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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第六章 狭間の館と超越者の系譜
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魂の衝突 3

 マオの絶叫が一番早かった。そのままハルバードを担ぐ腕にしがみつきつつ、入口へ立ちふさがった。


「お師様、やめてください、生身で! 一体なにを、ここは時間が――」

「黙れマオ!」

「いいえ黙りません! 大事なお体に傷がついたら、お師様までも――」

「どけ!」


 シャヤクは左手でマオのことを突き飛ばし、庭園の中へと押し入ってくる。後からも何人もが追いすがり、やめてくれ、誰か止めろ、などと訴えている。庭園の妖精もシャヤクの顔の周りを飛んで邪魔をし、羽男もなにぞ訴えながら前に出る。


 シャヤクが青筋を立てた。ハルバードを持ち上げ、柄の端をがつんと地面に打ちつける。重い響きと共に芝生がえぐれ、土くれや欠けた石が宙に跳ねた。


「止めるな! 全員下がれ。ラフィス、おまえもだ!」


 ラフィスはぐっと息を詰まらせて、押し負けるように花壇へ腰を落とした。コルトへ向かって伸ばしかけていた手も、観念するように引っ込められる。


 口で牽制しつつも、シャヤクが見据えているのはコルトだけだ。そんなコルトは自分から前に進んだ。数歩の距離で立ち止まり真正面で睨み合う。


「お望み通り出てきてやったぞ、クソ坊主」


 片手でハルバードを持ち上げながら、左手をコルトへ向け、指を曲げて挑発する。


「来い。揉んでやる」


 庭園は度肝を抜かれて静まり返っていた。みな遠巻きになって唖然としコルトへ注目している。


「コルト君、あなた、一体なにを言ったんですか……」


 腰を抜かしたままのマオが漏らした声が異様に響いた。


 コルトは返事をする代わりにマチェットを抜いた。かつて父親からもらった成長の証で、これまでの旅を支えてくれた道具で、コルトの唯一の武器。そこにすべての魂を乗せ、両手で構えた。そして気を吐いた。


「偉そうに。つまらない挑発だな、そっちからかかって来いよ!」


 聞くなり、シャヤクが間合いへ踏み込みながらハルバードを脳天めがけて振り下ろした。


 一直線に来た初撃を、コルトは横に跳んで避けた。スピードはそれほどではない、動きが見える。ただパワーが尋常でない。穂先が激突した地面が派手にえぐれ、すり鉢状の穴ができている。


 ――当たったら死ぬ!


 確信して手のひらに汗がにじむ。しかし放り出そうという気は起こってこない。むしろマチェットを握る力が一層強くなる。


 力量はそもそも敵わない、経験の量も全然違う。だがコルトにとって幸運だったのは、相手が持ち出してきた武器の種類。槍の振るいかたなら間近で見たことがあるから、どのようであるのか知っている。ハルバードだって槍におまけが付いたようなものだろう、まだ相手の動きが読めるから活路も見出せる。


 シャヤクは地面を打ったハルバードを持ち直し、今度も斧頭を向けて横薙ぎに払って来た。コルトは真後ろに跳びすさり、体を低くして着地した。一見体勢を崩したよう、しかし実際は足のばねを縮めて伸ばす準備を整えている。


 もしバランスを崩したと見れば、そこを狙って矛先を突き出してくるか、最初のように上から叩き伏せようとするか。シャヤクは突きを取った。


 一度引かれたハルバードが繰り出されるタイミングで、コルトは自分から前へ飛び込んだ。相手の軌道の真横をすり抜けながら、体格差も活かして一気にシャヤクの懐へもぐりこむ。そしてがら空きの腹、胸当てのガードが無い横っ腹へマチェットの刃を叩きつける。


 だが、コルトの刃が進む先にシャヤクが左腕を差し込んで来た。銀のガントレットに渾身の一撃が止められた。金属同士が激しくぶつかる耳障りな悲鳴と共に、マチェットの刃が欠けてこぼれた。一方でシャヤクの側はへこみすらしていない。


「くっ、そ――グァッ!」


 シャヤクに膝蹴りされ、コルトの腹へ鈍重な衝撃が襲った。ふらっと後ろへ倒れかけたところへ、ハルバードの柄で追い打ちがなされて地面へ突き倒される。


 仰向けで息を切らせているコルトの目鼻に沿って、ハルバードの刃があてられた。皮膚を切る寸前で職人技のごとくピタリと止められた。


「おまえの負けだ」

「なんだと!」


 コルトは腕だけを動かして、シャヤクの足を狙いにマチェットを投げつけた。ほとんど闇雲に放ったようなものだが、左足のむこうずね辺りにマチェットの背が当たった。それほど強烈な力ではなく、マチェットはその後、服に絡み取られて落下した。


 そんなに強く打ったわけではないのだが。シャヤクはえらく痛そうに顔をしかめ、膝の力もがくんと抜けた。左手が自然と打った場所を押さえ、コルトを脅していたハルバードもゆらぐ。なにより周りの者たちの慌てようが凄まじく、あたかも致命傷を受けたかのごとく悲鳴をあげて騒ぎ始めた。


 なにはともあれ、コルトにとってはチャンスだ。すぐさま体を起こす。


「ほらみろ、僕はまだ負けてないぞ!」


 挑発しながらハルバードの柄へとしがみ付いた。当然シャヤクは振り払おうと動かす。その振り子の力も使って、タイミングを合わせてコルトは柄から手を離し、シャヤクへと飛びかかった。ぐっと握った拳で左肩に思い切りパンチを食らわせる。ほんとは頭を殴ってやりたかったが、少し手が届かなかった。


 そのままコルトは相手の体にしがみつき、がむしゃらに殴り蹴りする。それは確かに効いているらしく、シャヤクはくぐもったうめき声を漏らす。


 すぐにコルトはシャヤクによって引きはがされ、足で蹴り倒された。しかしその後は、顔をしかめたまま怯んだように後退する。心なしか息が切れ切れになっているような。だがハルバードの間合いで止まり、まだ戦闘継続のつもりらしい。


「シャヤク様!」


 それは野次馬の声である。同時に何人もがシャヤクを守る様に飛んできた。取り囲む中にはコルトを憎らし気に睨んでいる者も居るが、ほとんどは主の身を気づかい声をあげていた。その先頭に立つのはマオだ。シャヤクの真正面に立ちはだかり、行く手を塞いでいた。


「お師様、もうおやめください! もう十分でしょう? これ以上は、命に障ります。こんな道理に適わないところで消耗してはなりません!」


 マオは首だけをひねってコルトの事も見た。


「コルト君も、お願いします、お二人が争っても利は一切ありません。ですから、ここは収めてください、お願いしますから」


 懇願するマオに、シャヤクから低く喉で発せられる笑い声が浴びせられた。


「違うんだよなあ、理屈じゃねぇんだよなあ。……なあ坊主、そうだろう。魂が良しとせんのだよなあ、おれも、おまえも。譲れんものがあるんだよなあ」


 シャヤクの銀色のガントレットがマオの肩を掴んで押しのけた。燃えるアンバーの目は相変わらずコルトの方だけを見据えていて、一切の遊びの色も含まれていなかった。


 一方でコルトの肩もラフィスによって押さえられていた。後ろから伸ばされた金色の手がコルトをその場にとどめるように叩いた後、そのままコルトの前に立ちはだかる。追い越される時に見た横顔は、やはり真剣かつ怒りをはらんでいたが、彼女のそれはシャヤクへのみ向けられていた。


「クジェラノ、メナ、エルファイ、コルト、アヌレイン。マーズレイ、カサージュ、ノナ、エメヤドミス、シャヤク」


 今までコルトが聞いて来た中で一番はっきりとしていて、一番長いラフィスの物言いだった。


 シャヤクは眉をひそめている。そしてしばらくラフィスと視線を交わす。


 やがてラフィスが大きく頷いた。


「ノヌルフ、シー、エスドア。アルア、エリス、コルト。アジェイ」


 冷静に言い放ってから、ゆっくりと両手を持ち上げる。手の先では音を立てて電気が弾けていた。


 シャヤクは神妙な面持ちをしていた。しかしラフィスが紫電の勢いを強めると、ふんと鼻を鳴らしてハルバードを引き、代わりにコルトへと目が向けられた。


「来い坊主。ここでは邪魔が多すぎる」


 そう言ってシャヤクはハルバードを肩に担ぐと転身し、困った様子のタルティアの者たちを押しのけて、のっしのっしと庭園を出て行く。


 真っ先に追おうとしたのはマオであった。しかしラフィスがとっさに駆け寄って、彼女の手を引いて止めた。当惑するマオに首を横に振って「行くな」と示している。


 それからラフィスはコルトの方へ向きなおった。真剣な表情で、すっとシャヤクの背中を指さす。


 行けと言われた、なおかつ何かを託された。そんな気がしてコルトは頷いた。


――わかった、行ってくる。僕は必ず戻って来るから。そしたら、また一緒に居られるよ。


 心の中で誓う。するとラフィスがうっすらとほほ笑んだ気がした。錆びた骨の翼と悲愴な運命を背負った天使か女神か、コルトには道を示すラフィスのことがそんな風に見えていた。なによりも美しく、尊く、愛おしい存在だと。


 ラフィスの姿を目に焼き付け、それを勇気の糧としながら、コルトは力強く芝を踏んで館の主の後姿を追った。邪魔する者も付いてくる者も一人として居なかった。

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