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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第一章 山村の少年と異空の少女
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一時の安息 2

 しばらく家の中で休憩した後、コルトとラフィスは外に出た。他ならぬラフィスがそうしたがっていたからである。しかし別に遠い所へ行こうとしたわけではなく、外にいる山羊を構いたかっただけだった。


 ラフィスは草原を歩く山羊の後を付いてまわったり、足を曲げて休む背中をなでてみたり、楽しげに戯れている。山羊の方もラフィスを怖がることはなく、仔山羊に関しては自らすり寄っていくほどだ。実にのどかな光景である。


 そんな様子を、コルトは山羊小屋の入り口の日陰から見守っていた。内心穏やかでない。人がほとんど来ることはないとゼム爺さんは言っていたが、危険性がゼロとは言い切れまい。ウィラの村人がゼム爺さんのことを思いあたり、積極的に探しにやって来るのは十分あり得る話だ。あれこれと不安が押し寄せてきて、とても一緒にはしゃぐ気になれなかった。


 それでも、ラフィスに遊ぶのをやめさせるという選択肢はなかった。彼女が自発的に何かをしようとしたのは初めてだし、それであんなに楽しそうにしているのだから、取り上げてしまうのは心が痛む。意に反して狭い室内に押し込められた時の閉塞感も、野山を遊び場に育った以上、よく理解できる。


 コルトは日陰に座り、周りをきょろきょろと警戒しながら、その片手間に持っている本をめくる。ゼム爺さんから借りた、教会の聖典だ。コルトが持っていたものよりずっと年季が入っていて、表紙は擦り切れているし、ページも皺が寄っていたり抜け落ちそうになっていたりする。借り物の本をバラバラにするわけにもいかないから、ページをめくる手は慎重になる。


 確認したかったのは、黙示録の終末の章だ。イズ司祭に指摘された通り、そこまで深く聖典を読み込んだことがなかった。だから司祭があげつらった事をそのまま信じる他なかったし、ゼム爺さんが解釈の揺れるものと苦言を呈すのも腑に落ちきらなかった。


 実際の黙示録にはなんと書かれているのか。はじめはゼム爺さんに口頭で教えてもらおうとした。が、断られてしまった。


『まずは自分の目で確認して、自分の頭で考えてみなさい。先入観を持ってしまうのはよくない』


 ゼム爺さんはそう言って、この聖典を貸してくれた。教えてくれたこと一つ、後ろからめくった方が早いということだけ。


 言われた通り後ろから書物を開き、一枚一枚さっと目を通しながら目的のページを探していた。


 そして、全体の四分の一ほど進めたところで、


「見つけた!」


 終末の章と題された文章が目に飛び込んできた。コルトは食い入るようにそれを読む。黙示録の終末の章、そこには次のような詩文のごとき文章が記されていた。


 

 起因は様々 過程も様々

 されどサーガの結末は常に一所へ収束す


 黄昏を告げる道化が舞い踊り

 封じられた災厄が目を覚ます


 ことわりは狂い 因果律は崩壊し

 輪廻の条理が絶たれ全ての生命が滅びゆく


 闘志は潰え 慧眼は濁り

 心はひた絶望に浸食さるるのみ


 変遷を見来たりし神霊も死に絶え

 万事の境界が歪み滅する


 後に来たるは虚ろなる神の世


 人生きんと欲し祈る

 救済がもたらされんことを神にこいねが

 信仰ある限り神が潰えることはなし


 最後の使徒が白銀の希望を携えて

 約束された破滅の運命より解き放つ


 永久の夜が明け 悠遠のサーガが閉ざされ

 新たなる世がもたらされん



「うわぁ」


 解釈する以前の問題で、難しい言葉がたくさんありすぎて頭がくらくらする。コルトは思わず遠くの青空を見あげた。


 そこへラフィスが歩み寄って来た。腕で仔山羊を抱きかかえている。山羊は耳をピコピコと動かしながら、おとなしくだっこされている。


 ラフィスはコルトが読書中であることを見て取ると、邪魔しないように足先を変えて、わらの山へと向かった。そしてそのまま、わらのソファーへ座り込む。カサコソと音を立てつつ、わらはラフィスの体を柔らかく受け止めた。白いワンピースが汚れてしまう、と指摘するのは今さらだ。山を抜けてきた時点でもう、土ぼこりや草葉のかけらで大変なことになっていた。


 ラフィスが絡んでこないとわかるや、コルトは再び聖典に目を落とした。何もわからないと投げ捨てるのは悔しい、もう少し、今度はじっくりと考えながら読んでみよう。


 すると、なんとなくわかった気がしてきた。


 前半は終末の章というタイトルが示す通り、世界の終わり、破滅の時のことを語っている。封じられた災厄とやらが現れることにより、世界がめちゃくちゃになる。理とか因果律とか、そうした単語は神ルクノールの使徒が司るものを示す言葉でもある。それが狂うとか崩壊するということは、つまり、神と深いつながりがある者すらも死ぬということだ。そしておそらくは、神そのものも。「虚ろ」とはからっぽ、無いということ。この言葉は聖典でよく出てくるから、コルトも意味を教えてもらっていた。虚ろなる神の世とは、すなわち神が居なくなった世界のことだろう。


 一方で後半部分は、破滅の先にある希望を示唆している。人が信仰を続ける限り神は滅ばない。そして神によって選ばれた最後の使徒が、世界に希望の光を与えてくれるだろう。これは宗教の文章だ、だから言いたいこととしては、なにがあっても神を信じ続けて神のために働けということに違いない。


 イズ司祭はこれを預言と捉えた。封じられた災厄とは現世にあらわれたエスドアのことで、すでに終末の章に預言される破滅へ向かって世の中が動き始めている、そう信じている。だから黙示録に示される希望の到来を信じ、神に祈り神のためにふるまう。ラフィスを過剰なまでに拒絶するのも、純粋にそれが神を助けることになると信じているから。ある意味、教会の人間としては模範的な姿だ。人道的な面を別とするならばだが。


 しかし、ゼム爺さんの言う通りで、この内容は過去の出来事をそのままに記したものとも受け取れる。なぜならば、エスドアにまつわる伝承がそのまま当てはまるためだ。エスドアは神ルクノールを裏切り、殺め、破滅の世界の主として君臨した。しかし人々の祈りにより、ルクノールと使徒たちは再臨する。そしてエスドアは封じられ、平穏で光ある世界が再生された。この時エスドアに直接手を下したのは、八番目、つまり裏切り者のエスドアを除いた場合の最後の使徒にあたるティルツァという者であった。


 コルトは口をとがらせて、むうと唸った。どっちかと言われれば、これは過去の記録じゃあないかと思った。ただ単にそう思いたいだけとも言える。ラフィスは破滅の使者なんかじゃない、イズ司祭が間違っている、そう断ずるだけの理由が欲しいのだ。


 一つ、過去と未来で大きく意味が変わる言葉がある。「最後の使徒」だ。黙示録の内容を過去の出来事ととらえるならば、前述の通り解釈することが可能だが、預言書だった場合はどうなるか。エスドアの次、第十の使徒が新しく誕生するという話ではないだろうか。そしてあるいは、それこそがラフィスの――


 ――違う。ラフィスは銀色じゃない、金色だ。銀色の物は持ってない。


 ラフィスの義肢はすべて金でできている。背中の翼状の物体も錆鉄で、彼女には悪いが、美しい白銀とはほど遠い。出会った時の雰囲気こそ神々しいものであったが、蓋を開けてみれば、割と普通の女の子だった。尊大なる神の使徒というイメージともかけ離れている。


 コルトは自分の認識を再確認するように、わらの山に居るラフィスをちらりと盗み見た。


「……あれ」


 首を伸ばして、しっかりと見る。


 ラフィスはわらにうずもれて眠っていた。座った格好のまま両手を投げ出し、目をぴったりと閉じ、かすかに胸を上下させている。水晶の中で眠っていたときよりも、ずっと柔らかい感じの寝顔だ。


 抱いていた仔山羊は腕の中から抜け出して、わらの周りをうろついていた。それがガサリと音を立てたり、メェと鳴いたりしても、眠れる少女は身じろぎ一つしない。


 コルトは力の抜けた笑みをこぼした。疲れ切っていて当然だ、丸一日動き回っていたのだから。静かに、ゆっくり休んでもらいたい。


 平和な風景だ、これがこのまま続けばいいのに。コルトは心からそう思った。考えてもわからないことだらけ、だったらいっそ何もかも捨て去り考えることもやめ、世捨て人のように暮らせばいいんじゃないか、と。


 だが、それはできない。コルトの頭の中に男の声が再生される。


『解放の時が来た。ラフィスを汝に託す。行く先は彼女が知っている。導いてくれ、無垢なる者よ』


 ラフィスは何かを使命を負っている。そして自分は、この世界のことを何も知らない彼女を守り、目的地まで導かなければならない。ある意味、それが一緒に居る条件だから、隠遁して暮らし続けるわけにはいかない。


 これから長い旅が始まる。そんな予感を胸に、コルトは風のまま流れる白い雲を見あげた。


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