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半機の少女 ラフィス ―古の少女と導きの少年の物語―  作者: 久良 楠葉
第六章 狭間の館と超越者の系譜
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狭間の館 2

 カサージュがマオたちにとっても特別な存在であることは明らかとなったが、それでは彼と並ぶもう一つの肖像画の男性は何者なのだろうか。そんな風に目線を左へ動かしたコルトの心中を察してか、マオが柔らかく説明を重ねた。


「そちらは、カサージュ様の師にあたり、わたしたちタルティアの民は『始祖様』とお呼びしております」

「カサージュの師匠!?」


 コルトは叫びながら思わずラフィスを見た。ラフィスは両目を丸くしてたじろぎ、こわばった顔で小首を傾げている。


 内心でラフィスに謝りながら、コルトは興奮を無理に沈めた。だが、驚くなと言う方が無理だ。カサージュですらエスドアが存命であった、今や神話として語られる遠い時代の存在なのだ。そのさらに師匠だなんて、ほとんど神様みたいな存在だ。いや、神なのかもしれない。肖像画の白い衣は教会の司祭服のようだと感じた、遊牧民と言われるより神官や奉られる神そのものと言われた方が腑に落ちる。


「こ、この人は、たとえばルクノールみたいな、神様と同じくらい古い人だったの?」

「そのようです。だからわたしはもちろん、今のタルティアの民は誰も、お師様すらも直接お会いしたことはありません。この部屋を墓所とすることを決めてから、先代の希望で肖像を描きここにかけたそうです」

「会ったことが無いのに、よく絵がかけたね」

「先代の記憶から像を映し出して、忠実に描いたそうですよ。ですからこのお姿は真実です」


 記憶を覗きこんで映像を、というのはコルトにも経験があったから、今度は素直に感心できた。だが具体的にどんな人だったか聞こうにも、カサージュのことすら詳しく知らないといったマオからは何も引き出せないだろう。そしてラフィスも同じ、今もこちらの肖像画に関心がなさそうにしているのは、彼女もよく知らないしコルトに伝えたい事がないからだろう。


 それにしてもわからない、結局タルティアとはどういう集団なのだ。遠い神話伝説として語られるような時代から存在しているのはいいとしても、トルルで聞いた伝説の遊牧部族とは実態が全然違うように思える。カサージュのことも、稀代の魔術師として語られる個の存在であると認識していたのだが、では彼が作ったこの組織はなんなのか。


 コルトはマオへ向き直り、核心を突くように真顔で問いかけた。


「結局のところ、あなたたちタルティアってなんなの? ラフィスとどういう関係があるわけ?」


 マオも軽くまぶたを下げ、真に迫るような面持ちになった。


「わたしたちタルティアは、時空を超えて世界を見守り、真のサーガを語り継ぐ存在です」

「だからまたそういう……真のサーガって何さ?」

「偽りのない記憶、正しき歴史、世界の真実の姿――」


 コルトがうさんくさそうに目を細め、腕を組んだ。それを見たマオは言葉を打ち切り眉を下げた。


「詳しいことは、今のわたしからは語れません」

「また知らないっていうこと?」

「こっ、今度は違います! お師様が説明するからです。わたしたちが具体的に何者で、ラフィスさんとどういう関係があるのか、それをお伝えするのはわたしの役目じゃありません」


 ついさっきも同じことを聞かされた。玄関の小人たちだ。語るのは館の主の役目であり、代わりに語るなら許しが要ると。


 コルトは腕を組んだままいらだたし気に指を遊ばせていた。


「早い話、この館の主がマオさんのお師匠様で、カサージュの弟子なんでしょ?」

「はい」

「それでマオさんが話せるのはたったそれだけのことで、あとはその人に直接聞かないとだめなんだ」

「その通りです」

「だったら、こんなとこで話していても時間の無駄じゃないか」

「無駄……でしょうか」


 コルトは力強く頷いた。


「お師匠様に会わせてよ。聞きたいことが山ほどあるんだ」


 マオは苦笑いして、身を反転させた。半身で「ついて来てください」と促し歩いていく。


 ラフィスが不安そうに胸に手をやりマオの背中を見送った後、コルトの顔を覗き込んだ。


「コルト……」

「喧嘩したんじゃないよ、大丈夫。もうすぐ全部わかる、それだけだよ」


 コルトは自信ありげにほほ笑んで返した。

 

 すべてのきっかけの人、カサージュに再会することが叶わないのなら、意志を継いだ者に問い詰めなければならない。向こうにも後継者としての責任があるはずで、だったらいい加減教えてくれたっていいだろう。なぜ自分にラフィスが託されたのか、導けとはどこへ行かせようとしていたのか、そもそもなんのためにラフィスを。すべて明らかにしてほしい。


 ただし。


 ――全部わかったら、その後は?


 不安の影はかすかによぎる。だがコルトは顔に出さなかった。行こう、とラフィスの手を引いて、マオを追う。足を止めて考えていたって未来のことはわからない、わからないままに今は突き進むしかない。これまで通りだ。



 入り口のホールへ戻り階段をあがって、二つ上の階へと到達する。ホールを中心に三方へ伸びる廊下のうち、ちょうどさっきの墓所の真上にあたるものだけが広い。そして残りの二本からは、それぞれ複数の人が遠巻きにコルトたちの様子をうかがっていた。


 コルトは思わず足を止めた。


「亜人ばかりだ……」


 もちろん全員ではないが、標準の人間の姿をした者の方が少ない。樹木が動いているのかと思わせられる肌身と髪であったり、目の数が多かったり口が耳の側に届くほど大きかったり、雲が固まって人の形になっていたり。トルルで見かけた黒羽根の男も混じっている。


 先行していたマオがコルトの呟きを聞いて、答えた。


「この狭間の館は、時間も社会的な価値観も物事の摂理すらも、外の世界とは隔絶されています。外では迫害を受ける者、とうに滅んだ種族の者も、ここでは生き続けているのですよ。見た目で驚くかもしれませんが、どうか怖がらないでください」

「怖くなんかないよ。こんなにたくさんの亜人を見たの、初めてだったから」


 それに、ラフィスの様子を見ていればよくわかる。まるで友人にあったように目を輝かせながら、廊下に詰める人たちへ手を振っている。そうすると向こうも手を振り返して来たり、声をあげて呼びかけて来たり。


 ラフィスが嬉しそうにしているのは、コルトにとっても嬉しいこと。それはそうなのだが、なぜだろうか、コルトは喉の奥に何かがつかえた気分だった。


「マオさん。ごめん、早く行きましょう。お師匠様を待たせているといけないし」

「……わかりました。ではこちらへ」


 マオに連れられてコルトは正面の廊下へ進んだ。数歩遅れて、ラフィスが気づいて走って来た。


 廊下を進んだつきあたりに、墓所と同じ両開きの扉があった。ただ何やら封印が施されているらしく、扉の表面に重なってガラスがあるように光が反射している。


 その扉の手前でマオが一旦止まり、ついてきた二人へ向きなおった。


「コルト君、一つだけお願いします」

「なに?」

「お師様は、ちょっとその……あまり腰の低い方じゃないので、色々と腹が立つかもしれません。どうか、怒らないで話を聞いてください」


 コルトは表情を変えないようにして、長く息を吐いた。


――僕はもうとっくに腹が立ってるんだよ、マオさん。


 とは言え意地を張ってもどうにもならず、話を聞くまでは帰るに帰れないのだ。渋々ながらコルトは頷いた。


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