めてシャヤクが口ごもった。渋い顔をして、おもむろに持ち上げた右手をこめかみのあたりに添える。コルトから少しだけ視線を外した。


「たぶん、おれは、おまえに妬いてるんだ。あの親父が最後の最後で未練を託したのが、よりにもよっておまえみたいな世間知らずのクソガキなんだからな。親父が決めたなら仕方ないとはいえ……ハァ」


 失礼な、とコルトはむっとした。しかし、これまでほどには嫌な感情が湧きおこらなかった。好きか嫌いかで言ったら嫌いであるが、今のシャヤクは対等に話せる次元へ出てきてくれたものだと、好意的に理解していた。

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